第66話 確信の十七分
七月二十日(月) 午前十時。
公式サイトが——更新された。
田中が——更新ボタンを押した。
隣に——エマがいた。
「……押します」
「はい」
田中は——ボタンを押した。
画面が——切り替わった。
新しいページが——表示された。
「大阪城ホール公演 詳細発表」
日程:八月二十九日(土)
開場:午後五時
開演:午後六時三十分
チケット一般発売:七月二十六日(日)午前十時
そして——
「新曲初披露:七人体制の完全新曲」
「センター交代制ユニットパート:全員が主役」
「ライブ終盤:全国ツアーの発表」
全部が——公開された。
エマは——英語版を、同時に更新した。
昨日から準備していたページが——
日本語版と同時に、公開された。
「"Osaka Castle Hall"」
「"August 29th (Sat)"」
「"Brand new song premiere"」
「"Seven Colors Center — Everyone is the Star"」
「"Major nationwide tour announcement"」
英語版が——世界に向けて、出た。
反響は——すぐに来た。
「詳細きた!!!!!!!!!」
「センター交代制って——一曲の中でセンターが変わるってこと?」
「全員が主役って——どういうフォーメーションになるの?」
「新曲初披露——聴きたい」
「全国ツアーの発表——何箇所?何処?」
「7/26午前10時——仕事どうしよう」
「休む一択でしょ」
「有給取る」
「「センター交代制」——向日葵ちゃんもセンターになるってこと?」
「当然でしょ、「全員が主役」なんだから」
「ゆめいろシフォン、変わってきてる」
「変わってる、でも——ゆめいろシフォンだ」
「それが好き」
英語版への反響も——来た。
「Finally an English page!!」
「Thank you for the English update!」
「Seven Colors Center sounds amazing」
「I need to watch the stream」
「Osaka Castle Hall, iconic」
エマは——そのコメントを、一つ一つ確認した。
「田中さん」
「はい」
「英語コメントへの返信——やってもいいですか」
「返信?」
「ファンが英語で反応してくれているので、英語で返すと——「見てくれている」という安心感になると思います」
田中は——少し、考えた。
「藤原係長に確認します」
田中は——藤原のデスクに向かった。
少し話した。
戻ってきた。
「OKが出ました。ただし——内容は事前に確認を取ること」
「わかりました」
エマは——返信文を、書き始めた。
「"Thank you for watching from overseas! We're so happy our music reached you."」
「"We hope to bring our colors to more of the world someday."」
田中は——その文章を、読んだ。
「……「someday」——いつか、か」
「直接的に「海外公演」とは書けないので。でも——期待を持たせる表現にしました」
「これ——九条さんが見たら、何て言うかな」
田中は——少し呟いた。
「怒られますか」
「いや——たぶん、頷くと思います」
エマは——少し、笑った。
---
藤原は——画面を見ていた。
更新されたサイトを——確認していた。
麻衣が——隣に来た。
「係長、サイト見ましたか」
「見た」
「英語版も、同時に出ましたね」
「エマが——やったか」
「はい。田中くんと、二人で」
藤原は——画面を見たまま、言った。
「……動ける子だ」
「昨日も、同じことを言っていましたね」
「毎日——同じことを思う。それが答えだ」
麻衣は——少し、頷いた。
「今日——何かありますか」
「今日は——反響の確認と、チケット発売準備だ。二十六日まで——やることが多い」
「わかりました」
---
その日のSNSに——
ある投稿が、流れた。
「「ゆめいろシフォン、変わってきてる。でも——ゆめいろシフォンだ」それが全部だと思う。横浜でそれを見た。大阪でもきっと、そう思う。」
その投稿が——拡散された。
「わかる」
「これが全部」
「また行く理由、これ」
「変わりながら——ゆめいろシフォンでいる。それが好き」
コメントが——流れた。
---
七月二十六日(日)
午前九時。
和田さくらは——起きていた。
正確には——六時から起きていた。
眠れなかった。
スマートフォンを——手に持っていた。
チケットの先行は——落選していた。
一般発売が——最後のチャンスだった。
午前十時。
あと一時間。
さくらは——コーヒーを、飲んでいた。
飲みながら——SNSを見ていた。
同じように——起きている人たちの投稿が、流れていた。
「眠れなかった」
「今日絶対取る」
「前回27分で完売したから——今日は早い可能性ある」
「10時ちょうどにアクセスする」
「回線大丈夫かな」
「システムが落ちませんように」
さくらは——その投稿を読んだ。
読みながら——横浜の夜を、思い出した。
莉恋がラベンダーパープルで、立った夜を。
一万七千本のペンライトが一斉に点いた瞬間を。
「……また、見たい」
さくらは——スマートフォンを、強く握った。
---
午前九時三十分。
山田健一は——パソコンの前にいた。
チケットサイトを——開いていた。
発売まで——三十分。
健一は——珍しく、緊張していた。
「こんなに緊張するのは——いつぶりだ」
呟いた。
横浜のチケットは——先行で取れていた。
今回の先行は——取れなかった。
一般発売が——最後だった。
パソコンの画面を——見た。
「あと三十分か」
健一は——少し、笑った。
こんな気持ちになるとは——
思っていなかった。
腕を組んだ。
すぐに——解いた。
今日は——腕を組まないと決めていた。
理由は——自分でも、よく分からなかった。
ただ——
解いていたかった。
---
午前九時四十五分。
最前列にいた女の子は——
布団の中で——スマートフォンを持っていた。
部屋が——暗かった。
カーテンを開けていなかった。
画面だけが——明るかった。
チケットサイトを——開いていた。
「……取れますように」
呟いた。
取れたら——
また、あの場所に行ける。
桃霞に——また会いに行ける。
あの笑顔を——また見に行ける。
横浜で——崩れた笑顔を向けてもらった。
あの笑顔が——まだ、胸の中にあった。
消えていなかった。
消えないまま——また会いに行きたかった。
---
午前九時五十五分。
オフィスに——田中とエマがいた。
二人とも——モニタリング画面を、見ていた。
チケットサイトのアクセス数が——
すでに、急上昇していた。
「……来てる」
田中が言った。
「発売前なのに、アクセスが集中してます」
「サーバーは、大丈夫ですか」
エマが聞いた。
「チケット会社に確認しました。増強済みとのことで——たぶん大丈夫ですが」
「たぶん、というのが心配ですね」
「心配ですね」
二人は——画面を見続けた。
---
午前九時五十九分。
SNSのタイムラインが——動き始めた。
「あと一分」
「緊張する」
「手が震えてる」
「画面更新しすぎないようにしないと」
「取れる気がする」
「取れなかったらどうしよう」
「取れる!!!!!!絶対取れる!!!!!!!」
「10時になった瞬間に、アクセスする」
---
午前十時——ちょうど。
チケットサイトが——動いた。
アクセスが——集中した。
---
さくらは——ボタンを押した。
「つながった!!!!!!!!」
画面が——ローディングした。
止まった。
また、ローディングした。
「……頼む」
さくらは——画面を見た。
「つながれ」
画面が——切り替わった。
座席選択画面が——出た。
「あった!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
さくらは——声が出た。
アリーナ席が——残っていた。
手が——震えていた。
震えながら——座席を選んだ。
確定ボタンを——押した。
「……取れた」
画面に——確認メールが届いた。
「大阪城ホール——アリーナ席」
さくらは——画面を見た。
見ながら——
涙が出た。
「莉恋ちゃん——また会いに行けます」
誰もいない部屋に向かって——言った。
---
健一は——パソコンで、チケットサイトにアクセスした。
つながった。
座席選択画面が——出た。
スタンド席を——選んだ。
確定した。
「……取れた」
呟いた。
少し——間を置いた。
「桃霞を——また見る」
独り言だった。
当たり前のことを——言った。
だが——
その言葉が出たことが——
健一には、少し——不思議だった。
「桃霞」と呼び捨てで——
言っていた。
いつの間に——そう呼ぶようになっていたか。
気づいていなかった。
---
最前列にいた女の子は——
アクセスして——
つながって——
アリーナ席を選んで——
確定した。
全部が——三十秒だった。
「……取れた」
布団の中で——ガッツポーズをした。
誰も見ていなかった。
それでもした。
「桃霞ちゃん——また行くよ」
スマートフォンに向かって——言った。
画面には——確認メールが表示されていた。
「大阪城ホール アリーナ席 前方ブロック」
前方ブロック。
また——前の方で見られる。
また——あの笑顔の近くに、行ける。
女の子は——布団から出た。
カーテンを開けた。
七月の朝の光が——入ってきた。
明るかった。
---
午前十時十七分。
チケットが——完売した。
前回より——十分長かった。
横浜が二十七分だったのに対して——
今回は、十七分だった。
十分、短かった。
---
田中は——その数字を見た。
「……十七分」
エマが——隣で、画面を見た。
「横浜より早いですね」
「そう」
「アクセス数は——横浜より多かったです」
「つまり——来た人が、増えた。でも、競争率も上がったから——取れなかった人も、増えた」
「矛盾してますね」
「矛盾してる。でも——それが、人気が出た、ということだと思います」
エマは——少し、考えた。
「取れなかった人への配慮も——必要ですね」
「配信ですか」
「はい。配信の告知を、早めに出すと——取れなかった人たちが、見る場所を確保できます」
田中は——頷いた。
「藤原係長に、相談します」
「もう一つ——」
エマは、続けた。
「英語圏のファンから——「How can I watch from overseas?」という質問が、もう来てます」
「配信の海外向け対応——」
「今回から——英語字幕付きの配信を出すことは、できますか」
田中は——少し、考えた。
「技術的には——できると思いますが、コスト面で確認が必要です」
「急がなくていいです。でも——そういう需要が、すでに来ているということは、伝えておきたくて」
田中は——メモを取った。
「わかりました。今日の報告に入れます」
---
SNSのタイムラインに——
投稿が流れた。
「取れた!!!!!!!!!!!!!!!」
「取れなかった……次こそ」
「配信あるかな」
「大阪まで——一ヶ月ちょっと」
「楽しみすぎる」
「「全員が主役」って——どんなライブになるんだろう」
「横浜が最高だったから——大阪はもっと最高になると思う」
「「期待」じゃなくなってきてる。「確信」になってきてる」
「それ、わかる」
「ゆめいろシフォンが——本物になってきてる」
「本物だよ、もう」
---
麻衣は——その投稿を、一つ読んだ。
「ゆめいろシフォンが——本物になってきてる」
台帳を——開いた。
書いた。
「七月二十六日。チケット、十七分で完売。横浜より十分早かった。来たい人が——増えた。」
書いた。
「ファンの投稿に——「期待が確信になってきた」という言葉があった。」
書いた。
一行、空けた。
「横浜で証明したことが——大阪への「確信」になっている。七人が積み上げてきたものが——外に届いている。」
書いた。
最後に——一行。
「大阪まで——三十四日。七人は、今日も練習している。」
書いた。
タブレットを閉じた。
窓の外の——七月の光が、明るかった。
---
その頃——
スタジオでは——七人が、練習していた。
チケットが完売したことを——
まだ、知らなかった。
知らないまま——
踊っていた。
歌っていた。
向かっていた。
大阪へ。
一万六千人へ。
届けに——向かっていた。
つづく…
▼登場人物のイラストをpixivで公開中
https://www.pixiv.net/artworks/144793121




