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このアイドル、どこかおかしい。一人だけ、笑っていない。  作者: Nagiousen


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第62話 信じる強さ

七月十二日(土) 午前




レッスンスタジオに——


新曲のデモが、流れていた。




『セブンカラーズ・センター』。




仮のタイトルだった。




イントロから——


七人のポジションが、目まぐるしく変わる曲だった。




振付師が——七人の前に立った。




「もう一度、確認します。Aメロは苺さんがセンター。サビ前で若葉さんが中央に出る。サビ頭で空さんが、左端から右端に移動しながら歌う。Bメロは杏さんが、ハーモニーを維持しながらダンスを続ける。ラストのサビで全員が同時に動く」




七人が——頷いた。




「やってみましょう」




音楽が——流れた。




最初の八小節は——問題なかった。


苺がセンターに立った。


動きが——整っていた。


Aメロが終わった。




若葉が——中央に移動しようとした。


桃霞が——同じタイミングで、別の方向へ動いた。




ぶつかった。




二人が——止まった。


音楽だけが——流れ続けた。




「止めます」




振付師が言った。


音楽が——止まった。




「桃霞さん、そこはまだ動かないです。若葉さんが中央に来るのを待ってから、右に引く」




「わかりました」




桃霞は——頷いた。




「もう一度」




二回目。




若葉が——中央に動いた。


今度は——うまく行った。




サビ前まで——来た。


空が——左端から走った。


歌いながら——走った。


右端に到達する前に——


向日葵と——ぶつかりそうになった。




「止めます」




振付師が——また止めた。




「向日葵さん、そこは三歩、後ろに引いてください。空さんが通れないです」




「三歩ですか、二歩じゃなくて」




「三歩です。二歩だと、空さんの肩がかすります」




「わかりました」




三回目。




Aメロ——クリア。


サビ前——クリア。


空の移動——クリア。




Bメロに入った。


杏が——ダンスを続けながら——


ハーモニーのパートに入った。


体を動かしながら——


声が、少し——ずれた。




音楽が止まらなかった。


杏は——自分で気づいて、立ち止まった。




「……すみません。もう一度、ください」




振付師が止めた。




「杏さん——ハーモニーのタイミングが、一拍早いです。動きの方に意識が行くと、声が先に出てしまう。逆に意識してみてください」




「逆に——というのは」




「声を先に意識する。動きは後からついてくる、という感覚で」




杏は——少し、考えた。




「……やってみます」




四回目。




五回目。




六回目。




その度に——


どこかが、ずれた。




苺が——センターから、一度外れた。




若葉が——移動のタイミングを、早く踏んだ。




空が——歌いながら走ることで、息が乱れた。




杏が——またハーモニーをずらした。




莉恋が——立ち位置を、半歩間違えた。




向日葵が——早く動きすぎて、空のルートを塞いだ。




桃霞が——センターに出るタイミングを、一拍遅れた。




休憩になった。


全員が——水を飲んだ。




誰も——


大きな声で話さなかった。




振付師が——別のスタッフと、確認作業をしていた。




七人は——それぞれの場所に、座っていた。




苺は——立ったまま、フォーメーション図を見ていた。




手元の紙に——


七人の動きを、自分なりに書き直していた。


書きながら——考えていた。




(なぜ、ずれるのか)




技術の問題ではなかった。


全員が——技術として、それぞれのパートを覚えていた。




だが——


全体として、合わなかった。


自分のパートだけを、動いているからだった。




隣が何をしているかを——


感じながら動いていないからだった。




苺は——紙を見た。




七人の動きが——


それぞれの矢印として、書いてあった。


矢印が——複雑に交差していた。




(これは——)




苺は、気づいた。




「みんな」




声をかけた。




七人が——苺を見た。




「この曲——誰かが主役になる曲じゃない」




全員が——苺を見た。




「七人全員がお互いを——信じないと、完成しない曲なんだ」




若葉が——少し、考えた。




「信じる、というのは——具体的に、どういうことですか」




苺は——紙を見た。




「若葉ちゃんが中央に来るとき——私は右に引く。私が右に引けると——信じてるから、若葉ちゃんは躊躇なく動ける。信じてなかったら——ぶつかるかもしれないと思って、若葉ちゃんの動きが遅くなる」




若葉は——少し、頷いた。




「……なるほど。「相手が正しく動く」という前提で、自分が動く、ということですか」




「そう。全員が——全員を信じて動かないと、誰かが迷う。迷いが出ると、ずれる」




空が——少し、言った。




「私が走るとき——向日葵さんが引いてくれると、信じて走れば——ぶつかることを考えずに、歌いながら走れます」




「そうそう」と苺が言った。




「私が心配してたのは——空ちゃんとぶつかることより、空ちゃんを心配させることだった」




向日葵が——少し、笑った。




「そういうことか」




「うん。全員が——全員のことを、信じながら動く曲なんだ。誰か一人が疑うと、全体がずれる」




桃霞は——その言葉を、聞いていた。




(信じながら動く)




自分が——今まで、できていたか。




考えた。




動きとして——覚えていた。


だが——隣を信じながら動けていたかは——


わからなかった。




「もう一度——やってみましょうか」




振付師が、戻ってきた。




「今度は——隣の人を見ながら、動いてみてください」




七回目。




苺が——センターに立った。


右隣の空を——見た。


空は——苺を見た。




Aメロが——始まった。




苺が——歌いながら、空の位置を感じていた。




サビ前。




若葉が——動いた。


苺は——若葉の動きを感じながら——右に引いた。




ぶつからなかった。




空が——走った。


向日葵が——三歩、後ろに引いた。


空は——ルートが空いていることを感じながら——


歌いながら走った。




息が——乱れなかった。




Bメロ。




杏が——声を先に意識した。


動きが——後からついてきた。


ハーモニーが——ずれなかった。




ラストのサビ。




全員が——動いた。


同時に——動いた。




誰も——ぶつからなかった。


誰も——ずれなかった。




曲が——終わった。




振付師が——少し、間を置いた。




「……今の、良かったです」




全員が——少し、息を吐いた。




「自分のパートだけじゃなく——隣を感じながら動けてました」




苺は——七人を見た。




「わかった?」




全員が——頷いた。




「これが——この曲だ」





つづく…




▼登場人物のイラストをpixivで公開中


https://www.pixiv.net/artworks/144793121

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