表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このアイドル、どこかおかしい。一人だけ、笑っていない。  作者: Nagiousen


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
61/113

第61話 黄色い付箋のバトン

七月九日(木) 午前




麻衣が——エマに、仕事を頼んだのは——


午前十時を少し過ぎた頃だった。




「朝比奈さん」




「はい」




「中村さんが使っていた資料棚の整理を——お願いできますか」




エマは——資料棚を見た。


壁際に——三段の棚があった。


ファイルが、隙間なく並んでいた。




「分類を変える必要はないです。中身を確認して——どのファイルに何が入っているか、リストを作ってもらえれば」




「わかりました」




エマは——すぐに、立ち上がった。


メモ帳とペンを持って——


資料棚の前に、立った。




最初のファイルを——取り出した。


背表紙に——付箋が、貼ってあった。


黄色い付箋だった。


小さな字で——書かれていた。




「照明変更は本番三日前まで。それ以降は原則不可。緊急時は藤原係長を通すこと。」




エマは——その付箋を、読んだ。




次のファイルを、取り出した。


また、付箋があった。




「音響キューシートの確定版は、必ずPDFで保存。Wordのままにしない。理由:文字化けトラブル経験済み(2022年)」




次のファイル。




「搬入順序は【照明機材→音響→衣装→小道具】この順番を崩さないこと。逆にすると通路が詰まる。」




次のファイル。




「スタッフの昼食手配は、開演五時間前。遅れると午後のリハに影響が出る。必ず確認。」




エマは——少し、手を止めた。


ファイルを持ったまま——


棚の前で、立っていた。




麻衣が——気づいた。




「どうかしましたか」




「……いえ」




エマは——少し、首を振った。




「全部に、付箋が貼ってあります」




「そうですね」




「細かい」




「中村さんは——そういう人です」




エマは——また、ファイルを確認し始めた。


だが——少し、手が——丁寧になっていた。


さっきより、ゆっくりと——


一枚一枚を、読んでいた。




三十分後。


エマは——リストを、作り終えた。


二十三冊のファイルの——


それぞれの内容を、簡潔にまとめたリストだった。


麻衣に渡した。




「こんな感じで、いいですか」




麻衣は——受け取った。


読んだ。




丁寧なリストだった。


ファイルの内容だけでなく——


それぞれの付箋のメモまで——


一行ずつ、書き写してあった。




「……付箋のメモまで、書き写したんですね」




「大事なことが書いてあると、思ったので」




麻衣は——少し、頷いた。




「そうですね。大事なことです」




「……会ったことはないのに」




エマが——小さく、言った。




「え?」




「中村さんに——まだ、お会いしていないのに」




エマは——棚を見た。




「仕事ぶりが——伝わってきます」




麻衣は——エマを見た。




「このファイルを見ただけで——どんな人か、なんとなく分かる気がします。丁寧で、先のことを考えていて、後から来る人のことを考えている人だって」




「……そうですね」




麻衣は——少し、間を置いた。




「だからこそ——今は、休んでほしいんです」




エマは——麻衣を見た。




「自分の代わりに——このファイルが、ちゃんと仕事をしてくれているから——安心して休んでほしい」




エマは——少し、黙った。




「……そういうことか」




小さく、言った。




「何がですか」




「「支える仕事」って——自分がいなくなっても、仕事が続くように——しておくことなんだなと、思って」




麻衣は——少し、驚いた。




「……そうかも、しれませんね」




「浅井さんの台帳も——そういうものですか」




麻衣は——少し、考えた。




「……少し、違います」




「どう違いますか」




「中村さんのファイルは——次の人へのバトンです。私の台帳は——自分が見てきたものを、残しておくためのものです。誰かに渡すためではなく」




エマは——少し、考えた。




「……なるほど」




「どちらも——支える仕事ですが、種類が違います」




「私は——どっちに近いですか」




麻衣は——エマを見た。




「まだ、わからないです」




「わからない、というのは」




「これから——どちらになるかは、朝比奈さんが決めることだから」




エマは——少し、笑った。




「浅井さんって——答えを言わないですね」




「確認係なので」




「確認係って、そういうものですか」




「見る仕事なので——答えを言ってしまうと、見えなくなってしまいます」




エマは——少し、考えた後——


また、笑った。




「……面白いですね、その考え方」




「そうですか」




「私の周りに——そういう人が、あまりいなかったので」




麻衣は——少し、首を傾けた。




「オーストラリアでは、違いましたか」




「オーストラリアは——どちらかというと、すぐに答えを言う文化なので」




「それが——向いていましたか」




「好きでしたよ、その文化も。でも——」




エマは——少し、棚を見た。




「「答えを言わない」人が——こういうファイルを作るんだなと思って」




麻衣は——エマの視線の先を、見た。


中村の——ファイルが、並んでいた。




「中村さんは——答えを言わない人ですか」




「……どちらかというと——気づかせてくれる人です」




エマは——頷いた。




「……会いたいですね、早く」




麻衣は——少し、微笑んだ。




「元気になったら——会えます」




「約束してもらえますか」




「……約束できるのは、中村さんだけですが」




エマは——また、笑った。





つづく…




▼登場人物のイラストをpixivで公開中


https://www.pixiv.net/artworks/144793121

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ