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第6話 判断できない

二月一日(土) 朝 横浜・みなとみらい




二月の最初の朝は、曇っていた。




みなとみらいの海が、灰色だった。


空と海の境界が、はっきりしない。


どちらも同じ色をしていた。




麻衣は、傘を持って出た。


天気予報は「午後から雨」と言っていたが、朝からすでに、空が重かった。




今日の服装は、黒のウールコートの下に、ダークグレーのタートルネック、チャコールのスラックス。


全身が、ほぼ同じトーンの灰色と黒になった。


意図したわけではない。


朝、引き出しを開けたとき、手に触れた順に選んだだけだ。




今日から、受付が始まる。




土曜日だったが、運営部は全員出勤だった。


藤原係長の「最初の三日間は全員いろ」という指示だった。




最初の郵便




午前九時十五分。




郵便の配達が来た。




配達員が台車を押してきた。


台車の上に、段ボール箱が一つ。




「九条エンターテインメント様、オーディション係宛の郵便物です。まとめて持ってきました」




中に封筒が詰まっていた。




田中が数えた。




「……四十七通」




麻衣は、台帳を開いた。


受付一日目。到着通数:四十七。


記録した。




「四十七通かあ」




田中が言った。




「多いですか、少ないですか」




「分かりません。初めてなので」




「前回のオーディションのデータでは、初日は三十から六十の範囲でした。想定内です」




「なんで麻衣さん、そういうの知ってるんですか」




「調べました。先月のうちに」




田中は、少し間を置いた。




「……準備がいいですね」




「仕事です」




麻衣は、封筒を一通ずつ取り出し始めた。




封は、開けない。


まず外側を確認する。


宛名は正しいか。差出人は記載されているか。封がきちんとされているか。


それだけ確認して、受け取り台帳に記録して、仮置きのトレーに入れる。




四十七通を、二人でやった。


三十分かかった。




書類処理の始まり




午後から、本格的な書類処理が始まった。




WEB応募は、フォームに入力されたデータが直接スプレッドシートに反映される。


麻衣はそれを画面で確認しながら、一件ずつ評価シートに転記していく。




郵送は、封筒を開ける。


中身を確認する。


写真を取り出す。スキャンする。データに紐付ける。


応募用紙の文字を読む。入力する。




最初の一件は、WEB応募だった。




氏名:非公開(仮名処理済)。十七歳。東京都在住。


身長百六十二センチ。芸能活動歴なし。


自己PR:「ダンスを五年間続けています。人を笑顔にすることが好きです」


志望動機:「ゆめいろシフォンが大好きで、いつか一緒に立ちたいと思っていました」


特技:クラシックバレエ、新体操。




写真は、明るい笑顔だった。


加工はない。


撮影環境は良好。




麻衣は、評価シートに記入した。


写真評価:適正。プロフィール:問題なし。自己PR:良。志望動機:標準。総合:通過候補。




次の一件へ。




次。




また次。




午後一時から始めて、五時までに麻衣が処理したのは、WEB・郵送合わせて八十三件だった。




田中は六十一件。


中村先輩は百四件。




「先輩、速すぎないですか」と田中が言った。


「慣れ」と中村先輩が返した。


「麻衣さんは?」


「八十三件です」


「初日にしては速い方よ」と中村先輩が言った。




麻衣は、「速い方」と言われた理由を考えた。




感じることと、処理することを、同時にやっていないからだと思った。


今日は「処理すること」に集中した。


感じることは、後回しにした。




それが正しいかどうかは、まだ分からない。




二月 書類が積み上がる日々




一日目:四十七通(郵送)+WEB二百六件。合計二百五十三件。


二日目:六十一通(郵送)+WEB二百八十九件。合計三百五十件。


三日目:八十八通(郵送)+WEB三百十二件。合計四百件。




三日目の夜、麻衣は自分の台帳を見た。




三日で、千件を超えた。




(千人が、応募した)




数字として知っていた。


想定していた。


だが——実際に千件のデータを自分の手で扱うと、重さが違った。




処理しながら、気になる書類がいくつかあった。




自己PR欄に、小説のような文章を書いてきた子。


写真が一枚しかなかったが、その一枚に圧倒的な存在感があった子。


志望動機が一行だけだったが、その一行に迷いがなかった子。




それらを、麻衣は「保留」に入れた。


言語化できるものと、できないものが混在していたが、中村先輩の言葉を思い出して、できないものも保留に入れた。




藤原係長が「保留が多い」と言った。


「中村先輩に習っています」と麻衣が答えた。


係長は一秒だけ黙って「続けろ」と言った。




二月中旬 それぞれの書類




日々は続いた。




麻衣が処理した書類の中に、忘れられないものがいくつかあった。




一つは、小学生の字で書かれた書類だった。




年齢を確認すると、十三歳。ぎりぎり応募資格内だった。


字は、丸くて、不揃いだった。


志望動機には「莉恋ちゃんみたいになりたい」と書かれていた。


それだけだった。




写真は、ワンピース姿だった。


笑顔が、少しだけぎこちなかった。


頑張って作った笑顔だと、分かった。




麻衣は、評価シートを記入した。


志望動機:短い。自己PR:記載なし。写真:適正。




「保留」にするか、「不通過」にするか、少し迷った。




「莉恋ちゃんみたいになりたい」。




それ以上でも以下でもない。


だが——その一文に、迷いはなかった。




麻衣は「保留」に入れた。




理由を書く欄に「動機の明確さ」と記入した。




もう一つ、忘れられない書類があった。




三十代半ばだった。




年齢欄を見た瞬間、麻衣は止まった。


応募資格は二十六歳以下だ。


三十代は、条件外だ。




志望動機欄を見た。




「十五年間、ずっとゆめいろシフォンになりたいと思っていました。今回も条件外だと分かっています。それでも応募したかった。最後に一度だけ」




十五年間。




ゆめいろシフォンが結成されたのは、一年前だ。


十五年間は、ゆめいろシフォンへの夢ではない。


アイドルへの夢だ。


十五年間、アイドルになることを夢見てきた人間が、今も諦めていない。




「条件外」のスタンプを押した。




押しながら——少しだけ、手が重かった。




それだけだった。


処理した。




加工した写真を送ってきた応募者も、いた。




一通目に気づいたのは、二月の中旬だった。




封筒を開けた。写真を取り出した。


一見して、きれいな写真だった。


笑顔が、完璧に見えた。




だが——何かが、引っかかった。




肌がきれいだ。


だが、きれいすぎるかどうかの判断が、つかなかった。


元々の肌がきれいな子なのか、加工しているのか。


麻衣には、すぐには判別できなかった。




中村先輩に見せた。




先輩は三秒見て、「加工あり」と言った。




「どこで分かるんですか」




「首と顔の色が、わずかに違う。顔だけ加工してる」




麻衣はもう一度、写真を見た。




確かに、違う。


顔の肌の色と、首の色が——ほんのわずかだが、合っていない。


言われなければ、気づかなかったかもしれない。


いや——引っかかりはあった。


ただ、言語化できていなかっただけだ。




「写真不適」のスタンプを押した。




麻衣は次の封筒を取った。


処理を続けた。




それからも、加工の写真は来た。




明らかなものもあった。


肌がのっぺりしていた。毛穴がない。鼻の影がない。目が、顔のバランスに対して大きすぎる。


そういうものは、一秒で判断できた。




全体の約一・八パーセントだった。


百五十八人が、加工した写真を送ってきた。




意図的な加工が何件で、フィルターを「加工」と認識していなかったケースが何件かは、判別できない。


処理は、同じだった。




田中が、隣で処理しながら言った。




「加工してきた子って——落ちるって、分かってないんですかね」




「要項に書いてあります」




「読まなかったのか、読んだけど大丈夫だと思ったのか、どっちでしょう」




「どちらでも、処理は同じです」




田中は少し黙った。




「……でも、なんで加工するんですかね。自分をよく見せたくて、ってことですよね」




麻衣は少し考えた。


手を止めずに、考えた。




「自分をよく見せたい、というより——自分の一番いい状態を見せたい、ということかもしれません」




「……それって、違うんですか」




「違うと思います。「よく見せる」は実態より上にする。「一番いい状態を見せる」は、実態の中の最良を選ぶ」




「……でも加工は、実態より上ですよね」




「そうです。だから不通過です」




田中は、少しだけ黙った。




「……なんか、切ないですね」




麻衣は答えなかった。


切ない、という感覚が自分の中にあるかどうか、まだ判断できていなかった。




あるかもしれない。


ただ——それを確認する前に、次の封筒を開けていた。




二月二十五日(火) 夕方 締切三日前




締切の三日前から、郵送が急増した。




二月二十五日の一日だけで、郵送が二百十八通届いた。




田中が「すごい」と言った。


麻衣は「想定内です」と言った。


「なんで分かるんですか」と田中が聞いた。


「締切前の駆け込みは、どの公募でも起きます。不動産の申請書類でも同じでした」と麻衣が答えた。


「麻衣さん、何でも不動産に繋げますね」と田中が言った。


「比較対象が、そこしかないので」と麻衣が返した。




その夜、麻衣は残業した。




オフィスに残ったのは、麻衣と藤原係長と中村先輩の三人だった。


田中は定時で帰っていた。


「明日も来るので」と言って。




夜の九時。


オフィスの蛍光灯が、白い光で室内を照らしている。


窓の外に、みなとみらいの夜景が広がっていた。


観覧車が回っている。




麻衣は画面を見ながら、処理を続けた。




今日の午後から届いた分だけで、三百件を超えていた。


WEBの分を合わせると、今日一日で五百件に近い。




中村先輩が、コーヒーを持ってきた。




「飲む?」




「ありがとうございます」




缶コーヒー、ブラック。


麻衣はブラックが得意ではないが、今夜は受け取った。




「慣れてきた?」と中村先輩が聞いた。




「……分からないですが、ペースは上がってきました」




「保留の感覚も、変わってきた?」




麻衣は少し考えた。




「……最初の頃より、迷わなくなってきました」




「迷わない、というのは?」




「何かがある、と感じた瞬間に、すぐ保留に入れるようになってきた気がします。説明の言葉を探す前に」




中村先輩は、少し笑った。




「それでいいよ。説明は後からできる。先に説明を作ろうとすると、感じたものを潰すから」




「……先輩は、いつからそれができるようになったんですか」




「三回目のオーディションから、って言ったでしょ」




「今回が浅井さんの初めてよね」




「はい」




「だったら、次回の終わりには、もうできるようになってると思う」




麻衣は、コーヒーを一口飲んだ。


苦かった。


だが、悪くなかった。




二月二十八日(金) 夜 締切当日




締切は、二月二十八日の二十三時五十九分だった。




WEB応募の受付は、その時刻に自動で締め切られる。


郵送は、この日の消印有効。




午後からオフィスに全員が残った。


藤原係長、中村先輩、麻衣、田中。


四人が、それぞれの画面を見ながら処理を続けた。




WEB応募の件数が、リアルタイムで更新されていく。




二十二時——七千六百三十一件。


二十三時——七千九百八十二件。


二十三時三十分——八千百四十九件。


二十三時五十九分——八千二百十四件。




システムが、受付を締め切った。




田中が「止まった」と言った。


係長が「郵送の最終確認をしろ」と言った。




今日届いた郵送を確認した。


昨日より多い。締切当日の駆け込みは予想より大きかった。




WEB分の最終集計が出たのは、日付が変わる少し前だった。




藤原係長が、静かに言った。




「WEB応募、八千二百十四件。郵送は消印有効だから、まだ届く。最終確定は来週だ」




室内が、少し静まった。




「……WEBだけで八千を超えましたね」と田中が言った。




「ゆめいろシフォンだからな」と係長が言った。




それだけだった。




係長は、自分のコートを取った。


「今日はここまで。お疲れ様」




全員が、順番に帰っていった。




麻衣は最後に残った。




スタッキングボックスを見た。




今日までに届いた郵送が詰まったボックスが、並んでいる。


だが——まだ終わっていない。


明日以降も、郵送は届く。


消印が二月二十八日であれば、三月に入ってからポストに届く封筒も、有効だ。




全部で何通になるのか。


今日の時点では、誰も知らない。




(誰がいるのか)




その問いが、浮かんだ。


今度は、処理しなかった。




電気を消した。


廊下に出た。




真夜中の横浜は静かだった。


外気が、肺に冷たく入ってくる。


二月の終わりの空気だった。




明日、三月になる。


三月になっても、郵送はまだ届く。


全部が揃ってから、本格的な書類審査が始まる。




麻衣は、マフラーを巻いた。




歩き出した。




三月六日(木) 午後 四階・オフィス




締切から六日後、郵送の最終集計が出た。




三月一日から五日にかけて、締切日の消印が押された郵送が届き続けた。


毎朝、受付から「本日分の郵便物です」と電話が来た。


麻衣はそのたびに取りに行き、台帳に記録した。




三月一日:九十一通。


三月三日:六十四通。


三月四日:三十七通。


三月五日:十二通。


三月六日:四通。




六日の午後、係長が声をかけてきた。




「今日で郵送の受け取りを締め切る。六日以降に届いた分は、消印を確認して判断する」




「分かりました」




「郵送の最終集計を出せ」




麻衣は、台帳を集計した。


期日前の百七十八通を含む、郵送の総数。




計算した。




「郵送、合計五百八十三通です」




係長が言った。




「WEBと合わせて八千七百九十七件。これが最終数だ」




田中が「八千七百九十七……」と繰り返した。




麻衣は台帳に書いた。




「応募総数:八千七百九十七件(WEB八千二百十四件、郵送五百八十三通)」




それが、ゆめいろシフォン新メンバーオーディションの最終的な応募者数だった。




八千七百九十七人が、応募した。




その中の——一人に、「知りたいことがあります」と書いた子がいた。




三月 書類審査・本番




三月に入ると、書類処理の速度を上げなければならなかった。




二次審査の通知を三月十五日までに出す、というスケジュールが決まっていた。


そのために、三月十日までに書類審査を完了させる必要がある。




八千七百九十七件を、書類審査期間中に処理する。


一日あたり約八百二十件。




「多い」と田中が言った。


「やるしかない」と中村先輩が言った。


「分担を決めましょう」と麻衣が言った。




藤原係長が分担を決めた。


WEB分は三人で三等分。郵送は麻衣が中心になって処理する。


「浅井は郵送の感覚がいい」と係長が言った。


麻衣は、その言葉の意味をすぐには理解できなかった。




三月某日 午後




午後からの処理が続いていた。




今日のインナーは紺のハイネック。下は黒のスラックス。


コートは椅子の背に引っかけてある。




封筒を開ける。中身を取り出す。写真を確認する。応募用紙を読む。入力する。




繰り返す。




また繰り返す。




午後の三時を過ぎた頃、手が一瞬止まった。




封筒を開けた。


中身を取り出した。


写真を見た。




止まった。




笑顔を、作っていなかった。




他の応募者の写真は、全員が笑っていた。


作った笑顔。


頑張った笑顔。


自然な笑顔。


種類は様々だが、全員が「笑顔を見せる」という意図を持って撮影していた。




この写真は、違った。




表情が、ない。


カメラを、まっすぐ見ている。


それだけだ。


加工はない。照明も特別ではない。


だが——




目が、止まった。




麻衣は、応募用紙に目を移した。




氏名:櫻井桃霞さくらい とうか。十八歳。神奈川県在住。


身長百六十四センチ。芸能活動歴:なし。


特技:空欄。


自己PR:「特にありません」




麻衣は止まった。




「特にありません」。




二百字以内の欄に、それだけだった。




次。志望動機欄。




「知りたいことがあります」




それだけだった。




麻衣は、応募用紙を持ったまま、動かなかった。




十秒か、十五秒か。




「不備」のスタンプを、右手に持っていた。




押せなかった。




書いてある。


志望動機は書いてある。


「知りたいことがあります」——これは、志望動機だ。


文字数は少ない。だが、空欄ではない。




自己PRは「特にありません」。


これも、書いてある。


書いていないのではなく、「ない」と書いてある。




特技欄だけが、空欄だった。




麻衣は、写真をもう一度見た。




笑顔を作っていない顔。


カメラをまっすぐ見ている目。




何も読み取れない。




感情も、意図も、アピールも——何も乗っていない。




ただ、そこにある顔だった。




(何が、あるんだろう)




その問いが、浮かんだ。




「何かがある」のか、「何もない」のか。


どちらか分からない。


だから、どちらとも言えない。




「不備」のスタンプを、脇に置いた。




評価シートに記入する。


写真評価:適正(加工なし・撮影状態良好)。


プロフィール:問題なし。


自己PR:最低限(「特にありません」)。


志望動機:最低限(「知りたいことがあります」)。


特技:空欄。




総合判定の欄に、手が止まった。




「通過候補」にするには、根拠が弱い。


「不通過」にするには——何かが、引っかかっている。




麻衣は、「保留」に丸をつけた。




理由の欄に、一言書いた。




「判断できない」




正直な言葉だった。


「保留」の理由として、正確かどうかは分からない。


だが今の麻衣には、これしか書けなかった。




応募用紙を、保留のトレーに入れた。




写真を、トレーに入れた。




次の封筒を、手に取った。




処理を続けた。




だが——




「知りたいことがあります」という一文が、まだ、頭の中にあった。




消えなかった。




何かが消えない。


麻衣には、それが何なのかがまだ分からなかった。




ただ、消えなかった。




その夜




退社したのは、八時過ぎだった。




今日の処理件数は、八百九十一件。


目標の八百八十件を、わずかに上回った。




電車の中で、田中からLINEが来た。




「今日も遅くまでお疲れ様でした。明日もよろしくです」




「お疲れ様でした」と返した。




スマートフォンを閉じようとして——止まった。




検索窓を開いた。




「知りたいことがあります 意味」と入力した。




検索結果が出た。




当然だが、言葉の定義が出てきた。


知りたいことがある——何かについて、まだ理解が足りておらず、それを補いたいという意思。




麻衣はスマートフォンを閉じた。




そんなことは知っている。


調べたかったのは、そこではない。




では何を調べたかったのか。




分からなかった。




電車が、黄金町の駅に着いた。


降りた。


夜道を歩いた。




アパートに帰り着いて、コートを脱いで、電気をつけた。




いつもの順番で。


いつもの部屋で。




冷蔵庫を開けた。


何もなかった。


閉めた。


コンビニに行くことにした。




コートをまた着た。




出かける前に、ふと——あの写真を思い出した。




笑顔を作っていない顔。


カメラをまっすぐ見ている目。




「知りたいことがあります」




何を、知りたいのか。




麻衣には、まだ分からなかった。


だが——




自分も、何かを知りたい気がした。




その「何か」が何なのか、それも分からなかった。




麻衣は、扉を開けた。




夜の空気が、冷たく来た。


三月の初めの夜だった。


二月より少しだけ、湿り気がある。


春の手前の空気。




コンビニまでの道を、麻衣は歩いた。




桃霞という名前を、まだ覚えていた。




覚えていることに、気づいた。




それだけだった。





つづく…





マンガ版はpixivで連載中


https://www.pixiv.net/artworks/143788065

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