第56話 本物の証明
七月六日(月) 午前十時。
会議室に、七人が揃っていた。
横浜アリーナのライブから二日。
向日葵の声は、まだ少しかすれている。
桃霞の胸の奥には、言葉にならないざわめきが残っていた。
莉恋はラベンダーパープルの衣装を、整え終えたばかりだった。
誰も無駄話をしない。
空調の風だけが静かに流れ、部屋の空気をゆっくり動かしている。
やがてドアが開いた。
九条冴子が入室する。
紺色のスーツ。
手にはタブレット。
「おはようございます」
七人も挨拶を返す。
九条は席に着かず、そのままスクリーンを操作した。
映し出されたのは、満席の横浜アリーナだった。
「皆さん、お疲れさまでした」
静かな声で切り出す。
「横浜で皆さんが証明したのは、『七人になった』という事実です」
少し間を置く。
「ですが、次に問われるのは別のことです」
画面が切り替わる。
大きく映し出された建物。
大阪城ホール。
部屋の空気が、わずかに変わった。
「次のライブ会場です」
向日葵が小さく息をのむ。
若葉はすでに、メモを取り始めていた。
「横浜は、新しいゆめいろシフォン結成の証明でした」
九条は続ける。
「大阪は、本物であることの証明です」
若葉が手を挙げた。
「質問です」
「どうぞ」
「結成と本物の違いは何でしょうか」
九条が答える前に、苺が静かに口を開いた。
「たぶん、一回だけじゃ終わらないこと」
皆が苺へ視線を向ける。
苺は少し考えながら続けた。
「横浜は奇跡だったって言われても仕方ない。でも大阪でも届けられたら、それはもう奇跡じゃない」
九条は小さく頷いた。
「その通りです」
空もゆっくり口を開く。
「一度できたことを、もう一度できるか。それが試されるということですね」
「ええ」
九条は短く答えた。
「再現できる熱量。それが本物です」
スクリーンに新たな文字が現れる。
**『センター交代制ユニットパート』**
「今回は、一人を主役に据える構成ではありません」
九条が説明する。
「一曲の中で、センターが入れ替わります」
向日葵が驚く。
「ずっと動き続けるってこと?」
「そうです」
杏が静かに笑った。
「七人全員が主役ですね」
「それがテーマです」
桃霞は横浜で披露した、円形のフォーメーションを思い出していた。
誰か一人ではなく、全員で景色を作る。
その考え方が、大阪ではさらに進化するのだ。
さらに画面が変わる。
**『七人体制初・完全新曲』**
空の表情が少し明るくなる。
「どんな曲なんですか」
「詳細は伏せます」
九条は珍しく少しだけ笑った。
「ただ一つ言えることがあります」
「七人だから成立する曲です」
苺は頷いた。
「だったら、届け方も七人で考えます」
続いて表示された文字は、部屋全体を静かに揺らした。
**『ライブ終盤 全国ツアー発表』**
「大阪城ホールで発表します」
向日葵が思わず声を漏らす。
「全国……」
「大阪は終点ではありません」
九条は七人全員を見回した。
「始まりです」
最後に日程が表示される。
**八月二十九日(土)**
苺が指を折る。
「五十四日」
九条が頷く。
「残された時間です」
若葉が資料を見ながら言う。
「新曲、新フォーメーション、新演出。かなり厳しいですね」
「その通りです」
「簡単ではありません。数字だけを見れば」
九条はそこで言葉を切った。
「ですが、横浜を成功させた皆さんなら、可能だと判断しました」
沈黙のあと、九条が問いかける。
「不安はありますか」
最初に答えたのは空だった。
「あります」
「期待が大きくなるほど、届かなかった時が怖いです」
杏も続く。
「横浜では必死で前を見ていました。でも次は支える側として、もっと周りを見たいです」
莉恋は自分の胸元を見るような仕草をした。
「ラベンダーパープルとして、二度目の舞台です。今度はさらに、この色を自分のものにしたいです」
向日葵は照れくさそうに笑う。
「また泣くかもしれません。でも泣くだけじゃなくて、ちゃんと最後まで届けたいです」
若葉は静かに言った。
「数字では測れない熱量を、もう少し理解したいと思っています」
苺は七人を見回した。
「私は、全員が主役のステージを作りたい」
最後に桃霞が口を開く。
「横浜では、『届けたい』と思いました」
一拍。
「大阪では、『もう一度届けられるか』を考えています」
誰も言葉を挟まない。
その静けさが、答えだった。
九条は小さく頷く。
「それが、本物への第一歩です」
会議は終わりに近づいた。
資料が配られる。
新曲制作。
レッスン日程。
大阪城ホール会場図。
全国ツアー構想。
九条は出口へ向かう。
ドアノブに手を掛け、一瞬だけ立ち止まった。
振り返る。
「横浜、ありがとうございました」
短い一言。
だがその言葉には、彼女自身の実感が滲んでいた。
そのまま部屋を出ていく。
ドアが閉まる。
しばらく静寂が続いた。
やがて苺が立ち上がり、自分の資料を抱えた。
「行こう」
七月四日。
横浜のステージ袖で、桃霞へ差し出した言葉と同じだった。
今度は七人全員へ向ける。
「大阪へ行こう」
空が立ち上がる。
喉用のボトルを手に取る。
若葉はスケジュール表に目を落としながら、歩き始める。
杏は紙コップを片付ける。
向日葵は「まず声を治さなきゃ」と苦笑する。
莉恋は新曲用の譜面ファイルを、胸に抱えた。
最後に桃霞が、大阪城ホールの会場図を静かに見つめる。
一万六千席。
数字を確認し、ゆっくり資料を閉じた。
胸の奥は、まだ静かに波打っている。
けれど今は、その感覚を消そうとは思わなかった。
「……行きましょう」
誰に向けた言葉でもない。
しかしその声に六人が、自然と歩調を合わせる。
新しい五十四日が、静かに動き始めていた。
つづく…
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