表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このアイドル、どこかおかしい。一人だけ、笑っていない。  作者: Nagiousen


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
55/55

第55話 休日に残る歓声

浅井麻衣




七月五日(日) 午前十時


麻衣は——


休日だった。




休日らしく——遅く起きた。


九時過ぎまで——寝ていた。


珍しいことだった。


ベッドの中で——


天井を見た。


昨夜という日が——まだ、体に残っていた。


処理しないまま——残っていた。




麻衣は——起き上がった。


台帳を開いた。




ライブの昨夜、書いた文字が——並んでいた。


文字が——少し乱れていた箇所があった。


「手が震えた」と書いた場所だった。


麻衣は——その文字を見た。




見ながら——


今朝の自分の手を見た。


震えていなかった。


普通の手だった。




「……今日は、震えていない」




確認した。


確認して——少し、笑った。




休日らしく——


何もしない朝だった。


コーヒーを淹れた。


ゆっくり飲んだ。




台帳を——もう一度開いた。


今夜書く予定はなかった。


開いたまま——


昨夜のページを、読み返した。




「桃霞——届いた。最前列の一人に。崩れた笑顔が。うずきながら。」


「莉恋——涙を流しながら踊っている。」


「七人——全員が、それぞれの「一人」に向かっている。」




麻衣は——その文字を、読んだ。


読みながら——


胸の中が——温かかった。


休日の——静かな温かさだった。




---




藤原係長




七月五日(日) 午前十一時


藤原は——自宅にいた。


珍しく——休日に、自宅にいた。


普段の休日は——次のスケジュールを、確認していることが多かった。


今日は——少し、違った。




テレビをつけていた。


ニュース番組だった。


芸能コーナーで——


昨夜のライブの話題が——少しだけ流れた。




「横浜アリーナで行われた、ゆめいろシフォンのライブが——」




短い紹介だった。


数秒だった。


藤原は——それを見た。


見ながら——


腕を組んだ。


いつもの癖だった。




「……数秒か」




小さく言った。


不満ではなかった。


事実の確認だった。




メディアでの扱いは——


まだ大きくなかった。


だが——


SNSでは——違った。




藤原は——スマートフォンを取った。


田中から送られてきた——


昨夜のSNS反響のレポートを——確認した。




数字が——並んでいた。


トレンド入り。


投稿数。


配信再生数。




藤原は——その数字を見た。


確認した。




「……まだ伸びるな」




呟いた。




次のライブ発表の——タイミングを——


頭の中で——計算し始めていた。




休日でも——


頭の中は——止まらなかった。


それが——藤原だった。




---




田中聡




七月五日(日) 午前十一時三十分


田中は——


仕事をしていた。


休日だったが——


仕事をしていた。




SNSの反響をまとめながら——


ファンとしての自分も——


タイムラインを見ていた。




「桃霞ちゃんへ」という投稿が——


まだ増え続けていた。




田中は——一つ一つ、確認した。


仕事として——確認しながら——


ファンとして——心が動いていた。




「……すごいことになってる」




呟いた。


誰もいない部屋で。




田中は——休日のレポートを——


簡潔にまとめた。


提出用に。




仕事を終えた後——


タイムラインを——


もう少し見た。


今度は——仕事ではなく——


ファンとして。




「桃霞ちゃん——本当によかった」




呟きながら——


スマートフォンをスクロールした。




止まらなかった。


止める必要が——なかった。




休日だった。




---




中村麗子




七月五日(日) 午前


中村は——


休日のはずだった。


だが——朝から——動いていた。




ライブの最終精算データを——


確認していた。




「今日くらい休んでもいいのに」




恭平が言った。


中村の交際相手だった。


広告代理店に勤めている、三十四歳。


中村と——付き合って二年になる。




「明日に持ち越したくないことが、いくつかあるから、終わらせておきたい」




中村は答えた。


照明の使用記録。


音響の機材返却確認。


次のライブに向けた、改善点メモ。


全部を——一人で確認していた。




体は——少し、重かった。


四ヶ月目だった。




昨日のライブで——少し無理をしていた。


それは——自分でも分かっていた。




立ちっぱなしだった。


長時間、インカムをつけたまま——


動き続けていた。




壁に手をついた瞬間が——


何度かあった。


麻衣に——見られていた。


それも——わかっていた。




中村は——昼過ぎまで——


データの確認を続けた。




恭平が——昼食を作ってくれた。


二人で暮らしているわけではなかった。


休日は——よく恭平が来て、過ごしていた。




「少し休んだら」




「もう少しで終わる」




「麗子」




恭平が——少し、強い声で言った。




「わかってる」




中村は——パソコンを閉じた。




「あと——これだけ」




メモを一枚、書いた。


次のライブに向けた——一行のメモだった。




「桃霞のマイク位置——格闘時にズレやすい。要確認。」




それを書いて——


ノートを閉じた。




「終わった」




恭平に言った。




「やっと」




恭平は——少し、呆れた顔をした。


中村は——少し笑った。




「明日からは——ちゃんと休む」




「今日も休んでよ」




「今日はもう動かない」




中村は——ソファに座った。


座ってから——


少し、息を吐いた。


長く吐いた。




「……疲れた」




小さく言った。


恭平が——隣に座った。




「昨日のライブ、どうだった?」




中村は——少し考えた。




「……最高だった」




「それは知ってる。麗子の体調を聞いてる」




「大丈夫」




「本当に?」




「大丈夫」




中村は——繰り返した。


恭平は——何も言わなかった。


だが——


その目が——少し、心配そうだった。




「……職場には、まだ言ってないんだよね」




恭平が——言った。




「うん」




恭平は——それ以上、聞かなかった。


中村のペースを——尊重していた。


それが——恭平のやり方だった。





つづく…




▼登場人物のイラストをpixivで公開中


https://www.pixiv.net/artworks/144793121

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ