第49話 七人のはじまり
イントロが——流れた。
デビュー曲だった。
今夜の始まりを飾った曲が、
最後にもう一度、横浜アリーナへ響く。
七人が——位置についた。
苺は隣の空を見た。
空は静かに頷く。
向日葵は若葉と目を合わせ、若葉は小さく笑みを返した。
杏は莉恋を見て、莉恋も穏やかに頷く。
そして——
莉恋は桃霞を見る。
桃霞も、その視線を受け止めた。
一秒。
言葉は交わさない。
七月一日。
「誰に向けて踊っていますか」と問いかけられた夜。
届かない笑顔しかできなかった日。
最前列の一人へ、自然な笑顔が届いた今夜。
その全部が、互いの瞳の奥に映っていた。
もう説明はいらない。
今は同じステージに立ち、同じ景色を見ている。
それだけで——十分だった。
イントロが終わる。
七人は同時に踏み出した。
『ふわふわユメイロ宣言』。
六人で始まった曲が、
今夜、
七人の歌として生まれ変わっていた。
自然と笑顔が広がる。
苺が笑う。
空も頷くように笑う。
向日葵は弾けるように笑い、
若葉は分析を忘れて微笑む。
杏は柔らかな表情で客席を見つめ、
莉恋は穏やかな笑みを浮かべた。
そして桃霞も——笑った。
作った笑顔ではない。
届けようと意識した笑顔でもない。
心の奥から、静かにあふれた笑顔だった。
七人の笑顔が、ひとつの景色になっていた。
サビ。
苺と向日葵がハイタッチを交わす。
空と若葉は視線だけで息を合わせる。
杏と莉恋は並んで踊りながら笑い合う。
桃霞は客席を見渡していた。
体には、まだ小さなうずきが残っていた。
乱入者を制した瞬間の衝撃も、激しく踊り続けた疲労も、確かに残っている。
疲れよりも、一万七千人の歓声の方が大きかった。
その想いが、身体の奥まで満たしていた。
最後のサビ。
会場中から歌声が重なる。
『ふわふわユメイロ宣言』。
ステージと客席の境界は、もう感じられなかった。
七人が歌い、一万七千人が歌う。
その声が、横浜アリーナを優しく包み込んでいた。
最後の音が消えた。
七人は横一列に並ぶ。
白い衣装に走る七色のラインが、
照明を受けて静かに浮かび上がる。
ベリーレッド。
ソーダブルー。
レモンイエロー。
ミントグリーン。
マンゴーオレンジ。
ラベンダーパープル。
ピーチピンク。
七色が並び、ひとつの虹になっていた。
客席でも、七色のペンライトが波のように揺れる。
ライブの冒頭に見た星空と同じ景色。
けれど意味は違った。
あの時は始まりを待つ光。
今は——
未来へ続いていく光だった。
七人は深く頭を下げる。
桃霞も一礼しながら、
ゆっくりと会場全体を見渡した。
最前列。
アリーナ席。
二階席。
三階席。
遠くに揺れる小さなピーチピンクの光まで。
「届いていますか」
問い続けてきた答えは、もう目の前にあった。
言葉はいらない。
その光景そのものが答えだった。
桃霞は静かに笑う。
確信の笑顔だった。
七人は顔を上げ、声をそろえた。
「ありがとうございました!!!!!!」
七つの声が重なり、横浜アリーナいっぱいに広がっていく。
その瞬間、一万七千人の拍手と歓声が一つになった。
七人はステージを後にする。
歩きながら最後に振り返る。
七色の光が、まだ揺れていた。
ラベンダーパープルを掲げる人がいた。
ピーチピンクを胸に抱く人がいた。
声を枯らしながら拍手を続ける人がいた。
それぞれ違う形で、今夜という一日を胸に刻もうとしていた。
七人はその光を受け取り、静かに暗がりの中へ消えていった。
会場の照明が上がる。
それでも拍手は止まらない。
「最高だった」
「また来たい」
「次も絶対に七人に会いに来る」
あちこちから聞こえる声が、余韻となって空間に残っていた。
和田さくらは、
ラベンダーパープルのペンライトを、胸の前で握り締めた。
「来てよかった」
その一言だけで十分だった。
山田健一は、
腕を組まずに拍手を続けていた。
静かに会場を見渡し、小さく呟く。
「良い夜だった」
伊藤ななは、
枯れた声の代わりに、精いっぱい拍手を送っていた。
最前列の少女は、
ピーチピンクのペンライトを抱きしめる。
涙は止まっていた。
代わりに、自然な笑顔がそこにあった。
桃霞が最後に見せた笑顔と、どこかよく似た笑顔だった。
バックステージ。
麻衣はタブレットを開く。
最後の記録を書くために。
指が止まる。
本当は、書きたいことが多すぎた。
乱入も。
歓声も。
静かな拍手も。
七人の笑顔も。
全部を書き残すことはできない。
少し考えて、最後の一行だけを入力した。
**「公演終了。七人体制、始動確認。」**
それだけを書いて、タブレットを閉じる。
振り返ると、七人が戻ってきていた。
それぞれ違う表情で笑っている。
その笑顔を見て、麻衣も小さく微笑んだ。
届けることを願った歌は、確かに届いていた。
そして——
**七人のゆめいろシフォンは、この夜、本当の意味で歩き始めた。**
つづく---
▼登場人物のイラストをpixivで公開中
https://www.pixiv.net/artworks/144793121




