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このアイドル、どこかおかしい。一人だけ、笑っていない。  作者: Nagiousen


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第48話 はじまりの続きを、7人で

イントロが流れた。


一万七千人の歓声が——押し寄せた。


本編の終わりに聞いた歓声よりも。


さらに大きく。


さらに温かく。




白い衣装をまとった七人、装飾は少ない。


白を基調に、それぞれの色を示す一本のラインだけ。


そのシンプルさが——七人の存在を、かえって鮮やかに浮かび上がらせていた。




『明日もユメイロ』




アンコールの定番曲。




激しく踊る曲ではない。


客席へ歩み寄り、感謝を届ける曲だった。




花道へ向かったのは——苺だった。


先端まで歩き、左右の客席を大きく見渡す。




「みなさん!!!!!!」




声が返る。




「苺ちゃん!!!!!!!!」




苺は笑い、大きく手を振った。


その笑顔につられるように、会場のあちこちで笑顔が広がっていった。




向日葵はステージ端まで進む。


最前列のファンへ向かって身を乗り出し、大きく手を伸ばした。




客席の手も、一斉に伸びる。


触れそうで触れない距離。


それでも十分だった。




「近い!!!!!!」




歓声が上がる。




向日葵は満面の笑みで頷き、反対側の客席にも同じように手を振った。


楽しさが、そのまま体からあふれていた。




空は歌いながら歩いた。


途中で足を止める。




目を閉じ、一節を丁寧に歌い上げた。


二階席からも。


三階席からも。


その歌声へ歓声が返ってくる。




空は静かに目を開いた。


届いていた。


その事実が、また次の歌声を運んでいた。




桃霞は、ゆっくりと歩いた。




最前列を見る。


その先を見る。


さらに上を見る。


二階席。


三階席。


遠くのスタンド席。




どこにも——ピーチピンクの光が揺れていた。


小さな光が、点ではなく海になっていた。




桃霞は数えなかった。


数える必要がなかった。


ただ、胸の中で確かめる。




(届いている)




静かな微笑みが浮かぶ。


見せるための笑顔ではない。


安心した人が、自然に浮かべる笑顔だった。




同じ頃。


三階席の少女が、目いっぱいペンライトを振っていた。




「桃霞ちゃん、こっち!」




その距離では、声は届かない。


それでも少女は、桃霞が自分へ手を振ってくれた気がした。




届いていたのは——桃霞だけではなかった。


客席の想いもまた、確かにステージへ届いていた。




莉恋は客席を見つめながら歩いた。




ラベンダーパープルの光が、会場のあちこちで揺れている。


ライブが始まる前より。


本編の途中より。


確実に増えていた。


その一つ一つが、自分へ向けられている。




莉恋は思わず笑った。


意識した笑顔ではない。


胸の奥から、そっとこぼれた笑顔だった。




「莉恋ちゃん、笑った!!!!!!」




そんな声が飛ぶ。


莉恋は軽く会釈し、客席へ手を振り返した。




ラベンダーパープルの光は、さらに大きく揺れた。




若葉は花道の途中で立ち止まった。


いつもの癖なら、歓声の量や手拍子の揃い方を、分析していたはずだった。




だが今夜は違う。


分析する前に、自分の手が自然と振られていた。




気づけば笑っていた。


理屈ではなかった。


そのことが、少しだけ嬉しかった。




杏は歩きながら目を細めた。




照明の熱。


汗。


機材の金属。


そして、一万七千人の空気。


その全部が混ざり合い、会場を満たしている。




今夜最後に残った匂いは、恐怖でも緊張でもなかった。


安心だった。


七人と一万七千人が、同じ時間を共有している匂いだった。




杏は胸の中へ、その記憶を静かにしまった。




サビが来る。




誰かが合図したわけではない。


自然に。


会場全体で手拍子が始まった。


パン。


パン。


パン。




一万七千人の音が、七人の歌を支える。


温かい音だった。




乱入事件の後に、残る音ではない。


恐怖の音でもない。


「一緒にいる」という音だった。




七人は歌う。


観客は手拍子を送る。


互いに届け合い、受け取り合う時間が、横浜アリーナいっぱいに広がっていた。




やがて曲が終わる。


七人はステージ中央へ戻り、顔を見合わせた。




拍手は鳴り止まない。


誰も座らない。


一万七千人は、次の曲を待っているだけではなかった。


七人がこれから語る言葉と、未来への一歩を待っていた。




苺が——マイクを持った。




客席のざわめきが、ゆっくりと静まっていく。


一万七千人が、次の言葉を待っていた。




苺は客席を見渡し、静かに息を吸った。




「今日という日は——終わりじゃありません」




その声は、会場の隅々までまっすぐ届いた。




「ここからが——七人のゆめいろシフォンの始まりです」




大きな歓声が返る。




「これからも、一緒に歩いてください」




その瞬間だった。




「歩く!!」


「もちろん!!」


「ずっとついて行く!!」




客席から次々と声が上がる。




苺は笑って頷き、ゆっくりとマイクを下ろした。




イントロが流れ始めた。




『はじまりの続き』。




七人体制になって生まれた曲。


未来へ進む決意と、七人で歩く約束が歌詞に込められていた。




フォーメーションは円を描く。


誰も中央には立たない。




苺も。


向日葵も。


空も。


若葉も。


杏も。


莉恋も。


桃霞も。


七人全員が、同じ距離で輪をつくっていた。




桃霞は歌いながら、その形を見つめた。




中心がない。


特別な場所がない。


七人全員で一つだった。




ライブ直前。




「センターは私です」




そう口にした自分を思い出す。


その時、苺は静かに言った。




「向き不向きじゃない」




あの言葉の意味が、今ならわかる。


大切なのは、誰が真ん中に立つかではない。


七人で同じ景色を見ることだった。




サビに入る。


円はゆっくりほどけ、七人は一直線に並んだ。


同じ歩幅で前へ出る。


そして同時に、客席へ向かって手を伸ばした。




七つの手が、


一万七千人へ向かって伸びる。




その動きに合わせるように、客席からも無数の腕が上がった。


七色のペンライトが揺れる。


まるで会場全体が、


未来へ向かって手を取り合っているようだった。




最後のフレーズが歌い終わる。


音が消え、拍手が押し寄せた。




七人は肩を寄せ合い、客席へ向かって並んだ。


一人ずつ、マイクを手に取る。




苺が言った。




「最高の景色を——ありがとうございました」




向日葵が笑顔で続ける。




「また、みんなで笑いましょう!」




空は客席を見上げながら言った。




「皆さんの声、ちゃんと届いていました」




若葉は静かに頷く。




「今日という時間を、大切に覚えていたいです」




杏は穏やかに微笑んだ。




「また七人で、この場所へ帰ってきます」




莉恋はラベンダーパープルの光を見つめる。




「これからも、私たちらしく歩き続けます」




そして最後に、桃霞が前へ出た。


マイクを握ったまま、少しだけ言葉を探す。




頭をよぎるのは——


朝、初めて見上げた横浜アリーナ。




苺が差し出した「行こう」の手。


十五秒の出来事。


『届いていますか』に返ってきた無数の「届いてる」。


最前列で涙を流しながら、ピーチピンクのペンライトを振り続けてくれた一人。




その全部が胸の中にあった。




桃霞は静かに口を開く。




「今日——皆さんの想いを、確かに受け取りました」




一拍置く。




「本当に、ありがとうございました」




言葉が会場へ溶けていく。




歓声は、すぐには起こらなかった。


代わりに響いたのは、静かで、まっすぐな拍手だった。




一人が叩き、


隣が続き、


やがて一万七千人の拍手になる。




桃霞はその音を聞いていた。




分析もしない。


答えを探しもしない。




ただ胸いっぱいに受け取り、


ゆっくりと頭を下げた。




ステージには、


最後の曲へと続く、温かな余韻だけが残っていた。





つづく---




▼登場人物のイラストをpixivで公開中


https://www.pixiv.net/artworks/144793121

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