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このアイドル、どこかおかしい。一人だけ、笑っていない。  作者: Nagiousen


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第47話 帰らずにいてくれた

苺は——


客席を見た。


一万七千人が——笑っていた。


泣きながら笑っていた。


笑いながら叫んでいた。




「来てくれた!!!!!!」




という声が聞こえた。


苺は——その声を受け取った。




(待っていてくれた)




当たり前のことだった。


アンコールだから、待っていてくれていた。




でも——「当たり前」ではなかった。


一万七千人が——帰らずに——待っていてくれていた。


その事実が——今夜は——


いつもより、重く来た。




苺は——マイクを持った。




「待っていてくれて——ありがとうございます!!!!!!!」




声が——出た。


本音だった。




空は——


客席の音を——聴いていた。




本編と——少し違う音だった。


本編の音は——「見せてもらう」音だった。




アンコールの音は——「一緒にいる」音だった。


その違いを——空は感じていた。


一万七千人が——帰らずにいてくれた。


その音が——今夜のアンコールの音だった。




空は——その音の中で——


また歌えることが——嬉しかった。




向日葵は——


出た瞬間に——泣きそうになった。




「来た!!!!」




という声が来た。




「向日葵ちゃん!!!!!!」




という声が来た。




待っていてくれていた。


一万七千人が——待っていてくれていた。




向日葵は——泣かなかった。


泣かずに——笑った。


全力で——笑った。




「みんな——待っていてくれて、ありがとう!!!!!!」




客席に向かって、叫んだ。


客席が——返した。




「向日葵ちゃんが、大好きだーーーーー!!!!!!!!!!!!」




向日葵は——その声を受け取った。


受け取った瞬間——


また泣きそうになった。


泣かなかった。




笑った。


笑いながら——届けた。


それが——向日葵だった。




若葉は——


ステージに出た瞬間——


客席を見た。


一万七千人が——いた。


帰らずに、いた。




若葉は——分析しようとした。


やめた。


今夜最後まで——分析しないと決めていた。




ただ——感じた。


一万七千人が待っていてくれた、という事実を。


その事実が——体に入ってきた。


処理せずに——入ってきた。




「届いてる」という感覚が——また来た。


今夜——何度目かの感覚が。




若葉は——客席を見ながら——


小さく頷いた。




自分に向けた頷きだった。


今夜という日の——確認だった。




杏は——


ステージに出た瞬間に——


匂いが変わったことを感じた。


本編とは——違う匂いだった。




帰らずに残ってくれた一万七千人の——


「もっといたい」という匂いが——


会場を満たしていた。




杏は——その匂いを嗅ぎながら——


前に出た。


ファンの前に——立った。




「大丈夫です」と言った。


本編のときと——同じ言葉だった。


だが——意味が違った。




本編のときは——乱入者に怯えるファンを安心させるための言葉だった




今は——「ここにいます」という言葉だった。


「まだいます」という言葉だった。




莉恋は——


ステージに出て——


客席を見た。




ラベンダーパープルのペンライトが——揺れていた。


チェリーピンクのペンライトも——まだ揺れていた。


本編が終わった後も——


どちらも——揺れていた。


莉恋は——その両方を見た。


どちらも——受け取った。




白い衣装に——ラベンダーパープルのラインが走っていた。


チェリーピンクのラインは——なかった。


だが——


チェリーピンクのペンライトが——揺れていた。




チェリーピンクは——


衣装からなくなっても——


客席から——消えていなかった。




(内包されている)




今夜——何度も思ったことが——


また来た。




チェリーピンクは——消えていない。


ラベンダーパープルの中に——内包されている。




客席も——知っていた。


両方持ってきてくれた人が——いた。


どちらも揺らしてくれている人が——いた。




莉恋は——


その光を見ながら——


歌おうと思った。


今夜最後に——


ラベンダーパープルとして——歌おうと思った。




桃霞は——


ステージに出た。


最初の一歩で——


体に来た。


声が来た。


光が来た。




「桃霞ちゃん!!!!!!」という声が来た。




ピーチピンクのペンライトが——揺れていた。


今夜——何度も見た光が——


アンコールでも——揺れていた。


帰らずに待っていてくれた。




その事実が——


桃霞の体に入ってきた。


処理しようとした。


できなかった。


処理しなかった。


受け取った。




最前列の——あの一人を——探した。


いた。


ペンライトを振っていた。


声が枯れていた。


それでも——振っていた。




桃霞は——


その一人を見た。


笑顔が——出た。


作らなかった。


完璧ではなかった。


崩れてもいなかった。




ただ——自然に——出た。


嬉しいから——笑った。


それだけだった。




その笑顔が——


今夜という日の——桃霞の答えだった。




七人が——ステージに揃った。


白い衣装に——七色のラインが走っていた。


七色が——一列に並んでいた。


一万七千人が——その七色を見ていた。




声が——来ていた。


光が——来ていた。


熱が——来ていた。




七人は——その全部を受け取りながら——


前を向いた。




アンコールが——始まろうとしていた。




バックステージで——麻衣は見ていた。


七人が出た瞬間の——客席を。


七人が客席を見た瞬間の——七人の顔を。




苺の顔。


空の顔。


向日葵の顔。


若葉の顔。


杏の顔。


莉恋の顔。


桃霞の顔。




全員の顔に——


同じものがあった。




怖さではなかった。


疲れでもなかった。




「ここにいる」という顔だった。




一万七千人の前に——




「ここにいる」という顔で——




立っていた。




麻衣は——タブレットを開いた。


書いた。




「アンコール登場。七人全員——「ここにいる」という顔で出た。」




書いた。




「一万七千人が待っていてくれていた。七人が受け取っていた。」




書いた。


一行、空けた。




「桃霞さんが笑った。作らなかった。崩れなかった。ただ、自然に笑った。」




書いた。


タブレットを閉じた。




ステージを見た。


七色が——揺れていた。


アンコールが——始まろうとしていた。




今夜が——まだ、続いていた。





つづく---





▼登場人物のイラストをpixivで公開中


https://www.pixiv.net/artworks/144793121

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