第46話 最後まで、届けるよ
スタッフたちが動いていた。
三分。
その短い時間で、
七人を再びステージへ送り出す。
アンコール用の衣装は、
第一衣装とも第二衣装とも違った。
白。
それが基調だった。
その上を、
七色のラインが走っている。
ベリーレッド。
レモンイエロー。
ソーダブルー。
ミントグリーン。
マンゴーオレンジ。
ラベンダーパープル。
ピーチピンク。
七人の色が、
一つの衣装の中に共存していた。
まるで——
ゆめいろシフォンそのものだった。
苺は鏡の前に立った。
白地の上を、
ベリーレッドのラインが走っている。
肩で息をしながら、
鏡の中の自分を見る。
リーダーとして。
最初から最後まで走り続けた夜だった。
乱入。
歓声。
涙。
新曲。
全部を越えて、
今ここに立っている。
苺は小さく頷いた。
「……行こう」
誰に向けた言葉でもなかった。
自分への確認だった。
莉恋は鏡を見ていた。
白。
そして、
ラベンダーパープル。
チェリーピンクはない。
もう探さなかった。
探す必要もなかった。
ラベンダーパープルが、
鏡の中にいた。
今日一日で、
何度も確認したことだった。
それでも——
確認したかった。
「……ここにいる」
小さく呟く。
今度は迷わなかった。
チェリーピンクを、否定するためではない。
ラベンダーパープルとして、生きるためだった。
莉恋は静かに笑った。
桃霞も鏡の前に立っていた。
白い衣装。
胸元の宝石はない。
装飾も少ない。
だが——
ピーチピンクのラインだけは、
確かにそこにあった。
桃霞は鏡を見る。
今夜——
一万七千人が、自分の名前を呼んだ。
今——
一万七千人が、自分を待っている。
それはまだ、実感がなかった。
それでも。
鏡の中には、
ピーチピンクがいた。
「……まだ途中だ」
小さく言う。
そして。
少しだけ笑った。
「でも」
言葉が続く。
「ここにいる」
今度は、
最後まで言えた。
麻衣は廊下に立っていた。
壁の向こうから、
アンコールの手拍子が伝わってくる。
床が震えていた。
一万七千人。
その全員が、
まだ帰っていない。
まだ待っている。
麻衣はタブレットを開いた。
確認係として。
今夜を記録するために。
本編終了。
七人全員退場確認。
怪我なし。
指が止まる。
そして、続きを書いた。
桃霞。
最後の笑顔。
作らなかった。
自然に出た。
莉恋。
最後に振り返った。
ラベンダーパープルも。
チェリーピンクも。
両方を受け取った。
客席。
アンコール自然発生。
演出なし。
一万七千人が自分で始めた。
そこまで書いて、麻衣は少し考えた。
そして、最後にこう記した。
今夜は、書ききれないものが多かった。
だが、確かに存在した。
私はそれを見た。
タブレットを閉じる。
それで十分だった。
足音が聞こえた。
係長だった。
腕を組みながら、麻衣の隣に立つ。
「七人の状態は」
「全員問題ありません」
麻衣は答えた。
「桃霞さんに疲労はありますが、アンコール参加可能です」
「そうか」
短い返事だった。
係長もまた、
手拍子の方を見ていた。
「係長」
「なんだ」
「今夜、どうでしたか」
少しだけ沈黙があった。
そして。
「……問題なく終わった」
いつもの答えだった。
麻衣は苦笑する。
「仕事としては、ですよね」
係長は答えない。
代わりに聞き返した。
「お前はどうだった」
麻衣は迷わなかった。
「泣きました」
「知ってる」
「見てたんですか」
「見ていた」
思わず笑う。
その後。
係長は少しだけ視線を落とした。
「……一秒だけ」
「え?」
「目を閉じた」
麻衣は何も言わなかった。
係長も続けなかった。
それだけで十分だった。
それが、
係長の今夜だった。
インカムが鳴る。
「アンコール衣装、全員準備完了です」
「了解」
麻衣が返す。
係長が頷いた。
「行かせろ」
「はい」
廊下の向こうから、
七人が現れた。
白い衣装。
七色のライン。
まるで、一本の虹だった。
苺が先頭を歩く。
その後ろに、
六人が続く。
壁の向こうでは、
アンコールの声がさらに大きくなっていた。
「アンコール!」
「アンコール!」
「アンコール!」
床が震える。
空気が震える。
横浜アリーナ全体が、七人を呼んでいた。
麻衣はその背中を見送った。
もう迷いはなかった。
七人とも、前を向いている。
今夜を越えて。
その先へ向かっている。
ステージ入口の光が見えた。
その向こうには——
一万七千人の星空が待っていた。
苺が振り返る。
六人を見る。
向日葵。
空。
若葉。
杏。
莉恋。
桃霞。
全員を見る。
「準備いい?」
誰も答えなかった。
答える必要がなかった。
全員が頷いた。
苺は小さく笑った。
「最後まで、届けるよ」
その一言だけ残して——前を向く。
扉に手をかけた。
扉が開いた。
光が来た。
歓声が来た。
熱が来た。
一万七千人の想いが——一度に押し寄せた。
客席の誰かが叫ぶ。
「来たーーーーーー!!!!!!」
その声が波になる。
「来た!!!!!!」
「アンコール!!!!!!」
「ゆめいろシフォン!!!!!!」
歓声が爆発した。
七人がステージへ出る。
白い衣装。
シンプルな衣装。
だが——
その白の上を、七色が走っていた。
ベリーレッド。
レモンイエロー。
ソーダブルー。
ミントグリーン。
マンゴーオレンジ。
ラベンダーパープル。
ピーチピンク。
七色が揃っていた。
今夜。
初めて。
完全な七色が——一万七千人の前に並んだ。
和田さくらは——息を止めた。
莉恋を見ていた。
白い衣装。
ラベンダーパープルのライン。
チェリーピンクはなかった。
ラベンダーパープルだけが——真っ直ぐ走っていた。
シンプルだった。
だからこそ。
誤魔化しがなかった。
迷いもなかった。
ラベンダーパープルが——そこにあった。
莉恋が笑う。
自然に。
まっすぐに。
さくらは思わず呟いた。
「……綺麗」
それしか出なかった。
チェリーピンクの莉恋も好きだった。
ラベンダーパープルの莉恋も好きだった。
だけど今。
この色が——莉恋だった。
伊藤ななの喉は——もう限界だった。
それでも叫んだ。
「桃霞ちゃーーーーーーん!!!!!!」
声にならなかった。
それでも叫んだ。
桃霞が出てきた瞬間。
客席の一角が爆発した。
「桃霞!!!!!!」
「待ってた!!!!!!」
「かっけえええええ!!!!!!」
「桃霞ーーーーーー!!!!!!」
歓声の色が違った。
本編前とは違った。
乱入事件の前とも違った。
今は。
尊敬と熱狂が混ざっていた。
桃霞は白い衣装だった。
シンプルだった。
胸元の宝石もない。
飾りも少ない。
それでも。
いや——だからこそ。
ピーチピンクがよく見えた。
ななは笑った。
涙が出た。
「本当に帰ってきた……」
さっきまでステージで、戦っていた。
それなのに。
今はまた、アイドルとして立っている。
その姿が。
たまらなく好きだった。
山田健一は拍手していた。
気づいたらしていた。
今夜は何度もそうだった。
七人を見る。
一人ずつ見る。
苺。
向日葵。
空。
若葉。
杏。
莉恋。
そして桃霞。
最初は六人だった。
六色だった。
今は違う。
ラベンダーパープルがいる。
ピーチピンクがいる。
七色が揃っている。
健一は小さく呟いた。
「……七人だな」
誰にも聞こえない声だった。
「七人で——ちょうどいい」
それが今夜の答えだった。
最前列の女の子は——また泣いていた。
桃霞が出てきた。
それだけで涙が出た。
さっき笑ってくれた。
最後に手を振ってくれた。
そして今。
またステージに立っている。
それが嬉しかった。
ペンライトを振る。
何度も振る。
声は出ない。
もう枯れていた。
それでも。
心の中では叫んでいた。
(桃霞ちゃん)
(桃霞ちゃん)
(桃霞ちゃん)
桃霞がこちらを見る。
気のせいかもしれない。
それでも。
見てくれた気がした。
女の子は泣きながら笑った。
もう一回。
七人に会えた。
それだけで十分だった。
ステージの上。
七人が横一列に並んだ。
白い衣装の上を——七色のラインが走っている。
一万七千人の歓声が降り注ぐ。
アンコールが始まる。
本編が終わったあとに始まる——
もう一つの物語が。
今。
幕を開けようとしていた。
つづく---
▼登場人物のイラストをpixivで公開中
https://www.pixiv.net/artworks/144793121




