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このアイドル、どこかおかしい。一人だけ、笑っていない。  作者: Nagiousen


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第44話 七人の未来へ

『ピーチピンク・シンドローム』が終わった。




歓声は——


まだ終わっていなかった。




「桃霞ーーーーーー!!」


「最高!!!!!!」


「かっこよかった!!!!!!」




一万七千人の声が、


波のように続いていた。




桃霞は——


その声を聞いていた。




聞いているだけだった。


返せなかった。


返し方が——


わからなかった。




今までの人生で。


こんな声を受け取ったことがなかった。




照明が落ちた。


会場が暗くなる。


歓声も少しずつ静まる。




そして——


無数の光が浮かんだ。


ペンライトだった。




一万七千本。


七色の光。


まるで夜空だった。




ピアノの音が流れた。




『17,000の星空』




横浜アリーナのために作られた曲だった。




客席を見上げる曲。


観客へ感謝を届ける曲。




桃霞は歌いながら——


客席を見た。


前も。


横も。


二階席も。


三階席も。


全部が光だった。




(こんなにいたんだ)




今さらだった。




一万七千人。


数字では知っていた。


だが。


今。


初めて実感した。




一万七千人が—


自分を見ている。


自分たちを見ている。


歌を聞いている。


手を振っている。


泣いている人もいる。


笑っている人もいる。




桃霞の胸が——


少しだけ苦しくなった。


うずいた。


いつもの感覚だった。




だが。


今日は違った。


痛みではなかった。


温かかった。




(これが——)


(届いているってことなんだ)




サビで。


七人が横一列になった。




一万七千人の光が揺れる。


まるで星空だった。




桃霞は——


その光景を忘れないと思った。


一生。


忘れないと思った。




バラードが終わった。


静かな拍手が続いた。


誰も大声を出さなかった。


余韻を壊したくなかった。




そして。


次のイントロが流れた。




『届いていますか』




桃霞はマイクを握った。


センターだった。




スポットライトが当たる。


会場が静まる。




歌が始まる。


問いかけるような曲だった。


優しい曲だった。




サビ。


桃霞のソロ。




「届いていますか——」




声が響く。


横浜アリーナ全体へ。




「届いていますか——」




もう一度。


問いかける。




桃霞は歌いながら思った。


以前なら、答えが欲しかった。


届いているかどうか。


確認したかった。


保証が欲しかった。




だが、今は違った。




最前列の女の子がいた。


涙を流していた。


ペンライトを振っていた。




山田健一がいた。


ベリーレッドとラベンダーパープルを振っていた。




ラベンダーパープルの風があった。


ピーチピンクの波があった。


七色の海があった。




答えは。


もう。


そこにあった。




届いていた。


ずっと。


届いていた。




だから桃霞は——


少しだけ笑った。




「届いていますか」




三回目。


今度は問いではなかった。


確認だった。


感謝だった。




客席から。


大きな声が返ってきた。




「届いてるーーーーーー!!!!!!」




一万七千人の声だった。




桃霞は——


笑った。


自然に。


何も考えずに。




莉恋がそれを見ていた。


そして。


小さく笑った。




(本当に——笑えるようになったね)




『届いていますか』が終わった。




最後の音が——


横浜アリーナに消えていく。


一万七千人は——


すぐには声を出さなかった。




余韻だった。


受け取ったものが大きすぎて。


誰もすぐには動けなかった。




そして——


拍手が始まった。




一人。


また一人。


それが広がる。




やがて——


横浜アリーナ全体を埋めた。




七人は並んでいた。


スポットライトの中で。


静かに。


その拍手を受け取っていた。




苺が一歩前へ出た。


マイクを握る。


歓声が上がる。




「苺ちゃーーーーん!!」


「リーダー!!」




苺は笑った。


そして深く頭を下げた。




「今日は——」




少し声が震えた。




「今日は本当に、ありがとうございます!」




歓声。


拍手。


ペンライトが揺れる。




「横浜アリーナが、決まった時」




苺は客席を見た。


二階席。


三階席。


最後列。


全部を見た。




「正直、怖かったです」




静かになる。




「本当に埋まるのかなって」




笑いが起きる。




「本当に届くのかなって」


「でも——」




苺は笑った。




「届いてました」




拍手が起きた。




向日葵が飛び出した。




「いやいやいやいや!!」




会場爆笑。




「一万七千人って、何ですか!?」




さらに笑い。




「後ろーーーー!!」




三階席が歓声を上げる。




「見えてたからねーーーー!!」




歓声。


ペンライトが揺れる。




「最高だったからねーーーーーー!!!!」




向日葵が全力で叫ぶ。




会場も全力で返す。




空が前へ出た。




「私は——」




少し考える。




「歌っていて、思いました」




静かになる。




「ちゃんと、届いてたんだなって」




空は客席を見た。




「みなさんの声も」


「ペンライトも」


「全部届いていました」




拍手。




若葉が前へ出る。




「ライブって、不思議ですね」




客席が静かになる。




「一万七千人いるのに」


「一人ひとりの顔が、見える瞬間があります」




若葉は少し笑った。




「今日は、何回もありました」




拍手。




杏がマイクを持つ。




「今日の横浜アリーナ」




一拍。




「すごく良い匂いでした」




爆笑。




「やっぱりそれ!?」




向日葵が突っ込む。


会場も笑う。




杏は真顔だった。




「みんなが笑ってる匂いでした」




今度は拍手だった。


優しい拍手だった。




莉恋が前へ出た。




歓声が上がる。


ラベンダーパープルの光が揺れる。




莉恋は笑った。




「私——」


「今日、何回泣いたか、わかりません」




会場が笑う。




「たぶん、見られてました」




さらに笑う。




莉恋は少しだけ客席を見た。




そして——


隣を見た。


桃霞を。




「でも」




静かになる。




「七人でここに立てて」


「本当に良かったです」




拍手。




莉恋は桃霞を見る。




桃霞も見る。




二人の視線が重なる。




莉恋は笑った。




「桃霞」




会場が静まる。




「ようこそ」




一秒。


沈黙。




そして——


横浜アリーナが爆発した。




「うおおおおおおおお!!!!!!」


「桃霞ーーーーーー!!!!!!」


「莉恋ちゃーーーーーーん!!!!!!」




歓声が止まらない。




桃霞は——


動けなかった。




ただ。


莉恋を見ていた。




七月一日。




「届かない笑顔で一万七千人の前に立つな」




そう言われた日。




深夜スタジオ。


何度も。


何度も。


何度も。


積み重ねた日々。




全部が——


今に繋がっていた。




苺がそっと背中を押した。




「桃霞ちゃん」




桃霞が前へ出る。




歓声。


歓声。


歓声。




ピーチピンクの海が揺れていた。




最前列の女の子がいた。


泣いていた。


笑っていた。


ペンライトを振っていた。




桃霞は見た。


そして。


マイクを握った。




「……ありがとうございました」




歓声。




桃霞は少しだけ息を吸った。




「最初は」




言葉を探した。




「届いているか、わかりませんでした」




静かになる。


一万七千人が聞いていた。




「でも」




最前列を見る。




「今日、わかりました」




桃霞は笑った。


自然に。


何も作らずに。




「届いていました」




歓声。


拍手。


涙。


全部が一緒になった。




桃霞は続ける。




「だから、これからも」


「届けます」




その言葉は短かった。


しかし、十分だった。


会場全体に届いた。




苺が前へ出る。


七人が並ぶ。


横一列。




一万七千人を見る。




苺が叫んだ。




「それでは最後の曲です!!」




歓声。




「私たち七人の未来を歌います!!」




七人が手を重ねる。


そして。


全員で叫んだ。




「『虹の向こうへ』!!!!!!」




イントロが鳴った。




七色の光が。


未来へ向かって——動き出した。




イントロが鳴る。


歓声が爆発する。




七人が前へ出た。


横一列。


センターは桃霞。




だが——


今夜の主役は、一人ではなかった。




七人だった。


最初から最後まで。


七人だった。




苺が歌う。


空が続く。


向日葵が叫ぶ。


若葉が微笑む。


杏が手を振る。


莉恋が歌う。


桃霞が受け取る。




七色の声が、一つになった。




サビ。




「虹の向こうへ——」




七人が前へ踏み出す。


同時に。




一万七千人のペンライトが上がる。




まるで。


七色の海だった。




桃霞は客席を見た。




一万七千人。


七人。


スタッフ。


麻衣。


係長。


田中。


中村。




今夜の全部が、そこにあった。




ゆめいろシフォンに加わったあの日から。


今夜まで。


全部が。


ここへ続いていた。




最後のサビ。


七人が手を繋ぐ。




「未来へ——!!」




銀テープが発射された。




ドォンッ——!!




金色。


銀色。




七色の照明。


歓声。


涙。


笑顔。




全部が混ざった。




桃霞は思った。




(まだ終わりじゃない)


(ここからだ)




銀テープが降る。


歓声が続く。




七人が並ぶ。


深く一礼する。




横浜アリーナ。


一万七千人。




ゆめいろシフォン。


七人の物語は——


ようやく始まった。





つづく---




▼登場人物のイラストをpixivで公開中


https://www.pixiv.net/artworks/144793121

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