第41話 五人の刺客
7曲目の『セブンスカラー』が、終わった。
歓声が——揺れていた。
横浜アリーナ全体が、まだ熱を持っていた。
七人が一礼する。
そして——
次のイントロが流れた。
最初の音を聴いた瞬間。
客席のあちこちで声が上がる。
「来た!!」
「一秒先!!」
「新体制の曲!!」
『一秒先のミライ』
七人になってから作られた曲だった。
テーマは——前進。
止まらないこと。
進み続けること。
苺は前を向いた。
ロイヤルベリーレッドが照明を受ける。
七人が動き出す。
迷いなく。
同じ方向へ。
前へ。
桃霞は踊りながら、
曲を受け取っていた。
七月一日。
初めてのレッスン。
深夜のスタジオ。
莉恋の言葉。
苺の手。
今日。
横浜アリーナ。
最前列の女の子。
全部が繋がっていた。
全部が——前だった。
後ろを向いている出来事が、一つもなかった。
失敗も。
悔しさも。
全部が前に続いていた。
(進んでたんだ)
桃霞は思った。
今になって初めてわかった。
自分はずっと、
立ち止まっていると思っていた。
違った。
ずっと進んでいた。
ただ、
気づいていなかっただけだった。
客席。
山田健一はペンライトを振っていた。
ラベンダーパープル。
ロイヤルベリーレッド。
二本が揺れていた。
彼は古参だった。
六人体制の頃から見てきた。
正直に言えば——
桃霞には懐疑的だった。
新メンバー。
途中加入。
そんな簡単なものではないと思っていた。
だが。
今夜。
考えが変わり始めていた。
(まだ完成してない)
健一は思った。
そして——
それが良かった。
完成されたグループではない。
まだ変わる。
まだ伸びる。
まだ前へ行く。
だから見ていたくなる。
だから応援したくなる。
『一秒先のミライ』は、
そんな七人の現在を歌っていた。
八曲目が終わる。
歓声が広がる。
そして——
静かなイントロが流れた。
会場が自然と静かになる。
聴こうとしていた。
この曲を。
九曲目 『君が笑う理由』
桃霞は歌いながら、考えていた。
なぜ笑うのか。
昔の自分なら答えられなかった。
笑顔は作るものだった。
見せるものだった。
正解を探すものだった。
だが今夜。
違った。
最前列の女の子を見た瞬間。
笑顔が出た。
考える前に。
自然に。
(届けたいから)
それが最初の答えだった。
莉恋には、
別の答えがあった。
チェリーピンクだった一年。
ラベンダーパープルになった今夜。
たくさん泣いた。
何度も迷った。
それでも前へ進めたのは——
受け取ってくれる人がいたからだった。
一万七千本のラベンダーパープルが。
名前を呼んでくれる声が。
「ここにいる」と、返してくれる光が。
だから笑えた。
向日葵には、
別の答えがあった。
毎回来てくれるファン。
あの人がいるから。
空には、
別の答えがあった。
歌が届くから。
若葉には、
届いたと感じる瞬間があるから。
杏には、
変化を感じるから。
苺には、
この七人がいるから。
答えは違った。
全員違った。
だが——
どれも本物だった。
桃霞は少し笑った。
笑う理由は一つじゃない。
人の数だけある。
そう思えた。
十曲目 『Colorful Promise』
イントロが流れた。
七色が混ざり合うような音だった。
『Colorful Promise』
七人それぞれが、
一つずつ約束を届ける曲だった。
苺が歌う。
空が歌う。
向日葵が歌う。
若葉が歌う。
杏が歌う。
莉恋が歌う。
そして——
桃霞の番が来た。
スポットライトが落ちる。
会場が静かになる。
聴こうとしていた。
桃霞の声を。
桃霞は客席を見た。
一万七千人。
その中に——
あの女の子がいた。
歌う。
「——うずいてる」
静寂。
「——止まらない」
胸の奥が熱くなる。
「——届けたい」
女の子が泣いていた。
「——あなたに」
その瞬間。
桃霞は初めて理解した。
届きたいんじゃない。
届かせたいんだ。
だから笑う。
だから歌う。
だから踊る。
答えはそこにあった。
最前列。
女の子は泣いていた。
ペンライトを握ったまま。
笑いながら。
「桃霞ちゃん……」
声は届かない。
けれど。
気持ちは届いている気がした。
七人が最後のサビを歌う。
七色のペンライトが揺れる。
横浜アリーナが七色に染まる。
バックステージ。
麻衣はタブレットを開かなかった。
ただ見ていた。
七人を。
手が震えていた。
理由は説明できなかった。
ただ——
嬉しかった。
七人が前へ進んでいた。
そして。
その中心で。
桃霞が笑っていた。
次の曲で。
このライブ最大の事件が起きることを、一万七千人の観客は、まだ知らなかった。
7月4日土曜日、午後五時
横浜アリーナの近くに——
使われていない雑居ビルがあった。
アリーナから徒歩三分。
三階建て。
古い事務所だった。
窓のブラインドは半分閉じられ、蛍光灯が一本だけ不規則に点滅していた。
部屋の中に——
五人の男がいた。
誰も知り合いではない。
だが今夜だけは、
同じ仕事を請け負っていた。
「まだかよ」
坂本が言った。
三十二歳。
肩幅が広く、
腕も太い。
現場仕事を転々としていた。
「あと一時間以上あるだろ」
田村がスマートフォンを見ながら答えた。
二十八歳。
定職なし。
今月三件目の仕事だった。
「待つの嫌いなんだよ」
坂本は椅子に深く座った。
足を投げ出す。
田村はスマホ画面を見ていた。
そこには、ゆめいろシフォン公式サイトが表示されていた。
「何見てんだ」
「ターゲット」
画面には、桃霞が映っていた。
ピーチピンクの衣装。
笑顔の宣材写真。
坂本は鼻で笑った。
「アイドルか」
「らしいな」
「こんなの一人で十分だろ」
「一人ならな」
田村は肩をすくめた。
部屋の奥で、長谷川が立ち上がった。
四十一歳。
地下格闘技出身。
五人の中で最年長だった。
「確認するぞ」
全員が視線を向ける。
「会場には別々に入る」
「わかってる」
「八曲目開始から、三十秒後に動く」
「了解」
「客席後方の非常通路から侵入。ステージへ向かう」
坂本が言った。
「それだけか?」
「報酬の確認がまだだ」
長谷川は、封筒を取り出した。
テーブルへ置く。
全員の視線が集まった。
「前金十万」
誰も反応しない。
既に受け取っている金だった。
長谷川は続けた。
「桃霞に攻撃を当てれば、一発十万」
田村の目が少し動いた。
「一発で十万?」
「ああ」
「顔でも腕でも?」
「当たればいい」
坂本が笑う。
「楽勝だな」
長谷川は無視した。
「もう一つある」
封筒から紙を出す。
数字が書かれていた。
100万円
部屋が静かになった。
「桃霞をステージから引きずり下ろした者に、支払われる」
坂本が口笛を吹いた。
「百かよ」
「成功報酬だ」
「一人で?」
「全額だ」
坂本が笑った。
「俺のだな」
田村も笑う。
「競争だろ」
「負けねえよ」
二人の笑い声が響く。
だが——
長谷川は笑わなかった。
長谷川は桃霞の写真を見ていた。
依頼主から渡された資料。
そこには、一行だけ書かれていた。
『正面から組み合うな』
理由は書かれていなかった。
だが、それだけで十分だった。
長谷川は長く生きていた。
危険な相手ほど、
情報が少ないことを知っていた。
「一つだけ言っておく」
声が少し低くなる。
坂本たちが見る。
「桃霞は、素人じゃない」
坂本が笑った。
「アイドルだろ」
「格闘技経験者らしい」
「らしい?」
「詳しいことはわからん」
長谷川は嘘をついた。
本当は、依頼主が異常なほど警戒していた。
それが気になっていた。
坂本は肩を鳴らした。
「女だから勝てるとは、思ってねえよ」
拳を握る。
「でも、五人いれば十分だろ」
長谷川は答えなかった。
西田が小さく手を挙げた。
二十三歳。
「なんですか、その……」
言葉を探す。
「なんでその人が、狙われてるんですか」
空気が少し変わった。
長谷川が見た。
「関係ない」
「でも——」
「関係ない」
今度は強かった。
西田は黙る。
長谷川は続けた。
「依頼主が誰か」
「理由が何か」
「俺たちには関係ない」
「金を受け取った」
「それだけだ」
沈黙が落ちる。
西田は窓を見た。
遠くに横浜アリーナが見えた。
今頃——
一万七千人が集まっている。
そこへ行く。
アイドルを襲う。
どう考えても、まともではなかった。
(やめた方がいい)
思った。
だが、前金はもう使った。
家賃に消えた。
戻せない。
坂本が立ち上がった。
壁に向かってシャドーを始める。
「百万円か」
拳を振る。
「もらったな」
田村が笑った。
「生きて帰れたらな」
「余裕だろ」
坂本は止まらない。
「所詮アイドルだ」
長谷川はその言葉を聞きながら、
窓の外を見ていた。
妙な胸騒ぎがしていた。
理由はわからない。
この仕事は、嫌な匂いがした。
午後五時四十分。
「行くぞ」
長谷川が言った。
全員が立ち上がる。
ジャンパーを羽織る。
チケットを受け取る。
席は全員別々だった。
会場では他人。
時間になったら動く。
それだけだった。
一人ずつ部屋を出る。
最後に残ったのは西田だった。
ドアの前で立ち止まる。
窓の外を見る。
横浜アリーナ。
巨大な建物。
光。
歓声。
一万七千人。
その場所へ向かう。
五人は別々の方向へ歩き始める。
夕暮れのみなとみらいを。
横浜アリーナへ向かって。
そして——
長谷川のスマートフォンが震えた。
非通知。
長谷川は数秒見つめた。
そして通話ボタンを押す。
「準備はできたか」
男の声だった。
低い声。
感情のない声。
「問題ない」
長谷川が答える。
短い沈黙。
そして男は言った。
「桃霞は必ず潰せ」
通話が切れた。
発信者は表示されていなかった。
つづく…
▼登場人物のイラストをpixivで公開中
https://www.pixiv.net/artworks/144793121




