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このアイドル、どこかおかしい。一人だけ、笑っていない。  作者: Nagiousen


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39/55

第39話 一万七千のラベンダーパープル

ステージに——六人が現れた。


客席が揺れた。




『Starlight Bloom』——星咲きの第二衣装。




照明を受けて、


六色が輝いた。




「うわあああああ!!!!」


「第二衣装!!!!!」


「可愛い!!!!!」




歓声が広がる。




苺は——女王だった。


深紅に近いロイヤルベリーレッド。


肩から流れるシフォンが、


動くたびに揺れる。




センターに立った瞬間——


空気が変わった。




「苺ちゃん!!!!」


「綺麗!!!!!」




向日葵は太陽だった。




空は歌姫だった。




若葉は洗練されていた。




杏は温かかった。




それぞれの色が、


新しい衣装の中で輝いていた。




そして——


桃霞。


ブロッサムピンク。


第一衣装より明るい色。


大きなリボン。


星の刺繍。




そして——胸元。


小さな宝石が並んでいた。


七つ。


赤。


青。


黄。


緑。


橙。


紫。


そして——ピンク。


七色だった。




和田さくらは、思わず息を呑んだ。




「あ……」




客席からも声が上がる。




「七色だ……」


「全員の色……」


「莉恋ちゃんの紫も入ってる」




桃霞は、その宝石を見た。




七人分だった。


苺。


空。


向日葵。


若葉。


杏。


莉恋。


そして自分。


七人。




胸の奥が、少しだけ熱くなった。




(仲間なんだ)




言葉ではなかった。


感覚だった。


まだ完成していない。


まだ分からないことも多い。




それでも——


もう一人ではなかった。




歓声が大きくなる。




「うわあああああ!!!!」


「第二衣装最高!!!!!」


「可愛い!!!!!」


「桃霞ちゃん!!!!」




会場が揺れた。




そのとき。


苺が前へ出た。


マイクを持つ。


そして。


人差し指を口元へ当てた。




「しーーーっ!」




歓声が少しずつ落ちていく。


前方が静かになる。


後方も続く。


数秒かけて——




一万七千人が、息を潜めた。




苺が笑う。




「みんな——準備はいい?」




「おおおおおっ!!!!」




「今から——莉恋ちゃんを驚かせるよ!」




会場が爆発した。




「うおおおおおおお!!!!」


「莉恋ちゃああああん!!!!」


「待ってた!!!!」




苺がさらにあおる。




「ラベンダーパープルの準備は!?」




「おおおおおおおおおっ!!!!」




客席。


無数のラベンダーパープル。




だが——


まだ灯っていない。


誰も点けない。


全員が待っていた。


その瞬間を。


白石莉恋が、現れる瞬間を。




和田さくらは、


ラベンダーパープルのペンライトを握っていた。


両手で。


強く。


点灯ボタンには、


まだ触れない。




チェリーピンクの時間が終わった。




そして。


今夜。


ラベンダーパープルが始まる。


その瞬間を——


見届ける。




「……来て、莉恋ちゃん」




小さく呟く。




その瞬間。


ステージの照明が落ちた。




客席から小さな悲鳴が漏れる。




真っ暗になった。


誰も声を出さない。




一万七千人が、


同じ方向を見ていた。




暗闇の向こう。


センターステージの奥。


一筋の光が落ちる。




そして——


客席のラベンダーパープルが、


一斉に灯った。




紫の光が、


夜の会場を埋め尽くした。




ステージが——暗くなった。


スポットライトが落ちる。




音も消える。


客席が静まった。


一万七千人が——待っていた。




暗闇の中。


一人が歩いていた。


足音は、聞こえない。


ステージ袖から。


ゆっくりと。


中央へ向かう。


見えない。


だが——わかった。




誰かが小さく呟く。




「……来た」




その声が、


波のように広がった。




人影が、


センターポジションで止まる。




次の瞬間。


ラベンダーパープルの光が——灯った。


一つ。


十。


百。


千。




そして。


会場全体へ。


紫の光が、


夜を埋め尽くした。




その中心に——莉恋がいた。


ラベンダーパープルの衣装。


背中から流れる長いシフォン。


銀刺繍の入ったスカート。




光を受けて、


静かに揺れていた。




チェリーピンクは、


どこにもなかった。




リボンも。


レースも。


全部、


ラベンダーパープルだった。




それでも——


誰も、


莉恋を見失わなかった。




客席を見た。




ラベンダーパープル。


どこまでも続く。


前も。


後ろも。


横も。


ラベンダーパープルだった。




莉恋は立ち尽くした。


息を吸う。


何かを言おうとする。


声が出ない。


喉が震えた。


SNSの言葉が、


頭をよぎった。




『ラベンダーパープルの莉恋ちゃん、見たい』


『信じてる』


『自分の色にしてほしい』




怖かった。


受け入れられなかったら。


桃霞を責める声ばかりだったら。


チェリーピンクへ戻れと言われたら。




怖かった。


ずっと。


でも。


客席には——なかった。


誰も、


チェリーピンクへ戻れと、言っていない。




誰も、


桃霞を責めていない。


今ここにあるのは。


ラベンダーパープルだった。




自分のために灯された光だった。


莉恋の視界が揺れた。


一粒。


涙が落ちる。




続いて。


もう一粒。


止まらなかった。


大粒の涙が、


頬を伝う。




作った涙ではなかった。


出てしまった涙だった。


客席から声が上がる。




「莉恋ちゃん!!!!!」


「大丈夫だよ!!!!!」


「ラベンダーパープル、綺麗だよ!!!!!」


「莉恋ちゃああああん!!!!」




和田さくらは、ペンライトを高く掲げていた。


涙で視界が滲んでいた。




変わった。


確かに変わった。


でも。


莉恋だった。




その事実が、


胸の奥へ真っ直ぐ届いた。




「……ありがとう」




小さく呟く。


届かなくてもよかった。


言いたかった。


ただ、それだけだった。




伊藤ななは、


泣きながら笑っていた。




「やばい……」




声が震える。




「かっこいい……」




思わず口に出た。




チェリーピンクも好きだった。


でも。


今見ている莉恋から、


目が離せなかった。




「好き」




その一言が、


自然に出ていた。




山田健一は、


ステージを見つめていた。




ラベンダーパープルの光。


涙を流す莉恋。


そして。


客席の反応。




わかった。


これは終わりじゃない。


卒業でもない。


交代でもない。


続きだった。




チェリーピンクの一年間を抱えたまま。


その先へ進む。


その瞬間だった。




誰かが拍手した。


一人。


また一人。


さらに一人。


拍手が広がる。


客席の前方へ。


後方へ。


会場全体へ。




ラベンダーパープルの光の海の中。


拍手は大きくなっていった。




莉恋は、


涙を拭かなかった。




ただ。


その光を見ていた。


ラベンダーパープルの海を。


自分を待っていてくれた人たちを。




そして初めて。


ほんの少しだけ——


笑った。




麻衣は、ステージ袖から莉恋を見ていた。


ラベンダーパープルの光の中に立つ莉恋を。


涙が流れているのが見えた。


タブレットを持っていた。


だが、開いていなかった。


開けなかった。




一万七千本のラベンダーパープルが、一斉に灯った瞬間。


その光が莉恋へ届くのを、確かに見た。


その瞬間だけは、記録より先に見届けたかった。




麻衣は静かに息を吐いた。


隣に、中村先輩が来た。


インカムをつけたまま、ステージを見ている。




「麻衣さん」




「はい」




「——綺麗だね」




麻衣は少しだけ間を置いた。




「……はい」




中村先輩が笑う。




「私、この仕事好きだな」




ステージを見たまま言った。


麻衣も再びステージへ視線を戻した。


ラベンダーパープルの光。


その中心に立つ莉恋。


そして、その姿を見つめる一万七千人。




「……私も、です」




小さく答えた。




中村先輩が言う。




「確認、終った?」




麻衣は少しだけ考えた。


それから、微かに笑った。




「まだです」




「そう」




「たぶん、もう少し続きます」




二人は並んで、会場を見ていた。




桃霞は、莉恋を見ていた。


ラベンダーパープルの光の中で、涙を流す莉恋を。


歓声はまだ続いている。


ペンライトの海も揺れている。


胸元の七色の宝石が、照明を受けて光った。


桃霞は、その光景から目を離せなかった。




あの日。


新しい衣装が発表された日。


スタジオで見た戸惑い。


ラベンダーパープルを前に、立ち尽くしていた莉恋。


その姿を覚えている。




だからこそ。


今、目の前にいる莉恋が違って見えた。


変わった。


けれど、失われてはいない。


その理由を、桃霞はまだ言葉にできなかった。


答えは分からない。




それでも——


目を離したくなかった。




莉恋は、立っていた。


ラベンダーパープルの光の中に。


涙で視界が滲んでいた。


それでも見えた。


一万七千本の光が。


自分へ向けられている。




震える息を吐く。


胸の奥が熱かった。


チェリーピンクだった頃の景色を思い出した。




初めてセンターに立った日。


初めて名前を呼ばれた日。


初めて見た満員の客席。




全部、消えていなかった。


失ったわけではなかった。




涙がまたこぼれた。


だが、今は前を向けた。


ラベンダーパープルの光が揺れている。


その光の中に、自分がいる。


逃げずに立っている。


それだけで十分だった。




一万七千本のラベンダーパープルが、横浜アリーナを満たしていた。


歓声は続いている。


光も揺れ続けている。


その中心で。


白石莉恋は、初めて自分の色の中に立っていた。





つづく…




▼登場人物のイラストをpixivで公開中


https://www.pixiv.net/artworks/144793121

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