七人目
「新しいメンバーを、募集します」
その言葉が落ちてから、誰かが動くまでに——三秒かかった。
三秒は、長い。
日常会話であれば、返答が来ない一秒で「聞こえなかったか」と思う。
二秒で、相手の表情を確認する。
三秒は——言葉が、体の中に沈んでいく時間だった。
冴子は、待った。
急かさない。
補足もしない。
六人が処理するための時間として、その三秒を与えた。
動いたのは、苺だった。
「……追加、ということですか」
声は、揺れなかった。
リーダーとしての声だった。
感情より先に、確認が出た。
「そうです」
「今の六人に、新しいメンバーを加える。それが、今回のオーディションの目的です」
冴子は続ける。
「現在、ゆめいろシフォンのカラーは六色です。オーディションで選ばれたメンバーには、新しいカラーを割り当てる。グループの構成は変わります」
「……何人、増えるんですか?」
向日葵が聞いた。
「決まっていません」
「決まっていない?」
「適性がある者がいれば、何人でも採用します。一人かもしれない。複数かもしれない。条件を満たす者がいなければ、ゼロになる」
「ゼロ」
向日葵は、その言葉を繰り返した。
「ゼロってことは——受かる子がいなかったってこと?」
「そうです」
「じゃあ私たちはそのまま?」
「そのまま、下がり続ける」
向日葵の口が閉じた。
答えが返せなかったのではない。
返したい言葉が見つからなかった。
冴子の言葉には、どこにも嘘がない。
だから反論ができない。
「そんなことはない」と言えるだけの根拠を、今の自分は持っていない。
(下がり続ける)
(あのグラフの線が、このまま右に伸びていく)
それが嫌だと思った。
嫌だという感情は、本物だった。
だが——新しいメンバーが来ることを、嬉しいとも思えなかった。
その両方が、同時にある。
それが——今の向日葵の、正直な状態だった。
条件
若葉が、ペンを取った。
「適性、とおっしゃいましたが」
落ち着いた声だった。
感情が乗っていない。
情報を引き出すための声だと、若葉自身が分かっていた。
「どういった基準で選ぶんですか」
冴子は、若葉を見た。
「ゆめいろシフォンに今ないものを持っている者」
「それが基準ですか」
「それが、最も正確な言い方です」
若葉はメモ帳に書いた。
「今ないもの」
ペンが止まる。
「……今ないもの、というのは」
若葉は、珍しく言葉を続けた。
「私たちに欠けているものがある、ということですか」
「欠けているのではありません」
冴子は即答した。
「欠けていると「不足」になる。今ないのは「不足」ではなく「未開拓」です」
「……違いを、教えてもらえますか」
「不足は、埋めるもの。未開拓は、広げるもの」
「ゆめいろシフォンは完成されています。だから「不足」はない」
「だが——完成された形の外側に、まだ誰も踏み込んでいない領域がある」
その言葉を、若葉はメモ帳に書き直した。
「未開拓」
「不足」と「未開拓」の違い。
論理としては分かる。
だが——感情としては、まだ受け取れていない。
若葉は、その感情の処理を後回しにした。
今は情報を集める時間だと、判断したから。
事件
「新しいメンバーを加える理由を、もう少し具体的に話します」
冴子が、続けた。
「ゆめいろシフォンに今必要なのは——事件です」
「事件」
若葉が、メモ帳にその文字を書いた。
「話題になる出来事。ファンが人に話したくなる何か。グループの内側に、まだ誰も見たことのないものが現れる瞬間」
「……それが、新しいメンバーで起きると」
苺が言った。
「可能性があります」
「可能性」
苺は、その言葉を確認した。
「保証はしないということですか」
「しません。オーディションをしてみないと分からない」
「……でも」
向日葵が、口を開いた。
今度は、止まらなかった。
「新しい子が来ただけで、事件になるんですか」
「……それだけでは、なりません」
冴子は、向日葵を見た。
今日初めて、視線が一人の上に長く止まった。
向日葵は、その視線を受けた。
逃がさなかった。
一年前なら逃がしていたかもしれない視線を、今日は受け止めた。
「誰が来るかによります」
「どんな子が来るかによって——何が事件になるかが変わる」
「だから人数を決めていないんですか」
「そうです」
向日葵は、少しだけ考えた。
「……どんな子を、探しているんですか」
冴子は、答える前に——わずかに口角が動いた。
笑った、と言えるほどではない。
笑っていない、と言い切れるほどでもない。
「決めていません」
「……え?」
「オーディションを開いて、初めて分かることがあります」
「探しているものが何かを言語化できるなら——それは、もう事件ではない」
向日葵は、その言葉の意味を追いかけた。
追いかけて——途中で止まった。
掴めなかった。
(言語化できないものを探している)
(それがどんなものか、本人も知らない)
「……難しいことを言いますね」
向日葵は、つい言った。
この部屋でその言葉を出していいのか、一瞬迷った。
だが出てしまった。
冴子は、向日葵を見たまま——
「そうですね」
と言った。
認めた。
室内の空気が、わずかに緩んだ。
ほんの少しだけ。
向日葵の隣で、空が小さく息を吐いた。
終わり
「以上です」
冴子が言った。
「オーディションの詳細は、追って連絡します。発表のタイミング、応募要項、スケジュール——いずれも決まり次第」
「……一つだけ」
苺が言った。
「今日の話は——私たちの口から、外に出してはいけませんか」
「オーディションの発表前は、口外無用です」
「……SNSも」
「もちろん」
苺は、頷いた。
それだけだった。
冴子は上座を離れた。
ドアに向かう。
止まらない。
振り返らない。
ドアが閉まった。
音が、した。
ラッチが引っかかる、金属の音。
それが合図のように——
誰かが息を吐いた。
誰かが、椅子を引いた。
誰かの膝に置かれたタオルが、床に落ちた。
それを拾う気力が、今はなかった。
六人が、残った。
蛍光灯の光が、変わらず全員を照らしている。
影のない部屋に。
六人と、テーブルと、一枚のグラフ
だけが残っていた。
グラフの線は——まだ、右肩下がりのままだった。
つづく…
マンガ版はpixivで連載中
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