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このアイドル、どこかおかしい。一人だけ、笑っていない。  作者: Nagiousen


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113/118

第113話 静凪、揺らぐ

九月三日(水) 午前九時二十分




京都。




今日は——個人邸だった。




港を——見下ろす丘の上。


古い——洋館。


三年前から——葵が、花を任されている家だった。




玄関。


食堂。


書斎。




依頼内容は——いつも同じだった。




「玄関と食堂と書斎。いつも通りで」




依頼主が——そう言った。


葵は——頷いた。




「承知しました」




それ以上——何も言わなかった。


生花を——運び込む。




玄関ホール。


白い——アンスリウム。


細い——枝。


清潔さと——品格。




この家に——最も合う構成だった。




葵は——枝を一本取った。


長さを——確認する。


切る。


差す。




——止まった。




ほんの——わずかに。


角度が——狂っていた。




葵は——指先で修正した。


合う。


問題は——ない。




だが。


葵は——手を止めた。




修正に——三秒。


普段なら——もっと早い。




手が——先に動く。


判断は——その後から追いつく。


それが——いつもの葵だった。




今日は——違った。


判断してから——手が動いた。




(……誤差)




それだけ——認識した。


原因を——探す。




疲労。


睡眠不足。




先日からの——環境変化。


どれも——決定的ではない。


葵は——それ以上考えなかった。




処理——終了。


次の——花器へ向かった。




---




午前九時五十分




食堂。




長い——ダイニングテーブル。


窓から——海が見える。


ここは——少しだけ、温度が必要だった。




スモークツリー。


芍薬。




一本。


二本。


三本目。




——止まった。


手が——空中で止まった。




葵は——花を見た。


配置は——決まっている。


迷う必要は——ない。




それなのに。


動かなかった。




(……何をしている)




考える。


答えは——出ない。




なぜ——止まったのか。


理由が——ない。




一秒。


二秒。




時間だけが——過ぎた。




その間。


葵の意識から——周囲の空間が消えた。




音も——ない。


海も——ない。


花も——ない。




ただ——空白だけがあった。




そして——戻る。




葵は——三本目を差した。


位置は——正確だった。




だが。


三本目の——手前。




そこだけが——妙に空いて見えた。


葵は——一歩下がった。




見る。


問題は——ない。




それでも。


その空白が——気になった。




理由は——わからなかった。


葵は——視線を外した。




次の部屋へ——向かった。




---




午前十時二十分




書斎。


いつも——同じ構成。




白い——小菊。


十一本。




葵は——数え始めた。




一。


二。


三。


——四。




その瞬間。


手が——止まった。




(夜)




突然——頭の中に、映像が浮かんだ。




窓。


暗い——夜。




ガラスに——桜の花びらが貼り付いている。


風は——ない。




それなのに——花びらが一枚。


ゆっくりと——滑り落ちる。




誰かが——見ている。


その光景を。




葵では——ない。


別の——誰かの視点。




そして。


その視点には——感情があった。




悲しみ。


迷い。


それでも——誰かを求める感情。




一瞬。


それだけだった。




映像が——消えた。


葵は——瞬きをした。




書斎に——戻った。




手元には——小菊。


葵は——もう一度、数えた。




四。


五。


六。


七。


八。


九。


十。


十一。




束ねる。


差す。




問題は——ない。




葵は——部屋を出た。


三歩——歩いた。




——止まった。


振り返る。




書斎へ——戻る。




花器を見る。


葵は——数えた。




一。


二。


三。


四。


五。


六。


七。


八。


九。




——九本。


二本——足りない。




葵は——しばらく、花器を見つめた。


自分が——入れた。




十一本。


その記憶は——ある。




だが。


今は——九本しかない。




なぜ——そうなったのか。


わからない。




葵は——二本を追加した。


それだけだった。




---




午前十一時四十分




作業が——終わった。


依頼主が——花を見た。




「きれいでしたよ」




葵は——一礼した。




「ありがとうございます」




だが。




葵の中では——その評価に、意味がなかった。




三秒。


二秒。


二本。




複数の——異常。


どれも——小さい。




一つなら——誤差で済む。


二つなら——偶然とも言える。




だが。


三つ目が——ある。


四つ目も——ある。




葵は——玄関を出た。




(……連続している)




それは——ミスではない。


自分の——技術が落ちたわけでもない。




何かが——入り込んでいる。


自分の中へ。


静凪の——中へ。




午後零時二十分




葵は——車を使わなかった。


坂道を——一人で歩いた。




港から——風が上がってくる。


海が——見える。




波は——同じ形で、二度来ない。


葵は——足を止めた。




海を——見る。




(……あの映像)




夜。


窓。


桜。




誰かの——視点。


そして——感情。




葵には——理解できない種類のものだった。




感情は——判断を鈍らせる。


感情は——予測不能な動きを生む。


感情は——凪を乱す。




だが。


あの映像にあったものは——ただの感情ではなかった。




強い——方向性。




何かを——求める力。


何かを——選ぼうとする力。




葵は——静かに結論へ到達した。




(……真凪)




断定では——ない。


まだ——確証はない。




だが。


可能性としては——十分だった。




葵は——目を閉じた。




静凪。


瞬凪。


真凪。




本来——一つであるべきもの。




それが——今。


同じ時代に——存在している。




鏡一が——何をしたのか。


その答えは——まだ知らない。




だが。


自分の中へ——別の凪が入り込んでいる。


その感覚だけは——理解できた。




(共鳴——している)




その言葉が——頭に浮かんだ。




静凪は——無に依存する。


感情を——排除することで、完成する。




ならば。


感情を持った真凪が——成長すれば。


どうなるのか。




葵は——考えた。


答えは——一つだった。




(崩れる)




自分の——静凪も。


凪桜閃流そのものも。





つづく…




▼登場人物のイラストをpixivで公開中


https://www.pixiv.net/artworks/144793121



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