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このアイドル、どこかおかしい。一人だけ、笑っていない。  作者: Nagiousen


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111/117

第111話 また、みんなと歌いたい

九月一日(月) 午後三時




横浜へ戻った——翌日。




レッスンスタジオ。




七人が——軽く振り入れと、フォーメーションの確認をしていた。


本来なら——明るい時間だった。




大阪城ライブの——成功。


全国ツアーの——発表。




浮かれても——おかしくないはずだった。


だが——空気は、どこか慎重だった。




「大丈夫——?」




向日葵が——桃霞に声をかけた。




「疲れてない——?」




空も——横から覗き込んだ。




「無理——しないで」




若葉が——静かに付け加えた。




桃霞は——一つ一つに、答えた。




「大丈夫——です」




だが——本人にも。


本当に——大丈夫なのか、わからなかった。




――




振り付けの——確認が始まった。


音楽が——流れた。


七人が——並んで動いた。




---




一度目。


普通だった。




桃霞の——動きも、他の六人と変わらなかった。




---




二度目。




桃霞の——身体だけが。


ほんの——一瞬、早く動いた。




コンマ——数秒。


誰にも——気づかれないほどの差。




本人は——気づいていなかった。




若葉だけが——それを見ていた。




「……今の」




小さく——呟いた。




「どうしました——?」




桃霞が——聞いた。




「いえ——」




若葉は——首を振った。




「何でも——ありません」




それ以上——言わなかった。




もう一度——同じ振り付けを通した。


今度は——完全に揃っていた。




若葉は——黙って、桃霞を見つめていた。


説明は——できなかった。




だが——確かに、何かが変わり始めていることだけは、感じ取っていた。




――




レッスンが——終わった。




苺が——桃霞の隣に来た。




「本当に——大丈夫?」




もう一度——聞いた。




桃霞は——少し考えた。




「……わかりません」




いつもと——同じ、答えだった。




だが——今回は。


続きが——あった。




「でも——」




桃霞は——一拍、置いた。




「ここに——いたいです」




桃霞自身も——少し驚いていた。


自分が——そんな言葉を、口にしたことに。




「みんなと——練習したいです」




苺は——目を見開いた。


言葉を——失った。




(今——桃霞ちゃんが、自分から——そう言った)




デビューした——あの日からずっと。


桃霞は——言われたことをこなす少女だった。




「一緒に——いたい」




そんな——言葉を、自分から口にしたことは。


一度も——なかった。




苺は——しばらく何も言えなかった。


やがて——ゆっくりと頷いた。




「……うん」




声が——少し、上ずっていた。




「一緒に——やろう」




それ以上——聞かなかった。


だが——その驚きだけは、隠せなかった。




――




莉恋が——桃霞の隣に座った。


レッスン後の——静かな時間だった。




大阪で——抱きしめたあの朝のことは。


触れなかった。




「昨日——」




莉恋が——静かに言った。




「怖かった——?」




桃霞は——考えた。




「……わかりません」




いつもの——答えだった。


だが——続きが、あった。




「でも——」




桃霞は——莉恋を見た。




「莉恋さんが——泣いていたのは、嫌——でした」




莉恋が——目を見開いた。




「泣かないで——ほしいと、思いました」




莉恋の中で——何かが、静かに動いた。




(心配して——くれたの——?)




聞きたかった。


だが——聞かなかった。


答えを——急がなかった。




「……ありがとう」




それだけ——言った。




――




夜。




桃霞の——部屋。


一人で——鏡の前に、立っていた。




鏡の中の——自分を見た。


笑顔を——作ろうとした。




昨日までは——うまく笑えなかった。


顔の——筋肉が思うように、動かなかった。




もう一度——試した。


少しだけ——口角が、上がった。


ほんの——一瞬。




桃霞自身が——驚いた。




「……今」




小さく——呟いた。




もう一度——やってみた。


今度は——自然に。


ほんの——少しだけ。


笑えた。




鏡の中の——自分を、見つめた。




「……笑えた」




静かに——呟いた。




その——瞬間。


鏡の中の——桃霞の表情が。


一瞬だけ——無表情に戻った。




桃霞は——気づかなかった。




――




大阪城ホールで——聞いた歓声を、思い出した。




「ゆめいろシフォン——!」




一万六千人の——声。




桃霞は——目を、閉じた。




「……また」




静かに——呟いた。




「みんなと——歌いたい」





つづく…




▼登場人物のイラストをpixivで公開中


https://www.pixiv.net/artworks/144793121

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