第111話 また、みんなと歌いたい
九月一日(月) 午後三時
横浜へ戻った——翌日。
レッスンスタジオ。
七人が——軽く振り入れと、フォーメーションの確認をしていた。
本来なら——明るい時間だった。
大阪城ライブの——成功。
全国ツアーの——発表。
浮かれても——おかしくないはずだった。
だが——空気は、どこか慎重だった。
「大丈夫——?」
向日葵が——桃霞に声をかけた。
「疲れてない——?」
空も——横から覗き込んだ。
「無理——しないで」
若葉が——静かに付け加えた。
桃霞は——一つ一つに、答えた。
「大丈夫——です」
だが——本人にも。
本当に——大丈夫なのか、わからなかった。
――
振り付けの——確認が始まった。
音楽が——流れた。
七人が——並んで動いた。
---
一度目。
普通だった。
桃霞の——動きも、他の六人と変わらなかった。
---
二度目。
桃霞の——身体だけが。
ほんの——一瞬、早く動いた。
コンマ——数秒。
誰にも——気づかれないほどの差。
本人は——気づいていなかった。
若葉だけが——それを見ていた。
「……今の」
小さく——呟いた。
「どうしました——?」
桃霞が——聞いた。
「いえ——」
若葉は——首を振った。
「何でも——ありません」
それ以上——言わなかった。
もう一度——同じ振り付けを通した。
今度は——完全に揃っていた。
若葉は——黙って、桃霞を見つめていた。
説明は——できなかった。
だが——確かに、何かが変わり始めていることだけは、感じ取っていた。
――
レッスンが——終わった。
苺が——桃霞の隣に来た。
「本当に——大丈夫?」
もう一度——聞いた。
桃霞は——少し考えた。
「……わかりません」
いつもと——同じ、答えだった。
だが——今回は。
続きが——あった。
「でも——」
桃霞は——一拍、置いた。
「ここに——いたいです」
桃霞自身も——少し驚いていた。
自分が——そんな言葉を、口にしたことに。
「みんなと——練習したいです」
苺は——目を見開いた。
言葉を——失った。
(今——桃霞ちゃんが、自分から——そう言った)
デビューした——あの日からずっと。
桃霞は——言われたことをこなす少女だった。
「一緒に——いたい」
そんな——言葉を、自分から口にしたことは。
一度も——なかった。
苺は——しばらく何も言えなかった。
やがて——ゆっくりと頷いた。
「……うん」
声が——少し、上ずっていた。
「一緒に——やろう」
それ以上——聞かなかった。
だが——その驚きだけは、隠せなかった。
――
莉恋が——桃霞の隣に座った。
レッスン後の——静かな時間だった。
大阪で——抱きしめたあの朝のことは。
触れなかった。
「昨日——」
莉恋が——静かに言った。
「怖かった——?」
桃霞は——考えた。
「……わかりません」
いつもの——答えだった。
だが——続きが、あった。
「でも——」
桃霞は——莉恋を見た。
「莉恋さんが——泣いていたのは、嫌——でした」
莉恋が——目を見開いた。
「泣かないで——ほしいと、思いました」
莉恋の中で——何かが、静かに動いた。
(心配して——くれたの——?)
聞きたかった。
だが——聞かなかった。
答えを——急がなかった。
「……ありがとう」
それだけ——言った。
――
夜。
桃霞の——部屋。
一人で——鏡の前に、立っていた。
鏡の中の——自分を見た。
笑顔を——作ろうとした。
昨日までは——うまく笑えなかった。
顔の——筋肉が思うように、動かなかった。
もう一度——試した。
少しだけ——口角が、上がった。
ほんの——一瞬。
桃霞自身が——驚いた。
「……今」
小さく——呟いた。
もう一度——やってみた。
今度は——自然に。
ほんの——少しだけ。
笑えた。
鏡の中の——自分を、見つめた。
「……笑えた」
静かに——呟いた。
その——瞬間。
鏡の中の——桃霞の表情が。
一瞬だけ——無表情に戻った。
桃霞は——気づかなかった。
――
大阪城ホールで——聞いた歓声を、思い出した。
「ゆめいろシフォン——!」
一万六千人の——声。
桃霞は——目を、閉じた。
「……また」
静かに——呟いた。
「みんなと——歌いたい」
つづく…
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