第107話 それぞれの車窓
八月三十日(日) 午前十時
新幹線——「のぞみ」。
新大阪から——新横浜へ。
七人が——並んで、座っていた。
いつもなら——ここは、賑やかな車内だった。
大阪城ホールを——成功させた翌日。
「SNS——すごいよ!」
「今日の——写真、見て!」
「お弁当——何にする?」
「武道館も——絶対、行こう!」
そんな——会話が、飛び交うはずだった。
だが——今日は、違った。
誰も——スマホを、見せ合わなかった。
笑い声も——なかった。
聞こえるのは——ただ。
新幹線の——走行音。
車内アナウンスの——機械的な声。
誰かが——ペットボトルの、キャップを開ける音。
それだけだった。
七つの——沈黙が車両の中に、重なっていた。
---
桃霞は——窓側に座っていた。
昨夜——ほとんど、眠れていなかった。
発車して——十分ほど経った頃。
コトン——と。
頭が——窓に、もたれかかった。
眠って——いた。
隣に——座る莉恋は、それに気づいた。
(眠った——のか)
安堵に——近い感情が、一瞬湧いた。
だが——同時に、違和感もあった。
他の——六人は誰も、眠れずにいた。
体は——疲れているのに、心が休まらなかった。
なのに——桃霞だけは。
まるで——電池が切れたように。
一瞬で——落ちるように、眠った。
莉恋は——何度も、その横顔を見た。
穏やかな——寝顔だった。
「やっと——眠れたんだ」
そう——思う一方で。
(この——眠りは)
(本当に——普通なの——?)
その——不安が、消えなかった。
桃霞を——起こさないように。
六人は——小さな声で、話し始めた。
「今日は——休ませよう」
苺が——静かに言った。
「病院——行った方が、いいのでしょうか」
空が——呟いた。
若葉が——低い声で続けた。
「身体より——先に、記憶の——問題を調べるべき——かもしれません」
杏が——腕を組んだまま、疑問を口にした。
「あれ——本当に、夢遊病なの?」
「桃霞ちゃん——大丈夫、だよね——?」
向日葵が——不安げに呟いた。
誰も——それに、はっきりと答えなかった。
莉恋は——黙って聞いていた。
言葉を——挟めなかった。
誰も——答えを、持っていなかった。
---
莉恋は——桃霞の肩を見た。
車内の——冷房で、少し寒そうに見えた。
黙って——荷物棚から、ブランケットを取り出した。
そっと——桃霞の肩にかけた。
桃霞は——起きなかった。
その——顔は、昨日よりも穏やかに見えた。
莉恋は——少し、安心した。
だが——その時。
桃霞の——右手に、目が留まった。
眠っている——間も。
微かに——握りしめられていた。
指先が——固く曲がり。
まるで——何かを握るように。
莉恋の——胸に、冷たいものが走った。
(まだ——)
(終わって——いない)
言葉には——しなかった。
ただ——その握りしめられた右手を、見つめ続けた。
---
空が——スマートフォンを開いた。
音を——立てないように。
SNSには——投稿が溢れていた。
「大阪城ホール——最高!」
「七人体制——完全に完成した——!」
「感動した——涙止まらない」
絶賛の——嵐だった。
空は——それを、一つ一つ目で追った。
だが——笑えなかった。
昨日までなら——嬉しかったはずの言葉。
今日は——遠く感じられた。
まるで——別の世界の出来事のように。
画面を——閉じた。
隣の——若葉も、それに気づいていた。
何も——言わなかった。
「まもなく——新横浜」
車内アナウンスが——響いた。
その——声で。
桃霞の——瞼が動いた。
ゆっくりと——目を、開けた。
窓の外を——見た。
「……着いたん——ですね」
普通の——声だった。
普通の——表情だった。
だが——六人は。
その——「普通」が本当に普通なのか。
判断が——つかなかった。
苺が——努めて、笑って言った。
「帰ろう」
六人が——頷いた。
桃霞も——頷いた。
いつも——通りに。
新幹線が——ホームへ滑り込んだ。
七人は——それぞれ荷物を持ち、立ち上がった。
ホームへ——降りていった。
その——後ろ姿は。
第三者から——見れば。
大阪城ホールライブを——成功させた、最高のアイドルグループだった。
しかし七人は——今。
誰も——同じ景色を、見ていなかった。
つづく…
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