第101話 七人の距離
八月二十九日(土) 午後九時
控室。
七人が——それぞれの、椅子に座っていた。
明かりは——いつも通り、明るかった。
だが——空気だけが、重かった。
誰も——口を開かなかった。
衣装は——まだ、着替えていなかった。
汗の——匂いだけが、部屋に残っていた。
莉恋が——顔を上げた。
桃霞を——見た。
しばらく——迷った。
それでも——口を開いた。
「桃霞、さっきのこと——聞いてもいい?」
静かな——声だった。
だが——確かに、部屋の中に響いた。
桃霞が——莉恋を見た。
何も——答えなかった。
莉恋は——それを、続ける合図として受け取った。
「六人の——前に。同時に——現れた、あれ」
言葉を——選びながら続けた。
「あれは——演出、だったの?」
誰も——答えなかった。
莉恋は——他のメンバーへ、視線を向けた。
「私は——聞かされてなかった。みんなは——知ってたの?」
苺が——首を、振った。
「知らない」
短く——答えた。
空も——首を、振った。
「私も」
向日葵も。
「聞いてない」
声が——小さかった。
杏も。
「……知らない」
若葉も。
「事前の——情報には、ありませんでした」
タブレットを——確認する、いつもの癖すら出なかった。
全員が——同じ、答えだった。
誰も——知らなかった。
六人全員が——同じ疑問を抱えていることが、ここではっきりした。
視線が——桃霞へ集まった。
桃霞は——長く黙っていた。
自分の——手のひらを見た。
まだ——そこに残っていた。
骨を——砕いた感触。
やがて——静かに、口を開いた。
「……わかりません」
短い——言葉だった。
「私にも——説明できません。気づいたら——できていました。どうやったのか——本当に、わからないんです」
嘘ではなかった。
ごまかしでも——なかった。
桃霞自身が——一番、わからずにいた。
若葉が——最初に反応した。
口を——開きかけた。
だが——言葉が、出てこなかった。
論理で——説明できない事象。
それを——受け入れるための言葉を、若葉は持っていなかった。
杏が——小さく呟いた。
「あれ——人間の動きじゃ、なかった」
誰にともなく——漏らした言葉だった。
空は——能力のことより、桃霞自身のことを思っていた。
「体は——大丈夫?」
静かに——尋ねた。
桃霞は——空の方を見た。
「……わかりません」
同じ——答えだった。
その——返答が、全員をさらに不安にさせた。
体調すら——自分で、把握できていない。
それが——何より、恐ろしかった。
向日葵は——目に、涙を滲ませていた。
何か——言おうとした。
だが——言葉に、ならなかった。
唇が——震えるだけだった。
苺も——言葉を探していた。
リーダーとして——何か言わなければと、思っていた。
だが——見つからなかった。
誰も——答えを、持っていなかった。
誰も——納得できていなかった。
重い——沈黙だけが、部屋に残った。
その——時だった。
控室の——外から、声が聞こえた。
「皆さん——お疲れさまでした」
スタッフの——声だった。
その——一言で。
全員が——現実へ引き戻された。
ライブは——終わったばかりだった。
やるべき仕事は、まだ残っていた。
苺が——立ち上がった。
「……今日は——ここまでにしよう。みんな——疲れてる」
誰も——反対しなかった。
莉恋だけが——最後まで、桃霞を見つめていた。
桃霞も——視線を返した。
長い——沈黙が、二人の間に流れた。
やがて——桃霞が、小さく頭を下げた。
「……ごめんなさい」
何に対する——謝罪なのか。
語られなかった。
誰も——「何が?」とは、聞けなかった。
七人は——静かに、控室を出た。
誰も——桃霞を、置いていかなかった。
だが——誰も、桃霞の隣には行けなかった。
少しだけ——距離を空けた七人が。
同じ——廊下を歩いていった。
その——距離だけが。
今の——七人の心の距離を、静かに表していた。
つづく…
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