第100話 歓声の向こう側
八月二十九日(土) 午後八時四十五分
曲が——終わりへ、近づいていた。
七人が——最後の決めポーズへ、向かって動いた。
照明が——一斉に、強く輝いた。
紙吹雪が——天井から、舞い落ちてきた。
銀色の——テープが、宙を彩った。
七人が——それぞれの位置で止まった。
苺——中央から少し外れた場所で、両手を高く掲げた。
空——静かに微笑みながら、片手を胸に当てた。
向日葵——満面の——笑みで、ピースサインを掲げた。
若葉——控えめだが確かな笑顔で、拳を握った。
杏——照れくさそうに、それでも——大きく笑っていた。
莉恋——優雅に両手を広げ、微笑んでいた。
六人——それぞれが、最高の笑顔だった。
デビューから——ここまでのすべてが、報われたような笑顔だった。
中央。
桃霞。
歌っていた。
踊っていた。
決めポーズも——正確に、取っていた。
だが——笑っていなかった。
照明の——光が七人を——均等に照らしていた。
紙吹雪が——七人の髪や肩に、降り注いでいた。
その——美しい光景の中心で。
一人だけ——表情が、なかった。
客席が——爆発した。
「最高ーー!!」
「ゆめいろシフォン——最高!!」
一万六千人の——声が、一つになった。
ペンライトが——激しく揺れた。
涙を——流している者もいた。
拍手が——止まらなかった。
さくらは——両手を頬に当てて、感動していた。
健一は——何度も何度も、頷いていた。
ななは——スマホを掲げ、最後の瞬間を撮り続けていた。
高校生の——二人は、抱き合って喜んでいた。
母娘は——うちわを掲げたまま、涙を流していた。
その夜。
SNSには——次々と投稿が上がっていった。
「人生最高の——ライブだった」
「七人体制——やっぱり最高すぎる」
「大阪城ホール——伝説になった」
誰も——気づいていなかった。
一万六千人は——最高の笑顔を、見たと思っていた。
七人は——最高のライブを、やり切ったと思っていた。
だが——。
桃霞だけは。
最後まで——一度も、笑わなかった。
観客は——知らない。
七人になって——2回目のこのライブで。
新メンバーだけが——笑顔を失っていたことを。
八月二十九日(土) 午後八時五十分
曲が——終わった。
ステージが——暗転した。
七人は——それぞれ、袖へと歩き出した。
歓声は——まだ、聞こえていた。
だが——誰も、振り返らなかった。
袖へ——入った瞬間。
歓声が——壁一枚、向こうの音に変わった。
遠く——くぐもった音の塊。
さっきまで——七人を包んでいたあの熱狂が。
一枚の——壁で、隔てられていた。
代わりに——聞こえてきたのは。
ヒールの——足音。
コツ、コツ、と——固い床を鳴らす音。
衣装の——擦れる音。
布と——布がこすれる乾いた音。
そして——荒い呼吸。
肩で——息をするその音だけが。
暗い——通路に、響いていた。
誰も——「ありがとう」と、言わなかった。
いつもなら——袖に入った瞬間。
誰かが——必ず口にする言葉だった。
誰も——「終わったー」と、言わなかった。
達成感に——包まれた、いつものあの瞬間の言葉。
その——沈黙だけで。
何かが——おかしいことが、伝わってきた。
七人は——それぞれ、立ち尽くしていた。
誰も——動かなかった。
誰も——桃霞に、近寄れなかった。
全員が——心配していた。
それは——確かだった。
だが——最初の一歩が、出なかった。
苺でさえ——そうだった。
口を——開きかけた。
「……」
名前を——呼ぼうとして。
やめた。
言葉が——喉の途中で止まった。
何を——言えばいいのか、わからなかった。
「大丈夫?」も。
「お疲れ様」も。
今の——桃霞には、届かない気がした。
空は——ペットボトルを、また差し出そうとした。
手が——途中で止まった。
さっきと——同じことを、繰り返すだけの行為に意味があるのか。
わからなかった。
向日葵は——いつもの笑顔を、作ろうとした。
口角を——上げようとした。
だが——失敗した。
顔の——筋肉が、思うように動かなかった。
中途半端な——表情のまま、固まった。
杏は——腕を組んだままだった。
いつもの——照れ隠しの仕草。
だが——今は、それが防衛のようにも見えた。
視線だけが——時折桃霞へ向かい、そして——逸れた。
若葉は——ただ、桃霞を見ていた。
分析する——言葉が、もう頭の中になかった。
理解しようとする——ことすら、諦めていた。
ただ——見つめることしか、できなかった。
莉恋だけが——違った。
莉恋だけが——桃霞から、目を離せなかった。
他の——五人が視線を逸らしたり、動きを止めたりする中。
莉恋の——目だけが、ずっと桃霞に注がれていた。
(何か——言わなきゃ)
(でも——何を)
莉恋の中でも——言葉は、見つからなかった。
だが——目を逸らすことだけは、できなかった。
暗い——通路。
七人の——荒い呼吸。
ヒールの足音。
衣装の——擦れる音。
それだけが——静かに、重なっていた。
壁の——向こうでは、まだ歓声が続いていた。
「ゆめいろシフォン——!」
「ありがとう——!」
一万六千人の——声が、まだ鳴り止んでいなかった。
だが——この袖の中だけは。
その——熱狂から切り離された、別の場所だった。
誰も——言葉を発せないまま。
七人は——そこに、立っていた。
つづく…
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