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五日目

 結婚五日目。


 昼食を終えて庭園を歩いていると、侍女たちが色とりどりの花を摘んでいた。


 そのうちの一人は結婚している女性で、今夜、遠征に出ていた夫が久しぶりに帰ってくるらしい。寝室に花を飾り、蝋燭を灯して二人で過ごすのだと、嬉しそうに教えてくれた。


 その顔を見ているうちに、少しだけ羨ましくなった。


 私だってアルベルトと結婚できて嬉しい。好きな人と同じベッドで眠り、朝になれば隣にいる。それだけでも里子だった頃の私からすれば信じられないくらい幸せなのに、五日も一緒に過ごしていると、それだけでは物足りないと思うようになっていた。


 もっと近くにいたいし、もっと触れてみたい。でも、それをアルベルトに言うのは恥ずかしいし、できることなら死んでも自分発信で言いたくないのだ。


 昨日までだって、どうにか口に出さずに伝えようとして熊やら酒やらで大変なことになったのだから、そろそろ素直に言えばいいのだろうけれど、それができるなら二十二歳まで処女なんてやっていない。


 だから、侍女が摘んだ花を見ているうちに、一周回って花じゃね? と思い、私も少し分けてもらいたくなった。


 寝室を綺麗にしておけばアルベルトも喜んでくれるだろうし、普段とは違う部屋で二人きりになれば、私も少しくらい素直になれるかもしれない。


 最初は、本当にそれだけだった。


 花瓶を一つ借りて窓辺に飾ると、思っていた以上に綺麗だったので、テーブルにも欲しくなった。せっかくならアルベルトが座る側にもあったほうがいいし、侍女が持ってきてくれた白い花も綺麗だったので、それも飾ることにした。


 すると手伝っていた侍女たちまで楽しくなってきたらしく、天蓋から蔓を垂らしてはどうか、花びらも散らしたら綺麗ではないかと、次々に案が出てきた。


 私は全部採用した。


 夕方になる頃には十人近い侍女が出入りしていたけれど、出来上がった寝室は本当に綺麗だった。


 蝋燭の柔らかな光に照らされた花が部屋中を彩り、いつもの寝室とはまるで違って見える。


 ここでアルベルトと二人で過ごせる。


 そう思っただけで、まだ帰ってきてもいないのに胸が落ち着かなくなった。


 ◇


 夜になり、アルベルトが寝室へ戻ってきた。


 部屋へ入った途端、足を止めたので少し不安になったけれど、私が用意したと知ると、いつもの優しい笑顔を見せてくれた。


「とても綺麗だね。ありがとう、マドレーヌ」


「……うん」


 もっと気の利いたことを言いたかったのに、それしか出てこなかった。


 アルベルトが隣へ腰を下ろすと、私は急に緊張して自分の手ばかり見ていた。今までだって同じ場所に何度も座っているのに、今日は肩が触れそうな距離にアルベルトがいるだけで意識してしまう。


 少しすると、その手にアルベルトの指が触れた。


 逃げる理由なんてないのに一瞬だけ身体が強張ったものの、手は引かなかった。触れた指先をそのまま残していると、アルベルトの指がゆっくりと絡み、手のひらまで重なった。


 それだけのことで、さっきまで何とか保っていた平静が怪しくなる。


 顔を上げれば、アルベルトも私を見ていた。


 この人ともっと近くなりたい。


 昨日までなら、そんなことを考えた瞬間に恥ずかしくなって、どうにか別の方法で伝えようとしていた。熊の毛皮を被ったのも、お酒に頼ったのも、結局は自分の口から言えなかったからだ。


 でも今は、何かに代わってもらいたくなかった。


 アルベルトの顔が近づいてきても目を逸らさず、繋いだ手に少しだけ力を込める。それに応えるように彼の指が私の手を包み、やがて唇が重なった。


 触れるだけのキスだったのに、離れたあとも私は顔を伏せなかった。


 もう一度してほしい。


 さすがにそれを口にする勇気まではなかったけれど、離れたアルベルトを見つめたままでいると、伝わったらしい。


 二度目は、さっきより長かった。


 背中へ回った腕に身体を寄せられ、私はアルベルトの胸に手を置いた。服越しに伝わる体温や身体の硬さを意識してしまい、恥ずかしさで逃げ出したくなるのに、それ以上に離れたくなかった。


 アルベルトの手が背中を優しく撫でる。


 私はその胸元を掴み、指先に触れた服の留め具へ手をかけた。


 ここから先へ進んだら、もう今までとは違う。


 一度だけ迷ったものの、それが嫌なのではなかった。むしろ、ずっとこうなりたかったのだと思う。


 震える指で留め具を一つ外した。


 アルベルトが私を見る。


 恥ずかしくて仕方ないのに、私は手を離さなかった。


 今度はアルベルトの指が私の寝間着に触れた。


 少しだけ怖い。それでも、その手を止めようとは思わなかった。


 また唇が重なり、私は目を閉じたまま二つ目の留め具へ指を――。


「っくしゅん!」


 アルベルトが勢いよく顔を逸らした。


 驚いて目を開けると、本人も驚いたような顔をしている。


 おかしくなって、二人で少し笑った。


 それくらいで消えてしまう気持ちではなかった。


 アルベルトがもう一度私を抱き寄せ、私も今度は自分から顔を近づけた。


「っくしゅん!」


 さすがに二回目は笑えなかった。


 アルベルトの目が真っ赤になっている。


「……大丈夫?」


「たぶん。でも、なんだか急に目まで……」


 私は心配になって顔を覗き込み、そのまま何気なく周囲を見た。


 そこで初めて気づいた。


 窓辺にもテーブルにも、壁際にも天蓋にも、ベッドの周りにまで花がある。昼間はあんなに綺麗に見えたのに、今は犯人が大集合しているようにしか見えなかった。


「……花?」


 アルベルトも周囲を見回した。


「……かもしれないね」


 数分後、寝室には再び十人近い侍女が集められた。


 せっかく飾った花を片っ端から運び出してもらい、窓を開け、香りのする蝋燭も消していく。


 私はその間、ベッドに座ったアルベルトの目元へ濡らした布を当てていた。


「ごめんね」


「私のほうこそ、せっかく用意してくれたのに」


 なんでアルベルトが謝るのだろう。


 昼から城中の花を寝室へ運び込んだのは私なのに、本当に申し訳なさそうな顔をしている。


 私は何も言わず、少し乱れていたアルベルトの髪を整えた。


「でも、嬉しかったよ。それに……今日のマドレーヌは、とても可愛かった」


 さっきまでのことが一気に頭へ蘇った。


 自分からキスをねだるように顔を上げたことも、アルベルトの服に手をかけたことも、その先を望んでいたことも。


 顔が熱くなり、私は返事の代わりに濡れた布をアルベルトの顔へ押しつけた。


「冷たいよ、マドレーヌ」


「冷やしてるの」


「目だけでいいと思うんだけど」


「今日は全部冷やして」


 布の向こうでアルベルトが笑った。


 私も堪えきれずに笑ってしまい、そのまま彼の肩へ少しだけ身体を預けた。


 結婚五日目――もう少しだったのに、失敗!

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