四日目
結婚四日目の夕食は、昨日までとは違って穏やかに終わろうとしていた。
熊を狩りに行く者もいなければ、熊の毛皮を身につけている者もいない。ようやく普通の新婚夫婦らしい一日を過ごせた気がする。
食後のお茶が運ばれてきたところで、お義父様が満足そうに立ち上がった。
「さて、老人はそろそろ退散するとしよう。ここからは若い者同士でゆっくりするといい」
「あなたったら、まだ老人という歳でもないでしょう」
「こういうときは老人でいいのだよ」
お義母様まで楽しそうに席を立つ。
意味ありげな笑みを残して二人が去っていくと、広い食堂には私とアルベルトだけが残された。
分かりやすい。
ものすごく分かりやすいぞ。
おそらく今夜こそ二人でどうぞ、ということなのだろう。
アルベルトを見ると、向こうも少し気まずそうに私を見ていた。
三日間も失敗を続ければ、さすがにお互い意識する。
ただ、ここからどうやって寝室まで持っていけばいいのかが分からない。
熊の毛皮作戦であれだけの失態を晒した以上、私から色っぽく誘うという選択肢は二度とない。アルベルトだって、昨日の今日で私に何かするのは怖いだろう。
そこで、食卓に残されたワインが目に入った。
「アルベルト。お酒は人を大胆にさせると言います」
「大胆に?」
「はい。日本でも合コンでは必須アイテムでした」
「ゴウコン?」
そういえば、この世界に合コンはない。
私は二十二歳まで一度も参加したことがなかったけれど、どういうものかくらいは知っている。男女が集まって、お酒を飲みながら親睦を深める会だと説明すると、アルベルトは興味深そうに聞いていた。
だったら、やってみればいい。
二人きりで飲むより、まずは楽しくお酒を飲んで気分をほぐし、その勢いのまま二人になれば、今度こそ自然にいけるかもしれない。
我ながら名案だった。
私はアルベルトに頼み、まだ近くにいた若い侍女二人と、護衛をしていた兵士二人に声をかけてもらった。
突然王子夫妻から酒席へ呼び出された四人は、当然ながら困惑していた。
無理もない。
私だって逆の立場なら帰りたい。
それでもワインと軽食を用意し、六人で一つのテーブルを囲むと、私は日本の知識を頼りに人生初の合コンを始めた。
「まずは自己紹介からね」
「妃殿下、我々は全員お互いを存じ上げておりますが……」
「合コンは自己紹介からなの!」
ここだけは譲れない。
名前、年齢、趣味、好きな異性のタイプ。
私自身、一度も参加したことがないので完全に聞きかじりだったが、それらしいことを順番にやらせていく。
最初こそ恐縮していた四人も、アルベルトが楽しそうに参加しているのを見て、少しずつ緊張が解けていった。
そして私も、人生でほとんど飲んだことのないワインを調子に乗って飲み続けた。
そこから先は早かった。
普段なら知らない男性と話すだけでも何を言えばいいのか分からなくなる私が、気づけば兵士の恋愛相談に乗っていた。
「絶対好きじゃん、それ!」
「いえ、ですから私はそのようなつもりでは――」
「毎朝会うのが楽しみなんでしょ? それはもう好きなの!」
向かいではアルベルトが侍女から好きな男性の話を聞いている。
最初は「合コンとは興味深いものだな」などと上品にワインを飲んでいた王子様も、いつの間にか頬を赤くしていた。
しかも酔ったアルベルトは、普段よりずっとよく笑う。
それが妙に可愛くて、私はさらに飲んだ。
誰が次のワインを持ってきたのかは覚えていない。
気づけば兵士の一人と肩を組み、その想い人へどう告白するかを全員で考えていた。侍女の一人は笑いすぎて泣いているし、アルベルトは「それでは気持ちが伝わらない」と兵士の告白を勝手に添削している。
「もっと素直に言わなきゃダメだよ!」
「妃殿下、近いです……」
「好きな人いるんでしょ?」
「おりますが、それより妃殿下、お水を――」
「誰!? 城の人!?」
逃げようとした兵士の腕を掴んだところまでは覚えている。
その横からアルベルトまで顔を出し、「マドレーヌ、あまり困らせてはいけない」と止めてくれたので、さすが私の夫だと思った。
ところが直後、「だが、私も誰なのかは気になる」 と言い出した。
「でしょ!?」
「ああ。聞くだけなら問題ないだろう」
「殿下まで……」
その頃には、初夜の緊張をほぐすために酒を飲み始めたことなど綺麗さっぱり忘れていた。
二十二年間、こんなふうに大勢で酔っぱらって騒いだ経験なんて一度もない。陰キャだった里子には縁のなかった合コンを、異世界へ転生して王子様と結婚してから初体験しているという事実がおかしくて、それをアルベルトに話したら、なぜか二人で腹を抱えて笑った。
◇
目を覚ますと、寝室だった。
どうやって戻ってきたのか分からない。
私はベッドの上で寝間着のまま横になっており、隣ではアルベルトが枕に顔を埋めていた。
「……気持ち悪い」
「……私もだ」
頭を少し動かしただけで世界が揺れる。
昨夜あれほど楽しかったワインという液体が、今は名前を聞くだけでも吐きそうだった。
結局、私たちは何をしたのだろう。
合コンを始めて、兵士の恋愛相談をして、アルベルトと大笑いしたところまでは覚えている。
肝心のそのあとがない。
もしかして――と一瞬だけ期待しかけたものの、身体には何の違和感もないし、私もアルベルトもきっちり寝間着を着ている。
どうやら今回も、何もなかったらしい。
しかも今は、それを残念がる余裕すらなかった。
隣でアルベルトが呻きながら私の手を探し、指先だけを握ってきた。
私も握り返した。
二人とも、それ以上動けない。
初夜のために大胆になろうと酒を飲んだ結果、大胆になったのは兵士と侍女への絡み方だけだった。
アルベルトの真っ青な顔を見て私が笑うと、アルベルトも私の顔を見て笑った。
結婚四日目――二日酔いで失敗!




