↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/8

二日目

その日の夕食は、アルベルトの家族も交えて久しぶりに大人数で取ることになった。


 結婚したばかりということもあり、話題は自然と夫婦のことになる。私は昨夜のことを思い出して少々居心地が悪かったが、まさか初夜に何もせず二人仲良く眠ったなどと言えるはずもなく、何食わぬ顔で料理を口に運んでいた。


「そういえば、ベルモンド伯爵のところは相変わらず仲がよろしいそうですよ」


 アルベルトの母が思い出したように口にすると、父も知っている夫婦だったらしく、懐かしそうに笑った。


「あそこは結婚して二十年だったか?」


「ええ。それなのに奥様は今でも旦那様に惚れ抜いているそうです。先日の夜会でも、若い頃と少しも変わらないと嬉しそうに話していましたよ」


「ベルモンド伯爵は昔から男らしい方でしたからね」


 同席していたアルベルトの妹まで話に加わった。


「狩りに出れば必ず獲物を持ち帰るし、若い頃には騎士としても随分活躍されたのでしょう? 奥様が惚れ抜いてしまうのも分かる気がします」


「なるほど。女というのは、いくつになっても男らしい夫に惹かれるものなのだな」


「あなたも少しは見習ったらいかがです?」


「今さら熊でも狩ってこいというのか?」


「そんなことをしたら腰を痛めますよ」


 家族の笑い声が食卓に広がる。


 私もつられて笑っていたのだが、向かいに座るアルベルトだけは妙に静かだった。


 何かを考えるように父を見たあと、その視線が私へ向く。


「なに?」


「いや……なんでもない」


「変なの」


 そのときは、それ以上気に留めなかった。


 湯浴みを済ませた私は、昨日より少しだけ念入りに髪を整えて寝室へ向かった。


 昨日は何もなかったけれど、初めてだったのだから仕方がない。私だって里子だった二十二年間、男女のことは人並みに知っているつもりでいながら、実際には一度も経験しないままこちらへ来たのだ。


 今日は昨日ほど緊張しないだろうし、今度こそ自然に――なんて考えながら寝室へ入ったところで、アルベルトがいないことに気づいた。


 まだ仕事でも残っているのだろう。


 そう思って待っていたのだが、夜が更けても戻ってこない。


 せっかく念入りに整えた髪も、鏡を見る頃にはどうでもよくなっていた。


(遅いな……)


 昨日はあれだけ私の隣から離れなかったのに、今日はどうしたのだろう。


 少し心配になったものの、城内が騒がしくなっている様子もない。何か急な公務でも入ったのだろうと考え、ベッドの上で待っているうちに、いつの間にか眠ってしまった。


 扉の向こうが騒がしくなったことで目を覚ましたのは、空が白み始めた頃だった。


 こんな朝早くに何事だろうと上着を羽織り、寝室の扉を開ける。


「妃殿下、お目覚めになられましたか」


「どうしたの?」


「殿下がお戻りになりました」


「アルベルトが? どこに行ってたの?」


 返事を聞くより先に、廊下の奥から何人もの家来がこちらへ歩いてくるのが見えた。


 その肩には、巨大な黒い塊が載っている。最初は何なのか分からなかったが、近づいてくるにつれて、太い脚と爪、黒々とした毛、だらりと垂れた大きな頭まで見えてきた。


「ぎえーーっ!」


 熊だった。


 しかも、日本で動物園に行ったってそうそうお目にかかれそうにない、とんでもなくデカい熊である。


「な、なにそれ!?」


「殿下がお仕留めになった獲物でございます」


「アルベルトが!?」


 思わず熊を二度見していると、その後ろから泥と草まみれになったアルベルトが歩いてきた。


 昨夜までの完璧な王子様はどこへ行ったのか、髪は乱れ、服には泥がこびりつき、見るからに疲れ切っている。


「マドレーヌ」


 それでも私を見つけると、嬉しそうに笑った。


 そこでようやく、夕食の席で聞いた話と目の前の巨大な熊が私の中で繋がった。


(まさか……『男らしい』って、これ?)


 アルベルトは何も説明しなかった。


 ただ私の反応を確かめるように熊を一度振り返ると、どこか満足そうに笑いながらこちらへ歩いてくる。


「ちょっと、アルベルト? 大丈夫?」


「ああ。君の顔を見たら――」


 そこまで言ったところで身体がぐらりと傾いた。


「ちょっ!」


 咄嗟に受け止めると、そのまま私の膝へ頭を預けてしまった。


「アルベルト?」


 返事はなく、代わりに穏やかな寝息が聞こえてくる。


 家来たちが巨大な熊を担いでいる廊下のど真ん中で、この王子様は私の膝を枕にして眠ってしまった。


「……寝ちゃった」


 どうすればいいのか分からずにいると、同行していた兵士が静かに頭を下げた。


「殿下は、妃殿下へお見せするのであれば、ご自身一人で狩らなければ意味がないと仰せになりまして、我々が手を貸すことを最後までお許しになりませんでした」


「一人で……これを?」


「はい。夜通し追跡された末、ご自身の手で仕留められました。我々も長く殿下にお仕えしておりますが、あれほど大きな熊をお一人で仕留められるとは……見事なお姿でした。大変勇敢でございました」


「…………」


 男らしい夫に、妻は惚れ抜く。


 夕食の席でアルベルトが私を見た理由も、突然いなくなった理由も、これで全部分かった。


 この人はたぶん、昨夜のことを自分なりに考えたのだ。


 そして考えた結果が、熊だった。


 私は何も言わず、膝の上ですっかり眠ってしまったアルベルトの泥で汚れた髪を、そっと撫でた。


 結婚二日目――失敗!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。