07 天を詠む『八雲葉歌集 巻ノ第四』
『八雲葉歌集 巻ノ第四 秋上佳』AE 926年
黄金なす 稲穂の海に 円なる 天の落墨 白き筆なり
黄金色の稲が実る田畑に天の聳雲の影が落ちた光景を、天上帝が白い筆で垂らした墨に見立てている。季詞は天の落墨。
逢ふほどを 包みし天の 情けかな 指し闇の幕 しばし留めよ
天の聳雲の影の下で恋人と忍んで会っている男が、この時間がもっと続くようにと願った歌。季詞は差し闇。ここでは天上帝の意志を強調するため指しの字が使われている。
差し闇の 底に浮き立つ 綾錦 燃ゆるばかりに 咲ける花かな
天の聳雲の来臨に合わせて家々では着物を陰干ししており、影の中にその鮮やかさが映える様を現している。季詞は差し闇。
秋風に 鰭を振るわせ 揚がる鯉 負けそ登れよ 天の滝津瀬
御影渡りの時期に民衆が興じる凧揚げ。凧に描かれた鯉が勢いよく上昇する様に思わず声をあげている歌。
凧はこの頃に綜国から伝わったもので、特に初期は鯉がモチーフにされることが多かった。鯉が河を上り、滝を越えて天柱雲を昇り、やがて龍となって天帝に仕えたという同国の伝承に由来するもので、現在の昇り鯉の原型である。季詞は凧揚げ。
『四海採風記 南海之書』AE 1026年
葛華島(現カハ・ヌイ島)の古老の語り
「爺さまの爺さまの、そのまた昔のご先祖さまの話さ。この島のそばを化け物が這い寄った話。
島の南に長つ息の男だけが辿りつける海穴があった。大ぶりの翠硨磲(緑シャコ貝)がいつだって何度繰り返したって取り切れないくらいの良穴よ。
そのころ一番の長つ息だったご先祖さまがその穴に潜ったとき、辺りの砂がぞうぞうと震えたそうな。海震えかと思ってご先祖さまは慌てて穴から出ると、沖合いの方向から近づいてくるものがあった。
そいつはとんでもなく巨大な手長海老の化け物だったと。胴体は錆びた鐘のような形で足は一本も無く、長い手で地面をかきながら這っていたと。
そいつの目が海の中で不気味に光って睨みつけてきたものだから、ご先祖さまは必死に海の上に逃げた。
船の上で震えていると、遠くに鯨の群れが見えた。すると海が赤く光って鯨が燃え上がったそうな。光るたびに一頭、二頭、とな。
ご先祖さまはすっかり怯えてしまって慌てて逃げ帰ったが、しばらくして島に何頭もの鯨の亡骸が流れ着いた。それはもう立派な髭が取れたものだから、ご先祖さまは本島にそいつを持ち込んだ。
高値で髭を買い取った商人が言うにはその手長海老の化け物は空の船の船員に違いないという。その昔、ご先祖様のさらにさらにご先祖がこの海にやってきた頃。島の上の空を、同じくらいに大きな船が渡っていたそうな。それくらい立派な船だから綱も櫂もとびっきりで、船員は岩より固い身体と長い手と足を持っていたんだと。
北東のずっとずっと先に山だけの島があって、船員はそこで空の船に荷を積んでいるんだと。
でもその頃には空の船にはもうとんとお目にかかることはなかったそうだから、きっと空の海で難破してしまったんだろうよ。その船員が亡霊となって蘇ったというのなら、それはもう翠硨磲が食べたくてやってきたに違いないから、ご先祖さまはこの時期になったら大ぶりの翠硨磲を祭壇に捧げることにしたのさ。もう南の海穴は潰れてしまったが、わしらはご先祖さまの言いつけを守って今もそいつを欠かしちゃいないんだ」
『アストラ公国 官報・第74号』AE 1104年
我らが頭上を巡る白き精霊の社は、今年も豊穣の影を落とし、西の空へと渡りゆくであろう。公王陛下は、未だ人類が足を踏み入れぬ白亜の階に、最初の一歩を記す勇者を求めておられる。
よって本年も国庫を開き、以下の条件において飛具、及び昇天の船を公募する。
1、期日
本年の公国における御影が最大の祝福を与える日(3月5日)
2、到達目標
①白亜の階の一の段に達し、オグの実の欠片を入手、あるいは精霊の霊気を瓶に詰めること
②影導石「ノアリー2世」が影に輝く時間にミラ宮殿から迎角65℃の天点に到達すること
3、褒賞
2-①を成し得たものに真金貨56枚、公国における永代免税特権、天馬の騎士の爵位の授与(一代に限る)
2-②を成し得た者に真金貨32枚、翌年の改良を試みる場合は3年を限度の免税特権
4、注意事項及び禁止事項(応募者は過去の墓標に学ぶべし)
【4-1:蝋で固めた翼】
鳥の羽根を蝋で固めた翼によるはばたきの試みは、いかなる種の鳥類のものであってもこれを却下する。(参考にせよ:『鳥の羽根と身体の重量比に関する考察』アストラ公立大学オラッド教授:著)
【4-2:高所よりの飛翔】
高き塔、ツマル山からの飛翔の試みを禁ずる
平地にて自身の身長以上の上昇を成し得ぬ試みは無駄と心得よ
【4-3:火薬を詰めた樽や椅子】
火薬を用いた試みは警吏所に届け、50セルス以上の距離を人払いした上で行うこと
ノアリー5世公の輝かしい髭を焦がした悲劇を忘れることなかれ
【4-4:巨大鷲の飼いならし】
猛禽類、その他の生物を用いた試みは禁ずる
ノンナ侯爵夫人の愛猫を餌とした鷲にかけられた賞金は今も有効である




