表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

男女爵カール・ホイスラーは町娘の結婚式で初夜権を行使さる

作者: 笠本

【髭剃りのこと】


 コマドリのさえずりに目を覚まし、窓を開く。

 初春の早朝の日差しは弱く、流れ込んでくる空気はまだ肌寒さを感じる。


 窓から身を乗り出せば、ひんやりとした風に昨夜の領の予算づくりでぼやけた頭が目覚めていく。


「カール様、おはようございます」


 窓を開く音を聞いたのだろう。コンコンというノックに被せて小姓のトムの声がドアの向こうから聞こえてきた。

「入りなさい」


 栗毛の少年がドアを開け、足元に置いた手桶を拾いあげ、私に差し出してくる。


「ああ、ありがとう、トム」


 先月から私の小姓を務めることになった少年のはねた頭髪をわしゃわしゃと撫で、手桶を受け取る。


 幼い少年に用意させたのは私の身支度のための湯である。

 私が炊事場に行けば済むものを、いまごろは朝食や洗濯の準備に忙しい皆は決して通してはくれまい。壮年の男子となれば無闇に女に素肌を晒すべからず、身支度の様を見せるべからずというのがこの国の教えであるのだ。


 とはいえ本当に人前で行えば、さっと顔をすすぐ程度ですませる私はとがめられてしまうのだけど。


 なぜなら世の大半は女性であるし、ならば希少な男子を愛でるからには自分たち以上に身なりに気を使うべきであるし、そこには情熱が注がれはずだというのが、彼女たちの常識なのである。私には大人しく従う他にない。


 そう、ここは女たちの王国なのだから。


「おっと」

 窓辺においた桶からは湯気が漂い、風になびく。せっかくの熱が消えないように私は窓を閉める。

 湯に手布を浸し、絞ったものを広げ、トムの顔に張り付けてやる。


 ふひゃあと可愛らしい悲鳴をあげて身じろぐ少年をつかまえ、顔を拭う。私の前に従者が身支度を整えるべきであろう。目やにを取り、はねた髪を押さえつける。

 トムはくすぐったがりながらも、嬉しそうにされるがままになっていた。


 我がホイスラー家は貴重な男だからと甘やかす家風ではないのだけど、まだ幼い少年を親元から離して下働きをさせるというのは、どうしてもかつての故郷(※1)の感覚を残す身としては思うところがある。


 これが少年の身を守るためだと分かっていても。


 しばし顔を覆う手布の温かさを楽しんでいるトムをおき、私も顔を洗う。

 壁に据えた曇った鏡を頼りに危なげな剃刀で髭を整えていく。


 口髭とあご髭を6:4の比率になるように、こわごわと調整せねばならない。私も世間の男たちに習ってさっくりと全て剃り落としたい所であるが、世にも珍しい男の領主である私は貫禄の必要やら慣習やらに縛られそうもいかないのである。 (※2)


 なにせこの髭はありがたくもたかが地方の小領主である私、カール男女爵のために宮廷の行儀作法を司る儀装師がそのセンスを存分に発揮して古書から発掘してくださったスタイルなのだから。


 男だてらに領主を目指した私を受け入れ教育を許してくれた母と、後ろ盾となって数多の有象を抑えてくれた国王陛下と。


 今も王都で賑やかしくやっているだろう二人に感謝を捧げつつ、(かなめ)のあご髭のわずかな撥ねを成功させる。 

 カモミールの軟膏を剃り跡に塗る。ふと手についた残りをトムの鼻の下に擦り付け、ひげを作ってやる。


 果たして少年はこれで自分も一人前なのだとばかりに誇らしげな表情を見せた。



※1 かつての故郷

 カール男女爵が多用した言い回し。米料理や険しい山河や桜景色に言及していることから、我が国や龍昌国への憧憬を示したものと思われる。王国ではこの頃に東方遠征団が帰還し、大陸東方にある種の理想郷を望むオリエンタルブームが巻き起こっていた。


※2

 この時代、髭はその男子が性交が可能であることを示す印であった。これは実際の生殖器の発達ではなく、家長や領主がその男子に対しての通いの希望を受け付けるという意味である。そのため年若く髭が生える場合は必ず剃らなければならなかった。

 逆に明らかな成人が髭を剃る場合は法の定めた分の子を成した証であり、通いの義務から解放されていることを示していた。

 但しこの時代、特に都市部においては男性が少数の女性たちに対し貞操を捧げるという意味で早くに髭をそることがブームとなっていた。違法であるが罰則は緩く、男性の方も髭を残すことを恥と考えるようになり、有名無実化していた。

 しかし前述の通り、上流社会の男性の間では変わらず髭が一種のステータスとして機能し続ける。




【結婚祝いを整えるのこと】


 教会の鐘が聞こえてきて外に目をやると、すでに日は高く登っていた。

 もうこんな時間かと定例の事務仕事を切り上げることにして執務室を出た。


 通路の先の部屋からトムとラフィドの声が聞こえてきて、そちらに足を運ぶ。

 ドアを開けばラフィドが部屋に積まれた木箱の中身を机に広げているところであった。

 紐で縛られた香木の束と、ばらしているのが数本。

 漏れてきた会話からすると、トムに物の計算を教えているようであった。


「これはカール様、いま結婚祝いの品を()っていたところでして」


 我がホイスラー家の家宰を務めるラフィドが言う。

 褐色の肌に黒曜石のごとくの鮮やかな黒髪に年を経てわずかに白が混ざる顎髭。深く彫り込まれた顔立ちと細身の長身。相変わらずただ立つだけで絵になる男である。


 異国の風貌であるのは彼が三十年前の第二次巡礼軍の遠征でキナーン王国から連れてこられた奴隷だからである。

 今のトムと同じ頃にはるか彼方のこの地まで連れてこられた彼が、小さきとは言え貴族家で家宰の地位を得るのは並大抵の苦労ではなかったろう。


 いや、キナーン王国は男でも教育を受けられるのが普通であると聞く。多くは語らぬが彼の地の雅な教養を持ち合わせている節もあり、むしろ女爵家など役不足なのかもしれないが。

 子種がなかったがために最初の家から出され、貧乏女爵のホイスラー家に迎えられたのは私にとっても幸運であった。教育を持つ男は決して家を不幸にしないことを示してくれたのだから。


 最初こそ男が大きな顔をするなどと反感をかっていたというが、今は文字通り我が家の顔役でもある。

 そばに立つトムも彼にすっかり心を許しているのが分かる。


 私自身も物心が戻る前の子どもの頃はラフィドが父なのではと願ってもいたくらいである。残念ながら長じるにつれ私の身体は熊のようにがっしりとしてしまい、どうやら母が手をつけたのは粗野で知られる北方の男であるようだったが。


「メアリーの結婚式の品か。それは私が届けよう」

 今日はこの町で育った娘の結婚式があるのである。このような小さな町であるので、私も多少は知っている娘である。この町の冠婚葬祭であれば領主の名で祝いを贈るのは常のことであるし、直に顔を出すのも喜ばれよう。


「となれば品の格を落としても大丈夫ですな」

 そう言ってラフィドは香木を箱にしまう。


 領主が出るのならむしろ地位に相応しい品を用意すべきであろうに、珍しき男女爵ならば催事の受けが良いのだからその分は費えを減らしてもよかろう、というのがラフィドの主張である。貧しき我が家がそれでも回るのはまことに彼のような有能な家宰のおかげである。


「香木を下げるなら、代わりに蜂蜜でよいだろう。秋に仕入れたのがまだ残っていたな」

「小瓶ならばよいでしょう」


 ラフィドが棚から蜂蜜の入った瓶を取り出す。


「はちみつだ!」

 とトムが目を輝かせた。


「それと人魚の鱗で作ったアクセサリがあったろう。それも付けよう。たしか昔メアリーと海がどれだけ広いだとかそんな話をした覚えがある」


 王都のかつての友たちから送られた装飾品だ。数はあったし、私のような無骨な男がつけるより人魚も喜ぶであろう。

 ラフィドが承知しましたと言って別の部屋にアクセサリを取りに行った。


「カール様は人魚を見たことがあるんですか?」

「遠い昔に見たことがあるな。鱗はなかったが中々愛嬌がある生き物だった」


 トムの問いにそう答えると怪訝な顔をするので、慌てて人魚の怖さを念押ししておく。


「いいかい、人魚は広大な海の支配者なんだ。歌声を聞いたらすぐに逃げないと海の中に引きずり込まれてしまうんだ。これは川や町の中だって同じなのだから」


 へええ、と海というものが想像できずにいるトムに、むしろ川や町で歌声で注意をひく女の怖さをようく教えておく。


 そこへラフィドが鱗の装飾品を持ってきた。

「なかなか上物に思えますな」


 彼が手にするのは深紫(ふかむらさき)色に輝く鱗を使ったイヤリングである。

 何の鱗をどう加工すればこのような光沢を得られるのか。王都の職人の作である。


「蜂蜜と人魚の縁物(ゆかりもの)であれば贈物に相応しいだろう」


 自然の生き物のほとんどが男女の(つがい)であったり、男を頂点とするハレムを形成していたりと、神の定めた摂理を満たさぬなか。

 蜂は王と多数の兵、そして繁殖のための僅かな雄蜂という摂理を守った神聖なる生き物である。

 人魚も海の支配者とされており、語られるのは女の姿ばかりである。それに多産の象徴である魚を半身にしていて、難破の原因と恐れられる反面、その具象 はこういう縁起物の扱いである。


「あの悪童たちには勿体ないと思いますがね」

 家宰として町民と距離が近いラフィドは主役の二人共に面識があるようだ。


 メアリーはこの町で鍛冶師として修行を重ね、親方の引退を控えて代理を任せられるほどになった腕前の娘だ。

 お相手の顔は知らぬが、然るべき筋から話が通ってきた式である。きっと大勢に笑顔で祝福される結婚式が開かれるだろう。


 それでは私ももう少し上等の服に着替えようと部屋を出るところで、妙にそわそわしているトムの姿に気づく。


「トムもお供をしなさい」

 少年の望み通りの言葉をかけてやれば、

「はいっ!」

 と元気よい返事が返ってきた。


 ラフィドはまあ仕方あるまいと肩をすくめる。


「但し浮かれた女たちがいっぱいいるのだから、決して一人になってはいけないよ。それとラフィドはズボンはもっと長いものを出してやりなさい」


 トムにくれぐれも酔っ払いや、歌と踊りで目を引こうとする芸人に近づかないように言い聞かせる。

 それに今のように足首をさらした格好は女たちの劣情を誘ってしまうことを注意する。 


 町の治安の良さだけは私の誇るところだけど、男の子は用心をするに越したことは無いのである。





【初夜権を行使さるのこと】


 ラフィドとトムと護衛の従者を連れて館を出ると、教会の鐘が鳴った。

 昼の二刻目を告げるに続き、三回の祝鐘。

 結婚式の佳境の合図である。


 町の高台にあるここからは中央広場の教会前に多くの人がつめかけているのが見える。

 近づいていけば皆の歓声と高らかなおしゃべりの声が聞こえる。


 進む家々の間に結ばれた紐には鮮やかな飾りや鈴が満開である。

 その下にいくつも並んだテーブルと広げられた料理、思い思いに飲み食いする住人たち。

 芸人の笛に合わせて酔っ払いが調子外れの歌をのせている。


 心惹かれるトムが立ち止まってしまうのを、従者が苦笑しながら引っ張っていく。


 通りの中ほどで式の世話人が寄ってきた。

 今日という良き日を寿ぎながら、領主自らが足を運んだことへの感謝を連ねてくる。

 酒と料理を差し出してくるのを鷹揚に断り、イチジクの乾物だけ取って自分とトムの口に放り込む。


 ふと見ればラフィドだけは酒を受け取って口をつけようとしているところであった。


「ラフィド、酒はよしなさい。お前は酒好きのくせに下戸なのだから。一杯でも飲めば、その……夜が利かなくなるだろう」


「私に夜のお役目などあるはずがありませんよ」

 

 ラフィドはそう言うも、しぶしぶながらカップを世話人に返す。この有能な男の唯一の弱点は酒に弱いことである。決して暴飲するわけではないが、静かに飲み続けていつの間にか潰れているのである。ただそういうときはふいに異国の詩などを漏らして、私はそれを聞いて遠い地に思いをはせるのが好きだったりするのだが。


 世話人と共に私たちは教会前に進む。


 外に置かれた講壇には経典を手にした神父。

 その前には色鮮やかな式衣装に着飾った若き二人が互いの腕を組んで立っている。


 メアリーはそばかすに勝ち気な瞳の少女である。親方との相談の間に二三、会話をしたときは鍛冶師は炎を見るから目つきが悪くなるだの、赤毛の髪がすすけるのだと嘆いていたものだが。今は全てが凛々しさに、愛する者を守るのだという気高さへと昇華されている。


 お相手のアンナは宿屋の看板娘だと聞いていたが、なるほど金髪を飾る花輪が似合う愛らしい少女であった。そう言えば昔から腕利きと評判だったメアリーの取り巻きの一人として見たことがあるのやもしれない。意中の相手と結ばれたのだという幸福感を周囲に振る舞っている。


 神父が神の前での誓いの儀を執り行っている。


「メアリーは母より情熱を受け継いだ。アンナは両母より深慮と慈しみを受け継いだ。それは両人の母らがかつて神より授かったものである」


 神父は経典を胸に、右手をあげて両人に向ける。


「メアリーよ、汝はその情熱でアンナを守ることを誓うか」

「誓います」


「アンナよ、汝は深慮と慈しみでメアリーを助くことを誓うか」

「誓います」


「汝らの誓いは神の元へと届いた。汝らは伴侶と我が子らに己が受け継いだものを分かち、伝える義務を負った」


 神父はそこで取り囲む参列者へ声をはりあげる。


「さあ、立ち会う皆よ。そなたたちは証人であった。そして保証せよ。二人が誓いと義務を守ることを。そなたたちは神の前で何をもってその証しとするのか」


 その言葉に応じ、彼女たちの親族から、友人らから、祝いの品を何をどれだけ用意したかが宣言される。

 それらを神へと捧げ、然るべき後(教会がピンハネをした後)に若き二人に下げ渡されるのである。

 鍛冶のための上質な炭の一週間分、カトラリーの一式、ニシンの燻製、黄に染めた麻布、手乗りの曇り鏡、コマドリの剥製、等々が叫ばれ、手近な机に積み上げられていく。


 最後に私も声をはりあげる。


「カール男女爵からは酒樽を一つ。これは既にこの場で供されている。新たに蜂蜜の瓶を一本、人魚の鱗で出来たイヤリングを二つ、さらに二人が建てる家の申請費の三割の免除を捧げよう」


 ラフィドが手に持った品を高く掲げた。

 神父と花嫁たちが私の次の言葉を待つ。


「そして、そなたたちの初夜の権利を。これは領主の名にかけて執り行う」


 この町に住む男の数は少ない。かつての故郷では男女比は1対1であったが(※3)、この世界の成人男性はわずかで1対100である。

 男を父親や情人にしようとするのなら金か権力を効かせるか、週に一度の休興日に男の家に招かれるかである。あの恐ろしい夜行巡察隊(※4)の目をごまかせればであるが。

(私が領主の地位を得たことの喜びはあの厭らしいサキュバスたちの動きを抑えられたことである)


 必然、年若い女が男と触れ合う機会は限られる。


 領主とは領民がパンを焼くのにも税金を徴収するような因業な存在である。

 その分、多くの義務も負う。戦や天災から民を守らねばならないし、男の肌を知らぬ領民にせめて初夜の一夜を充てがうことも。


 王国の法では年間の税金に不足のない住人同士の結婚には、健康で病気を持たずに亜麻(リネン)のハンケチ二枚を百を数える間、地に落とさないだけの男根(ファルス)を持つ男を用意せねばならないと定められている。それが領主の義務であると。


「この町の男の名簿である。初夜に通わせる男を選びなさい」


 この町と近隣の村に住む男たち十数名。

 様々な特権に縛られる立場の男たちも、この日は全員が指名に備えているのである。 


 私の差し出す名簿をアンナが恭しく受け取る。


 果たして彼女たちはどの男を選ぶのか。


 恰幅良い腹で女を包容してみせるアルドか、お調子者で一晩中ジョークを披露して終わったこともあるチーノか、その献身的な閨の技術に定評のあるエンリコか、王都一の伊達男の血を引いたグラートか。

 子種こそ無いが、ラフィドも異国の肌が官能を呼ぶと人気である。


 二人は名簿を開くこともなく、顔を見合わせると上目遣いに言った。

「その……おこがましいのですが……」

「ご領主様のお情けを頂戴したく思います」


「ああ……うむ」

 果たして彼女たちが選んだのは私であった。


 貴人や富裕層の中には囲った男を独占しようと権力で花嫁に睨みを効かせたり、祝い金をはずむことで指名を逃れようとするし、男の方も情婦にそう泣きついたりもする。

 だが法の番人であり執行者である立場ながら男であるという、王国で唯一の存在である私にはそのような逃げは許されない。


「ではどちらが初夜権を行使するのか?」


 今は揃いの結婚衣装を着ている花嫁二人であるが、区分するのなら外で働き、より糧を得るものが(ワーカー)である。

 アンナは内向きの仕事が得意で、メアリーが稼ぎの保証された鍛冶師であるのなら、先に子を成すのはアンナの方であるのが通常であろう。


 すると二人は同時に言った。


「私が」

「このアンナですわ」

 二人が共に自分が初夜権を行使するという。大事なことを話し合っていないのかと思えば、またも顔を見合わせうなづいて声を合わせた。


「私たち、二人一緒でお願いしたく思うのです」


 ああ、やはりか。そう思いながら私は抵抗を試みる。


「だが、もしも二人同時に子を成すようなことになれば若い二人の生活に障りがあるのではないかな」

「はい、ご領主様のお種の実りの良さはよく知っております」

 

 メアリーとアンナは競うように主張する。


「我が鍛冶場ではすでに妹弟子が立派に育ってございます」

「両母は五人も成人させた子育ての名手にございます」


 だから同時に子育てが始まっても大丈夫なのだと訴える。それぞれの母や妹たちが手を胸に、おまかせあれとばかりにうなづく。


「我ら二人の子は十の年を数える頃にはカール様のためにその身と心を尽くすことでしょう」

「どうか私の娘にカール様の剃刀を()る栄誉をお与えくださいませ」


「この地にオリーブを植えよ、それは男根(ファルス)のように多くの実を返すであろう――――と教えにもありますな」

 経典の一節を紐解きながら神父がしたり顔で言う。


 この老婆は小さな町にステンドグラスを使った教会を建てるほどに敬虔な業突く者である。前洗礼だ本洗礼だと赤子の数だけ喜捨を取り立てる回数が増えることしか頭にないであろうに。


 だが神の教えは正しい。

 子どもたちが駆けずり回って笑顔の耐えないことこそ町の繁栄を物語るものはないのだから。貧しく、いまだ発展途上の我が領では人こそが財産なのだから。


「ああ、それは良き夢だろう」

 私はメアリーとアンナに大きくうなづきを返した。


「さあ、カール様いきましょう」

「決してお時間は取らせませんから」


 私の手をひいて、二人は人だかりをかき分けていく。よもや彼女たちはこんな昼間から私を拐かそうというのであろうか。まだ結婚式は締めとなっていないだろうに。

 なのに彼女たちの親族や友たちはここぞとばかりに花びらを撒きちらす。

「おめでとう」「お幸せに」「良き子を」と声が投げかけられる。


 酒が飲めて盛り上がれればいい参列者たちは陽気にカップを打ち合わせて喝采をあげている。

 

 となれば私は全てを諦めて、二人に引かれるままであった。


 横目にラフィドの方を向くと、ほらどうですかと言わんばかりの顔を見せてきた。


「カール様はご存知ないでしょうがね、私は昔こいつらがあなたの半裸で鍛錬する姿を覗こうと館に張り付いていたのをとっちめてやったことがあるのですよ」


 そう言ってラフィドは酒杯をあおった。



蘭花書房『男権運動の歴史① 男女爵カール・ホイスラーの日誌を読む』より




※3 男女比1:1

 当時の龍昌国の星羅皇帝が千人の男を集めた寝殿を築いた話が伝わったものと思われる。皇帝とそのお供、親族のみが立ち入ることができ、擬似的に女男比が逆転した状況が生まれていた。


※4 夜行巡察隊

 中世においては男性の夢精は夢に忍び込んだサキュバスの仕業とされており、夜行巡察隊はその被害から男を守るための組織であった。休興日の夜、夢精が確認された男性のそばに控えて香を焚き、銀の小刀を持って寝ずの番を行った。

 初期は一族に生まれた男を守るために親族によって結成されたが、中世の中期頃に男性の支配権が領主や教会に収公されるようになると、夜行巡察隊はそれらの男精の私物化を目的とするように変わっていった。

 そもそも夢精とは生理現象によるものであり、想像上のサキュバスへの対策では功をなさなかった。そのため夢精の有効な対策は寝入り前の性交と主張され、男が通いの義務から解放されるはずの休興日が有名無実化された。これらはしばしば夢精が確認されない男性に対しても予防の名目で行われている。

 さらには夜行巡察隊は男性が通いの上で射精した量や回数の管理、休興日に私的に接する女性を制限しようとするなど、男精の統制を図るようになっていく。

 詳細は男権運動の歴史:3巻『マスターベーション革命の日』による。



 お読みいただきありがとうございました。


 もしも本作が楽しめましたら、同じく女尊男卑な男女比偏重ものの短編もよろしくお願いします。


 『男女比1:30世界でパパ活男子やってます』


 有史以来男女比が1:30の世界で、パパ活に勤しむビッチでクズな中学生男子と出会ってしまった生真面目な地味メガネ女子高生のお話です。

 一般版がカクヨムに。ちょっとエッチ版がノクターンに掲載しています。


 その他コメディ作品が多数あります。下記のリンクからどうぞ。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【長編】

『バイト先は異世界転生斡旋業 ~えっ、スタッフにはチートも魔法も無いんですか!?~』

『めざせ9999pt! 冒険者はなろうランキングを登る ~よーし皆! 今日は『パーティー追放』に挑戦するぞ!!~』

異世ばと! ※スーパーなろう大戦に作者オリキャラが参戦する話です(ハーメルン掲載)

皇帝ハルトの理想都市 ~大陸統一のご褒美に全種族をあつめて街まるごとハーレム築いてみた~(ノクターン掲載)

デスです! — フルダイブ型VR・RPGでデスゲームに巻き込まれたので実況配信しちゃいます! なおR18タイトルなのですでに社会的に死亡Death —(カクヨム掲載)

【短編】【中編】

さめ!サメ!鮫!? -魚類最強は異世界でも最強だった-

乙女ゲーの主人公になりました/ていうか押しつけられました

勇者パーティーから追放されたうえ幼馴染に奪われた話(NTRフリー作品:安心してお読み頂けます)

外れスキル『努力』はひらめき一つでチートへと昇華する!

不遇職『ニート』になった俺は家族から罵倒され追放されたが辺境の地でチートに目覚めてスローライフを満喫中……だから、今さら戻ってこいと言われてももう遅い……遅いからな!

クラス召喚された僕らは魔力判定オーブに挑む

ゲーム風な異世界に鍛え上げた最強軍団でやってきた ※ただし全員俺(複アカ)

この泉に落ちた幼馴染は『お姉さんぶってあなたを甘やかしちゃう世話焼き系』ですか? それとも『無自覚装って密着してきちゃう からかい系』ですか?

魔王です。勇者に倒されたはずが決戦前に戻ってて、勇者パーティーが内紛中。なんでもクリア後に結ばれるヒロインを全員分制覇しようとしたのがバレたとか。お前も隠しヒロインだと言われ私も参戦。悪は倒された。

クククッ、勇者よ。ヤツは我らの中で(あみだくじ)最弱よ ~魔王と四天王のサバイバル戦略~

ギャルゲーの主人公の親友キャラに転生したら、俺がヒロインとして狙われていた

このデスゲームはR18に指定されました ~冒頭でモニターにA◯を放送事故ったせいで全員がエッチなスキルを取得してしまった!~

無実の断罪婚約破棄からの追放ルートにのった私は最高の修道院を用意しました

スマホを落としたメリーさん

同人ゲーム(R18)の悪徳貴族に転生したのでジャンルを純愛に変更しました ※なお原作は大好評につき新ヒロイン追加でシリーズ化してる模様

男女爵カール・ホイスラーは町娘の結婚式で初夜権を行使さる

男女比1:30世界でパパ活男子やってます ~口と胸なら1万 本番アリなら5万だけど お姉さん美人だからタダでもいーよ~(ノクターン)

― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ