04 再蔽 『明帝本記:治績の項』
『明帝本記:治績の項』 AE 25年
瑞景十五年(AE 1年)
塌掊山の炎により天蓋栓から圉匏の宮殿がその威容を顕した。
人々は畏敬の念と共に、圉匏が天を支えるために築いた雲が失われたことに大いに恐れおののいた。天がこのまま地に落ちてくるのではないかと嘆き、逃げ惑う。
明帝は祖神の居城を民が覗くことは不遜であり、また神の権威が地に屈服することは、帝が天から受けし統治の正統性を根幹から揺るがす重大事であり、国家の安寧を危うくすると見なした。
よって明帝はこの翌年、青台山の頂きに祀壇を築き、昼夜を問わず香木を焚き続けた。
博桑の聖なる煙は宮殿の御座に届き、これを七年の間続けることでついに天蓋栓は厚き雲の天骨を取り戻した。
これ明帝の御心のなせるものであり、永き記されることである。
『聖アルニス神学院 禁庫収蔵:神律同定の覚え書き』推定 AE 75年
神官長シラス記す(※1)
『あの公現の日に主神オルスが示されたことは自明である。神の御座所が一時といえ火山の炎によりベールが剥ぎ取られたことが意味するもの。
即ち神律同定である。神がこの宇宙の理を定めたのならばその御意志と理とは本質的に同一であり、神自身もその理に縛られるということである。
旧き伝統派は言うだろう。「否、神の御力は理を超越するもの。タパウ山の炎ごとき下界の理が、主神の御力を制約することなどあり得ぬ。あの雲が剥がれ落ちたのは、神が自らの意志で、その御力を一時的に抑制し、我らに真実を悟らせるための大いなる慈悲の顕現に他ならない」と。
この言、恐るべし。神の全能を矮小化し、人間の理で神を測ろうとする冒涜なり。
ならばナセスの塔が裁雷により破壊されたのはなぜか?』
(※1)神学院の名簿には存在しない名前。同時代の修道長ロイスの隠し名との説が有力。
『魔人とランプ』(アスキナ民話集)
――――――チャババは魔人に三度目の願いをした。誰もが我が城を見上げて羨むようにしろと。
魔人は雲を捕まえてくるとチャババの城の下に放り投げた。雲はたちまち空の上に浮かび上がり、チャババの城も天へと昇っていった。
『さあどうだ欲深い男め、これで誰もがお前の城を見上げて暮らすだろう』
魔人はそう言い残してランプの中に消えて、それからはどれだけ火種を近づけても現れることはなかった。
そしてチャババは誰もが見上げ、もう誰も訪れることのない城で暮らした。
夏の雨が塩辛いのはチャババがさみしくって泣いた涙が混じっているからさ。
『新・ジルターラ巡礼行 第十節』AE 120年~AE 141年
天跡巡礼のジルターラ行は二十年目にしてドゥンカルの地に至った。この高地は聖雲の足跡に沿って山々が連なっており、その峰々を一つ越えるごとに息が切れ、足が潰れる。 荷を負う驢馬も何頭も峰に喘ぎ倒れた。
そうしてたどり着いたもっとも高き山脈、ミトラの峰の頂きには、巨大な石造りの僧院が築かれている。かの地に住まうスルナーク教の僧侶たちは、天空宮が巡行するたび、夜を徹して儀式を執り行う。
僧院の周りには、さらに高く篝火を焚く石塔がいくつも建ち、多色の旗が風にはためき、いくつもの鐘が置かれている。僧侶たちは、炎、煙、光、音のすべてをもって天空宮へ言葉を送り、主神オルスとの感応を試みているのだ。
彼らの長は、いまだ神からの確かな賜答がないと嘆息していた。であるのに、彼らはさらに何十ユーグも離れた隣の山脈の山頂に同じ篝火の塔を立て、言葉をより複雑にしようとしているという。
曰く、神の言語は人のそれよりはるか高次のものであり、今の自分たちは赤子が手振りと泣き声で乳を求めているにすぎないのだと。
この熱意にはただ驚くしかない。神の眼の無限を侮り、自らの努力で神の注意を引こうとするのだ。
だがこの狂信が私には別の意味で嘆かわしい。彼らははるかなユーグの隔たりを超えて、炎と煙の合図を正確にやり取りし、天に同時にその意を顕示しようと言葉の中継ぎを確立している。
であれば彼らはその繋ぎでもって我らの入山に際して言葉を届けてくれてもよかっただろうに。このミトラの峰の先、ガロンの谷に架かる吊り橋が雪解けの水で崩れ落ちていることを。最初に北回りの峰道を選んで進んでおけばここまでの三週間を徒労にすることはなかったというのに。
聖雲の辿る道筋は千年経っても変わらない。我らの道は、一つの崩れた橋でいくらでも形を変える。そうして惑い、脇にそれながら影道を巡るのがジルターラである。
《備考》
タパウ山は西州と中東域の間にある活火山です。AE元年にこのタパウ山の大噴火により噴き上げられた膨大な火山灰は成層圏にまで達し、噴火のその日、直上に位置していた天柱雲に直撃しました。これにより天空宮の雲衣生成機能が七年のあいだ損なわれ、神話時代を除き有史以来初めて天空宮の姿が地上から直接目撃される事態となりました。顕現と呼ばれるこの事件が、暦をBE/AEに区分する基準点となります。
また噴火に伴う気候変動は、西州諸国および中東域に深刻な飢饉をもたらし、当該地域の人口を三分の二にまで減じたと推定されます。神の万能を揺るがす天空宮の姿と合わせ人々の信仰心は大きく動揺し、この時期は後世【暗雲期】と呼ばれています。
【暗雲期】【気候変動】【顕現の日】
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