29 新たなる大地へ『ファブニール艦長 エリアス・ノエ出航宣言』
ファブニール艦長 エリアス・ノエ出航宣言
本日、我々は新たな旅路につく。
このファヴニール——人類が初めて自らの手で築いた天空宮でもって星の海へ漕ぎ出す。
ファヴニールはこれ自体が一つの社会であり世界である。
反重力ユニットの基盤の上に築かれた都市―――住居が、広場が、市場が、畑が、学校が。不可視の防御フィールドによって放射線、流星塵など過酷な宇宙のあらゆる脅威から守られて。
長き旅路の間、我々はいくつも世代を越えることになるだろう。
子を生み、育て、老いて、眠り、やがて新たな命が芽吹く。この星で数千年間繰り返された人の営みがここでも続けられるのだ。
きっと最初に天空宮を築いた者たち。彼らもまたそうして星の海を渡ってきたのだろう。
彼らが何を求めて我らの母星を目指し、その空に浮かんでいたのか。
それを尋ねることはできない。
かつて我らの祖先が天空宮に踏み入ったとき、すでに彼らの姿はなく、ただゴーレムだけが主なきままに静寂の内に宮殿を維持していたという。
彼らがなぜ姿を消したのかはいまも不明だ。だがきっとそれはありふれた要因だったのだろう。新種の病だったのか、高所での生存のインフラを損なったのか、あるいは内部での争いの果てであったのか。
彼らは神ではなく、我らと同じくちっぽけな人の集まりだったのだろうから。その最期は我らが辿りえた未来の一つだったのだろう。
人類はいくつもの過ちを犯した。その最大のものは再び天空宮にたどり着いたときだ。我らは姿を消した彼らの最期から学ぶことなく、残された遺産を奪い合った。その末に天空宮の全てを粉々にしてしまったのだから。
そして地上に散らばった様々な天賜遺物を求めて争い、遺物を元に新たな武器を作り、また争った。そうして都市は砕かれ、大地は分断され、海は燃え上がり、人類は人口の半分を失った。
60年。人類が元の文明を取り戻すのに費やした時間だ。廃墟から街を再建し、焼け野原に種を蒔き、灰の下から書物を掘り返して技術を取り戻し、途絶えた通信網を再び繋いだ。我々は生き延び、ついに統一された政府を実現した。
それでもいまなお多くの土地が汚染され、人が立ち入ることを拒んでいる。
ゆえに我々は築いた、この天空宮ファヴニールを。
新たな故郷として。
そして宇宙の向こうに第三の故郷を求めて。
だがこのファヴニールは逃避のための狼雲ではない
我らが目指すのは遥か彼方の恒星系——42光年の距離にあるM級惑星だ。そこは我らの星と同じく黄色矮星を一年と少しかけて周り、ほぼ同じ重力に大気組成を持つ。ラズミトル光分析によれば生命すら存在しているのだ。
失われたオグの種が芽吹いた大地があるのだ。
今度こそ過つことなく種を育てよう。
だが乗組員諸君、そして地上に残る同胞たちよ。
私はこの旅立ちに誓おう。
もし目的地に先住の知性体が存在したならば、我々は決して彼らの上に君臨しない。
我々は神ではない。ただの人間である。愚かな、だが過去に学び少しだけ謙虚さを身につけた小さな人である。
このファヴニールがかの星にたどり着いたならば、空に浮かべ雲をまとい神秘を装うことはすまい。空から見下ろすのではなく広い大地に根づき、畑を耕し種を撒き、雲のもたらす雨に喜ぼう。季節の流れを祭で迎え、嵐がくれば宮殿に逃げ込もう。そして雲が晴れて日が差したのならその温かさに包まれよう。
我々はかの地で生きるのだ。
ライブラリ【永遠の箱】の終端に達しました。
AE1812年9月15日以降のログは航跡誌に収録されています_




