27 そらへ『東洋キネマ 特集【轟雷神ゴオラ】』
『東洋キネマ 1293年6月号 特集:幻想科学キネマ【轟雷神ゴオラ】』
◇封切り以来の大ヒット! 観客動員数400万人突破!
角山組最新作『轟雷神ゴオラ』が封切りから一ヶ月で観客動員数400万人を突破、前作『海底要塞の謎』を大きく上回る記録的なヒットとなっている。各地の映画館では立ち見が出る盛況ぶりで、週末には家族連れで長蛇の列ができている。
本作は雲の中から現れた雷の鬼神ゴオラが帝都で暴れまわるという筋立てであり、愁眉は鉄甲の巨人ゴオラによる迫力の破壊シーンである。角山組が誇る精巧なミニチュアセットによって帝都の街並みは圧倒的な本物感を実現し、観客の度肝を抜いている。撮影所に組まれたセットの総面積は過去最大規模の200坪に及び、製作期間は実に11ヶ月を要したという。
本作の人気は映画館にとどまらず、社会現象となっている。子供たちの間ではゴオラごっこが大流行し、主役の小木少年の真似をして空を指さし叫ぶ姿が各地で見られている。
玩具メーカー各社からはゴオラの人形や写真カードやすごろくが相次いで発売され、いずれも即日完売となっている。また主題歌『轟け、ゴオラ』(作詞:高橋弘、作曲:山内正)はラジオで繰り返し放送され、四半期ヒットチャートの頂点となるのは確実である。映画評論家たちも本作を本邦が開拓した幻想科学キネマの最新にして最高峰と評価しており、年末の映画コンクールでも筆頭候補に挙げられている。
◇場面写真で見る『轟雷神ゴオラ』
【写真①:映画冒頭、空を指さして叫ぶ小木少年】
「親方、空からゴーレムがっ!」
石工見習いの小木少年が空を見上げて叫ぶ。天高くからゆっくりと降下してくる人型の鉄像。だが地上に近づくにつれ、周囲の建物との対比でそのゴーレムの巨大さが顕になっていく本作最初の名シーンである。小木少年を演じた田村健太(12歳)の自然な演技が光る。
【写真②:帝都中央電波塔が倒壊する瞬間】
帝都の象徴である中央電波塔がゴオラの一撃で真っ二つに。実物の30分の1スケールで再現されたミニチュアが、火薬とワイヤーを駆使した特撮技術で崩壊する様は圧巻の迫力だ。
【写真③:出動するヤシロ国軍】
ゴオラ迎撃のため出動する陸軍部隊。本作ではヤシロ国軍の全面協力を得て、実際の戦車8両と兵員60名が撮影に参加した。軍服や装備も本物を使用しており、本物気質を高めている。
【写真④:雷撃とゴオラに守られる小木少年】
ゴオラの指先から放たれた雷撃により戦車部隊は壊滅し、周囲の建造物は崩れ落ちる。偶然ゴオラの足元に転がった小木少年だが、ビルの破片の下敷きになりかけた少年を、ゴオラが巨大な手のひらで守る。
降り注ぐ瓦礫に誰もが手をあげて顔をかばったことだろう。
【写真⑤:命名の瞬間】
「ゴオ、ゴオって言ってるから……君はゴオラだ!」
少年が巨人に名前を与える本作の核心シーン。ゴオラの目が一瞬優しく輝き、二人の心が通じ合った瞬間を繊細に描いている。「石工が石に魂をあたえるんよ」という親方の言葉が脳裏に浮かぶであろう。
【写真⑥:集中砲火】
「撃たないで!」
陸軍の誘導により港におびき寄せられたゴオラ。少年の叫びはしかし艦隊からの集中砲火の砲声にかき消される。
【写真⑦:雲に消えるゴオラ】
砲煙がはれればまったく傷をおっていないゴオラ。ゆっくりと海上の戦艦に向かおうとするゴオラに小木少年がかけよる。少年が差し出す素朴な石像の顔はゴオラのものであるが、穏やかな慈愛の笑みを見せる。
ゴオラは巨大な手のひらに石像を握りしめ、両肩に広がる三角の羽根を光らせ 空高く雲の中に消えていく。
◆ 角山監督 特別インタビュー
――――本作を作ろうと思ったきっかけは?
4年前にアネニスで制作された『ヴォーン博士の時間探訪記』が直接の契機ですね。
天の聳雲にまで伸ばした凧で引き込んだ雷の力でタイムトラベルするという荒唐無稽な筋立てでしたが、ヴォーン博士が訪れる歴史の光景には問答無用の迫力がありました。そこで最後に訪れたのは、ヤナルの伝説にある天空宮からゴーレムが降臨する場面でした。大軍勢を撃退するゴーレムの姿に震えるような興奮を覚えました。
――――あの映画は我が国でも高い評価を得ています。ですがあのゴーレムは人間と同じ大きさでした。塔ほどに巨大な鬼神の着想は?
十年前にヴァルデンを訪れました。そこであの封鎖区域の中を見る機会がありました。アンタイオスが天御所に乗り込んだ結果、神雷が落とされ全てが消え去った国境近くの土地です。
そこに残る破壊の痕跡に言葉を失いました。山は大きく抉られ、湖は干上がったまま、焼けただれた大地だけがありました。
ヴァルデンは公式には封鎖区域にあったのは廃村だけとしていますが、封鎖壁の近くに立つ村境の道標だけがその向こうに人が住んでいたことを教えていました。
私をこっそりと案内してくれた土地の老婆が、その村の出身だという彼女が、長いあいだ守り続けてきた名前が削られた標です。私はそこにあるべき名前を教えられました。そこにどんな人達が住んでいたか、湖で獲られた魚がどんな味か、冬の夜に暖炉を囲んで子供たちが歌ったことを。丘の上で天の聳雲を迎える祭のことを。
そして、それらの全てが消え去ったことを。
この、神の圧倒的な力とそれに翻弄されるちっぽけな人の営みがとが、今回の映画で表現したかったことです。ゴオラが人智を越える巨大な姿であったのはそのためです。
この映画を通して私が知ったあの地の村に住んでいた、きっと罪なき人々を言い伝えたかったのです。
――――ゴオラは最後、雲の中に戻っていきます。少年の想いに応えたのでしょうが、いつかまた再臨するのでしょうか
それは分かりません。そうでなければいいと願いますが。
ヴァルデンは天御所から放たれた熱線砲は、罰ではなく大国の争いを鎮めようと放たれた古の彷徨える者を導く天の燈だと言います。
それは四半世紀前には三度目の世界大戦を防ぐための論理だったのでしょうが、今はその天の燈という言葉が悪用されていると感じます。
あのとき四十セクの成層圏上層に昇っていった天御所、その高みに到達することこそが神の導きなのだと、この八代を含む大国が競って成層圏航行の研究を進めています。
アネニスが近く打ち上げようとしているHVRの有人型は高度だけならばそこに達すると聞いています。恐らく10年もしないうちに空の御所は再び人が踏み入ることになるでしょう。
それが神との謁見を願うのではなく、黄金や天賜品を求めての冒涜であったとき、ゴオラは再臨するでしょう。




