20 再びの戦火『偽りの影と白き雲 ヴァルデン空中覇権史』
『偽りの影と白き雲 ヴァルデン空中覇権史』
AE1251年7月11日から同23日にかけて行われたヴァルデン帝国による西州諸国への軍事行動は、近代戦争史において最も短く、かつ最も一方的な決着を見た戦争として記録されている。
発端は天空要塞グレンデルの公表を受け、西州九ヵ国にアネニス合衆国を加えた共同勧告であった。センパ条約の重大な違反行為としてヴァルデンに天空要塞グレンデルの運用停止とその破棄を求めたものである。ヴァルデン帝国はこれを全面拒否し、7月11日未明にセンパ条約の全条項破棄を宣言。同時に近隣の六ヶ国に対し宣戦を布告した。
だがこの戦争は各国が想定したいかなる戦争とも異なっていた。グレンデルは当時の航空常識を超える速度で各国上空を転進し、高度を維持したまま首都や軍事拠点の真上に静止し、ピンポイントで砲撃及び爆撃を加えた。しかも降伏勧告や外交交渉を要求せぬまま、粛々と次の目標へ向かっていったのである。
以下にあげる当時の新聞見出しには、その冷然たる進行とそれに対して各国が後手に回り、混乱と恐慌を深めていく様子がありありと刻まれている。
1251年7月11日
◇ヴァルデン
『ヴァルデン・ツァイトゥング』
【帝国、センパ条約を破棄 グレンデル進発、大陸新秩序始まる】
『シュヴァルツァー・アドラー』
【黒鷲は飛ぶ! エストリア国境に帝国の鉄槌を!】
◇エストリア
『アルパス・プレッセ』
【政府、ヴァルデンに自制を要請 エストリアは平和的解決を望む】
『ノイエ・ヴィーナー・ポスト』号外
【天の悪霊国境侵犯 ノストー大橋破壊さる、首都方面大火に包まれる!】
◇ベルナ公国
『ブリュージュ・ガゼット』
【中立の空に戦火近づく 公国政府、全土の鉄道と運河を警戒態勢へ】
『公国新報』
【ヴァルデンの巨大飛行船、エストリア国境を侵犯】
◇タルキア
『コリエーレ・ディ・ローマン』
【ヴァルデン暴挙、ついに開戦 政府「大陸協調に揺らぎなし」】
『ガゼッタ・デル・マレ』
【空の怪物、北方に現る 海軍省は全基地に即応態勢を命令】
◇ネーデルン連邦
『ロッテルダム・クーラント』
【連邦政府、北方戦局を注視 商船保険料ただちに改定】
『カナール・ポスト(連邦全域版)』
【新兵器グレンデル、大陸航路を脅かす 運河・港湾当局が緊急会議】
◇リュミエ
『フィガロ・リュミエ』
【ヴァルデンの示威行動は長続きせず 共和国の威信はいささかも揺るがず】
『ラ・ヴェリテ』
【首相 全軍を東部絶対防衛線に集結を指示。ヴァルデンの野望は我が国境の対空陣地で砕け散る】
◇イルミア
『イルミア・テレグラフ』
【外務省、ヴァルデンの条約破棄を糾弾 王国は大陸の均衡を支持】
『デイリー・クロニクル』
【空中要塞現る 海峡の彼方の危機に市場はなお冷静】
◇アネニス
『イーグルトン・タイムズ』
【ヴァルデンの挑戦は大陸にとどまらない アネニスは今こそ声を上げよ】
『コンチネンタル・ジャーナル』
【大陸の戦火、アネニスに飛び火せず 政府「推移を注視する」】
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AE1251年7月12日 (二日目)
◇ヴァルデン
『ヴァルデン・ツァイトゥング』
【エストリア沈黙! グレンデル、息つく間もなく西へ転進】
『シュヴァルツァー・アドラー』
【天を征く鷲に国境なし! 次なる標的ベルナを蹂躙せよ】
◇エストリア
『アルパス・プレッセ』謄写版速報
【首相府炎上、政府は臨時執政本部をシッチブルグに設置】
『ノイエ・ヴィーナー・ポスト』
【議事堂焼け跡なお煙る “天の悪霊”再来の報に市民、地下壕へ殺到】
◇ベルナ公国
『ブリュージュ・ガゼット』
【黒き要塞、公都上空に出現 北運河閘門および王宮地区被弾】
『公国新報』号外
【ベルナ防空軍奮戦中! 巨大飛行船を果敢に迎撃】
◇タルキア
『コリエーレ・ディ・ローマン』号外
【ベルナ公国陥落か!? 政府、北部軍の即応展開を命令】
『ガゼッタ・デル・マレ』
【速やかにモンテ・アルヴォに対空砲を設置せよ 防衛線の再編必至】
◇ネーデルン連邦
『ロッテルダム・クーラント』
【ベルナ首都被弾、金融市場動揺 連邦銀行が緊急声明】
『カナール・ポスト(連邦全域版)』
【“空の怪物”西進、首都の灯火管制を布告】
◇リュミエ
『フィガロ・リュミエ』朝刊
【ベルナ動揺もリュミエは動ぜず 東部防衛線完成迫る】
『ラ・ヴェリテ』夕刊
【エストリアの悲劇は明日の警鐘 首相「リュミエの空は断じて渡さぬ」】
◇イルミア
『イルミア・テレグラフ』
【王国の空は渡さず 空軍総司令部、グレンデル迎撃に自信】
『デイリー・クロニクル』
【イルミア空軍、対グレンデル迎撃構想を公表】
◇アネニス
『イーグルトン・タイムズ』
【二日で二カ国が陥落 合衆国は旧大陸の異常事態に介入すべきか】
『ユニオン・トリビューン』
【ベルナ炎上 合衆国はもはや傍観を許されぬ】
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AE1251年7月13日 (三日目)
◇ヴァルデン
『ヴァルデン・ツァイトゥング』
【ベルナ公国、無条件降伏 グレンデル南へ、大陸の意志を問う】
『シュヴァルツァー・アドラー』
【帝国の翼は大陸に広がる ベルナ・エストリア両国の継戦は不可能】
◇エストリア
『アルパス・プレッセ』謄写版速報
【ノッセ副首相停戦調停を申し出る、マイスに仲介を要請か】
◇ベルナ公国
『ブリュージュ・ガゼット』
【公王停戦受諾を発表 公都に白旗、軍は武装解除へ】
『公国新報』
【ベルナ公国、降伏 これ以上の流血を避けるため苦渋の決断】
◇タルキア
『コリエーレ・ディ・ローマン』号外
【政府、港湾地域に避難勧告 全艦隊出航へ】
『ガゼッタ・デル・マレ』号外
【グレンデル迫る 13時に国境侵犯か】
◇ネーデルン連邦
『ロッテルダム・クーラント』
【ベルナ降伏、連邦に衝撃 政府「グレンデルの進路は我らの南を通過する」と発表】
『カナール・ポスト』
【グレンデル、進路をタルキアへ】
◇リュミエ
『フィガロ・リュミエ』
【共和国は断固として戦う意志を有する ただし対話の扉は閉ざされていない】
『ラ・ヴェリテ』
【ベルナの停戦は警告か 共和国、防衛線の再点検と市民避難計画を開始】
◇イルミア
『イルミア・テレグラフ』
【ベルナ降伏、ラウル陛下は哀悼と警戒を表明 空軍はなお万全】
『デイリー・クロニクル』
【グレンデル進行止まらず、ベルナを平定。同盟は真に抗戦すべきか?】
◇アネニス
『イーグルトン・タイムズ』
【七十二時間で戦線崩壊 合衆国は対ヴァルデン包囲網を主導すべきだ】
『コンチネンタル・ジャーナル』
【エストリア停戦要請、ベルナ降伏 旧大陸秩序は予想以上に脆弱】
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AE1251年7月14日 (四日目)
『ヴァルデン・ツァイトゥング』
【タルキア北部炎上 グレンデル、なお西進 帝国陸軍はエストリア平原へ】
『シュヴァルツァー・アドラー』
【天空要塞タルキアに鉄槌、エストリアには軍靴を】
◇エストリア
『アルパス・プレッセ』謄写版速報
【停戦交渉なお難航 ヴァルデン陸軍、カルツ郊外に展開か】
◇タルキア
『コリエーレ・ディ・ローマン』号外
【ラノヴァ港壊滅、ウルノ工業地区に着弾 死者数百名の見込み】
『ガゼッタ・デル・マレ』号外
【北部三港炎上 避難民南下、鉄道は完全麻痺】
◇ネーデルン連邦
『ロッテルダム・クーラント』
【市場閉鎖、港湾停止、首都壕満員 連邦政府なお「南を通過」と強弁】
『カナール・ポスト』
【グレンデル進路急変の報 全土灯火管制、運河閘門閉鎖、各州で避難殺到】
◇リュミエ
『フィガロ・リュミエ』
【防衛線での無用な衝突は避けるべきか 政府内に対話路線を模索する動き】
『ラ・ヴェリテ』
【天空要塞グレンデル、タルキアを平定。無益な抵抗は共和国を滅ぼすのみ】
◇イルミア
『イルミア・テレグラフ』
【王国空軍に難題 グレンデル高度は現行迎撃圏外か】
『デイリー・クロニクル』
【迎撃不可能の報告に議会騒然「イルミア海峡の無敵の盾」は幻想であったか】
◇アネニス
『イーグルトン・タイムズ』
【タルキア炎上、ネーデルン恐慌 合衆国はなお会議を続けるのみか】
『ユニオン・トリビューン』
【旧大陸また一日を失う だがその請求書を新大陸へ回すな】
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AE1251年7月15日 (五日目)
◇ヴァルデン
『ヴァルデン・ツァイトゥング』
【エストリア平原に帝国陸軍進撃 グレンデルはなお西へ、大陸の運命を裁断】
『シュヴァルツァー・アドラー』
【エストリアの大地に黒鷲の軍旗翻る センパの屈辱、今ここに雪がれり】
◇エストリア
『アルパス・プレッセ』謄写版速報
【ヴァルデン帝国、マイスの仲介を拒絶か シッチブルグへ無差別砲撃】
◇ベルナ公国
『ブリュージュ・ガゼット』マイス国発行
【ヴァルデン、停戦文書を受理 公都の戒厳はなお継続】
◇タルキア
『コリエーレ・ディ・ローマン』号外
【政府、グレンデルへの停戦打診を決定 全土への被害、集計追いつかず】
『ガゼッタ・デル・マレ』
【南部艦隊、辛くも無事を確認 しかし北部三港への帰還の見通し立たず】
◇ネーデルン連邦
『ロッテルダム・クーラント』
【低地の悲劇 ハーフェン運河以南水没 死者多数】
『カナール・ポスト』
【首都上空に空襲警報 避難船団衝突、運河各所で沈没相次ぐ】
◇リュミエ
『フィガロ・リュミエ』
【防衛線は国境の「儀礼」に過ぎず。共和国は平和的使節としてグレンデルを迎える準備あり】
『ラ・ヴェリテ』
【共和国政府、グレンデルの進行に際し「相互理解の余地を探る」と表明 軍の前進配備を一時凍結】
◇イルミア
『イルミア・テレグラフ』
【絶望の大陸。首相、アネニス合衆国に緊急の和平仲介を打診】
『デイリー・クロニクル』
【グレンデルは補給なしに飛び続けられるのか 空軍省“数日の猶予”に望み】
◇アネニス
『イーグルトン・タイムズ』
【イルミア仲介を要請 合衆国は大統領特使の派遣を検討】
『コンチネンタル・ジャーナル』
【旧大陸の降伏の連鎖 議会の足並みなお揃わず】
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AE1251年7月16日 (六日目)
◇ヴァルデン
『ヴァルデン・ツァイトゥング』
【エストリア首都陥落 グレンデルは西へ、帝国の鉄槌いよいよリュミエへ】
『シュヴァルツァー・アドラー』
【ネーデルン沈黙 エストリア降伏 次はリュミエに黒鷲の影を刻め】
◇エストリア
『アルパス・プレッセ』謄写版速報
【臨時首都シッチブルグ陥落 政府全権、帝国陸軍司令部にて無条件降伏を受諾】
◇ベルナ公国
『ブリュージュ・ガゼット』マイス国発行
【公国全権公使、マイス駐在ヴァルデン領事館にて降伏文書に調印】
◇タルキア
『コリエーレ・ディ・ローマン』号外
【ヴァルデン、停戦を拒絶 イルミア爆撃後の帰路に再攻撃を予告】
『ガゼッタ・デル・マレ』
【南部残存艦隊に待機命令 政府、継戦断念へ向けた最終調整に入る】
◇ネーデルン連邦
『ロッテルダム・クーラント』号外
【連邦政府、ヴァルデンに停戦交渉を打診 港湾復旧の見通し立たず】
『カナール・ポスト』
【連邦の動脈、完全に停止 ロッテルダム港の復旧には数年を要すると専門家】
◇リュミエ
『フィガロ・リュミエ』
【グレンデル、華の都を蹂躙 ワッフル塔 折れる】
『ラ・ヴェリテ』
【十五年をかけた東部防衛線、三分で突破さる 政府は今すぐ停戦交渉に入れ】
◇イルミア
『イルミア・テレグラフ』
【王立空軍爆撃部隊全機、ヴァルデン本土へ決死の長距離反撃! 海峡の意地を見よ】
『デイリー・クロニクル』
【大陸残存航空戦力結集、ヴァルデンへ一斉突入へ】
◇アネニス
『イーグルトン・タイムズ』
【イルミア航空隊・エストリア空軍 ヴァルデン本土へ突入か】
『ユニオン・トリビューン』
【旧大陸防衛線は総崩れ 議会、対ヴァルデン非常措置法案を審議へ】
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AE1251年7月17日 (七日目)
◇ヴァルデン
『ヴァルデン・ツァイトゥング』
【イルミア、停戦を受諾 航空部隊ヴァルデン国境を抜けず】
『シュヴァルツァー・アドラー』
【七日にして諸国屈服! 黒鷲の影はなお首都を覆う】
◇エストリア
『アルパス・プレッセ』手刷り版
【第一空軍部隊、イルミア軍と合流し独断出撃 政府関与を否定】
◇ベルナ公国
『ブリュージュ・ガゼット』
【帰還不能のイルミア機多数、公国領内に不時着! ヴァルデンの報復を恐れ市民は再び地下へ】
◇タルキア
『コリエーレ・ディ・ローマン』号外
【政府全権、ヴァルデンに降伏を申し入れ マイス領事館仲介】
『ガゼッタ・デル・マレ』
【南部艦隊に武装解除準備命令】
◇ネーデルン連邦
『ロッテルダム・クーラント』
【ユリアン王子、ハーフェン避難船団にて無事を確認 市民に安堵広がる】
『カナール・ポスト』
【停戦交渉を急げ 港湾と運河なくして連邦の明日はない】
◇リュミエ
『フィガロ・リュミエ』
【ヴァルデン降伏条件を提示 共和国政府、受諾の意向を示す】
『ラ・ヴェリテ』
【ワッフル塔は折れた。東部防衛線は無用の長物だった。だが共和国はまだある】
◇イルミア
『イルミア・テレグラフ』
【停戦合意 ただしグレンデルはロンドリッジ上空に留まる 王国本土への攻撃は回避】
『デイリー・クロニクル』
【決死隊の勇姿が本土爆撃を阻む! ヴァルデンと停戦合意も、燃料尽き帰らぬ翼は半数を超える】
◇アネニス
『イーグルトン・タイムズ』
【七日間で旧大陸が継戦能力失う イルミアの屈服に合衆国議会もついに凍りつく】
『コンチネンタル・ジャーナル』
【無補給で大陸を制圧したグレンデル その異常な航続距離は大海洋を越えるのか】
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グレンデルの巡行爆撃により二回目の大戦の趨勢は実質的にその期間の半分で決したといえる。
グレンデルはおよそ1日ごとに各国の政治中枢、防衛線司令部、主要港湾、工業地区といった国家の要害を一つずつ潰していった。
投入弾薬を抑えたため面としての破壊は限定的であったが、自国の砲兵も航空隊もまったく届かぬ上空で、まるで演習のように悠然と照準を修正しつつ砲爆撃を加えていくグレンデルの姿そのものが各国国民に決定的な恐怖を植えつけた。
イルミアのみは本土攻撃の直前に王立空軍と大陸残存航空部隊からなる決死隊をヴァルデン本土へ差し向けることで、かろうじて停戦へ持ち込んだ。このため王国本土は直接の被害を免れたが、その代価として航空戦力の半数以上を未帰還のまま失い、しかも停戦交渉の最中からグレンデルが首都上空に留まり続けたため、条件は一方的な屈服に近いものであった。
7月18日以降の6日間は、厳密な意味での戦争ではなかった。グレンデルはイルミア東の海上で補給を行なった後、意図的とも思われる低速で、今次の戦争において直接の交戦国とならなかった国々の上空を含む帰路を取った。
各地で駐留軍への散発的な銃撃など突発的な事案は記録されているが、組織的な戦闘行為は皆無であった。それはすでに勝敗の定まった舞台の上で、各国政府が順次降伏文書へ署名していく儀礼に近かった。事実タルキアの降伏はグレンデルの首都到来まで意図的に引き伸ばされていた。
7月20日、最後の署名が行われた時点で全交戦国の降伏が完了した。
開戦から数えて13日目のことである。
この二週間に足らぬ戦争は7日目の夜、イルミアが停戦に合意した時点で、すでに全ての交戦国が継戦の意思と能力を喪失していた。
それゆえにこの戦争は「七日間戦争」と呼ばれている。




