02 流星、天蓋栓に落ちる『星辰暦譜 巻の十』
『星辰暦譜 巻の十』
冬景二十三年(BE 799年)、流星が西の空に降った。数は限りなく、三日にわたり空を焦がした。古より星辰の乱れは天の乱れとされる。
顓尭帝は大いに悲しみ天官長の昌寧を呼んだ。昌寧は言った。「流星の向かう先は天蓋栓(天柱雲の意)があります。云の中の竜は圉匏(ぎょほう・天地を分けた神とされる)が鉄と火を捏ねて生みだしました。流星とは即ち鉄と火。ならばこれ吉報でありましょう」と。顓尭帝は大いに喜んだ。
『ヤナル人に関する八巻 降臨せりゴーレム』
ヤナルの一族の逃亡の旅は二ヶ月に及んだ。子供と老人を含んだ一万人の足は遅く、ついにゾグル人の大軍に追いつかれた。
飢えと疲労にあえぐ彼は、ゾグルに四方を囲まれただ天を仰ぎ絶望に身を震わせるのみ。
ゾグルの将が剣をかかげ兵に吶喊を命じたその瞬間、天柱雲から無数の流星がゾグルの大軍に降り注いだ。流星は強大な火矢のごとく敵陣を焼き尽くした。これ、まさに主神オルスの御業である。
しかし残るゾグルはなお彼に迫る。
ただ地に伏しオルスへの祈りを捧ぐ彼のため、天柱雲から巨大なゴーレムが降り立った。
その姿は人の形をなせど、その眼は紅玉、その身は硬き岩で覆われていた。
ゴーレムはただの一歩でゾグルの軍の只中に立ち、長き腕でもって兵を振り払った。瞳の紅玉から放たれた火矢はゾグルの戦車を瞬く間に焼き尽くした。
斯くしてゾグルの大軍はヤナルの一族に与えられしオルスの守護により壊滅した。
ゴーレムは彼の祈りに応え、聖地ミズまでの旅を守護した。
彼こそがオルスと千の精霊によりオグの種を授かる正当たる所以である。
『銀羊街道の巡礼跡録』BE8世紀編纂
およそシャルナの国ほど、蒼原の銀羊を崇める国はありますまい。王都がその影に包まれる栄誉を与えられ、初代の王による建国が、まさにその到来の日であったのですから。
でしたらシャルナの最後の王、第八代のハギラ王のことを語らないわけにはいきません。
三人の兄が相次いで病没したことで王位を得たこのハギラ王は、そんなわけで銀の羊毛に包まれることをたまらなく欲していました。
そこで考えたのが銀羊に捧げ物を届けることでした。
最初に奉じたのは国中から集めた山海の珍味と奴隷の百人です。シャルナの蒼原に銀羊が蹄を落としたとき、ニマ山の頂に設けた巨大な投石機でもって樽に詰められた供物は投げ飛ばされ、霧の中に消えていきました。
しかし天上からは何の音沙汰もありません。そこでハギラ王はその翌年にはさらに倍の樽を用意しました。
するとシャルナの王都に銀羊の黒き蹄が置かれたそのとき、ハギラ王の居城に滝のような雨が降り注いだのです。
銀羊の腹の下は雨も風も収まるという不思議こそが建国のはるか昔から語られることでしたのに。
賢者たちはこれは神の唾に違いないと恐れおののきましたが、ハギラ王は城のあちこちに雨粒とともに魚や塩の塊が散っていることに気づいて歓声をあげました。
「これこそ神が供物を受け取られた証なのだ。これこそが我に齎された銀の羊毛なのだ」と。
こうなればもうハギラ王は止まらず、その翌年からは百の健康な若者と百の樽に詰めた財宝と香料をニマ山から投げるようになったのです。
そうして十年がたち、シャルナの地には田畑を耕す若者の姿は消え、嘆く老親だけが残っていました。
それでもハギラ王は天への貢ぎ物を止めるつもりはなく、むしろあれ以来、銀の羊毛が齎されないことが不満で、将軍に今年はさらに倍の若者を捧げるように命じました。
将軍は言いました。「王よ、神のご威光に並ぶには、もはや下賤な民草を増やすのでは釣り合いますまい。より粒選りの供物を捧げるべきでしょう」
ハギラ王は(深く考えもせず)良きに計らえと答えたものですから、将軍と兵たちはハギラ王を捕らえ、樽に入れて投石機にすえ付け、望み通り蒼原の銀羊の腹元へ向かって打ち出したのです。
その後、将軍は新たな王となり、こうしてサマルクの国が興りました。サマルクの国は今や羊毛交易の要として多くの商人を集めています。広い牧草を埋めるほどの白い羊の群れを抱えることができたのですから、銀羊がハギラ王の供物を喜んだのは間違いないことでしょう。
――――銀羊街道を巡る商人たちの語るところの話です。
『ジルターラ巡礼行 第五節』
ヘグルタから天空宮の導きを辿り二ヶ月の地。ひどく荒涼とした赤茶けた砂漠が広がる地で、褐色の肌に青の瞳を持つロナの一族と出会った。
彼らは天空宮が来たる夏に、神官が撒いた聖灰をなぞるように地面を踏み鋤でもって掘りおこしていく。
後に残る線でもって豊作の玉蜀黍、肥えた牛、翼を広げた鷲、それらの図象として年の幸を神々へ捧ぐという。しかし小高い丘に登って見ても多少の丸みを帯びた二本線にしか見えはしない。
ロナの一族は天に御わす神に届くには巨大な象りでなければならないと言う。
私はこれに対し、理の言葉で説いた。
「神の御力は広大なるゆえ、我ら一人ひとりの心や、手のひらに収まるほどの小き供物をも見届けるのだ。神は個々人を慈しむも裁きもなさる。これほどまでに大仰にするのは神の力を人と同じと見なす不敬に他ならないのではないか」
ロナの一族が応えたのは私に灰を浴びせることであった。
ああ、神が無知蒙昧な青眼どもに雷槌を落とさんことを!
《備考》
BE 799年に流星が天柱雲に衝突したことは複数の地域で言及されており、確度の高い事実と判断されます。
このときの流星群が天空宮自体にも多大な損害を与えていたとの説もありますが、それを裏付ける物証はありません。
ヤナルのゴーレムに関しては世界中に多く残る精霊やその従者の降臨譚とは別系統で表示しています。関連付ける場合は【降臨譚】【鉄の従者】のパラメーターを強化してください。




