14 終戦『五大陸釣り紀行 ~ロット・マクレガー回顧録~』
『ヴァルデン帝国陸軍 第7軍団 作戦命令書 第114号』AE1241年3月7日 発令
「白鷲の翼作戦」発動命令
1、状況および企図
白鷲の通過に伴う敵軍の警戒弛緩を利用し、ハルツ平原北部戦線において決定的打撃を与え、膠着せる戦況を打開する。
2、各部隊の任務および実施要領
第3航空隊:
1241.03.07/12:10をもってゴルダJu-2爆撃機6機を指定空域(座標X-42〜X-46)へ進出させよ。座標X-40を白鷲の影下で通過することで機体を欺瞞し敵の対空監視網を突破すること。しかるのち指定空域で敵第一線陣地を爆撃せよ。
第11重砲兵大隊:
白鷲が東側進行境界線座標F-30ラインを越えた時点で直ちに砲の偽装を解除せよ。第3航空隊の爆撃開始に呼応し、敵後方支援陣地(座標X-48一帯)に対する砲撃を開始すること白鷲の影の境界線を射撃諸元の基準として算出し、敵陣地を制圧せよ。
第1歩兵師団および第2機甲大隊:
砲撃部隊が形成する弾幕に追随してただちに前進し、混乱状態にある敵縦深部を蹂躙・突破せよ。
3、総括
敵は白鷲通過時の本攻撃を完全に想定していない。奇襲効果は絶対であり、本作戦の成功をもって北部戦線における我が軍の勝利は確実なものとなる。各員、帝国のために奮迅せよ。
第7軍団司令官
中将ハインリヒ・フォン・グラウ
(以下、命令書の余白に残されていた鉛筆の走り書き)
コードネームは白鷲か、お笑いだな。
有史以来の神の眼差しの下の不戦の禁忌を破り、神の影を砲撃の目盛りに使い、爆撃機の隠蔽にする。
今更名前を取り繕ってどうする。心配せずとも天上の神は雲の下には関心などないさ。
勝てるだろう。この作戦は間違いなく成功する。だがヴァルデンはこれで終わりだ。
私がこの作戦にサインをしたせいで。
神が見ていないのなら後世が見ていてくれ。
(アネニス合衆国国立公文書館収蔵)
※余白の文字は筆跡鑑定により、ヴァルデン帝国陸軍第7軍団司令官ハインリヒ中将本人のものと確定している。ハインリヒ中将は当作戦において負傷し、後にアネニス軍捕虜収容所にて死亡。
『五大陸釣り紀行 ~ロット・マクレガー回顧録~』
マクレガー家の男は軍隊に入るものだという父との対立は、最終的に私が海軍に入ることで妥協へと至った。
その最初の赴任地が大洋の真ん中のカルタ島であったのは間違いなく魚の精霊のもたらした至上の幸運であった。
カルタ島での軍の任務は高度に政治的な状況によって、端的に言えばただそこにいるだけというものであった。
当然、私は溢れんばかりの愛国心からこの重大な任務に腰を据えて取り組むべく、毎日のように波止場に通い釣りに精を出した。
赤道直下の透明な海に潜む連中は色鮮やかに宝石のようであるのに、その駆け引きの様はあまりに暴力的で獣の本能を思わせるほどであった。釣り竿ごと海中に引きずり込まれたのも一度や二度ではなく、補給の乏しい島であるのでこれには難儀した。
ともあれ私はそうして釣り生活を漫喫していたわけだが、傍らにはよく一人の少年が座っていた。いつの頃にかゴルディス大陸から下働きとして連れてこられたマルノという子供だった。
彼はよく私の真似をして手製の仕掛けを海に投げ入れていたが、釣りの才能は絶望的なまでに無かった。十回投げれば八回は海底の岩に針を引っ掛け、べそをかきながら糸を切っていた。
だが彼には神に与えられた別の才能があった。島に自生する、口が曲がるほど酸っぱくて不味い果実を集めて酒に醸すという御業が。
そんなわけで私の釣果の多くは結局はマルノの物になっていたわけだが、ある日その彼が走り寄って私を呼んだ。
波止場の小屋に置いてある軍用ラジオから人の声がするというのだ。
本土はもとよりゴルディス大陸からも他の島からすらもはるかに離れてるこの島でラジオが音を拾うのは夏の風物詩であった。
それはラジオノイズという現象であって、発せられた電波が上空の電離層で反射して遠距離まで届くという理屈である。自然界では偶然に偶然が重ならねばならないが、間に挟まるのが天柱雲であればシイツフィッシュが回遊するのと同じくらいに季節ごとに起こる現象である。
私がマルノに請われてラジオを調整してやれば、流れてきたのは終戦を伝えるニュースであった。
アナウンサーは嗚咽で言葉を何度も途切らせながら、ヴァルデン帝国が降伏した、戦争が終わったと繰り返していた。ついに平和が訪れたのですと。
戦争のことすら知らなかったらしいマルノは「いったいどういうことなの?」と聞くので、私は「次の釣り場が待っているということさ」と答えた。
果たして三ヶ月後に我々を迎えに輸送船がやってきた。
私はヴァルデン帝国への駐留部隊配属との辞令を受け取り、カルタ島を後にした。
航海の数日後、西の空から天柱雲が姿を見せた。
ゴルディス大陸に送還されるため同じ船に乗り込んでいたマルノが声をあげた。
天柱雲を初めて間近に見たという彼は興奮して甲板を走り回っていた。
私は彼から買い取った最後の果実酒を飲みながら輸送船から伸びる白波を眺めていた。そこにはいくつものシイツフィッシュの特徴的な鰭が飛び出ていた。
私はカップを掲げて三年間を過ごした南国の魚たちに別れを告げ、ヴァルデンで待ち受ける北海の魚との出会いに想いをはせた。




