13 戦火に落ちる影『天柱雲と戦火——市民と兵士の証言録』
『天柱雲と戦火——市民と兵士の証言録』
(イルミア陸軍 第4歩兵連隊所属 農家出身の兵士の証言)
兵隊になる前、俺は天柱雲の影が嫌いだった。うちは代々ルンゾ派の家で、両親は御影の日には救護院に明日のパンから釣り竿まで持っていくような人間だった。子供の頃は腹が立って仕方なかった。村の広場で遊んじゃならないし、飴屋まで閉まる。なんで俺まで付き合わなきゃならないんだと思っていた。
だがベルギット平原の塹壕に放り込まれてからは、あれほど待ち遠しいものはなかった。
ヴァルデン軍の砲撃は3日に渡って休むことなく続いていて、塹壕は死体と汚物の混ざった泥沼になっていた。耳は千切れそうなほど鳴りっぱなしで、隣にいた戦友が肉塊に変わっても、ああそうかとしか思わなくなっていた。
そんな地獄が、天柱雲の影が塹壕を覆いはじめたらピタリと止むんだ。
俺は神に心から祈ったよ。どうかこの冷たい影で、俺たちを永遠にお包みくださいって。
だけど眩しく温かい日の光が塹壕を照らした。
上官が「神はもういない、さあ反撃しろ」って叫んでいたけど俺は銃を放り出して泥の中にうずくまった。
子供のころに母親に何度も脅しつけられた「悪い子は神様に見放されてしまうんだ」って言葉を思い出して。
良い子だから見捨てないでって、わんわんと泣いていたんだ。
ヴァルデンの連中もそうだったんだろうな。その日はそれから一発の銃弾の音もなく、俺達はただ死んだように安らかに眠ったんだ。
(ヴァルデン軍の侵攻を生き延びたエストリアの小村の少女の証言)
ヴァルデンの兵士たちが村にやってきた日、私はただ祈っていました。この村はいつだって教会の灯火を絶やさない敬虔な信徒ばかりでしたから、きっと神様が守ってくださると信じていたんです。
でも彼らは車で広場に乗り付けるなり、家族と村のみんなを銃で撃ち始めました。
村長であるわたしの両親は真っ先に殺されました。
いつも干しブドウがたくさん入っている方を切り分けてくれるパン屋のハンスさんは、両手を上げていたのに顔を吹き飛ばされました。トビアス爺さんなんて、もう息絶えているのに彼らは何度も何度も銃剣で突き刺して笑っていたんです。
それから村にある何もかもを奪っていきました。種麦や、なめし革も、教会の銀の燭台まで。車がもう一台あればきっとわたしが隠れていた納戸の古い毛布まで持っていったでしょう。
彼らが去っていくとき、空が暗くなりました。天柱雲が町の真上を通りかかったんです。
私は両手を組んで必死に祈りました。神話の時代のように、今こそあの悪魔たちに裁雷を落としてくださいと。
でも雷は落ちませんでした。ただ静かに何事もなかったように通り過ぎていきました。
その時わかったんです。神様は私たちを見放したんだって。雷なんて最初から落とす気はなくて、あんな残酷な光景を天から見たくないから、分厚い雲のベールでただ自分の目を覆い隠しただけなんだって。
生き残ったのは私一人です。もう、お祈りはしていません。
(アネニス陸軍 第三中隊所属 ダニー・ロビンス伍長の証言)
俺が徴兵されたのは戦争が始まって一年たった頃だった。大統領と同じでヴァルデンを舐めきっていた俺は、ちょいと訓練をこなしたらヴァル公を痛めつけてやろうと意気揚々と西州に乗り込んだ。
そんで最初に送り込まれたのがソリトー平地だったわけだ。そうだ、アネニスがヴァルデン相手に下手打ったその一番最悪の戦いだ。
最初こそ優勢かと思いきやそいつは罠で、窪地に誘い込まれた中隊は四方を囲まれて二日のあいだひたすらに砲撃にさらされていた。
俺はわけもわからずにただその砲弾の雨の中をかいくぐって駆けずり回っていた。上官に言われるままにあちこちの援護に向かって、仲間を殺した砲弾が来た方へやみくもに打ち返して、そうすると上官が別の誰かに入れ替わっていて、また別の場所に援護に向かう。
その何度目かの繰り返しで大尉が迫撃砲で吹き飛ばされて、俺たちの隊で生き残ったのはついにはたったの9人になった。周りは完全にヴァルデン軍に囲まれて、突貫して蜂の巣になるか降伏して殺されるかの二択しかない絶望的な状況だった。
その時ニキビ面のジミー少尉が空を指差してイカれた命令を出したんだ。
「じきに天空宮がやってくる。そいつに合わせてヴァルデン軍のど真ん中を突っ切って北へ抜ける。影の中にいる間はあいつらだって撃ってこない!」
俺は思わずクソッタレって吐き捨てた。残された足は偵察用のジブロが1台だけ。おまけにタンクに穴が空いてガソリンなんてほとんど残っちゃいない。
それでもジミー少尉はそんときは中隊の指揮官様だ。
俺たち9人は座席に重なるようにして乗り込み、エンジンを吹かした。見渡す限りの敵陣のど真ん中を、雲の影の移動速度にぴったり合わせて――――フルスロットルでもそれしか出せなかった―――――走り抜けたんだ。俺たちは恐怖を誤魔化すために、喉がちぎれるくらい大声で『ガラクタ馬車は最高さ』の歌を歌い続けた。
狂ってると思うかい。でも少尉の読み通り、ヴァルデンの連中は影の中を走る俺たちをただポカンと見ているだけで、本当に一発も撃ってこなかったんだ。それどころか銃を突き上げて口笛や喝采まで送ってきたんだ。
ジブロのタイヤが二つも駄目になって完全に動かなくなった時、俺たちは第一中隊の前線基地にたどり着いていた。
なんと俺たちはあのジブロで敵中を45ミールも走り抜いていたらしい。軍の記録にも残ってるんだぜ。
あの日だけは本当に神の奇跡が起きたのさ。俺たちが歌ったガラクタ馬車の歌を、神様が気に入って背中を押してくれたんだよ。
もちろんジブロにも加護を授けてくれたのは間違いない。俺はそれ以来ジブロの運転手を勤め上げたんだ。そっから大攻勢をかけてヴァルデンに乗り込むときまでジブロのエンジンを吹かし続けたのさ。




