↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢後宮物語  作者: 涼風
にねんめ
280/280

明かされる〝真相〟

遅くなりまして申し訳ありません!


 ――しんと静まった『評議会室』に、ルドルフが息を吸う音が、やけに大きく木霊する。

 一拍置いて、彼はゆっくりと語り始めた。


「ニッケスタック子爵のご紹介を受け、ベルティア侯爵、カロッグ伯爵とお会いしてから、私は定期的に、彼らの集まりへ誘われるようになりました。一見すれば、私をお気遣いくださっているがゆえの親切と信じ込んでしまいそうになるほど、彼らはいつでも私を優しく迎え入れ、様々なお話を聞かせてくださったのです。――その中で、今の後宮についても、幾度か話題に上りました」

「ほぉ。後宮について、と?」

「ベルティア侯爵、カロッグ伯爵と、加えてニッケスタック子爵も。お三方とも、口を揃えて『本心では、可愛い娘や妹を後宮などへ上げたくはなかった』と仰っておいででした。今の後宮は保護者が側室に上げたいと希望しない限り、王宮から側室内示が降りることはないということになっているが、それはあくまでも建前。本当は裏から手を回して、家族が希望を出さざるを得ないような状況へ追い込んでいるのだと。お三方とも、王宮の横暴に抗い切れず、泣く泣く大切な家族を手放すしかなかったのだと、話していらっしゃったのを覚えています」

「ふむ。言いたいことは山ほどあるが、ひとまずはそなたの話を切り良いところまで進めてからにしようか」


 宰相が、いつもの鷹揚とした微笑でなく、いかにも楽しげな満面の笑みを浮かべた。察しの良い者はそれだけで宰相の逆鱗に触れたと気付くだろう(現に、宰相の顔が見える位置に控えているエドワードは、表情こそ動かさないが居心地悪そうに身じろぎした)が、だからといって話を止めるわけにもいかない。ルドルフも、一度頭を下げてから、促されるままに話を続ける。


「また、今の後宮は表向きこそ平穏なれど、実のところは『紅薔薇の間』のご側室、ディアナ・クレスター伯爵令嬢に牛耳られ、支配されているとも、仰っていました。紅薔薇様は嫉妬深く、陛下の歓心が少しでも他の令嬢へと向くようなことがあれば、そのお相手を決してお許しにならず、大層恐ろしい目に遭わせるのだと。それを恐れた側室方は、束の間の平和を得るため、形だけ紅薔薇様に付き従っている。そのような恐ろしい場所から大切な家族を救い出せない己が不甲斐なく、申し訳ない限り……と」

「……どこの世界線の〝紅薔薇〟の話だ、それは。彼女がそのように欲深で、かつ己の欲に従順な性格をしていたら、私も周囲もここまで苦労していないぞ」


 思わずといった風に零れ落ちたジュークの呟きに、ルドルフも力強く首肯する。


「僭越ながら、私もまさしく、陛下と同じことを感じました。と言いますのも、私は既に後宮での〝紅薔薇様〟について、春に一時帰宅していた姉より聞き及んでいたからです。悪い噂ばかりが一人歩きしている紅薔薇様――クレスター伯爵令嬢ですが、実際のところは噂とは程遠い人物で、側室のみならず末端の侍女まで気に掛けてくださる、慈悲深いお方だと。ご寵愛の噂も、あれだけの方であれば納得できると、姉は繰り返し話しておりました。なんでも、姉は何度か紅薔薇様主催のお茶会に招待され、直接お言葉を交わしたこともあったそうで、『あのように素晴らしい方が、これほど悪意に満ちた噂で語られていることが信じられない』とまで申していたのです」

「その言葉を聞けば、紅薔薇も喜ぶことだろう。クレスター伯爵令息もそう思わないか?」

「我が一族は昔から、何かと誤解を受けやすいようですから……悪意ある噂に惑わされることなく、ただ己を見てくれたご令嬢がいらしたと実感できれば、それは妹にとってもありがたく、また心強いことでしょう。妹に代わり、クロケット男爵令嬢に御礼申し上げます」


 ジュークから水を向けられたエドワードが、如才なく一礼した。今の彼は意識して自身の気配を極限まで薄くしており、必要な時だけスッと前に出ているせいか、彼が話して初めて「そういえばいたな」という反応をする者がチラホラいる。具体的には、内務省、財務省、調停局の卓辺りで。

 エドワードによってほんの少しだけ場の空気が緩んだ隙に、ルドルフは深く呼吸して鼓動を落ち着け、続きを話すべく口を開く。


「後宮について、実際に住んでいる姉と全く異なる見解を持ち、特に紅薔薇様に関しては、はっきり嘘と分かる話をされる。ひとまず表面上は否定することなく話を聞きながら、私はいよいよ、ベルティア侯爵らの意図が分からなくなりました。この時点で既に、何かとんでもない陰謀に巻き込まれているような嫌な予感がひしひしとしておりましたが、たかが新興男爵家の跡取りに過ぎない私などがまさか大事に関わることもないだろうと、必死に平静を装ったことだけ覚えています。……そうは言っても、私自身は所詮、世間の荒波を知らぬ学院生に過ぎず、装ったつもりの平静とて、客観視すればそれほど上手く装えてはいなかったのでしょう。気もそぞろで過ごしていたある日、友人であるアベル・ユーストルに声を掛けられたのです」

「――ほぉ、アベルに?」

「はい。ストレシア外務副大臣はよくご存知でしょうが、彼は大変に優れた観察眼の持ち主ですので」


 ストレシア外務副大臣との間でだけ共感と理解の空気が発生したが、ルドルフと同じく一学院生に過ぎないアベルの詳細を知る人物はほぼ居ない。調停局局長が、記憶を辿るように首を傾ける。


「アベル・ユーストル……ユーストル侯爵家の嫡男でしたかな? 確か、今年の夜会で社交デビューしていたような」

「仰るとおりです。アベルとは元々学院の先輩後輩の間柄で、面識だけならあったのですが。親しくなったきっかけは、調停局局長が仰った今年の『シーズン開始の夜会』にて、〝後宮に住まう姉を持つ、今年社交デビューした弟〟という共通項があるからと、姉と紅薔薇様伝いに紹介されたことでした」

「なるほど。そういえば、ルドルフ殿ご自身も、今年の夜会にて社交デビューされたのでしたな」

「はい。若輩の身には分不相応な舞台で、緊張しきりでしたが」


 苦笑して頷きつつ、ルドルフは友人を慕う優しい光を瞳に乗せ、言葉を紡ぐ。ただでさえ卓越した美貌の彼が人情味ある表情を宿す様は、まるで精巧なビスクドールに突然命が宿ったかのようで、思わず惹きつけられる神秘的な魅力に満ちていた。


「私の様子がおかしいことを鋭敏に察したアベルは、わざわざ自宅まで招き入れ、親身になって話を聞こうとしてくれました。私……俺は、もしも本当に巨大な陰謀に巻き込まれているのだとしたら、下手に話してしまうとアベルにまで危険が及んでしまうと理解しながらも、あれ以上は一人で抱えきれなくて。ウェイク伯爵に声を掛けられてから、ニッケスタック子爵に紹介され、カロッグ伯爵、ベルティア侯爵と定期的に会うようになったこと、彼らと何を話したのかまで全て、アベルの優しさに甘え、吐き出してしまったのです」

「……左様か。良き友人に恵まれたな」

「自分でもそう思います。話を聞いたアベルはすぐさま、『この話はちゃんと大人に話した方が良い。できれば、王宮の偉い人にも伝わるような人に話すべき。まずはクロードに相談しよう』と提案してくれました」

「……クロード?」

「クロード・メルトロワ。現メルトロワ子爵で、王宮の『外宮室』に勤めています。彼もアベルと同じく、〝後宮に住まう姉を持つ、今年社交デビューした弟〟繋がりで、アベルの姉君である鈴蘭様よりご紹介賜りました」

「……メルトロワ子爵といえば、確か前女官長の不正事件に関与していたとして、爵位剥奪と謹慎処分を受けていなかったか?」


 首を捻りつつ、ほとんど独り言のように外務大臣が呟いた。

 彼の疑問には、クロードの直属上司であるキースが答える。


「その処分を受けたのが、クロードの父である先代子爵ですね。前女官長は、資金難に陥っているメルトロワ領を救うべく勤めに出ていたミア・メルトロワ子爵令嬢に、横領した金品をそうとは知らせないまま施し、真実を知った令嬢が罪悪感から逃げられなくなるよう図っていたのです。クロードは『外宮室』にて勤める傍ら、姉君の仕事について調べる中で、偶然にも前女官長の横領の証拠を掴み、その資金の一部が自領へ流れていることも知ってしまった。結果としてクロードの気付きが前女官長を告発するきっかけとなり、メルトロワ子爵家の悪事を暴く発端となったため、その功績によりメルトロワ家は降爵を免れ、クロードが爵位を継承する運びとなった、というわけです」

「そのようなことがあったのか。今年社交デビューということは、そのクロードとやらもまだ若いのではないのか?」

「昨年、十五歳で官職を得て『外宮室』配属となり、今年で二年目ですね。まだ若いながらも細かいところまでよく気がつく、将来有望な若手ですよ。できれば末長く勤めて欲しいと思っています」


 改めて聞くととんでもないクロードの経歴に『評議会室』が静かな驚愕に包まれる(室内に座る者たちはジューク王と監察局局長を除いて生粋の貴族であるため、当然ながら彼らが十五、六の頃は皆、学院生であった)中、ルドルフが何度も大きく頷いて。


「クロードは本当に凄いです。アベルと一緒に訪ねて相談すると、話を聞いてすぐに『外宮室』へ連絡し、そちらにいらっしゃるハイゼット室長補佐を紹介してくれました。――表向きは外宮室の室長補佐という役職に過ぎないけれど、ハイゼット様は実のところ、国王陛下のご側近として信篤い方だから、と」

「クロードからの話を受け、私はすぐ、秘密裏に陛下とルドルフ殿が面会する場を整えました。……種明かしをしますと、我々は『外宮室』はスタンザ国使団が来国すると本決まりになった当初より、この一連の流れには何かがあると疑い、背後関係を調査していたのです。スタンザ国使団が実際に訪れてからの動きにも注意を払い、調べていく中で、ウェイク伯爵、ニッケスタック子爵の関与が疑われ、ベルティア侯爵、カロッグ伯爵らも何やら怪しい動きをしているところまでは突き止めましたが、決定的な証拠はなく。あくまで疑惑段階で調査が足踏んでいたところに現れたルドルフは、彼らの動きを目の当たりにしている、まさに生き証人でした」


 この辺りの流れは完全に、事実と異なる創作である。実際のルドルフはナーシャへの想いを拗らせるあまり、彼女を側室とした父男爵のことも、後宮に留め置いているジュークのことも、完全に自分たちの仲を割く〝敵〟と認識していた。ゆえに、ベルティア侯爵たちの甘言に一度は易々と乗せられたのだ。

 だからといって、その事実をありのまま話し、付け入る隙をわざわざ対抗勢力に与えてやる義理はどこにもない。結果としてルドルフが大金星を挙げたのは間違い無いのだから、話を分かり易くするためにも、ややこしい部分は上手く誤魔化すのが吉であろう。聞くところによると、『黒獅子のソラ』の生まれ故郷である旺眞皇国では、過去の真実を人々に広く知らしめる霊術(スピリエ)を扱える一族がいるらしいが、霊力者(スピルシア)の存在が公になっていないエルグランド王国で、〝彼ら〟が真実を詳らかにする術はない。


 ――ルドルフ、キースと繋いだ、今回の〝策〟のバトン。

 最重要なその場面、満を持してジュークが受け取る。


「ルドルフからベルティア侯爵たちとのやり取りを聞いた私は、こう感じた。彼らは、姉の後宮入りについて思うところがあるルドルフを焚き付け、王宮に対し、良からぬことを企んでいるのでは無いだろうか、と。その詳細を明らかにし、彼らの罪を暴くため、私はルドルフに命を下した。――このまま、彼らの〝仲間〟として懐へ潜り込み、彼らの指示通りに動いて、その企みの全貌を暴くように、と」


 重々しくジュークが語る真相に、『評議会室』全体が息を呑んだ。この中の何人かは演技だが(具体的には、宰相、ストレシア侯爵、監察局局長辺り)、他はおそらく、素直な反応だろう。ルドルフがジュークへ〝王国旗〟を返却し、二人が気安く言葉を交わしていたことから、勘の良い者たちはこの〝真相〟を薄々察していたはずだが、「もしかしたら」と心中で組み立てていた仮説が王直々に肯定されたとなると、やはり驚きが先に立つものらしい。

 七角卓をぐるりと見回して、ジュークは苦渋に満ちた息を吐いた。


「……とても、とても危険な任務だ。正直なところ、成人しているとはいえ、未だ学生身分のルドルフへこの命を下すのは、忸怩たる思いであった。これほど若い――幼いと言っても過言ではない少年に縋らねば事態が打開できぬなど、王として、この国を預かる為政者として、恥以外の何ものでもない。命じたとは言ったが、ルドルフにはその危険性も言い含めた上で、己の生命を大事に思うなら、聞かなかったことにして帰ってくれて構わないとも伝えた」

「陛下のそのお言葉で、私は、陛下のため、この国のため、身命を賭して任務を受けると決めました。会ったばかりの、たかが男爵家の跡取りに過ぎない私を、陛下はそのお立場以上に思い遣ってくださったのです。王国の頂点たる陛下ならば、一言私に、ベルティア侯爵らを内偵せよとお命じ頂ければ良いだけのところ、私の命を危険に晒すことを、陛下は私自身よりも案じてくださった。これほどの方を悪し様に罵るベルティア侯爵らが間違っていることも、彼らが私に〝間違い〟を吹き込むことで何か良からぬことをさせようとしていることも、陛下とお話しして確信できましたから。彼らの企みに、現状最も近いのが私であるのなら、内偵の役目は私が適任のはず。私が命を惜しむことで大きな危機を見逃してしまっては、たとえここで命を守ったところで、この先胸を張って生きていくことは叶わぬでしょうから」

「ルドルフ殿の心意気は大変ありがたいものでしたが、彼が内偵者となった以上、最も守るべきは彼の命です。ルドルフ殿にはくれぐれも無理をしないよう、基本は彼らの賛同者として疑う素振りは見せないように、言われたことを従順にこなして欲しいと伝えました。――その記録さえしっかり取っておけば、侯爵たちを追い詰める、十分な証拠となりますから」


 ジューク、ルドルフ、キースの流れるような怒涛の〝種明かし〟。聞かされる側は、完全に理解が追いついていない顔だ。やはりと言うべきか、特に内務省卓の動揺が激しい。


「そ、そんな……それは、いつ頃の話、で」

「時期が気になるのか? そうだな、確か紅薔薇はまだ帰国していなかったと思うが……?」

「間違いございません、陛下。確か内務省の方々が、後宮にいらっしゃる側室方の一斉健康診断でお忙しくされていた頃と記憶しておりますので」

「あぁ。入宮直後や〝里帰り〟前後は音沙汰無しだったのに、中途半端な時期に突然降って沸いた〝健康診断〟か。時期も仕様も何もかもが異例で、女官長が随分と苦労していたな」

「は――ぁ、その頃、でしたか」


 内務省は、基本的に隙――と言っては語弊があるにせよ、他の省局よりは人員的に余裕がある。そのため、常にジュークの執務室周りをうろつき、王の動向をさり気なく伺っている者が何人かいるのだ。キースなどはジュークの執務室付きになってから、何度「あそこでウロウロしてるのが内務省の雑務を片付けてくれたら、『外宮室』にももう少し余裕ができるのですけどね」と皮肉ったか分からないほどだ。彼が実質〝王の側近〟ポジションに収まってからはこれでも減ったのだとアルフォードから聞かされて以降、キースは割と真面目に内務省の人件費削減を検討している。

 そんな彼らが唯一、ジュークに対する緩い監視を外したのが、〝側室一斉健康診断〟の実施前後だ。もちろん、極力自分たちで仕事をしたくない内務省は、どうにかしてそれらの雑務を『外宮室』他へ割り当てようとしたのだが、「側室方の一斉健康診断をしたいのは、完全に内務省(そちら)のご意向で、多くの側室方も後宮の女官方もありがた迷惑がっているとか。陛下の命ならともかく、そんなものを手伝う義理はないので、事前準備も後処理も、全てそちらで手配してもらいたい」と全方向からそっぽを向かれ、内務省内でこなすしかなくなったのだ。通常業務に加え、四十人以上もの側室の健康診断準備となれば、さすがに人員を遊ばせている余裕はなかったようで、彼らはその時期だけ、珍しく忙しそうにしていた。

 ちなみに、内務省が忙しくすることで回ってくる雑務が逆に減ったり、無駄な絡まれ方をすることもなかった他の省局の官たちは、「この先ずっと内務省主導の行事を割り振っておけば、王宮はそれなりに平和なのでは」と密かに囁き合ったらしいが、これは完全な余談である。


 ――閑話休題。ジュークとルドルフの〝密談〟の時期を、よりにもよって自分たちが近々で最も忙しかった頃に当てられた内務省卓の面々は、難癖をつけようにも思い浮かばなかったようで、密かに歯噛みしている。

 そんな彼らに気付きつつ、表面上は説明でいっぱいいっぱいな風情を取り繕いながら、ルドルフは再び口を開いた。


「陛下より任を賜って以降、私はキース様からの助言通り、表面上はベルティア侯爵らへ賛同する素直な若者として、彼らに接しました。私が彼らを疑う素振りを見せなくなったからか、侯爵らはそれからすぐ、私にとんでもない話を持ちかけてきたのです。それこそ、『側室の残虐非道な行いに目を瞑り、多くの側室を苦しめている〝愚王〟を討つべし』という――〝謀叛〟の、誘いでした」

「……なる、ほど。こうして、〝今〟に繋がるわけだな」

「はい、調停局局長殿。もちろん、当初の計画では、実際に兵を率いて〝謀叛〟の真似事をする予定ではありませんでした。しかしながら、事前準備と称して彼らに付き従う中で、彼らは違法に構築したスタンザ帝国との武器密輸ルートの一部や、スタンザ帝国上層部……宰相閣下が〝開戦派〟と称した方々との内通ルートなどを、私に開示し、譲るとすら仰ったのです。それらはそのまま、彼らが罪を犯した何よりの証。私はキース様と密かに相談し、ギリギリまでベルティア侯爵らの策に乗り、偽りの〝謀叛軍〟を組織する中で、彼らの手口を一つでも多く解明することにしたのです」

「もちろん、ルドルフが彼らに言われるがまま〝謀叛軍〟を組織している以上、一歩間違えば彼はそのまま〝謀叛〟の主犯として捕えられかねません。実際、どうやら王国軍の王都守備隊は、王都の外郭部でルドルフが傭兵上がりのならず者たちを集めていることを掴んでいたようですし」

「えっ」


 キースの注釈に素で驚いたルドルフを見て、当の軍元帥がうっそりと笑う。


「いやいや。クロケットの坊も、兵集めを紹介制にするなど、それなりに気をつけてはいたようだが。あそこは軍の管轄から外れているように見せかけているだけで、実際は外から絶えず、王都守備隊が監視している。常と異なる動きがあれば、すぐさまその実態を探るべく、密偵が入るからな。あそこで、王の首を狙ったならず者部隊が組織されていることは、まぁ君らがやってきて一週間以内には把握しておったよ。割と初期に〝紹介ビラ〟をもらって〝謀叛軍〟内まで潜り込み、概ねの実態を探ってから離脱した者もおるしな」

「そ、そうだったのですか……」

「とはいえ、坊は誇って良い。その潜入した者ですら、『クロケットの後継は真実王に叛意を抱き、王を誅殺すべく兵を集めている』と報告しておったからな。真面目な話、これが〝真の敵〟の悪事を暴くための、王自らがお考えになった壮大なペテンだと国王近衛の団長に知らされなければ、君らが今朝進軍のために外郭部を出た時点で、王都守備隊が一網打尽にしておっただろうよ。――海千山千の王国軍密偵すらも騙したのだ、その演技力は必ず貴殿の武器となろう。そなたがクロケット男爵家の後継でないなら、是非とも軍の諜報部へ入ってほしいものだ」


 手放しでルドルフを褒める元帥は、十中八九、これまでの〝種明かし〟が八割嘘だと見抜いているだろう。彼の話が事実なら、軍の密偵が紛れ込んでいた頃のルドルフはまだ、ベルティア侯爵たちの思想に共感し、本気で王宮襲撃を企てていた。元帥が言う通り、海千山千の密偵がそれを見抜けないわけもなく。必然、軍の密偵が去ってからアルフォードが繋ぎを取ってくるまでの間に、どこかから何かしらの〝テコ入れ〟が行われたのだろうという推測が成り立つわけだ。

 これで元帥が王に対してうっすらでも敵対の意思があれば危険だが、現在の軍は概ね、若い王に好意的だ。アルフォードが今日の〝策〟について王都守備隊へ話を持ち掛けたときも、「遅い」と怒られこそしたが、策そのものは反発なく受け入れてもらえた。この話をネタに、王家を悪い方向へ強請ってくる可能性は、ゼロとまでは言えないが低い。


 ルドルフが内心の冷や汗を拭うインターバルを確保すべく、キースが少し、前に出る。


「陛下も、ルドルフ殿が真の〝謀叛軍〟として捕縛される可能性を、何より憂いていらっしゃいました。ゆえに、異例のことではありましたが、ルドルフ殿こそが真実、陛下の意を得たものであるという証として、王国の象徴たる王国旗をお預けになったのです」

「……お預かりした当初は、まさかこの旗を実際に使う日が来るなど、想像もしておりませんでしたが。〝叛乱軍〟を組織しながら彼らの動向を探る中で、〝決行日〟と指定された日を目指して、ベルティア侯爵とカロッグ伯爵が、自領から領軍を呼び寄せ、王都へ留めていることを突き止めたのです」

「その情報を得てようやく、彼らの狙いは叛乱を起こすことではなく、叛乱を起こしたクロケット男爵嫡男――ルドルフ殿を捕えることにあるのだと、確信が得られました。武器の密輸ルートも、スタンザ帝国との内通ルートも、一度ルドルフ殿へ渡すことで〝彼の罪〟にすることこそ目的だったのでしょう。彼が違和感を覚えず、侯爵らの話を信じ込んで謀叛の道をひた走ってしまったらと考えるだにゾッとします」

「俺も……陛下に全てを打ち明けることなく、ベルティア侯爵らから逃れられぬまま謀叛人に仕立て上げられてしまっていたらきっと、罪の意識の重さに潰れてしまっていたでしょう。これは〝フリ〟だと思えばこそ、敵以外誰も傷つけぬ策だと信じられたからこそ、陛下への叛意を隠さない愚かな若者を演じられたのですから」


 顔を青ざめさせながらも〝設定〟に忠実なルドルフは、元帥の言葉と意味は違うが演技妙者だ。このルドルフを見て誰が、ついこの間まで完全に敵の術中に堕ちていたと察することができるだろう。

 忠臣たちの迫真の芝居に、ジュークも難しい表情を繕って乗っかる。


「私を持ち上げる必要はない。結局、私はルドルフの生命が第一だと言いながら、ベルティア侯爵らを確実に捕らえるため、そなたを最も危険な場所へ追いやったのだからな」

「それは、今朝のことを仰っているのですか? それならば、最終的な己の居場所を馬上に定めたのは私自身ですし、陛下は私を守るべく、凄腕の配下の方々を〝叛乱軍〟に紛れ込ませてくださったではありませんか。ベルティア侯爵らが〝叛乱軍〟だと思い込んでいる私が、彼らの眼前で〝王国旗〟を掲げることで御意を示し、意表を突くことで、ベルティア、カロッグ領軍の士気も下げられる。犠牲を最小限に抑えつつ、間違っても彼らを逃さぬためにはそれが最良と、自分で納得して戦場に立ったのです。決して、陛下に追いやられたわけではありません」


 ジューク相手に一歩も引かず堂々と述べるルドルフに対し、演技でない感嘆のため息がそこここから零れ落ちた。こればかりはルドルフの偽らざる本音であるため、まっすぐに己の信念を込めて放たれる言葉には確かな力があり、彼の美しさも相俟って、その功労を余すことなく知らしめている。


「そう、だな。そなたは十二分に、課せられた役目を果たしてくれた。ベルティア侯爵らに対しても、ただ言いなりになるのではなく、その懐へ入り込み、彼らの内情をよく暴いてくれたからな」

「勿体無いお言葉です。どうやら、私は昔から、年上の方々に好かれやすいようでして。自分でも、ここまで探れたことに正直驚きました。キース様にも踏み込み過ぎるのは危険だと常々ご助言頂きましたので、自分としては少し甘えただけ、のつもりだったのですけれど」

「……いえ、本当に大したものです。ベルティア侯爵がルドルフ殿へ譲った以外の武器密輸ルート、短期間で河岸を変えながら営業を続けていた武器密売店、それらが確かに彼の手により築かれたものであることを示す裏帳簿の隠し場所など、通常、探ろうと思って探れるものではないはずですのに。カロッグ伯爵も同様に、彼がスタンザの〝開戦派〟とやり取りしていた手紙の保管場所をさり気なく聞き出し、物的証拠を手に入れてくれました。こういった手紙は証拠を残さないためにも読んですぐ燃やすのが鉄則ですが、どうやらカロッグ伯爵は疑り深く、内通相手を完全に信用していなかったようですね。彼らがカロッグ伯爵を裏切ったとき諸共に切れるようにか、特に危険な内容の手紙をいくつか残していました」


 キースが言葉を紡ぐたび、内務省卓の面々の顔色が、どんどん、どんどん青くなる。ベルティア侯爵もカロッグ伯爵も現役の内務省官で、特にベルティア侯爵は次期副大臣候補とまで言われていた〝実力者〟なのだ。昨年の〝側室暗殺未遂事件〟に引き続いての不祥事に、王宮内における内務省の立場が揺らぐ事態は、もはや避けようがない。

 その中でも、青を通り越し、真っ白な顔色と成り果てた男へ、ジュークはひたと視線を向けた。


「……これほどの功績だ。ルドルフ・クロケットには、望外の報酬が必要と思わないか? ――なぁ、ザフィーラ侯よ」

「な――……っ」

「この評議会が始まってからずっと、私たちはそなたの動向を密かに注視し、裏では記録も取ってある。気付かなかったであろう? 〝謀叛〟決行日にわざわざ合わせて開いたこの〝評議会〟が、ルドルフの敢えての進軍と同じ、そなたを決して逃さぬための〝檻〟であったと」


 いよいよジュークは、泰然とした王の〝仮面〟を剥ぎ取り、本気の為政者の〝圧〟をただ一人へ差し向けた。


 ――ここまで決して表舞台には立たず、ベルティア侯爵、カロッグ伯爵を裏で操ってきた、〝一連の事件〟の要。

 ザフィーラ侯爵、その人へ。


雨降る前後はやっぱり自律神経が乱れるのか、なかなか調子が安定しませんね……。

評議会編は、次回で閉幕予定です!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。