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悪役令嬢後宮物語  作者: 涼風
にねんめ
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家の興亡


 資料を閉じた監察局局長の顔が、怒りと悍ましさに染まっている。

 彼の隣で一緒に資料を読み込んでいた調停局局長の表情も似たり寄ったりだが、こちらは職責上、真っ先に聞くべきことがあった。監察局局長の肩越しに、控えるエドワードを見上げる。


「こちらの資料に書かれてないが、先代ニッケスタック子爵が倒れたときに食していたという食事の分析は終わったのか?」

「はい、調停局局長殿。そちらは走り書きにはなりますが、追加の報告が外宮室の方に上がっているそうです」

「クレスター殿の仰る通り。こちらの証拠品目録の中に解析結果がございますね」


 応えたのはキース。カートの中から一枚の紙を取り出し、感情を消した声で読み上げていく。


「提供された食品類がおよそ六年前のものであること、氷漬けにされていたことから通常の方法では正確な分析が難しいことから、あらゆる物質を成分ごとに細かく分け、それぞれの性質について研究していらっしゃる方に、ご協力をお願いしました。彼の詳細解析により、先代ニッケスタック子爵が倒れる際に食していた食事の中から、バリル茸の毒成分が検出されています」

「バリル茸か。確か、銀食器に反応しない毒物だったな」

「左様です。毒性は高いながら銀食器に反応しないと、一昔前は特に注意すべき毒として貴族の間でもよく知られていました。ただ、致死量がそれなりの多さだったのと、飲んですぐならミシの葉の煎じ薬で解毒できることが判明してからは、話題に上ることも少なくなったそうですが」

「そうだった。一時期、ミシの葉が万能解毒薬と持て囃され、高値がついていた時期があったな」

「ミシですか。バリル茸を含めた一部の毒の解毒に効果があるのは確かですが、万能とまではいかないのでは?」

「あぁ。言われなければ思い出せないほど、短い期間だよ」


 宰相とキース補佐官の間で言葉が交わされている間に、彼らの手から離れた資料が七角卓を一周する。キースが簡単に説明したが、これは要するに、当代ニッケスタック子爵が先代を毒によって殺害した、紛れもない物的証拠だ。エルグランド王国において、当主の座を狙った陰謀の類は珍しくないとはいえ、それらは基本的にそれぞれの家内で完結し、決して表には出て来ない。表に出る時はこうして、家内の誰かがお家断絶を覚悟で告発する、国を巻き込んだ一大事へ発展することが主だ。こんな大事件は、長い歴史を振り返ってもそうそう起きてはいないのである。

 内務省の卓以外が当代ニッケスタック子爵の所業に嫌悪感を露わにしている中、まだ冷静な財務大臣が口を開いた。


「要約すると、だ。現ニッケスタック子爵は、表向きこそ先代の穏健思想を受け継いでいるように見せながら、その実、非常に過激な異国排斥論者であり、王宮でも散見する国粋主義者たちと足並みを揃える存在であった、ということだな。そして、先祖代々が築いてきた穏健貴族の立場と人脈を悪用し、スタンザの〝開戦派〟が有利になるよう、エルグランド王宮内の世論を誘導する内部工作の主力を担っていた、と」

「――はい、外務大臣閣下のおっしゃる通りです。私が内偵により得た情報によりますと、ニッケスタック子爵はまさしく、私のような〝通常の社交では決して関わり合いにならない〟貴族家とベルティア侯爵らの繋ぎ役でいらっしゃいました。それだけでなく、自分たちの望む行動や言説を新興貴族やスタンザに好意的な貴族家が行うよう、密かに立ち回っていたようです」

「先代である父君に毒を盛ってまで欲した爵位だ。おそらく、彼は初めから、自分が当主になったらそのように動こうと決めていたのだろうな」

「直接お伺いしたところ、そのようなことを仰っていましたね。王立学院へ通っていた頃にはもう、〝将来〟について決めていた、と。『この崇高な使命を理解していたら、あの愚かな父も命を永らえたものを』と」

「……先代子爵はまこと、無念であったことだろう」


 彼らの言動を直接見聞きしていたルドルフの証言は、その情報の鮮明さも重さも桁違いだ。ポツリと落ちた元帥の言葉に、室内の人々が度合いは違えど首肯する。

 調停局局長が、資料の頁を行ったり来たりさせながら、頭の横を人差し指で軽く叩いてため息を吐いた。


「……当代ニッケスタック子爵の厳罰は免れぬとして、残された妹君と奥方が気の毒ですな。話を聞く限り、お二人もまた被害者です。特に、側室として後宮へ参られたルネッサ・ニッケスタック子爵令嬢は、ニッケスタックの内部事情を知る、貴重な証人でもある。こうして資料作成にも協力的でいらっしゃいますし、おそらく後宮でも、以前連座で追放になった娘たちのような問題行動は起こしていないのでは?」

「それは、昨年起きた『星迎えの夜会』を発端とした一連の事件の話か?」

「左様です、宰相閣下。私の部下でもあったメルセスの娘も側室として入宮しておりましたが、後宮にて徒党を組み、立場の不安定な側室方への嫌がらせを繰り返していたとか……そのような素行不良が目立つ者であれば、情状酌量の余地はそもそもございません。しかしながら、今回のニッケスタック子爵令嬢に関しては、少々事情が異なるように見受けられます」

「ふぅむ、確かに。……陛下から見て、ニッケスタック子爵令嬢はどのような方でしょう?」

「ルネッサ・ニッケスタックか。直接言葉を交わした回数は多くないが、常に一歩下がって周囲の様子を伺いながら、場の調和を重んじて、安定した生活を送っている側室という印象を持っている。彼女が何かのトラブルの中心人物になったという話は聞いたことがないし、そもそもそういった場面に居合わせたという報告すら、受けた記憶はないな」

「上手に回避していらしたのでしょう。さすがは先代ニッケスタック子爵が後継にと考えただけのことはある」


 宰相の相槌に頷きつつ、調停局局長の頭痛は治らないようで、心なしか頭を叩く指のテンポが上がった。


「であれば、報告書にもあったとおり、ニッケスタック子爵令嬢の入宮は当代子爵が望んだことであり、ご令嬢の意思は反映されなかったと判断すべきですな。おそらく、父の教えを色濃く受け継いだ妹が家にいては、今後の計画の障りになるとでも考えたのでしょう。厄介払いと、ベルティア侯爵らへの御機嫌取りも兼ねて、後宮へ入れたというところかと」

「……ベルティアへの機嫌取りとはどういう意味だ?」


 不気味なほど静まり返っていた内務省の卓から、唐突な質問が飛んできた。調停局局長は声が飛んできた方をチラリと見て、ため息を押し殺すように口を開く。


「言葉の通りですが。ベルティア侯爵もまた、娘御を側室として入宮させていらっしゃる。己の妹を、〝ベルティア侯爵令嬢に忠実な配下〟として後宮入りさせるのは、絶好の御機嫌取りになりましょう」

「同じ側室として、か? それならば侍女、女官として送り込んだ方が、まだ役に立つだろう」

「私はニッケスタック子爵本人ではありませんので、彼の考え全ては分かりかねますが。しかしながら、同じ側室の立場にあるからこそ、便利に使える場面もあるのでは? 例えば……ベルティア侯爵令嬢の悪行が明るみに出た際、ニッケスタック子爵令嬢が真実彼女に忠実であれば、身代わりにもなれましょう」

「ふん。だとしたら、ニッケスタックは妹の気質を見誤ったということか」

「そうなりますな。とはいえ、子爵がもう少し思慮深ければ、妹御を後宮へ送る前に気付けたことではありますが」


 深く考えるまでもなく、己と反発している妹を後宮へ送り、「俺が属している派閥のリーダーの娘と親しくしろ」と言い含めた所で、その通りに動くわけがない。彼の命令がニッケスタック家の益に直結しているならまだしも、彼は父親が存命の頃から、家の方針を全く尊重しない主張しかせず、父が亡くなって当主を継いだ後は、裏で危険思想の持ち主たちとつるんできた。そんな兄を具に見てきた妹が、ニッケスタック子爵家を根本から揺るがしかねない危険を冒すはずもなく。

 後宮入りしたルネッサがしてきたことは、やたらと〝お友だち〟扱いしてくるベルティア侯爵令嬢らを曖昧な笑顔でひたすらやり過ごし、当人は目立つことなく後宮の風景として溶け込む、徹底した埋没作戦。近づこうとするたびにのらりくらりと躱され、決して核心は掴めないまま薄い〝取り巻き〟としてしか彼女を運用できなかったベルティア侯爵令嬢らは、さぞもどかしかったことだろう。そのもどかしさを決定的な悪意へ育てなかったルネッサの手腕も見事の一言に尽きる。


「……なるほど。やはり、惜しいな」


 たん、と軽く机を叩き、宰相が調停局の卓へ視線を飛ばす。


「調停局局長。ルネッサ・ニッケスタックは、ニッケスタック子爵と連座で貴族位を追われ、市井に下るには、あまりにも貴族としての資質が高すぎる娘だ。とはいえ彼の罪状を鑑みるに、ニッケスタック子爵家の取り潰しは、おそらく免れぬだろう。どうにか彼女と、ニッケスタック家に残された女性たちを救済する術はないか?」

「そう、ですな。もちろん通常であれば、当主の責により家そのものが無くなった場合、在籍していた家人も連座で貴族位を失い、平民身分となるものですが……救済策の一つとして、夫人の場合は離縁し実家へ戻る、というものがございますね」

「ふぅむ。当代と先代のニッケスタック子爵夫人は、その策が取れるか?」

「しかし、宰相閣下。子爵夫人はそもそも、ご実家の内情厳しいところをつけ込まれ、支援と引き換えにニッケスタック家へ嫁がれたと、資料にございます。であれば、離縁し実家へお戻りになったところで、彼女の置かれた状況が好転することはないのでは」

「付け加えますと、前ニッケスタック子爵夫人に関しては、死に別れた御夫君の墓を守ると言う名目で領地へ戻られてから、領主としての仕事を実質的に代行していらっしゃいます。当代が爵位を継いで五年、ニッケスタック子爵領が安堵しているのは、紛れもなく前夫人の手腕かと。彼女の実家の男爵家は、現夫人の実家と違って困窮しているわけではありませんので、亡くなった前子爵と死後離縁の手続きを取ることでご実家へ戻ることは可能ですが、彼女の手を離れたニッケスタック領が一時混乱することは避けられぬでしょうな」

「なるほどな。外務大臣、監察局局長の言も尤もだ。現夫人、前夫人とも、離縁するのは方々にとって損失の方が大きいか。とはいえ、ニッケスタック子爵家が取り潰しとなった時点で、ニッケスタック領も一時は国に召し上げられることになるが」

「お言葉ですが、宰相閣下。ニッケスタック領は、積雪の少ない我が国における、数少ない豪雪地帯の一つです。あの地を安定して治められる知見を備えた家はそう多くなく、それらの家は既に相当数の領地を抱えています。この上ニッケスタック領も治めるとなれば、できぬことはないでしょうが、前夫人ほど手厚く管理できるかは微妙なところでしょう。ニッケスタック子爵家取り潰しはあくまでも現当主の罪禍によるもの、それによってニッケスタック領の民が不利益を被ることは、避けねばなりません」

「つまり、監察局局長の意見として、ニッケスタック領の管理運営権はこのまま前夫人の手中にあるが最善と?」

「ここ三十年のニッケスタック領の運営報告書を見るに、直近五年が税収、民の生活水準ともに、最も安定しているのは明白ですからな。前夫人が単なるお飾りでなく、最北の地から積極的に領地管理と運営を行い、領地守護職(エステイショナー)ともよく連携して迅速な問題解決に当たっていらっしゃることも、別口からの報告で上がっています。前夫人が優れた領地経営の手腕の持ち主であることは確かで、ニッケスタック領が彼女の力で上手く治められている以上、引き離すことは得策ではないと考えます」

「……ますますニッケスタック子爵の愚かさが浮き彫りになる話であるな」


 これがプライベートなら今すぐ頭を抱えて悶絶してそうな表情で、宰相が特大のため息を吐いた。領主が王都に常駐している場合、一族の誰かを領主代行として領地に置く措置は珍しいものではないにせよ、その〝代行〟が領主本人を凌ぐ実力者で、罪を犯した領主の連座で失脚するのを惜しまれる、なんて話はあまり聞かない。もちろん、〝代行〟が領主と血の繋がらない義母である、など前代未聞である。

 重苦しい沈黙が『評議会室』に満ちる中、休符なく頭を叩き続けていた調停局局長の指が、ふと、止まった。


「……そういえば。過去の事例で、今と似たような状況を読んだことがあります。確か、二百年ほど前と記憶していますが」

「かなり昔の話だな。どういったものだ?」

「国家転覆を図った当主と彼に追従した一族を、一族の末端にいた庶子が告発した、というものでした。かなり大きな侯爵家だったと記憶していますが、証拠も確たるもので罪を疑う余地はなく、即日爵位剥奪と家の断絶が決定。かの家に連なっていた者は、例外なく貴族籍を剥奪され、平民身分へ堕ちたと」

「確かに、今のニッケスタック家と状況は酷似している。例外なく、ということは、告発した庶子もまた、貴族ではいられなくなったということか」

「はい。確かに、彼は一度、貴族籍を失いました。しかしながら、彼の告発と証言がなければ、国家転覆は未遂に終わることなく、かなりの犠牲者が出たと予想されたそうです。当時の国王陛下は彼の功績を正しく讃えるべく、彼に新たな家と爵位を授け、一家の当主とされたそうです」

「……なるほど。忠臣に対し、そう報いた王が過去にいらしたのだな」


 静かなジューク王の相槌には、しかし確かな力があった。

 顔を上げ、臣たちを見回して、王はゆっくりと言葉を紡ぐ。


「ならば、話は早い。ニッケスタック子爵家は、当主の咎により取り潰し。子爵家に連なる者の貴族籍も剥奪とするが、今回の功を鑑みて、ルネッサ・ニッケスタックに新たな家名と爵位、そして領地を授けよう。そうだな――ニッケスタック領の地名は、なんと言った?」

「旧くは、マルスア地帯と呼ばれていたかと」

「マルスア、か。ならば、地名の一部を取り、〝マルス〟という家名はどうだ?」

「良き名にございます。爵位は如何いたしましょう?」

「領地のこともある。ひとまずは男爵位とし、爵与と同時にマルスア地帯を領地として預けよう。その後、領地経営の実態などを総合的に見て、必要であれば陞爵も検討すれば良いだろう」

「お、お待ちくださいませ陛下!」


 焦った声が、内務省卓から飛んだ。大臣中心に、彼らの表情は苦々しい。


「どうした?」

「二百年前の事例と今回では、話が違います。二百年前に新たな家を許されたのは、庶子とはいえ男子。大変残念なことではありますが、ルネッサ・ニッケスタックは女性なれば、新たな家の当主として立つには不足が大きいかと」

「何を寝惚けたことを。ルネッサ嬢は、先代ニッケスタック子爵が後継に望んだほどの才媛だ。何を以て、当主たるに不足と断ずる?」

「お、おん……女性が新たな家の〝当主〟となった前例はないはずです!」

「前例はないが、禁ずる法もなかろう。ルネッサ嬢は立派な成人女性、爵位を継ぐ資格もある。なれば、新たな家の当主となる資格も同様にあると解釈できるはず。違うか、調停局局長?」

「宰相閣下の仰る通りです。先ほど、グレイシー男爵家について説明申し上げました時と同様、成人女性であれば有爵家の〝当主〟となるに不足はございません」

「で、ですが彼女は側室! 現在は王家に属する者なれば、貴族家の当主には……」

「彼女はあくまでも、ニッケスタック子爵令嬢として入宮している。ニッケスタック家が取り潰しとなり、一度貴族位を喪失する時点で、ルネッサ嬢は後宮を去ることになるだろう。その後、新たにマルス男爵位を授けるわけだから、今の側室位が問題になることもないと思うが」

「……っ」

「――ザフィーラ内務副大臣」


 宰相にぐうの音も出ないほどやり込められた内務省卓の人物――ザフィーラ侯爵に、ジューク王が静かな目を向けた。


「先ほどよりそなたらは、報償を授かる者が女性であることに、随分と拘っているように見受けるが。そも、彼女たちの功績と性別に、何の関係がある? まさかとは思うがそなた、性別によって人の優劣を判断しているわけではなかろうな。思想は自由だが、偏見によって物事を断ずる発言を繰り返す者をいつまでも座らせておくほど、評議会の席数は潤沢ではないぞ」

「――っ、前例に拘るあまり、失言をいたしました。申し訳ございません」

「分かれば良い。以後、気をつけるように」


 無表情で淡々と諭す王は、内心が読めないだけに、底知れぬ恐怖を内務省卓の面々へ植えつけた。ぐ、と押し黙った彼らを確認し、宰相は場の空気を切り替えるべく、声を張る。


「では、ニッケスタック子爵家についてはそのように。子爵本人については、今回の内乱幇助罪、謀叛の共同正犯罪の他、六年前の前ニッケスタック子爵殺害容疑もある。罪状を複合的に判断すれば、爵位剥奪、ニッケスタック子爵家の断絶だけでは足りぬか?」

「はい、宰相閣下。前例に則るのであれば、重罪人としての身分登録と、終身肉体労働刑が妥当かと。子爵は健康体の男性ですから。もちろん恩赦は適応されず、生涯を刑場にて過ごすことになります」


 調停局局長の進言した刑は、貴族が受ける刑として、相当に重いものの一つである。変な話、内乱幇助だけならば、ここまでの刑罰にはならなかった。自身の過ちを認められず、思い通りにならない現実を恨み、間違っているのは世界の方だと当たり散らして、ついには〝世界〟の方を力づくで捻じ曲げる。そのツケを、ここに来て、彼は払うことになったのだ。


「……あの、宰相閣下。発言をお許し頂けるでしょうか」


 ニッケスタック家についての結論が出たところで、ジュークの背後に控えていたルドルフが口を開いた。「もちろん」と宰相が頷いたのを待って、彼はやや緊張気味に切り出す。


「ニッケスタック子爵家の方々へのご温情に感謝いたします。また、差し出がましいようですが、子爵家に賜った温情を、可能であればウェイク伯爵家の方々へもかけて頂きたく、お願い申し上げる次第です」

「ウェイク伯爵か。彼の罪状も、概ねニッケスタック子爵と一致はするが」

「伯爵当人の話を聞いた限り、ウェイク伯爵夫人とご子息に咎はございません。元々、夫人は伯爵の兄君の奥方で、ご子息も兄君との間に儲けたお子様とのこと。伯爵夫人は前の夫を看取られた後、まだ幼いご子息の爵位継承権を盾に、現伯爵との再婚を強制されたそうです」

「何と」

「奥方は、ウェイク伯爵の兄君を心から愛し、尽くしていらっしゃったそうです。と同時に義理の弟であった現伯爵のことは、あまり好ましく感じていなかったそうでして」

「……風の噂で聞いたことがありますな。現ウェイク伯爵は、社交界向けに誠実な好青年を演じていたものの、実際は裏で小狡い悪事を繰り返す問題児であったと。とはいえ、若い頃は多かれ少なかれ、悪い遊びに惹かれるもの。兄君が亡くなって爵位を継いでからは、昔の悪い仲間とはスッパリ縁を切り、真面目に当主の務めに励んでいるとも聞いていましたが」

「――実際は、ニッケスタック子爵と同様、父君や兄君が築き上げた地位を利用し、より大きな悪事に加担していたと」


 財務大臣の注釈を、監察局局長がバッサリ切って捨てた。誰とも知れぬため息が落ちる中、ルドルフがぐっと顔を上げる。


「ウェイク伯爵から直接お伺いしたのですが、彼は家の仕事のほとんどを奥方に任せ、自身は社交という名の工作活動に没頭していたようです。ウェイク伯爵家は領地の産業を活用し、異国との交易事業で莫大な利益を上げている、王国きっての商業主の一つ。かの家が取り潰しとなれば、その影響は計り知れません」

「……だが、罪禍を鑑みれば、ウェイクの家名を残すわけにはいかぬ」

「はい、陛下。ですのでどうか、ウェイク伯爵家の有する事業とその関係者が路頭に迷わぬよう、ご配慮頂きたいのです。伯爵家の経済活動圏の損害を最小に抑えることは、長じて王国の益にもなること。何卒、寛大な処置を賜りますよう」

「確かに。ウェイク伯爵家の取り潰しは免れぬにしても、かの家の事業までもを道連れにするは悪手か」

「であればそちらの対応は、外務省、財務省、調停局を跨いだものとなりますな。必要ならば監察局の応援も受けつつ、外宮室を交えて、詳細を詰めることとしましょう」

「分かった。皆、頼めるか」

「承知いたしました、陛下」

「御意に」

「畏まりまして」


 ルドルフの進言により、ウェイク伯爵家の処遇もほぼ決まった。ニッケスタック子爵家と違い、ウェイク伯爵家は商業主としての価値に重きが置かれたため、いかに事業を傾けないかに注力される形となる。領地を持ち、事業を運営する有爵家にはそれだけの責任があり、だからこそ貴族として、様々な特権が与えられているのだ。ゆえに、一つの家を抹消するとなればその影響は甚大で、こうして王、宰相、高官が顔を突き合わせて慎重に協議しなければならない事態に陥ってしまう。


「さて。ここまでで既に腹一杯の心地ではあるが、ルドルフの話はまだ途中であったな。続きを頼めるか?」

「はい、宰相閣下」


 水を向けられたルドルフによって、いよいよ〝慎重な協議〟は後半戦へ突入する――。


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