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悪役令嬢後宮物語  作者: 涼風
にねんめ
276/280

刃なき戦

先週は急なお休みをありがとうございました!

暑さが和らぐまで、命大事に、無理ない範囲で更新を継続できればと思います。

また何かあればTwitterさん(とひたすら言い続ける)にてお知らせしますので、よろしくお願いいたします!


 グレイシー男爵家についての話が一段落したところで、モンドリーア宰相から発された「話を戻す」の一声。

 と同時に、これまでは淡々と経緯を説明するばかりだった宰相の瞳に、稲妻のような厳しい光が走る。


「さて。内務省の諸君は、グレイシー男爵の所業に随分と厳しい処罰を求めているようであったが、それは彼が、国法にて禁じられている異国製の武器を所持し、それを王宮へと持ち込んでいたからという認識で良いかね?」

「随分と唐突なご確認ですな、宰相。我々内務は、国内、特に王宮内の政務や法規を取り仕切る立場。であれば、仰る通り、異国製の武器をあろうことか王宮内へと持ち込んだグレイシー男爵の所業を素通りはできますまい」


 やや不機嫌な表情ながら、宰相の問いに対し、内務大臣が滔々と語り返した。内容をそのまま捉えるなら、彼の言は至極まともだ。

 だからか、モンドリーア宰相は何度も、得心したように頷いて。


「左様か。ならば――その武器を密輸するルートを構築し、実際に密輸し、国内で売り捌いていたベルティア侯爵に対する処分は、どのように考える?」


 表面上は柔和なまま、しかし決して逃げることを許さない声音と視線で、内務大臣以下、内務省の卓に座る者たちを刺し貫いた。

 ここに来て、内務省の卓に座る一同は、いつもと変わらぬ温厚な態度の宰相が、実のところ激怒していることに気付いたらしい。数人が一気に青ざめ、残りは不遜にも宰相を睨み返す者、視線を彷徨わせて逃げ道を探す者に分かれた。

 なお、宰相を睨み付けた筆頭である、内務大臣ランドローズ侯爵は。


「……これは異なことを。もちろん、ベルティア侯爵が己の立場と責任も忘れ、そのような罪を犯していたのであれば、領地没収、爵位剥奪を始めとした、厳しい処罰は免れぬでしょう。――が、宰相。果たして、侯爵が犯していたというそれらの罪は、真実なのですかな?」

「どういう意味だ、内務大臣?」

「失礼ながら、ベルティア侯爵の名は、あの無礼なスタンザ皇子の調査とやらで判明し、彼が我が国へと知らせてきたのでしょう? 我らがエルグランド王国を侵略せんと企んでいるスタンザ帝国の情報に、如何程の信憑性があるか、私としては甚だ疑問ですな」

「スタンザの国策としてエルグランド王国への侵攻を掲げていたのは事実だが、それは現皇帝が内政を安定させるために敢えて掲げた、ハリボテのようなもの。実際のところ、現皇帝も次代も、エルグランド王国との恒久的な和平を望んでいる。そのことは、エルグランド国使団が持ち帰った親書からも明らかだと思うが?」

「さて、どうでしょう。そう見せかけて、実際は我が国の有力貴族を冤罪によって滅ぼし、国防を緩める計画なのやもしれませぬぞ?」


 まさに、〝ああ言えばこう言う〟の見本のような内務大臣の返しに、宰相の表情は徐々に憤りから呆れへと変わっていく。そもそも、エルグランド王国の国防はその八割を王家及びモンドリーア公爵家、プラスクレスター伯爵家が担っているのだ。残りの二割も〝エルグランド古語〟を家名に宿す〝古の一族〟によって賄われているので、いくら古参貴族とはいえベルティア侯爵家を滅ぼしたところで、エルグランド王国が攻めやすくなることはない。そんなことも知らず、筋道立った反論をしてやった、くらいの満足そうな表情でふんぞり返っているのだ。いくら内務省の職分が王宮及び王族領内の管理監督だとしても、大臣職にある者の国防に対する知識と意識がこの程度とは。

 彼の態度に呆れているのは宰相だけでなく、元より友好的でない外務省の卓からは、もはやマトモに相手をするのも馬鹿馬鹿しいといった風情の冷たい空気が流れてくる。中立である財務省は外務省ほどではないが、呆れや戸惑いをあからさまに見せる者もいた。


「……言いたいことは山ほどあるが、話の本筋からズレかねないため、今は控えよう。要するに内務大臣は、スタンザ帝国が伝えてきた情報には信憑性がないと、そう言いたいのだな?」

「その通り。ベルティア侯爵は、内務省にとっても中核を担う存在ですのでな。彼を処罰するのであれば、仮想敵国からの情報などという怪しげなモノでなく、確たる物的証拠を示して頂きたい」

「だ、そうですが、陛下?」

「……残念だ、内務大臣。部下を思うそなたの気概は伝わったが、身内贔屓は時に冷静な判断力を鈍らせる。大臣職まで任されるほど周囲からの信頼厚いランドローズ侯ならば、私のような若輩から言われるまでもなく、公平な視座を維持してくれると信じていたのだがな」


 ここまで、宰相の説明に無表情で耳を傾けてきたジューク王が、感情の見えない凪いだ瞳を内務大臣へと向ける。


「私が――私たちが本当に、エクシーガ皇子から得た情報だけで、ベルティア侯爵の罪状を確定させたと思っているのか?」

「……と、仰いますと?」

「エクシーガ殿は確かに、外務官としても異国の皇族としても、我らの信を得た。だが、私はエルグランド王国の王だ。自国の貴族を裁くに当たり、他国から伝えられた情報だけで動くような真似、するはずがない。エクシーガ殿やスタンザ帝国が信用できるできないは関係なく、自国の重罪人の裁きを他国の情報頼みにするなど、主権を手放すにも等しい愚行だからな」

「……」

「エクシーガ殿から得た情報は、あくまでも調査する中で得た一つでしかない。――ベルティア侯爵及び、彼と手を組んでいた一派に対する洗い出しはすでに終わり、人的、物的含め、証拠も全て揃っている」

「……証拠、ですか。陛下もお人が悪い。そのようなものがあるなら、最初からそう仰って頂ければ」

「他でもない、評議会の場で切り出した話だ。証拠品や証人に過不足ないなど当たり前で、〝言われないと分からない〟ことこそ不敬だとは考えなかったのか?」


 事実、そなたたち以外、誰一人としてそのようなことは言わなかっただろう――?


 声なき王の言葉が、はっきりとした刃となって内務大臣の喉元へと突きつけられた。これまで見たことのない王の姿に、内務大臣と配下たちは、揃いも揃って信じられないものを見る目を彼へ向ける。

 内務省は、二十年では足りない月日をかけて、次世代の王(ジューク)を〝保守派の王〟となるよう育ててきた。統一王アストと血を同じくする王弟が始祖であるモンドリーア公爵家から嫁いだ妃が産んだ唯一の王子ジュークは、歴史浅い伯爵家の娘が母であるオースター王などより余程、保守派にとって正当な〝王〟だったのだ。正当な血筋の者を玉座に座らせ、正しき王の治世の下、保守派の愛する古き良き時代を取り戻す。そのために、彼らはジュークが生まれる前から緻密な策を練り、ジュークを〝正しき王〟へと育てるべく腐心してきたのである。

 彼らが育てた〝正しき王〟は、間違っても内務省に――保守派に敵対心など抱かないはずだった。むしろ、保守派の、己を育てた〝大人〟の行動に、疑問も、異論も抱くことなく、彼らこそが〝正しい〟と頭から信じるはずだった。

 それなのに――!!


「……とはいえ、だ。そなたらの言にも、理がないわけではない」


 無言で王を凝視する内務省の面々からただならぬものを察したのか、しばしの沈黙の後、ジューク王は先ほどまでの重く鋭い空気を霧散させた。軽くため息をつき、椅子に深く座り直す。


「我らの調査で証拠を過不足なく揃えたとはいえ、それらについてこの場で審議しなければ、公正とは言えないだろう。本来なら調停局の領分ではあるが、最近仕事が立て込んでいると聞く。今回の件は迅速な解決が欠かせないとなれば、評議会で証拠の精査と関与した者らへの処分について話し合って暫定的な結論を出しておけば、調停局の負担も減らせると思うが、どうか?」

「願ってもないことに存じます。我らの力不足を露呈するようで忸怩たる思いはありますが、このような大事を放置しておくことこそ、国難に他なりません。ここは恥を忍んで、評議会のお力をお借りしたく、お願い申し上げます」


 王の提案に間髪なく返答したのは、他ならない調停局局長であった。局長以下全員、この先数ヶ月の休日返上が決定したかのような事態に周囲からの憐れみを誘っていた調停局が、もしかしたら一ヶ月ほど頑張るだけでどうにか仕事が片付くかもしれないほど、貴族の懲罰に対して国王と宰相の裁可が降りているか否かは大きいのだ。それに加え、手続きに何かと時間のかかる証拠の精査まで評議会が担ってくれると言うのなら、拒否する理由はどこにもない。

 職分を侵された形になるはずの調停局が真っ先に賛成したからか、他の卓からも反対の声は上がらなかった。内務省にしてみても、本来なら調停局内で完結するはずの証拠精査や処罰決定に口出しできる機会なわけで、王の提案はまさしく渡りに船。現金なもので、先ほどまでの剣呑な空気を引っ込め、口では「まぁ、陛下がそう仰るのなら……」と渋々付き合うポーズを吹かしながら、分かりやすく前のめりになっている。

 参加者全員の賛同を得たと判断した王が宰相へ視線を向け、若き主の意を受けた彼が口を開く。


「では、これよりベルティア侯爵及び、彼の一派の罪状について、審議を開始する。――外宮室室長補佐、急ではあるが証拠品の提出を願いたい」

「承知いたしました、宰相閣下」


 頷いたキースが一礼し、無駄のない動きで評議会室を退出した。その間に、宰相は卓に座る面々へ、手元の資料を見るよう促す。


「――さて。先ほども申し上げた通り、ベルティア侯爵の罪状は、スタンザ帝国の〝開戦派〟と手を組み、我が国の内情をあちら側へ漏らした情報漏洩罪、法によって明確に禁止されている異国製の武器を秘密裏に輸入し、国内で売り捌いていた貿易法違反罪、及びそれらで培った人脈と武器を利用し、王家及び国への乱を起こさんと企んだ叛逆乱罪である。また、彼と行動を共にしていた者として、カロッグ伯爵、ニッケスタック子爵及び、ウェイク伯爵の名が明らかになっていることも、合わせて見て頂きたい」

「……カロッグ伯爵はともかく、ニッケスタック子爵とウェイク伯爵ですか。そちらの方々は、特にベルティア侯と親しくしていらした記憶はありませんが」

「そうだな。表向きは距離を取っていたどころか、何なら反目していたようにすら見せていた者たちだ。最初に報告が上がったときは、正直私も驚かされた。よくもまぁ、長きに渡って虚仮にしてくれたものよ」

「まったくですな」


 宰相と外務大臣のやり取りが響く中、室内には卓についた者たちが無言で資料の束を捲る、乾いた音が響く。それには、ベルティア侯爵一派がこれまで行ってきた悪行の数々が、実に分かりやすく纏められていた。


 スタンザ帝国の〝開戦派〟との内通に始まり、彼らを通してスタンザ製の武器密輸ルートの開拓。帝国の武器商人はもちろんのこと、彼らと繋がっている職人にまでも渡りをつけ、彼らから直接武器を買い付けるルートまで構築していた。

 購入した武器類は密かに自領へ持ち込み、自領軍の大幅な戦力増強を成し遂げた。それだけに飽き足らず、買い込んだ武器の一部を王都や他領へ運び入れ、貴族や裕福な民、日の当たらぬ職を生業としている者などへ売り捌く闇商店を開設。足がつかぬよう、一定の利益を上げるごとに河岸を変えるそのやり口は、貴族というより物馴れた裏商人のようである。

 ちなみに、春先にクレスター伯爵家本領内の大森林地帯、通称〝女神山脈の裾森〟にて発見された密入国者が所持していたスタンザ製の最新武器も、ベルティア侯爵が構築した密輸ルートの一つから流入したものであることが明らかになっている。よりにもよって愛娘の里帰り中に領地へ侵入した者たちが持ち込んだ危険物を、現クレスター伯爵デュアリスが徹底的に調査しないわけもないのだ。密入国者の手にどういった経緯でスタンザの最新武器が渡ったのか、丁寧にひたすら遡り、ベルティア侯爵が作った密輸ルートへ到達。もちろん、表向きはベルティア侯爵家と無関係を装われていたが、その頃には同じスタンザ武器がやはり王宮で娘に使われそうになった事件も発生していたため、一念発起したクレスター伯爵の手によって、密輸ルートはその詳細に至るまで、地理も残さず解析され尽くしていた。ベルティア侯爵が表向き雇っていた〝首謀者〟たる悪徳商人の素性から彼らの縁者、そこから見つけたベルティア侯爵との繋がり、二人の間で使われていた暗号など、本当に全て綺麗さっぱり白日の元へ晒す容赦のなさは、『裏社会の帝王』の二つ名に恥じないものと言えよう。


「こっ、このような……! よりにもよって〝悪〟の代名詞たるクレスター家が調査した結果が、何の証となるのだ!」

「控えよ、内務大臣。クレスター伯爵家に関する世俗の噂など、この評議会の場には関係のないこと。王国の舵取りを担う評議会にとって、重視すべきはあくまでも明確な事実とそれらを裏付ける確たる証拠であり、不明瞭な噂に惑わされる者にこの七角卓へ着く資格はない。わざわざ言われねば思い出せぬほど、ランドローズ侯は耄碌したか?」

「……っ、失礼した」


 宰相の鋭い釘刺しと〝ランドローズ侯〟の呼び名は、内務大臣を一瞬で黙らせる効力があった。評議会とはつまるところ、王宮の官僚トップが集う会合であり、特に軍と監察局は実力主義組織。場合によっては平民が頂点を担うこともある。実際、現在の監察局局長であるマーチス・ホーネットは平民の出だ。その類稀な能力と働きを認められて監察局の局長職を拝命し、功績を讃えられて〝ホーネット〟の姓を与えられたものの、本人の固辞により無爵。身分的には平民のまま、七角卓の一辺を担うことを許されている。

 評議会において、重んじられるべきはあくまでも職責。ランドローズ侯爵もマーチスも、身分によってではなく〝内務大臣〟と〝監察局局長〟であるからこそ、この場に参席することを認められているのだ。つまり、宰相が内務大臣を職名ではなく〝ランドローズ侯〟と身分名で呼んだのは、最上級の警告なのである。ただでさえベルティア侯爵の罪状によって内務省全体が管理監督不行き届きの責を負わされそうな中、長であるランドローズ侯爵が宰相直々に注意を受けた事実は重い。


 さすがの内務大臣も危機を察して即座に矛を下げた中、呆れ返った風情の財務大臣が資料の束を卓へ叩きつけた。


「呆れて物も言えぬとは、まさにこのような事態のためにある言葉ですな。国内の安寧のためにあるはずの内務省所属の、勤続歴も実績も申し分ないとされていたベルティア侯爵が、まさか実直な勤務態度の裏側で長年に渡ってこのような悪事に手を染めていたとは」

「全くです。主義主張が相容れないことも多い方ではありましたが、貴族としての矜持高く、お家の歴史を殊更大切にする方ですから、国を裏切るような悪行だけはなさらないと信じておりましたが」


 外務大臣の痛烈な皮肉に、内務大臣の表情が羞恥によってか赤黒く染まる。三省の大臣たちが貴族らしい心理戦を繰り広げる間に、こちらは己の仕事に直結している調停局局長が資料を精読しつつため息を吐いた。


「ベルティア侯爵だけでも問題ですが、カロッグ伯爵、ニッケスタック子爵、ウェイク伯爵の暗躍も見過ごすことはできないでしょう。カロッグ伯爵は王宮内の機密情報を危機感なくスタンザ帝国へ渡し、ニッケスタック子爵、ウェイク伯爵は己の立ち位置を利用し、王宮内での情報工作に加担していた。彼らもまた、内乱幇助、謀叛の共同正犯として裁かれるだけの悪行を重ねております」

「そうですなぁ。資料を拝読した限り、実際にスタンザ帝国と繋がっていたのはベルティア侯爵とカロッグ伯爵だけのようですが。彼らに賛同し、王国内を混乱に陥れたことを鑑みれば、彼らもまた国賊と言えましょう」

「こっ、国賊……!?」

「おや、内務の。私は何か、おかしなことを申し上げましたか?」


 飄々とした様子を崩さない監察局局長が、〝国賊〟の言葉に気色ばんだ内務省卓にも分かりやすいようにか、資料の該当頁を彼らへ向けて指し示す。


「こちらにあるでしょう。カロッグ伯爵はベルティア侯爵の情報内通を一部引き継ぎ、自身でも積極的に情報交換する相手を探し、独自の人脈を築いていた。まぁ、彼が我が国の内情を漏らした分、彼もスタンザ帝国の深い内実を仕入れられていたのなら互いに痛み分けと言えるでしょうが、実際のところ彼が情報の見返りに貰っていたのはスタンザの珍しい金品や装飾品、武器類といったものばかり。彼が〝仕入れた〟と悦に浸っていたスタンザ帝国の〝情報〟は、少しでも帝国民と付き合いがあれば雑談の場でも自然と知れるような、秘匿性など欠片もないものがほとんどだった。これでは、我が国のみが一方的に秘匿情報をスタンザ帝国へ抜かれ、諜報戦において圧倒的不利を強いられたも同然ではありませんか」

「し、しかし! カロッグ伯爵が、我が国の明らかな弱みをスタンザ帝国へ漏らしたと決まったわけでは……!」

「弱みになる、ならないは関係ありません。法によって秘匿が定められている情報を漏らした時点で、情報漏洩罪は確定します」

「だから、彼が秘匿情報を漏らした証拠はないと言っている!」

「資料によれば、カロッグ伯爵は先代国王の喪が開けたジューク陛下が、過去に類を見ない規模の後宮を開設したことと、その後宮で『紅薔薇の間』を与えられたディアナ・クレスター伯爵令嬢が横暴に振る舞っていることを内通によってスタンザ帝国へ流したそうです。彼女の悪辣な振る舞いによって、後宮のみならず、王宮全体の内政が混乱している、とも。――情報の真偽はさておき、スタンザ帝国の〝開戦派〟にそのような情報が渡れば、絶好の隙と思われることは間違いない。事実、スタンザ帝国の〝開戦派〟は彼が流した情報によって、『今こそエルグランド王国へ攻め入る好機』と皇帝へ直訴したそうですから。……ほぉ。どうやら、カロッグ伯爵直筆の暗号情報文も、現物の証拠として揃っているようですね」

「仮にそうだとして、それのどこが秘匿情報だと言うのか!」

「内務省高官の皆様方が、まさかお忘れではないでしょう? 後宮を含め、内宮における全ての事象は、当事者と妃殿下の許可がない限り、第三者への開示が制限されます。それは、内宮法規に明文化された、紛うことなき我が国の規定。カロッグ伯爵もまた内務省官であり、そのお立場上後宮の内実に触れる機会は多かったことでしょうが、法規に違反し、職務上知り得た情報をよりにもよって他国の、我が国へ害意を抱く者たちへ流すなど、国賊行為以外の何と表現すれば?」


 飄々と、淡々と、カロッグ伯爵の行為について評する監察局局長は、表情も声のトーンもまるで変わらないだけに、いっそ不気味だ。――これは王、宰相と、ごく少数の彼らの部下たちを除いて知らないことだが、監察局局長とクレスター伯爵は個人的にも極めて親しい間柄であり、伯爵の愛娘であるディアナのことを、彼は生まれたときから知っている。彼女がいずれクレスターの籍から抜ける予定である以上、監察局局長として接したことはないが、父の友人である〝マーチ小父さん〟としては彼女が幼い頃から定期的に顔を合わせてきた仲であり、程よい距離からその健やかな成長を見守ってきたのだ。

 今回、彼らの暗躍と悪巧みによって、ディアナは幾度も、心身に致命的な傷を負いかねない危機に直面してきた。彼女が深刻な状況に陥ることなく事態を乗り越えられたのは一重に周囲の支えがあってこそであり、極論を言えば運でしかない。幼少期より慈しんできた友人の娘を悪意で以て貶め、苦境に立たせようと謀った者たちに、マーチスは心底激怒していた。

 しかしながら、評議会は個人的な恨みつらみを発散させる場ではない。監察局局長として参席する以上、個人的な感情に振り回されるのは絶対のタブー。ゆえに彼は言動から極力感情的な振る舞いを削ぎ落とし、正しく職責を全うしようと努力している。その結果、追及には一切の容赦がないのに態度そのものは無表情無感動という不気味さを意図せず演出することになったわけだが、内務省以外は誰も困っていないので、総論としては〝問題なし〟に落ち着くわけだが。


「……!!」


 よりにもよって平民身分の、内心軽んじている相手からぐうの音も出ないほどやり込められた内務省の者たちの心中は、当然ながら穏やかとは言えない。大臣以下、揃って憤怒の激情を隠しもせず、たった一人で卓に座る監察局局長を射殺さんばかりに睨み付けている。

 このままでは内務省卓から聞くに耐えない罵声が飛び出してくる――と案じたのか否かは不明ながら、この場で最も中立を保っている王国軍元帥が、資料を捲りながら手を挙げた。


「カロッグ伯爵については、監察局局長が示してくださった頁に分かり易く纏められておりますが。ニッケスタック子爵とウェイク伯爵に関しては、スタンザ帝国との関わりが薄い分、国内での細かな裏工作が多岐に渡り、これはこれでなかなか審議がややこしくなりそうですな」

「確かに。――ニッケスタック子爵、ウェイク伯爵ともに、表向きはベルティア侯爵と深い繋がりはなかったはず。特にウェイク伯爵家は、先々代の頃からスタンザ帝国との交易に力を入れ、今も公正明瞭な取引を続けており、異国嫌悪の姿勢を隠さないベルティア侯爵とは、お世辞にも良好な関係ではなかったと記憶しています。スタンザの皇子殿下から情報提供があったにせよ、ベルティア侯爵とカロッグ伯爵の内通関係を洗うだけでは、この両者に辿り着けたとは思えませんが……陛下直属の調査官は、よほど有能でいらっしゃるのですね」


 元帥の感想をより立体的に言語化した副元帥は、さすが有能な補佐官である。部下を褒められたジューク王がほのかな笑みを浮かべる中、彼の〝有能な部下〟の代表格であるキースが、評議会室の扉越しに声を上げた。


「失礼いたします。今回の叛乱未遂事件に関する証拠品の搬入と、重要参考人であるルドルフ・クロケットの入室許可を願います」

「よろしいですか、陛下?」

「あぁ、問題ない」

「陛下の許可が降りた。キース・ハイゼット外宮室室長補佐は、速やかに証拠品と証人を室内へ入れよ」

「御意に」


 宰相の許諾を得て、評議会室の扉は音を立てることなく開く。

 扉の向こうには、キースと、証拠品の山を乗せたお馴染みのカートと、カートを押すカシオと、そして。


「国王陛下に、ご挨拶申し上げます。勅命により、クロケット家嫡男ルドルフ・クロケット、ただいま御前に参りました……!」


 エルグランド国旗を恭しく両の手で掲げ、最敬礼の姿勢で謁見の句を述べる、ルドルフ・クロケットの姿があった。


ものすごくどうでも良い裏設定ですが、マーチスさんはデュアリスさんの7つ年上で、先王のオースターさん含め、子どもの頃からの友人関係です。

モンドリーア宰相閣下ことヴォルツさんも実はデュアリスさんの7つ上で、オースターさん含めて子どもの頃からの付き合いですが、マーチスさんとヴォルツさんが知り合ったのは大人になってからで、しかも微妙に距離があります。

エルグランド王国は祖父母世代、親世代、ディアナたち子ども世代で全く異なる様相を見せており、親世代は特に相当なシリアスなのですが、そこまで風呂敷を広げると畳めるお話も畳めなくなるので、こちらはまた時間があるときに、番外編や裏話として、ちょくちょくお見せできればと思います。

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