↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢後宮物語  作者: 涼風
にねんめ
275/280

グレイシー家の顛末

遅くなりまして申し訳ありません!


 扉向こうに姿を見せた予想外の人物に対し、室内の反応は早かった。

 特に早かったのは、最近〝クレスター伯爵家〟を堂々と敵視し出している内務省だ。


「クレスター家の若造!? 貴様如きが、国の重要機関たる評議会に顔を出すとは何事か!」

「左様! スウォン団長は陛下のお呼びに従ったのだとして、何故貴様が共にいる!」

「身の程を弁えよ! すぐに退室せぬか!!」


 内務副大臣たちが次々にがなり立てる中、クレスター家の若造ことエドワードは、その場から微動だにしない。常の彼なら飄々とした態度と切れ味鋭い返しで内務省を煽り返すくらいの挨拶はしただろうけれど、滅多にないことながら、今の彼は想定外の事態を前にして、珍しく思考が停止していた。

 その様を、自分たちの迫力に気圧されて動けなくなったのだと勘違いした内務省の面々が、更に強くエドワードを罵ろうと立ち上がったところで、経緯を見守っていた監察局局長が手を挙げる。


「あー、申し訳ない。そっちのエドワード・クレスターは、私が求めた追加資料を持ってきた監察局の者です。たまたま扉の前でスウォン団長と合流したみたいですね」

「は? クレスター家が監察局の?」

「おや、ご存じありませんか? かの家は代々、監察局の資料室室長職を世襲しております。現室長は当主であるクレスター伯爵、ならば当然、嫡男であるエドワードも監察局に属する者に相違ありますまい」


 筋の通った監察局局長の説明に、内務省卓は不満の唸り声を上げつつも沈黙した。説明が澱みなかったことに加え、内務省は王宮における全ての官職の最終的な取り纏めを担っており、その代表たる副大臣たちが、世襲職である資料室室長について知らなかったというのは恥以外の何ものでもない。監察局局長は、わざとエドワードの立場を懇切丁寧に説明することで、言外に「内務省の看板背負って評議会に来てるくせに、そんなことも知らないで偉そうにがなり立ててたのか」と指摘し、彼らが黙らざるを得ないように仕向けたのである。

 ちなみに、局長の言った〝追加資料〟は咄嗟の言い訳でも何でもなく、エドワードを評議会へ潜入させるために予め決められていた筋書きだ。そのため、彼の腕には、そこそこ存在感のある紙束が抱えられていた。


「エドワード。資料をここへ」

「――はい、局長」


 監察局局長が外野を黙らせている間にどうにか思考を復活させたらしいエドワードが、〝上司〟に呼ばれて監察局の卓へと向かう。同時にスウォン団長も一礼して入室し、国王の背後へ控えた。

 エドワードが資料を渡し終えたのを確認し、国王ジュークが改めて口を開く。


「スウォン団長、及びエドワード・クレスターよ。先の話、理解はしているな?」

「扉の外で漏れ聞こえた内容を纏めますと、現グレイシー男爵は爵位剥奪、領地査収の上、強制労働刑。グレイシー男爵位は妹であるクリステル・グレイシー後宮近衛騎士団団長が継承し、彼女は爵位を有した状態で婚約者殿と婚姻。グレイシー男爵家の彼女以後の継承に関しては、彼女と彼女の婚家の意思に委ねる……ということで、相違ございませんか?」

「あぁ。これが最も彼女と、グレイシー男爵家のこれまでの献身に報いる方策と考えているのだが。どこか不足はないだろうか?」

「そう、ですね……」


 国王ジュークとスウォン団長の会話。冷静に考えれば、いくら同僚とはいえ、グレイシー団長の今後の人生に大きく関わる彼女の家の処遇について、国王が自身の近衛騎士団長に相談するのは変だし、エドワードを尋ね先に含めているのはもっと変だと気付く。事実、滅多にないエドワードの様子とジューク、アルフォードの雰囲気から何かを察した外務副大臣のストレシア侯爵は、合点がいったように何度か頷き、微笑ましいものを見る目をエドワードへ向けていた。他にも数名〝察した〟お歴々――元帥と副元帥が分かりやすい――の視線に後押しされた訳ではないだろうけれど、エドワードは深々と息を吐き、正面卓のジュークへ一礼した。


「畏れながら、陛下。発言をお許し頂けますでしょうか」

「許す。そも、私が其方に尋ねたのだ。何かあるなら言ってもらわねば困る」

「ならば……僭越であることは、承知の上で。二つほど、お願いしたきことがございます」


 ――ここまで来たら、開き直るしかない。

 エドワードがそう思ったかどうかは彼のみぞ知るところにせよ、腹を括った彼に迷いはない。澱みない言葉が紡がれていく。


「一つ目。現在、後宮近衛騎士を務める間のみ、彼女へ暫定的に与えられております〝騎士位〟を、どうぞ正式な、彼女自身が持つものとしてお与えください。グレイシー男爵家は代々騎士の家系、その家を継ぐのであれば、自身が正式に〝騎士〟として公的に認められる必要があると、彼女は常々申しております」

「是非もない。グレイシー団長は、後宮近衛の職にあるなし関わらず、騎士としての素養に過不足ない女性だ」

「へっ、陛下! 女性が騎士位を授かるなど、王国の歴史に前例ございませぬ!」

「それを言うには一年と数ヶ月遅いな。後宮に女性ばかりの近衛騎士団ができ、彼女たちが立派に騎士の役目を果たし続けて、もうそれだけの月日が流れたのだ。暫定という形ではあったが、彼女たちは任命を受ける際、それぞれ騎士位を授かっている」

「確かにそうですが、彼女たちの位はあくまでも、後宮近衛として務めている間だけの話であって……!」

「然り。前例のないことゆえ、最初はそうした方が彼女たちの負担も少ないであろうという話であったな。女性、特に未婚の若い女性は、どうしても婚姻すれば家のことが優先となる。正式な騎士位を授かれば、有事の際はたとえ職を退いていても従軍の義務が生ずるゆえ、却って当人らの重荷となりかねない、と。――で、あったな、モンドリーア?」

「左様にございます、陛下。そも、後宮近衛そのものが、長い王国の歴史を遡っても例のなかった初めての試み。いきなり正式な騎士位を授けるのは、集められた女性騎士たちにとっても〝重い〟ことでした。グレイシー団長の意見も聞き、後宮近衛に関しては、まず暫定的な騎士位を与え、運用しながら今後のことを考えようという結論に落ち着いたと記憶しております」

「で、あれば。本人が正式な騎士位を望み、騎士位にある者の義務を果たす覚悟を持ち合わせているのなら、位を与えることに何ら問題はないのではないか?」


 そもそも、エルグランド王国の法に、騎士の性別を定めた項目はない。侍女を女性限定職にしていないような国が、その他の職業に性別規定を設けているわけがないのである。

 にも拘らず、長い歴史の中で〝女性騎士〟という前例がなかったのは、その養成校である『王立騎士学院』が入学を男子限定としている部分が非常に大きい。戦乱の絶えなかった最初の百年を除き、平和になったエルグランド王国で騎士となるには、騎士学院へ入学し、規定のカリキュラムを修め、卒業試験に合格し、国に採用されるのが既定路線。〝入り口〟が女性を弾いている以上、前例の生まれようがなかった。

 ちなみに、全く同じ理由で、エルグランド王国の王宮には〝女性官吏〟も存在しない。貴族が政務を担う官吏となるには『王立学院』を卒業していることが必要最低条件(マスト)とされているのだが、こちらも入学は男子のみと定められている。貴族女性の教育は家庭で家庭教師、及び近しい親族によって行われるものとされており、共学という概念が存在しないのである。


 ――が、しかし。繰り返しになるが、エルグランド王国法に、職業の性別を定める項目は存在しない。騎士も、官吏も、女性が〝なってはいけない〟職ではないのだ。既定路線はあくまでも〝そうやってなる人が多い〟というだけの話であり、発想次第でいくらでも〝例外〟は生み出せる。

 前例にこだわる内務省の者たちへ、国王ジュークは滔々と語った。


「はるか昔、統一王アスト以前の時代では、出自に関係なく戦場にて剣一本で頭角を表し、その功績から騎士位を授けられ、王国騎士となった者も珍しくなかった。現在、王国騎士は王立騎士学院での学びを経てなるものとされているが、騎士学院の卒業資格が必須という訳でもなかったはずだ」

「必須では……確かに、ないですが」

「グレイシー団長の働きが騎士として、また後宮近衛を率いる者として不足ないことは、王国軍元帥と副元帥が揃って認めた。加えて、本人も正式な騎士位を求めている。となれば、アスト王以前の伝統に基づき、彼女の功績を讃えて騎士位を授けることに、何の問題がある?」


 グレイシー団長に何らかの瑕疵があれば話は別だが、彼女は幼い頃より、騎士の中の騎士と謳われた父によって、武術、知識、礼儀作法に至るまで、徹底的に〝騎士として〟の薫陶を受けてきた。それこそ、王立騎士学院で学ぶ以上の学びを、彼女は父より得ていたのだ。唯一、父が十分に教えられなかった実践的な剣術も、エドワードが師となり仕込んだとなれば、騎士としての彼女に隙などあろうはずもない。女性ばかりの後宮近衛騎士団を良く思っていない古参保守派の貴族たちですら、グレイシー団長が優れた騎士であることは、春の御前試合を通じて認めている。数多いる王国騎士を蹴散らし、上位八名に名を連ねた実力とその風格は、本物であると。

 反論の声が上がらなくなった室内をぐるりと見渡したジュークは、朗らかな表情を浮かべ、エドワードへ向き直った。


「グレイシー団長への騎士位の授与、確かに承った。して、二つ目は?」

「はい、陛下。二つ目は――婚姻後も、彼女に無理のない範囲で、近衛職を続けることをお認めください」

「ふむ。彼女の婚約者と婚家の理解さえ得られれば、問題ないと思うが?」

「な、何を仰るのです陛下! 後宮近衛騎士団は、貴族の未婚女性に限定して募集されたはず。彼女たちが婚姻後も職に就くことは、想定されておりません!」

「何度も言うようだが、後宮近衛自体が前例のない組織であったからな。護衛が主とはいえ、戦闘職であることを考慮し、まずは未婚女性に絞って人材を確保したのは確かだ。――が、同時に、婚姻後は職を解かれるという規定を定めた覚えもない」

「そ、それは……!」


 苦し紛れに軍卓へ視線を送った内務副大臣は、国王ジュークの言葉に深々と頷く元帥、副元帥の姿を目の当たりにして、それ以上の反論が出て来なくなったらしく、撃沈した。性別規定こそないものの、後宮近衛ができるまで十割男性で構成されていた騎士職の職務規定には、当然であるが解雇理由に〝婚姻〟は含まれていない。後宮近衛騎士団の規定は既存のものからのほぼ流用であり、解雇理由の項目も特に変更されていないため、婚姻を理由に彼女たちが職を失う法的根拠は存在しないのである。


「だ、だが! 伯爵家嫡子と婚姻し、いずれ伯爵夫人となるのであれば、近衛として後宮に常駐することは不可能であろう! その伯爵家は、領地管理の一切を領地守護職(エステイショナー)へ投げているような家なのかね!?」

「いいえ。むしろ、シーズンオフ中は領主一族自らが視察に回るほど、領地管理と運営に熱心と聞いております。仰る通り、シーズンオフ中は特に、王宮へ常時詰めるといった今のような形態の勤め方は難しくなりましょう」

「ならばやはり……!」

「ですが、ご心配には及びません。騎士団長の職務は主に、現場で働く騎士たちの統括と管理であるはず。後進を育てる意味も兼ね、彼女が不在時に現場を任せる副団長職を新たに設け、連絡手段さえしっかり構築しておけば、婚姻後も彼女が団長職を続けることは充分に可能かと」

「部下に丸投げとは、無責任ではないかね!?」

「決して丸投げにはなりませんよ。彼女が騎士団長職と伯爵夫人を無理なく兼務できるよう、婚家の方も考えるでしょうから」


 まだ公的に届を出し、世間に広めているわけではないため、エドワードはあくまでも〝グレイシー団長と婚約者である伯爵家嫡男の双方をよく知る第三者〟的立場の人間として話している。話してはいるが、よほど鈍い人間でなければ、グレイシー団長の処遇について王より意見を求められ、彼女の立場と気持ちに寄り添った進言ができるこの男こそが、婚約者その人であると分かりそうなものだ。事実、ストレシア侯爵は真っ先に気づいたし、彼女の上役たる外務大臣も得心した様子で、調停局の局長も何となくだが勘づいた雰囲気を見せている。元帥と副元帥に至っては、会議を放り出して婚約祝いを見立てに行きかねないほどニッコニコしながらエドワードを見つめているわけで。

 顔立ちが〝女を弄んであっさり捨てる〟系悪人面であるため勘違いされがちだが、エドワードは別段、恋愛強者というわけではない。むしろ、恋愛関連のあれこれは相当に不慣れで、今でもクリステルとの付き合いに母エリザベスや、場合によっては妹ディアナからも小言をもらうほど、はっきり言って下手くそである。

 人生の先輩方から生温い、一部冷やかし混じりの視線を浴びながら、婚約者について王へ直訴するこの状況は、恋愛ごとに不慣れな彼にとって苦行にも等しい。しかしながら、幸か不幸か、この状況下でもエドワードをクリステルの婚約者と気付けない〝彼ら〟のおかげで、エドワードは冷静を保てていた。


「もしも伯爵夫人の役目と騎士職が両立できない状況となれば、彼女は自らの意思で、そのどちらかを手放すはず。むしろ、〝それ〟ができない人間は騎士になれない。――違いますか、元帥殿?」

「相違ないな。そも、彼女はグレイシー男爵業務と騎士職を両立させていたお父上により、余すことなくその術を伝授されていたはず。伯爵夫人となっても騎士職を続けられる、数少ない女性だ」

「それは最早、後継者教育では……? 先代グレイシー男爵は、跡取りである嫡男がいたのに、娘にも教育を施したのですか?」

「今回の経緯から理解してもらえると思うが、現男爵はそも、騎士としても当主としても不安要素が大きい人物だった。先代は嫡男が家を潰すことを恐れ、妹君であったグレイシー団長に希望を託して、後継者教育を施していたのだ。彼女の成人を待って長男を廃嫡し、正式に娘を後継者として届け出る予定であったが、不幸にも娘御の成人を見届けられる前に儚くなられてな……」


 調停局局長の問いにしみじみ答えた元帥は、言外に先代グレイシー男爵と個人的な繋がりがあったことを含ませていた。亡者についてよく知る者の証言は、時に値千金の価値を発揮する。まさに今こそ、その〝時〟で。


「以上の根拠より、私はグレイシー団長を、婚姻によって婚家へ縛り付けるような扱いは愚の骨頂と考えます。どうか、評議会の重鎮方と陛下には、先例に拘らぬ柔軟な判断をお願いしたく、ここに申し上げた次第です」

「其方の考えはよく分かった。最終的にはグレイシー団長本人と婚約者も交えての決定となるが、其方の申し出と心情を軽く扱うことはないと、王の名においてここに誓おう」

「もったいないお言葉にございます。グレイシー団長も、彼女の婚約者も、陛下の深い慈悲のお心に、生涯変わらぬ感謝と忠誠を抱くことでしょう」


 グレイシー男爵の罪科について追及し、男爵家を潰し、あわよくば『紅薔薇派』の主要人物の一人であるグレイシー団長を排除できればと目論んだにも拘らず、蓋を開けてみれば何故か、彼女の権威と権力をより一層増す結論へ落ち着いた。何一つ反論らしい反論ができなかった内務省卓からは、声なき怨嗟が轟いている。


「――では。グレイシー男爵家についての処遇が決定したところで、話を元に戻すとしよう」


 そこへ、追い討ちのように。

 慈悲なき宰相閣下の声が、鳴り響く。






 ――なお、以後は完全な余談であるが。


 評議会後、しばらくして設けられた〝グレイシー団長と婚約者の意向聞き取り面談〟――要するにクリステルとエドワード、ジュークとアルフォードにキースを交えた、友人同士の気楽なお茶会にて。


「あれはなんだよ!? ギリギリ法の隙間潜り抜けてるけど、特に嫁いでからもクリスが男爵位を有するって決定は、詭弁九割の王権濫用じゃねーか!」


 その詭弁と王権濫用によって願いが叶えられた張本人であるエドワードが、まぁ予想された結果ではあるが、派手にキレ散らかしていた。

 当事者であるクリステルも、嬉しい以上に深刻な表情で、ジュークと対峙している。


「今からでも遅くない。ジューク、グレイシー男爵家に対する過度な厚遇を見直して。王が私情で臣下の処遇に手心を加えたなんて、そんな悪例を君の治世に残すわけにはいかない」

「クリスの言う通りだ。気持ちはありがたいが、どう考えてもやりすぎだろ」


 婿養子を迎えるなら話は別だが、他家へ嫁いだ貴族女性は、実家に関する継承権を喪失する。実家の両親や親族が個人的に所有している財産などはともかく、領地を治め民を導く〝貴族家〟の継承は、国家存続の基盤にも等しい。クリステルがグレイシー男爵家を継いだとして、婚姻によって継承権は喪失される以上、クレスター伯爵家へ嫁ぐ際に王家へ男爵位を返上するのが筋。王の一存でホイホイ適当な法解釈をしていては、国が根底から崩れかねないのだ。

 長きに渡ってエルグランド王家と歩みを共にしてきた『賢者』の末裔たるクレスター伯爵家の次代であるエドワードも、父からの薫陶を余すことなくその身に宿しているクリステルも、その事実をよく知っている。知っているからこそ、〝王家の友人〟であることに人一倍の誇りと責任を抱いているからこそ、彼らはジュークの厚意をありがたく思いつつ、決して受け取るわけにはいかないと頑なになっている。


 とはいえ、彼らの反応は予想されたこと。ジュークもアルフォードもキースも、詰められたとて動じることはない。

 ゆったりとお茶を飲み、ジュークはからりと笑った。


「まぁ、俺はどちらでも良かったのだがな。キースが、どうせならグレイシー男爵家を一度も潰さないまま、二人の子へ繋いだ方が分かり易くて良いのではと提案してくれたので、それに乗ったまで」

「女性の有爵者が婚姻の際に爵位を返上している事例が一つでもあったら、難しい案件でしたが。法に明記されていないということは、極論、どんな決断をしても良いわけですから」

「何の話だよ?」

「当初の案だと、グレイシー男爵の処遇とクリスに男爵位を継承させるまでは今の通りで、クレスター伯爵家に嫁ぐクリスが返上してくるグレイシー男爵位を、王家が一度預かる、って流れだったんだよ」


 目を丸くする未来のクレスター夫妻へ、アルフォードが面白そうに説明していく。


「一度、預かる?」

「前例のない新たな近衛騎士団を期待以上の騎士組織へと育て、自身も王国で十指に入る剣の腕を持つ優れた騎士が、相手の家に入る以上は継承権がないから、って理由で騎士の名家たる実家の爵位を返上してくるんだぞ? そのまま家を取り潰すなんざ、どんだけ王国に貢献しても国はその成果を評価しないし、本人の実力も加味しないって言ってるようなもんだ。『爵与制度』成立の経緯も合わせれば、どう考えても矛盾してるどころか、下手すりゃ古参貴族の冷遇だと反感を買いかねない悪手だろうが。ここに性別も、王の私情も差し入る余地はない」

「……まぁ、そうだな」

「だから、クリスが返上してきた爵位を王家で一度預かって、いずれエドとクリスの間に男爵位を継げる子どもが生まれたら、その子へグレイシー男爵位と旧グレイシー領、ついでにその周辺も合わせて返還する、って計画だったんだよ」

「与える領地の広さによっては、時期を見て陞爵するのもよろしいでしょう。元より、グレイシー男爵家は、男爵位に収まるには不釣り合いなお家でしたから」


 と、注釈を入れたところで、キースは少し微笑んだ。


「当初の案は、そんな感じだったのですが。調べるうち、女性の有爵者が他家へ嫁いだという事例が、そもそも見当たらないことに気づきましてね。爵位を継いだ女性はほぼ例外なく婿養子を貰って対外的には夫人を名乗りますから、見当たらなくて当然なのですが」

「数少ない例外も、未婚のまま養子をもらって継承するか、生涯を独身で過ごし、死を以って家を閉じたかのどちらかだ。有爵女性が他家へ嫁ぎ、それによって自身の家を終わらせたという事例は、建国以前まで遡ったが見つけられなかった」

「アルが言うならそうなんだろうが……」

「これはもしかして、と継承法を調べてみたところ、有爵女性が他家へ嫁ぐ場合の規定が、そもそも存在しないことに気付きました。爵位を継ぐということは家を継ぐことであり、家を継いだ女性がさらに他家へ嫁ぐという状況は、特に統一王アスト陛下の時代は考えられなかった。ゆえに明記されなかった、まさしく正しい意味で〝法の抜け穴〟です」

「いや、うん、だからって」

「明記されていない以上、有爵女性が他家へ嫁ぐ場合の爵位の処遇は、王の裁可にほぼ委ねられます。つまり、当初案の通り、王家で一度預かり、あなた方のお子へ継承しても、別段問題はない。ですがまぁ、どちらにせよあなた方のお子がグレイシー家を継ぐのなら、母君であるクリステル嬢が有爵のまま、親から子へ継承した方が傍目にも分かり易いであろうと、そう愚行した次第ですね」

「これが世間に浸透すれば、家を継がねばならないからと、他家の嫡男との婚姻を諦めている若い世代に、新たな風が吹くだろう。友人夫婦の希望をどうにかして叶えたいという私情第一なのは間違いないが、二人を悪き前例にするつもりもない」

「そもそも、男女で別々の家を持ちつつ結婚することの何が悪いのかっつー話でもあるしな」


 友人たちからの怒涛の説得――という名の解説。

 滅多にないことながら完全に聞き役となった未来のクレスター夫妻は、困惑八割でそれらを聞きつつ、主に夫の方が(どうもらしくないな)と勘を働かせる。


 キースが控えているからかもしれないが、この隙のない理論武装と、ここぞというところで情を滲ませてくる絶妙な説得の仕方は、どうも友人たちらしくない――と。


「……誰だ?」

「は?」


 一つ違和感に気づけば、〝発端〟を探し当てるのは、『賢者の慧眼』を持つ者にとって難しくない。

 基本メンタル脳筋ゆえに見過ごされやすいが、エドワードもまた、一を見て百を知る、『賢者(クレイ)』の本質を色濃く受け継ぐ継承者なのだから。


「お前たちに、〝当初案〟とやらを吹き込んだのは、どこのどいつだ? クリスが返上してくる爵位を一度預かって、俺たちの子が生まれたら所領と一緒に継がせるなんて前例にない離れ業、官職に浸かって長いキースも、生粋の貴族なアル、王族なジュークだって、考えつきようがないだろ。仮に爵位を預ったとして、旧グレイシー領とグレイシー男爵位をセットでそのまま俺たちの子へ継がせるなんて、王サイドの手心がなきゃできない手続きだ。自分たちの持つ権力を、不自然でない程度に濫用させるそんな策、基本真面目なお前らじゃ出てこねぇよ」

「……やっぱ気づくかぁ。発案者から、できれば自分の存在は出さないで欲しいって頼まれてるんだが」

「一応、エド相手に無駄な足掻きですよとは言いましたけどね」

「当人もおそらく、それは分かっているだろう。『公権力を利用した悪巧み』の部類に入る提案だということは、最初から理解した上での提案だったからな」

「クレスター家相手にそんな策立てて怒られないわけないって知ってるからこその、『俺の名前は出さない方向で説明よろしく!』だったもんな〜、明らかに」


 友人たちの言い様から〝発端〟の犯人が見えたエドワードは、青筋を浮かべて天井を見る。クリステルも察したようで、こちらは額に手を当て、深々とため息を吐いていた。


「――カイ。降りてこい」

〈……ハイハイ〉


 エドワードが言外に発した「今すぐ降りないと天井をぶち破る」の圧を正しく察したカイが、余計な言葉を返すことなく素直に降りてきた。エドワードの前で無表情を取り繕う様は、どこか悪戯がバレた幼子にも見える。


「いつから仕組んでた?」

「人聞き悪くない?」

「いいから答えろ」

「仕組んだというか、思いついたのはシーズン開始の夜会で、エドワードさんから貴族の爵位継承について聞いたとき。俺のはもっとざっくばらんで、グレイシー男爵家が今すぐなくなっても、グレイシー家の領地をクレスター伯爵家がもらって、将来的に二人の子を分家させるときにグレイシー男爵を名乗って旧グレイシー領を分け与えれば――それを王家が認めさえすれば、実質的に男爵家が継承されたことにならないかな? ってマジでその場の思いつきだったけど」

「あのとき、そんなことを考えていたのか」

「うん。けど、グレイシー男爵領をクレスター伯爵領に組み込むのも、分家させるときに消えたグレイシー男爵位を復活させて旧領を与えるのも、王権が噛まなきゃできないし。どうしてそうするかって聞かれたら、グレイシー男爵家を守りたいエドワードさんとクリスさんの気持ちを汲んだからとしか言えないわけで。私情で権力使うのが濫用ってやつなのも知ってたから、まぁクレスター家は素直に受けないよなとも思った」

「よく分かってるじゃないか」

「けど俺、あのオッサンが目障りで仕方なかったからさ。今すぐディーの世界から消えて欲しくて、アイツを排除しつつクリスさんのお家を繋ぐ策があるなら、クレスター家を出し抜いてでもこの策進める価値は充分にあるなと思って、父さんに相談したんだよね」


 ここで出てくる、裏社会の重鎮の存在。これでクレスター家が完全に出し抜かれた理由は分かった。

 苦虫を盛大に噛み潰した顔で、エドワードはカイを睨みつける。


「で、黒獅子殿から、そもそもグレイシー男爵家を取り潰させない知恵を得たわけか」

「父さん、生まれ故郷じゃ結構大きい家の偉い人だったみたいで、俺なんかよりよっぽど〝家〟ってものの重みを知ってるんだよね。グレイシー男爵家が、有史以来一度も変わることなく王家の忠臣であり続けたことと、アズール内乱、だっけ? 愚王によって国が乱された時代には、いち早く国家に安寧をもたらす〝新王〟の元へ馳せ参じた史実とかを紐解いてくれて。『これほどの騎士家が、しかも現役で近衛騎士団長を輩出している家が廃されるのは、国にとっても痛手だろう。クリス様が一度爵位をお継ぎになり、婚姻によって返上された爵位をその功績を以て国が預かるという形にすれば、次代へ繋ぎやすいのではないか』って助言くれた」

「そんなこんなを、ジュークとキースと俺が執務室で三人きりのときを見計らって、カイが話に来てくれた、ってわけだ」

「わけだ、じゃねぇよ。ったく……」


 ギロリと眼光鋭く義弟を睨み、エドワードは低い声で怒りを表現する。


「今回は仕方ない。評議会の場で大々的に裁可された上、ここまで理論武装されちゃ、受けない方がクリスの名誉に関わる。グレイシー男爵家を次代へ繋ぐというのは、俺たちの悲願でもあったしな。それが十全に叶えられる環境を整えてもらった以上、癪ではあるが過ぎた文句を言うのは筋違いだ。それくらいの良識はある」

「えっと、うん?」

「――だが。お前もディアナと縁づいて、クレスターと近しい者になるからには、今後、王権を私的利用するような策を立てるのは止めろ。今回はまだ、お前が策を立てた時点では単なる協力者に過ぎなかったという事実を鑑みて、かなりギリギリではあるが許容範囲に収められるが……ディアナの心を得たときから、お前もまた、クレスターの縁者だ。クレスターは、エルグランドとの友情を悪用し、その権力に縋って自身に利のある結果を得る〝身内〟を赦さない」


 エドワードの言葉は淡々としていて、声を荒げることも表情を崩すこともなかったが、だからこそ、そこに込められた威圧感はとんでもなかった。生まれたときから裏社会に属し、どんな修羅場も潜り抜けてきたはずのカイですら、思わず呑まれる圧倒的な〝凄み〟。彼こそが次代の〝クレスター〟であると否が応でも理解させられる風格は、まさしく有史以来、『森の民』を統治してきた〝王〟のものに他ならない。


「――承知しました、エドワード義兄(あに)上。ディアナの手を取ると決めた以上、彼女と彼女の世界の理(ことわり)に背く真似はしないことを、ここに誓います」


 自然と跪き、首を垂れて宣誓したカイに、エドワードは一度だけ、ゆっくりと頷いて。


「なら、良い。――その誓い、忘れるな」

「はい」


 その威圧感を、嘘のように霧散させる。


「まぁ、必要だから釘刺しはしたが。……俺個人として、嘘偽りない気持ちを述べるなら、正直助かった。グレイシー男爵家を繋ぐ目処が立つまでは、クリスをウチへ迎え入れることはできなかったからな」

「……そう言ってもらえるなら良かったよ。エドワードさんとクリスさんが正式に結ばれないままじゃ、ディーも気にして動けなくなりそうだし」


 いつもの雰囲気へと戻ったエドワードに苦笑し、カイもすらりと立ち上がる。エドワードを甘く見ていたわけではないし、ガチギレしたクレスター家が揃って怖いことも知っていたけれど、まさか〝義兄〟として、身内の立場から、身内ゆえの怒りを向けられるとは、あまり考えていなかったのだ。気に食わないと明言しつつ、ディアナが選んで手を取った相手のことは無条件で受け入れる彼らの懐の深さと、何者にもまつろわぬ稼業者である己を問答無用で跪かせる桁違いの〝格〟。それらを間近で浴びて、この地に住まう稼業者たちが、世代を超えてクレスター家に従する理由を肌感覚で納得する。


「……久々に見たな、エドのマジ怒りモード」

「アレ本当に、本能で〝ハイ〟しか言えなくなるんだよねぇ……」

「不勉強ながら、私は初めて拝見しました……」

「俺も、俺もアレの一割で良いから、威厳を出せるようにならねば……!!」


 周囲が四者四様の反応を見せる中、頭をスパッと切り替えたエドワードは、「じゃ、クリスの今後について、具体的な話を詰めるか」と、余韻もへったくれもない話題転換をし、友人たちを混乱させたのであった――。







   §   §   §



 クリステル・グレイシー・クレスター。


 エルグランド王国、ジューク王時代に実在した人物で、初代の後宮近衛騎士団団長であり、グレイシー男爵位を所持したまま他家へ嫁いだ、史上初の女性である。

 それまで男子のみの職とされていた騎士職において女性の門戸を開いた〝初代後宮近衛騎士〟の一人であり、その功績を讃えられ、正式な騎士位を授与され、実家であるグレイシー男爵家を継ぎ、女男爵となった。

 しかしながら、男爵位を継いだ時点で、彼女は既に婚家の嫡男であるエドワードと婚約していた。通常ならば婚約解消となるところ、その絶大な功績を評価され、彼女は男爵位を有したまま他家へと嫁ぐ、エルグランド王国史上初めての女性となる。

 彼女の功績は数多く、嫁いだ後も国王ジュークと正妃シェイラの信頼厚く、後宮近衛騎士団を前身とする王妃近衛騎士団団長を長く務め、騎士職に留まらず、これまで男性独自の職とされていたあらゆる職業へ女性の参加を促す象徴となった。ジューク王以後、彼女の影響もあり、エルグランド王国は徐々に女性の社会参画が広がっていく。

 また、家庭においては良き母であり、夫であるエドワードとの間に三男を儲けた。末っ子である三男は母の血を色濃く受け継いだ剣の才能の持ち主であり、本人が騎士の道を望んだこともあり、彼が妻を迎えたのを契機にクリステルはグレイシー男爵位を譲位。婚家と共同統治していた旧グレイシー領に加え、〝メルナオの森〟を中心とする旧シュラザード侯爵領の一部を王家より授けられ、彼女の三男は新グレイシー男爵として、騎士として、以後も血を繋いでいく。

 彼が娶った妻には領地経営の才があり、こと商売に関する勘働きには人並外れたものがあったと伝わっている。優れた領地経営の手腕を認められ、彼らの時代に旧シュラザード侯爵領の全てを王家より賜ったグレイシー男爵家は、子爵家、伯爵家へと陞爵。優れた騎士の家として、領民を第一に領地を富ませる優れた領主として、その名声は揺るぎないものとなっていく。


 彼らを支えた、旧シュラザード領の民の一人は。

〝正しき神の騎士〟が守り育んできた大地に、〝騎士の中の騎士〟と讃えられたグレイシー家の末裔と、彼らの誇りを護った〝奇跡の姫巫女〟の縁者より生まれ落ちた若君を領主として授けてくれた王家へいたく感謝し。

 領主一族とエルグランド王家へ、生涯変わることのない忠節を尽くしたという――。


エドワードとクリスのあれこれは、これにて一旦閉幕です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
〉領地査収の上 前話の「押収」も「査収」も、「(領地をいったん王家で)預かる」という意味にはならないと思うのですが? 〉確かに承った。 「了承」は謙譲語だから、国王たるジークが使うのは不適当かと。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。