評議会(またの名を第二幕)、開幕
2週間のお休み、ありがとうございました!
今週より、また気持ちも新たに頑張ります!
ディアナたち側室が『紅薔薇の間』にて〝謀叛〟の一部始終を見守り、カイが王宮の隠し通路内で捕らえた『千技』を『闇』の面々へ引き渡し、エドワードが久々の大立ち回りを終えた頃。
エルグランド王国王都、その中心に威風堂々と建つ王宮内部では――。
「国王陛下に申し上げます!! 王宮正門前で発生した武力衝突につきましては、陛下のご意向のもと派遣されましたルドルフ・クロケット率いる一団と、王都守備隊が一致団結し、見事、首謀者たるベルティア侯爵、カロッグ伯爵を捕縛いたしました!!」
「……そうか」
王宮の心臓部ともいえる『評議会室』にて、伝令役を任せた国王近衛騎士が運んできた知らせを、表面上は鷹揚に、内実深く安堵して聞く、ジュークの姿があった。
『謁見の間』や『晩餐室』と比べれば、幾分かこぢんまりした雰囲気を受ける『評議会室』。ほぼ正方形の室内には、中央がくり抜かれた形の、円卓ならぬ正七角卓が鎮座している。今、その正七角卓には、三省二局一軍の上官たちが集まり、それぞれの席へ着いていた。
エルグランド王国の行政機関は、内務省、外務省、財務省の三省と、調停局、監察局の二局、王国軍で構成されている。長い歴史の中で増えたり減ったり、現在も内務省をもう少し細分化すべきでないかという意見が尽きなかったりと議論は絶えないが、今のところはこの形式で落ち着いている状態だ。
各省局軍にはそれぞれ最高責任者が一名任命されており、またそれぞれに副官たちがいる。呼び名は省の場合『大臣』と『副大臣』、局は『局長』と『局長補佐』。軍の場合はやや特殊で、総取締役である『元帥』と『副元帥』は主に監査役であり、実務的トップはまた変わってくるのだが。
そして彼らこそ、評議会への出席を認められている者たちであり。つまるところ、エルグランド王国における〝評議会〟とは、宰相と行政機関の最高幹部たち、そして国王が集う、名実ともに国家の意思決定の頂点を担う会議を指す。とはいえ最低でも二週に一度、スタンザ帝国との関係であれこれ細かい調整が必要な今は週一で行われている会議なので、それほど仰々しくないことも確かだ。
今日の評議会にしても、〝謀叛〟の知らせを受けて急遽開かれたわけでは全くなく、前々からこの日この時間に予定が入っていたのだ。王宮正門前で貴族と見られる者たち同士による武力衝突発生、の報を受け、一時中断はしていたが。
「……どういう、ことですか?」
伝達役の国王近衛騎士が下がったのを合図に、調停局の局長が口火を切った。
「陛下は、この武力衝突が起きることを、予めご存知でいらっしゃったと?」
「お話を聞く限り、そのようですな」
楽しそう、かつ面白そうに相槌を打ったのは、監察局の局長だ。この中で唯一、副官を伴わず、単独で評議会へ挑んでいる。正七角卓はその一辺ずつに各省局軍の座席が設けられているので、監察局の一辺のみ風通しが良い状態だが、この局が単独参加なのは今に始まった話でもないため、どこからも疑問の声は上がらない。
そんな監察局局長は、国王も同席する場とは思えないほどラフなジャケットの裾を捌き、足を組んでジュークの方をチラリと流し見る。
「先ほどウチの部下が持ってきた情報によりますと、当初の報告にあった〝王都の中央道を北上している所属不明の武装集団〟を率いていたのがルドルフ・クロケットで、それらを正門前で向かい討つべく待機していたのがベルティア侯爵、カロッグ伯爵が連れてきた各々の領軍だったようですが。蓋を開けてみれば、所属不明の武装集団こそが陛下の意を受けた者たちであり、ベルティア、カロッグ両名は捕縛されるべき罪人であった、ということでしょうか?」
「うむ。貴殿たちには、事情も明かさぬまま付き合わせてしまい、悪かったな」
「とんでもない。陛下の思し召しならば、我ら臣下は従うのみですから」
言葉だけなら従順にも思える監察局局長が、実はかなりの切れ者かつ曲者であることを、ジュークは既に知っていた。そもそも、クレスター伯爵家が世襲によって代々受け継いでいる王宮の官職は『資料室室長』であり、その『資料室』は監察局に属する。要するに、監察局局長は形のみとはいえ、クレスター伯爵――デュアリスの〝上司〟に当たる存在なのだ。そんな怖い立場を引き受けている人間が、単なる純粋なイエスマンであるわけがない。
――実際。
「従いは、しますがね。できれば、我々にも分かるよう、事情をご説明願えますか?」
今回の作戦を一から十まで知っていながら、〝何も知らない、巻き込まれただけの窓際長官〟役を完璧にこなすその様は、どう足掻いても曲者以外ではあり得ないのである。
監察局局長のありがたい会話のボールを、ジュークは粛々と受け取った。
「無論、そのつもりだ。宰相もかまわぬな?」
「……そうですね。結果として、これから議題に出したかった内容も含まれます。一度に説明してしまった方が早いかもしれません」
ジュークの隣に座る宰相、ヴォルツ・モンドリーアが嘆息を押し殺し、背後に控えるキースへ「資料の配布を」と端的に指示を出す。キースが予め用意していた人数分の紙束を配布している間に、ジュークはジュークで、こちらも控えていたカシオへ「国王近衛騎士団の団長と、ルドルフ・クロケットをここへ」と命じた。頷いたカシオが静かに『評議会室』を抜け出たところで、資料が卓に座る全員へ行き渡る。
ジュークとヴォルツを除いた全員がひとまず資料へ目を落とす中、ゆっくりとヴォルツが立ち上がった。
「そもそもの発端は、二十年近く前まで遡る。当時、スタンザ帝国では、エルグランド王国への侵攻機運が高まりつつも、その糸口を掴むことができずにいた。そのため、ひとまず表向きは友好的に交易を行い、王国の内情を探って王家と反目する者を探り、その者たちと手を組んで開戦まで導こうとする一派が暗躍していたのだ」
突然始まる、海を挟んだお隣の話。いきなり何の話かと、卓についた面々が怪訝そうに眉を上げる中、語り手のヴォルツは飄々とした風情を崩さない。
「一方のエルグランド王国には、スタンザ帝国との開戦を望む理由など、あろうはずもない。必然、王家と反目していようがいまいが、スタンザ帝国の〝開戦派〟と手を組もうなどという輩も現れない……はずであったが。動機は後で本人たちから聞くしかないが、スタンザ帝国からの申し出に応じ、国の内情を漏らす――内通に手を染めた者たちがいた」
「な……っ! それは誠ですか、宰相閣下!」
「確かな話だ、調停局長官。そ奴らは二十年近い年月をかけ、スタンザ帝国へ王国の情報を流し。国王陛下が代替わりし、これまでにない規模の後宮が開設されるという〝常でない事態〟へ陥った今を好機とし、スタンザ帝国の〝開戦派〟へ『動くなら今』だと働きかけた」
「まさか……シーズン開始に合わせて来国された〝スタンザ帝国国使団〟は……」
「あぁ。我が国の内偵も兼ねていたであろうな」
ゾッとした様子で身震いしたのは、その〝スタンザ帝国国使団〟との折衝に昼夜問わず駆け回り、大変な苦労をした張本人――外務大臣である。その隣には、今回のあれこれで一足飛びに副大臣まで出世したストレシア侯爵、ライアの父親の姿もあった。
「俄かには信じがたい話ですが……あり得ぬとも言い切れませんな。実際、スタンザの国使団が差し出して来た内通者たちの例もあることですし」
相槌のようなストレシア侯爵の発言には、内務省の卓から盛大な舌打ちが返ってくる。エクシーガ皇子が「反省と誠意の証に」として教えてくれたエルグランド側の内通貴族たちが、よりにもよって保守派に名を連ねる者ばかりだったという一件は、保守派の巣窟でもある内務省にとって、触れられたくない話題のはず。そうと知りつつ敢えて口に出すのだから、ストレシア侯爵も、紳士然とした佇まいながら、これでなかなか火力が高い。
そんなこんなで喧嘩を売られた判定を出したのか、今度は内務省の卓から声が上がる。
「そうですとも。内通者の件なら、あれで解決したのではありませんか?」
「我も、あれで全てだと思いたかったのだがな。どうやらあの件で〝切られた〟のは、内通者の中でも下の方の者たちのようだ」
「……それほど、内通者は数が多いと?」
いかにも不愉快そうに眉を顰めたのは、財務大臣。保守派にこそ属すが彼と彼周りは非常に温厚で、過激な思想を声高に叫ぶ者たちとは距離を置いている。その雰囲気は、どちらかといえば戦略的中立派の者たちに近い。財務省は時の大臣によってそのカラーがはっきり分かれ、保守派に寄り切った者の場合、内務省ばかりに予算を下ろして他の省局を冷遇するという身贔屓を堂々とやらかすのだが、先代国王オースターが亡くなる直前に任命した現大臣は、良くも悪くも中立であった。
そんな中立思考の持ち主であっても、いや中立だからこそかもしれないが、国内貴族に内通者が蠢いているという状態は歓迎できるものではないらしい。常に冷静な印象の強い財務大臣ではあるが、ヴォルツへ問い掛ける視線には、はっきりと不快の色が乗っていた。
「先に捕らえた者たちを尋問する中で、新たに内通行為を働いていた者が明かされもしたが。何より、紅薔薇様がスタンザ帝国と深い誼を通じてくださったという利点は大きかった。スタンザ国使団を率いておられたエクシーガ皇子殿下とは、あれ以来実務者レベルで密に連絡を取り合っている。その皇子殿下だが、スタンザ帝国を戦火へ導かんと画策するは国を蝕む愚か者の所業として、エルグランド国使団の帰国を見届けてすぐ、徹底した調査に当たられた。そして親切にも、調査によって明らかになった新事実を――主にスタンザの〝開戦派〟と個人的に繋がっていたエルグランド貴族の名を、こちらへ知らせてくださったのだ」
「……なんと」
目を丸くし、感嘆と悲哀の混じった息を吐いたのは調停局長官。それも当然で、貴族が犯した罪を調べ、見合った罰を提示、王へ上奏する役目を担う調停局は、貴族の罪人が増えれば増えるほど忙しくなる。ただでさえ昨年から、前女官長絡みのアレソレ、年明けに起きた〝紅薔薇冤罪事件〟に纏わるエトセトラ、今シーズンになったらなったで、スタンザ帝国との内通騒ぎ、某侯爵の余罪塗れな二十年を遡って取り調べと、調停局は地味にフル稼働していたのだ。某侯爵の一件もまだまだ終わりが見えないところに、「新たな内通者が見つかりました!」などと言われては、泣きたくなっても仕方がない。
両隣の机に座る財務大臣と監察局長官がそっと同情の視線を送る中、なんとか泣かずに踏ん張った調停局長官は、己の職責を果たすべく、質問を口にする。
「話の流れとこちらの資料を拝見するに……ベルティア侯、カロッグ伯両名は、スタンザ帝国の〝開戦派〟と通じ、王国に戦乱を起こそうとしていた、という認識でよろしいのでしょうか?」
「その通りだ。ベルティア侯爵は主にスタンザの武器商人と通じ、あちらの最新武器を密輸するルートを開拓していただけでなく、王都のあちこちにそれらを売り捌く闇商店を設けていた。彼の〝顧客〟に関しても調べは進めているが、そのうちの一人が今季のシーズン幕開けに催された王宮夜会で騒ぎを起こしたグレイシー男爵出あることは、どうやら間違いない」
決して大勢が集まっているわけではない『評議会室』が、宰相の言葉に大きく揺れた。それぞれの卓で隣り合った者同士が囁き合うだけでも、それらが同時多発的に起これば結構な喧騒となる。
宰相がわざとらしく咳払いするのと、外務省長官が片手を挙げたのは、ほぼ同時だった。
「畏れながら、宰相閣下。かの男爵が件の夜会で貴族らしからぬ振る舞いをしたのは確かですが、何もこのような場で彼の所業をつまびらかにする必要はないかと」
「もちろん、彼がスタンザの密輸武器を違法に購入していたのなら、何らかの処罰は免れぬでしょうが……」
「つまびらかにする必要があるから言っているのだ。混乱を避けるため、今の今まで伏せてはいたが――彼は購入したスタンザ武器を、事もあろうに王宮夜会の場へと持ち込み、紅薔薇様に対して使用しようと画策した。紅薔薇様のご機転と、エクシーガ皇子のご助力によって公にはならなかったが、紛れもない罪科だ。本来、シーズン中の謹慎などという甘い処分で収まる話ではない」
宰相が言葉を発する毎に、外務省の卓から、無言のまま椅子に腰掛けている王の様子を伺う気遣わしげな視線が向けられる。スタンザ帝国との折衝絡みで後宮と関わることも多かった外務省は、現王が後宮の側室たちを妻として以上に臣下として頼みとし、彼女たちを支える女官や侍女、後宮近衛たちを重んじていること、中でも後宮近衛騎士団を率いるグレイシー団長への信頼は殊の外厚いことをよく知っていた。
話題となっているグレイシー男爵はグレイシー団長の実兄であり、その処遇は王宮内における彼女の立場へ直結する。下手をすれば、彼女自身に非は何一つなくとも、グレイシー団長は後宮近衛騎士団団長の職を失いかねない。
特に、我が子から常日頃より後宮近衛の働きぶりについて報告を受けているストレシア侯爵は、今の後宮でクリステル・グレイシー以上に後宮近衛を纏め上げられる人材はいないことを、実情として知っていた。……こういった場合、あまり褒められた話でないことは承知の上で、罪を犯した〝身内〟への処罰には、何らかの手心が加えられる事例が多いことも。
貴族の賞罰には門外漢な外務省の面々が王へ気を回す一方、ここぞとばかりに顔を輝かせたのは、やはりというべきかそれで良いのかと案ずるべきか、内務省の面々だ。彼らは、内務省の管轄であるはずの後宮が自分たちの制御から外れ、保守派の権勢を一切受け付けない堅牢な牙城と化したことを、前々より不満に感じている。故に、その牙城を守る〝砦〟の一人であるグレイシー団長を問答無用で追っ払える話題は大歓迎なのだろう。団長を追い詰めている話題、その大元について考えれば、呑気に喜んでいる場合では決してないのだが。
そもそも、スタンザ帝国と内通し、武器の密輸ルートを構築するなんていう国家転覆にも等しい大罪を犯したベルティア侯爵は、内務省の大臣室付き執政官の一人。役職付きでこそないものの、次期副大臣に最も近いと言われていた実力者なのである。そんな彼が大罪人ともなれば、昨年からのアレソレ――前女官長の汚職や〝紅薔薇冤罪事件〟で処罰された面々のことも合わさって、内務省全体の管理不行き届きを厳しく問われても仕方ない、どころか至極真っ当な状況なのだが、彼らからそんな危機感はチラとも伺えない。調停局長官が、自身の直属部下であった元長官補佐の失態を挽回すべく、身を粉にして働いている様とは対照的である。
内務大臣――ランドローズ侯爵が、ここぞとばかりに身を乗り出した。
「ほほぅ。まさか、グレイシー男爵が、あの夜会の場で、そのような暴挙に及ぼうとしていたとは。スタンザ武器といえば、小さなものでも大勢の人死にを出しかねない、危険極まりないモノであったはず。そのようなモノを王宮へ持ち込み、あまつさえ使おうとしていたとなれば、国王陛下に対する害意を疑って然るべきですな。仮に叛逆未遂ともなれば、男爵家の取り潰しと実行犯の死刑は免れぬのではと愚考する次第ですが……調停局長官殿のご意見は如何か?」
「……かの者の取り調べは、その秘匿性の高さゆえ、私自ら行っていたのですが。少なくともあの男に、王家への叛意などという高尚なものはございませんな。アレはあくまでも、妹を〝不当に高く取り立てた〟にも拘らず、その実家たるグレイシー男爵家には何一つ恩恵を与えない紅薔薇様に不満を抱き、本人曰く〝直談判〟するため動いただけです。懐にスタンザ武器を忍ばせ、畏れ多くも紅薔薇様をお相手に使おうとしたようですが、アレはあの武器が実際に使われたらどうなるかすら知らなかった。『恐ろしいスタンザ武器を目の当たりにすれば、頭の足りない女でも己の過ちに気がつき、言うことを聞くと思った。教育的指導のために持ち込んだだけで、実際に使う気はなかった』などと、大真面目に供述していましたよ」
「……どっちが頭足りてねぇんだ?」
「私も、立ち会った部下も、その言葉が何度喉元までせり上がり、音になりかけたことか。代弁頂き感謝致します、監察局長官殿」
「礼を言われるようなことじゃないですよ、調停局長官殿。……にしても、実の兄がそんな調子じゃ、グレイシー団長はさぞご苦労されたことでしょうな」
「団長ご自身は、至極常識的なご令嬢で、かつ剣の才能はかつてのグレイシー騎士を彷彿とさせる実力者でいらっしゃいますから。昨春の御前試合で団長が披露された剣技は、まさしくグレイシーの真髄そのものでございました。あれほどの方が、兄に阻まれ爵位を受け継ぐ機会すらなかったとは、世の中、ままならないものですね」
「……っ、グレイシー団長には、お気の毒なことですが。実の兄であり当主でもある男爵が、国王陛下を害しかねない罪を犯していたとなれば、責任ある官職に相応しいとは申せませんでしょう。叛意こそなかったとはいえ、彼が王宮に武器を、それも禁輸指定のスタンザ武器を持ち込んだ事実は変わらないのですから!」
どこか哀愁漂う調停局長官と監察局長官のやり取りを、上司の苦々しい顔色を伺ったらしい、内務省副大臣の一人が声を張り上げ遮った。その瞬間、外務省の卓から殺気にも似た物騒な気配が湧き上がるが、基本的に面の皮の厚い内務省の面々は視線すら向けず黙殺する。
内務省と、外務省。元より、保守派の巣窟である内務省と、その特性上、革新派も一定数在籍している外務省はそれほど仲が良かったわけではないが、王も同席する評議会の場でここまであからさまな無言の応酬が為されたことはない。この国の貴族は、王宮の中枢に近い者ほど権力闘争に明け暮れがちだが、同時にそれらで生じた互いへの悪感情を王の御前で出すべきではないという、一種の美意識のようなものを持っているのだ。だからこそジュークは、後宮が目に見えて荒れるまで、この国の派閥争いが根深く深刻なものだと認識できなかったわけだが。
――その、ジュークは。内務省と外務省が無音声下で繰り広げるやり取りをどう受け止めたのか、無言のまま、指先で目の前の宅をとん、とんと二度叩いた。王が動いたことに内務省の面々はまるで気付かなかったが、外務大臣はさすがの鋭敏さですぐに察し、姿勢を正して王へと向き直る。
他の参加者たちも次々と王へ視線を向けたのを見て、ようやく内務省の机も注目してきたことを確認してから、ジュークはゆっくりと口を開いた。
「グレイシー男爵の罪科は、確かに看過できぬものだ。参考までに聞きたいが、あの者へはどんな処罰が適当と、調停局長官は考える?」
「そう、ですな。彼個人の罪についてのみ、となりますと……」
「もちろん、それで構わない」
「……で、あれば。グレイシー男爵の爵位剥奪と、領地の押収。さらに、刑場へ収容し、強制肉体労働刑を数年から十数年科す、といったところになるでしょうか」
「前例に則れば、ということだな?」
「はい。スタンザ帝国製の禁輸武器を購入し、それを王宮へと持ち込んで、多くの死人を出しかねない危険な状態へ陥らせたことは確かですが、幸いにして死者が出ることはなく、未遂に終わりました。当人に凶行の自覚がなく、武器はあくまでも紅薔薇様への〝直談判〟の手段に過ぎなかったと供述しているところからしても、王国、及び王族への害意は薄い。行いによる実情、当人の動機を鑑みましても、死刑や終身刑を求刑できるほど、罪科は重くありません」
「実際のところ、あの男が自覚を持って犯した罪は、そう多くないということか」
「スタンザ製の武器が禁輸品であることを知らず、武器の類を密かに懐へ忍ばせて王宮を訪れるのは〝悪いこと〟だとうっすら察しつつ、実際に使わなければ問題ないと思い切れる程度には、考えの足りない御仁ですからね。爵位を剥奪され、罪人として肉体労働に強制従事し、刑期が開けても二度と貴族には戻れず、刑場帰りの平民として生きていかねばならない。彼のような人間にとっては、これだけでも十分過ぎるほどの刑と考えます」
「そなたの考えは、よく分かった。――つまるところ、グレイシー男爵の罪は、〝男爵家の即刻取り潰し〟に該当しないのだな?」
ジュークの声に、明確な〝強さ〟が宿った。その空気を読めない調停局長官ではなく、彼は即座に首肯する。
「左様です、陛下。彼はあくまでも、付き合いのある貴族から『我らに歯向かう生意気な輩を、即座に黙らせることができる便利な道具がある。売っている店を教えてやろう』と唆され、ベルティア侯爵配下の者が経営していた闇商店を訪れ、禁輸品と知らないまま、スタンザ武器を購入したに過ぎません。それを王宮へ持ち込み、使う素振りを見せたことで罪が重くなりはしていますが、それでも家を取り潰すほどとは申せませんでしょう」
「その場合、男爵家は誰が継ぐ?」
「継承法に則れば、クリステル・グレイシー男爵令嬢が唯一の継承者となります。彼女が婿を取り、男爵家を継ぐのが妥当かと」
「しかし、グレイシー団長には、今後も後宮近衛騎士団の団長として、その辣腕を奮ってもらいたい。――加えて、私は彼女より、内々で婚約が纏まっている相手がいると聞かされている」
「なんと」
調停局長官が本気で驚いている。グレイシー団長の実兄を取り調べていた関係上、内々でも妹に婚約者がいたのであれば、本人から妹の婚約について話が出そうなものだが、彼の反応はグレイシー男爵がそういった話を一切しなかったことを物語っていた。
それどころか。
「畏れながら、陛下。あの男は、自身をグレイシー男爵家唯一の後継と嘯き、『女だてらに剣を振り回す愚妹などに、男が寄り付くワケもない。婚姻できぬ女に家は継げぬ。〝忠国の英勇〟たるグレイシーの血脈を絶やしたくなければ、私を早く釈放しろ』と厚顔無恥にも喚いていたのですが……」
「ツッコミどころ多過ぎるだろ……。グレイシー団長は充分に魅力的な妙齢の女性だし、成人済みなら未婚女性でも爵位は継承できるし。罪云々以前に、グレイシー男爵は貴族家当主の器じゃねぇ」
「私の部下が堪え切れず、今の監察局長官殿と同じ道理を説きましたが……」
「言って分かる奴なら、そもそもこんなコトになってねぇわな」
「お察しの通りです」
諦念に溢れた会話を交わす長官二人を内心頷きつつ見守り、会話が途切れたところで、ジュークも乾いた笑みを二人へ向けた。
「長官たち以上に、グレイシー団長は兄の〝性質〟を理解している。婚約者と恋人になった頃から、彼と彼の家に迷惑をかけぬようにと、その存在を徹底して隠してきたらしい。幸い、婚約者とその家は彼女の事情を理解し、可能な限りで彼女を守ってくれているが、曲がりなりにも当主である兄に隠したまま婚約を公的なものにはできず、ずっと〝内々〟だったのだと話してくれた」
「……実に聡明なご令嬢ですな」
「婚約者殿が次男以降の男児であれば、今すぐにでもグレイシー男爵家を継いで頂くことが可能なのですが……」
ジュークのグレイシー団長に対する信頼が揺るぎないことを察した外務大臣が、ここぞとばかりに彼女を庇う。一方、内務大臣は話の雲行きが変わったことに、苛立ちを隠せない様子だ。……元々、内務大臣は古参侯爵家当主にしては、腹芸が得意な方ではないが。
「外務大臣は、グレイシー団長を実に高く買ってくれているのだな。その気持ちはありがたいが、彼女の婚約者はとある伯爵家の嫡男だ。かの家は既に、彼女を未来の伯爵夫人と定め、教育を始めている」
「しっ、しかし。そうなってしまっては――」
「そうだな。慣例に則れば、貴族女性は嫁いだ時点で、実家に対する継承権を喪う。グレイシー男爵家も、慣例通りなら、グレイシー団長が嫁ぐと同時に断絶を免れない……、が」
ここで不自然に言葉を切ったジュークは、一度、正七角形に座る一同を、正面席からぐるりと見渡して。
「それは、あくまでも〝継承位のある貴族女性が嫁いだ場合〟の慣例であって、既に単独で爵位を有している女性が他家へ嫁いだ場合に関して、継承法に記載はない。――そうだな、キース?」
「はい、陛下。エルグランド国法の一つ、〝貴族位継承法〟を確認した結果、有爵女性が他家に嫁いだ場合に関する明確な規定はございませんでした。法に定めなき事態が起きた際は、状況に応じて国王陛下が判断し、継承を定めること、とされております」
「――と、いうわけだ。グレイシー男爵の罪が、男爵家の取り潰しに相当しない以上、爵位はグレイシー団長が継ぐべきだろう。私としても、決して浅くはない歴史の中、一度も揺らぐことなく王家の忠臣であり続けたグレイシー男爵家を王国から抹消する事態は避けたい。ましてや、先代当主も、その薫陶を受けた令嬢であるグレイシー団長も、王家に忠実な騎士であるとなれば尚更にな。先ほど長官たちが話していた通り、グレイシー団長の騎士としての腕前も、その功績も、疑問を挟む余地もないほど明確なのだから」
「仰るとおりです、陛下」
「グレイシー団長以上に、後宮近衛を纏めるに相応しい実力者はおりません」
これまで無言で会議の成り行きを見守っていた軍卓から、元帥と副元帥揃っての全面同意が上がった。騎士の技量という話題において、軍のトップ二人からお墨付きを得た以上、いかな内務省でもグレイシー団長の後宮近衛騎士としての適正に疑問の声は上げられない。間髪入れない元帥の相槌は、それだけで文官全員を黙らせるだけの迫力があった。
「残る問題は、彼女が伯爵家嫡男へ嫁いだ際の、グレイシー男爵位に継いてだが……これも、そう難しく考える話ではない。元々、貴族女性が嫁いだ際に実家の継承権を喪失するのは、嫁いだ後で実家に有事があった場合、嫁ぎ先と実家の双方を抱え込む事態になりかねないという懸念があったゆえだ。グレイシー男爵家に関しては、爵位こそ残るが領地のほとんどは押収されるだろう。彼女が管理するものはそう多くなく、理解のある婚家の力も借りれば、嫁いだ後も彼女が男爵位を有し続けることは難しくない。――その後はあくまでも彼女と婚家の判断になるが、生まれた我が子へ継がせるもよし、伯爵家の関係者から見込みのある者を探し、養子として継がせるも良し。あの家なら方策には困るまい」
そこで言葉を切ったジュークは、真っ直ぐに正面扉を見据え。
「以上を王の裁可として正式な勅命書を作成するつもりだが……何か申し伝えるべき点があれば述べよ。国王近衛騎士団団長、アルフォード・スウォン、ならびに――クレスター伯爵嫡男、エドワード・クレスター」
ジュークの言葉を合図に開いた扉の向こうでは、実のところ相当に珍しい、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で立ち竦む、エドワードの姿があった――。
評議会のメンツは、一部を除き相当に濃い方々の集まりなので、収拾つけるのが大変になりそうな予感しかしませんね。
若者組より全然自己主張激しいのどういうことなのって思ったけど、案外人間ってそんなものかもしれません。。。(あらかじめ言い訳していくスタンス)




