第一幕の幕は降りる
【こっ、これは何だ? どうしてあの小僧が国旗なんか――っ】
【おいリッキー! 何がどうなってやがる!!】
【うるせぇ! お前こそ、伯爵から何か聞いてねぇのか!】
【俺が聞いてるわけねぇだろ! ……ぐぁっ!!】
【なっ、ボ、ボブ、貴様――ぁッ】
【制圧かんりょ~っと。おーいエド、ダン、こっちは片付いたぜ~】
【助かった。そいつらには聞くべきことが山ほどある。縛り上げて逃げないようにしといてくれ】
【ウィッス】
壁に掛かった一枚布の映像がブレにブレる中、どういうわけか音声だけは、比較的クリアに聞こえてくる。重要そうな会話ともなると特に、周囲の剣戟音が小さくなって〝声〟を拾い易くなる、謎の親切仕様だ。
――『紅薔薇の間』で映像鑑賞しているディアナ、シェイラ、『名付き』の三人は、早い段階で映像からの情報取得を諦め、今は専ら聞こえてくる音声を頼りに事態を把握していた。
「今倒されたのって……」
「たぶんだけど、〝叛乱軍〟に紛れ込んでいたベルティア侯爵らの手先、じゃないかしら? ルドルフ殿の監視と誘導のために、初期から何人かは潜ませていたらしいから」
「〝叛乱軍〟に潜入しつつ、ちゃっかり内通者の割り出しも済ませてた、ってわけね。さすがは『王国の影軍師』の継承者――とでも言っておきましょうか?」
「ですからライアさん、わたくしどもは別に、それほど大層な存在ではありませんよ? そもそも、我々を軍師呼びするなんて、本職の方々に失礼極まりないでしょう」
「そんなことないわ。お父様から聞いたことあるけれど、王国軍の中でも国防全体の任務に関わっている方々は、その辺りにクレスター家が裏から絡んでいることを薄ら察して、『軍としてはこういう方向性を考えているが、〝影軍師〟の意向はどうか』ってモンドリーア宰相閣下へお尋ねしているそうだもの」
「何がどうしてそうなったんですか……」
ヨランダから落とされた思わぬ爆弾に、ディアナは頭を抱えたくなった。何かの間違いだと否定したいが、ユーストル侯爵が真偽不明の噂話を娘へ吹聴するわけもないから、おそらく事実だろう。確かに今の王国軍は、騎士学院時代にクレスター伯爵家の悪評を良くも悪くもひっくり返すレベルで大暴れしたエドワードを知っている人が多く在籍しており、その影響かクレスター家を悪く見ない、どころか好意的に接してくれてはいるが。だからといって、〝影軍師〟を公式化するのはどうなのだろう。
この話題はどこからどう突いても藪蛇になるな、と察したディアナは、それ以上の言及を避け、視線を天井へと向けた。
「実際のところ、彼らは敵方の内通者で間違いないの?」
〈間違いありません。エドワード様から聞いていた、ルドルフ・クロケットの監視役と特徴も一致しますので〉
天井裏から返ってきた声は、クレスター家の『闇』の一人、フレッドのもの。ソラが受信符の操作に、カイが〝千技〟の対応に出て手薄になる天井裏警護を、彼率いる一団が担ってくれている。
エドワードと歳も近く、幼い頃から共に育ったフレッドは、リタほど近くはないものの、ディアナにとってもう一人の兄のような存在だ。今もサラッと答えてくれた彼に、ディアナはこの人も相変わらずだなと苦笑する。
「特徴って言うけれど、個人認識できるほど、布の映像は安定してないわよ?」
〈エドワード様視点ですので、お世辞にも落ち着いているとは申せませんが……要注意人物の動向は常に視界へ入れ、それなりに気にかけていらっしゃいますので、映像と音声で判別は可能ですよ〉
「あんなブレブレの画面で、よく特定の人物が視界に入ってるって分かりますね……?」
〈恐れ入ります。エドワード様ほどの腕はありませんが、私にも一応、戦闘の嗜みはございますので。『闇』として共に行動する機会も多い分、エドワード様の視界は理解し易いです〉
「私たちには何が何だか分からない映像でしかないけれど、見る人が見れば分かるのねぇ……」
レティシアとライアの相槌は、感心半分、呆れ半分だ。このフレッド、これで「私など、シリウス様やエドワード様と比べれば、平凡な一般人と変わりありません」が口癖なのだからとんでもない。戦闘中エドワードの視界を理解できる、極めて精度の高い分解析能力の持ち主は、客観的に見て一般人とは言えないだろう。
とはいえ、それを突っ込んだところで否定が返ってくるだけなのも明白なため、フレッドの自己認識については苦笑いに留め、ディアナは一枚布が教えてくれる現状についてのコメントに戻ることにした。
【っつっても、縛ったところで戦闘の邪魔でしかねぇよなぁ、コイツら】
【取り敢えず縛ろうぜ。俺、縄持ってきたから】
【そんなお前たちに朗報だ。こんなこともあろうかと、荷台を準備してきた俺を褒めろ!】
【やたらデケェ荷物引いてるなと思ったら、中は空かよ!】
【オゥ! 連中も怪しんできたけどよ、『弾とか食料とかいるだろ?』って誤魔化したら、中を見ようともしねぇ。今更だがコイツら、大将以外に興味なさすぎじゃねぇか?】
【そんだけ俺らのことバカにしてたってことじゃね?】
【それな】
……声が絶えず聞こえてくることからも明らかだが、内通者ズを捕らえた彼らとエドワードとの距離は、そう遠くない。何ならほぼほぼ最前線だ。にも拘らず、会話のテンションが(内容はともかく)どこぞのピクニックかとうっかり錯覚しそうになるほど長閑なのはどういうことか。
何となく微妙な空気になった空気を誤魔化すように、シェイラが一つ、咳払いした。
「えぇと……お話しされているこちらの方々は、〝叛乱軍〟に集まりはしましたが、こちらの作戦をご存知のお味方、という認識でよろしいのでしょうか?」
〈左様にございます。エドワード様のお話によりますと、〝叛乱軍〟に集った中で見込みがあり、こちらに協力してくれそうな方々には、監視の隙間を縫ってダン殿と共に事情を開示し、協力を願ったと。その結果、内通者の捕縛に協力してくださっている方々のご協力が得られる運びになったそうです〉
「あら、そうなのね。事情を深く知らなさそうな〝叛乱軍〟の人たちも、ちゃんとベルティア、カロッグ領軍を〝敵〟と認識して戦っているみたいだから、てっきり内通者以外の全員が事情を知っているのかと思ったわ」
〈〝叛乱軍〟に勧誘され、今も残っている〝兵士〟の中で、はっきりと〝標的〟を知らされている者はそう多くありません。明言されていたのはそれこそ、捕らえられた内通者連中とダン殿くらいでしょう。明言こそされていないけれど、例の〝チラシ〟の文言や〝叛乱軍〟の状況から〝嫌な予感〟を覚えていたのが数名、といったところで、その他大勢の傭兵たちはそもそも闘う相手を知らず、興味もなかったようです。――ある日突然見知らぬ戦場へ連れて行かれ、とにかく目の前の敵と闘えと命じられて闘う。そういった一般例に基づけば、そう妙な話でもありませんが〉
「そうは仰いますけれど、そもそもこの平和なエルグランド王国では、傭兵の出番自体がそんなに多くないでしょう?」
〈そうとばかりも申せません。軍を組織できるほどの余力がない領主の場合、有事にのみ兵を雇ってその場を凌ぐ対応が取られがちですから。大きな戦はなくとも、領民同士の小さな小競り合いが大きくなり、民が暴徒化する事例はままあります。そういった場を収めるにはやはり、ある程度の武力が必要になりますのでね〉
「なるほど……」
ヨランダ、シェイラの質問に澱みなく答えるフレッドは、さながらよく出来た教師のようだ。彼は『闇』としては珍しいことに、机上での事務処理能力がとても高い。だからか、こういった場面でも、しっかり理屈立てて物事を説明してくれる。
〈〝叛乱軍〟にスカウトされていた者の多くは、平時に闘技場で剣闘士として闘い、稼ぎを得ると同時に名を売り、有事となればその土地の領主に雇われ傭兵として出兵する、二足の草鞋を履いていたようです。傭兵慣れしていたからこそ、あのいかにもな〝チラシ〟で勧誘されても、注視していたのは待遇面のみで、闘う相手のことは気にも留めていなかった。必然、まさか自分たちが〝叛乱軍〟として国に弓引く寸前だったなど、想像だにしていなかった――らしいです、エドワード様曰く〉
「要するに、今闘っている〝叛乱軍〟の兵士のほとんどは、〝チラシ〟に書いてあった〝標的〟とは別の相手と闘っていることに気づいてない、ってこと?」
〈そうなりますね。傭兵たち全体へ向けて出した指示は、『旗を掲げたら目の前の相手へ銃を構え、突撃の合図で戦闘開始せよ』だけらしいので〉
「指示としては明確で分かり易いけども……」
「銃を構える先も『目の前の相手』としか言っていませんから、内通者たちが聞いても不自然な指示ではありませんしね……」
「分かり易い分、行動の統一化も図り易いから、一体感も出る。〝王国の裏切り者〟たるベルティアらに、全員で迷いなく銃口を突きつけた集団が、まさか少し前まで謀叛を目的に組織されていたなんて、誰が聞いても信じないわよ」
ライア、レティシア、ヨランダが口々に分析し。
三人の言に確信を得た表情で、シェイラがじろりとこちらを見てくる。
「――旗を合図に武器を構えるの、ディーの案でしょう?」
「とんでもない冤罪すぎる。〝叛乱軍〟周りのことは、私ずっとノータッチなのに」
「じゃあエドワード様ね?」
「まぁ、たぶん? 考えたとしたらお兄様かしら?」
〈残念ながらディアナ様、エドワード様で間違いございません〉
「ほらやっぱり。お手軽な一石で多鳥を狙う様が、いかにも〝クレスター〟って感じだもの」
「何だろう。内容的には褒められてるのに、このどことなく貶されてる感……」
「作戦自体は手放しに誉めていますけれど、こんな策をすらすら立てておきながら、頑なに〝影軍師〟の異名を否定する根性には物申したいですかね?」
「レティまでそんな……」
初代のポーラストが、半島統一以前にエルグランド軍の軍師であったことは間違いないけれど、それ以降、クレスターの人間が王国軍全体の動きを考案する立場に立ったことはない。故にクレスターを今でも〝軍師〟呼びするのは不当であると、明確な論理的思考に沿って主張しているだけなのに、どうやら仲間たちの意見は当事者たちと正反対のところにある、らしい。藪にはやはり、ばっちり蛇が潜んでいた。
こほんと一つ咳払いし、ディアナはスッと視線を一枚布へ滑らせる。
【えぇい、貴様ら! 役立たずの王国軍と、寄せ集めでしかないたかが傭兵連中に、何を遅れを取っている!】
【あそこだ! あそこの、クロケットの馬近くに控えている男を潰せ!! 前線を切り拓いている彼奴を潰せば、また情勢も変えられよう……!】
【あ、あの男を、ですか……!?】
【臆するな! 所詮は地方出の傭兵、大勢で囲めば制圧は容易である!!】
「うーん……ベルティア侯爵に比べれば、カロッグ伯爵の方がまだ戦況を把握しているみたいですけど。お兄様のあの闘いぶりを見てなお、一体多数で制圧できると考える辺り、そちらこそ所詮は温室育ちの〝お貴族サマ〟ですねぇ」
「あっ、あからさまに話を変えたわね?」
「まぁ、この件はまた男性方も交えて詰め直すことにして。――エドワード様視点のブレにブレた映像を見るだけでも、エドワード様の一振りで複数人が宙に舞っている様子が分かるのに、この闘い方をする人が〝一対多数に弱い〟なんて、何をどうすれば思えるのかしらとは思うわ」
〝叛乱軍〟について考察している間に、気づけばエドワードは前線を拓きに拓き、ルドルフを馬ごと、ベルティア侯爵とカロッグ伯爵近くまで導いていた。おかげで侯爵と伯爵の声もクリアに聞こえ、向こうからもさすがに、無双するエドワードが認識できるようになったらしい。ベルティア、カロッグ領軍は、最初こそ前進しようとする気配を見せていたが、左右は明らかに集団戦闘技量の異なる〝軍隊〟に圧され、どうにか張り合えそうな正面の傭兵集団も個々のスキルが高いせいかで苦戦を強いられ、いつの間にか防戦一方となっていた。そこへ満を持して、無双男であるエドワードが攻勢へ転じたのである。
【囲め!! あの男を囲むのだ!!】
【しっ、しかし伯爵……彼奴は囲んだところで、】
【彼奴は剣闘士崩れの傭兵だぞ! 大勢を一度に相手取った経験などないはずだ!】
【普通ならそうですが、アレは通常の剣闘士では……!】
【私の命令が聞けぬか!! とにかく囲んで、全員で一斉に制圧せよ!!】
【――ッ、承知!!】
【うわぁ……上が無能だと下が割を食う典型例だな、ありゃ】
【何というか、身につまされますね……ダンにひたすら申し訳ない……】
【俺のことは良い。それより、命令に忠実な職業兵士たちがゾロゾロやってきて、今にも囲まれそうな気配だが?】
【おー、ちょうど良いからまとめて潰すわ。こっちの守りは任せた】
【承知】
「……奥と手前の温度差が凄いわね」
「同じ言葉で会話が完結してるから、余計に落差が見えますねぇ……」
「戦闘を生業にしてる人なら、剣一振りで複数人を吹っ飛ばすような常識の範疇外お化けが、多数との戦闘に不慣れなんて思わないもの。囲んだところで無駄だし、むしろ餌食になりに行くだけ。それが分かるから必死に意見してるのに、〝命令〟の一言で切り捨てられちゃ、悲壮感漂う〝承知〟しか言えないのも道理よ」
〈ディアナ様。余計な注釈とは承知しておりますが、エドワード様の剣は一振りのように見えて、実際はきちんと吹っ飛ぶ人数分、振られていますよ〉
「そうなの? まぁでも、視認できないくらいの速度で複数人を吹っ飛ばせるだけの回数剣を振れる人が、常識の範疇外に住んでることは変わらないし」
〈その点につきまして、異論はありません〉
妹と配下が遠慮容赦なくエドワードをこき下ろすのを、婚約者たるクリスが苦笑いしながら見守っている。特に口出しする気配がない様子を見るに、彼女も同感なのだろう。
エドワードが生まれる時代と場所を間違えているのはもう今更なので、彼についての言及はこの辺りにして。
【そっ、そこの覆面!! ベルティア侯爵閣下、並びにカロッグ伯爵様のご命令により、貴様を捕縛する! 抵抗するならば、死をも免れぬと思え!!】
【へぇ? お前ら如きが俺を捕らえられるって? できるもんならやってみろよ、できるもんならな】
敢えて囲まれにいったからか、エドワードの視点が切り替わってからほぼ初めて止まり、一点に固定された。おそらくカロッグ伯爵の側近であろう、領軍の指揮官を担っていると思しき男を真正面から見つめ、煽っているようで、身内が聞けば実は相手を憐んでいると分かるトーンの言葉を返す。
――それも、当然。
「ほとんど『闇』の一員であり、何なら隠密任務が専門のお兄様にとっては、一対多数の戦闘こそが本分であり、最も得意とする分野なのに……本当、御愁傷様としか言いようがないわ」
布越しに呟いた声が、聞こえたわけはないだろうけれど。ディアナがそう言い終わったと同時に敵兵たちが足を踏み出し、同時にエドワードの視界が大きく乱れ、ほとんど何も見えなくなる。頼みの綱である音声も、絶えず響く剣戟音と敵の呻き声、倒れる音以外は認識できない。
そんな時間を、ゆっくり三十も数え終えた頃。エドワードを囲んでいた兵たちは一人残らず倒れ伏し、見通しの良くなった王宮前で、愕然としているベルティア侯爵とカロッグ伯爵が、守る者の居なくなった裸の大将状態で、ポツンと馬に跨り取り残されていた。領兵のほとんどは倒されるか捕縛され、残った者たちも勝ち目がないと自己判断したのか、次々降伏している。
戦のド素人が見ても、どちらが勝ったのか、戦況は明らかであった。
もう邪魔する者も居なくなった王宮前の通りを、ルドルフが真っ直ぐ、馬を操り進んでくる。あくまで〝配下〟を装うエドワードが跪いて待機の態勢を取る様を、【ご苦労だった、エド。この先へも同行してくれ】と促し、彼はいよいよ、ベルティア侯爵、カロッグ伯爵と対峙して。
【……ベルティア侯爵、カロッグ伯爵】
【ル、ルドルフよ。これはどうしたことか?】
【そうとも。何ゆえ、我らにこのような……】
連れてきた領兵が軒並み倒され、自分たちを守る最低限の兵たちすらも王国軍を前に降伏していく状態になってようやく、ベルティア侯爵とカロッグ伯爵は自分たちの不利を悟ったらしい。いかにもな正義面をして〝叛乱軍〟の前に立ち塞がった先ほどとは打って変わり、必死でルドルフへ親しげな笑みを浮かべて見せる。あまりに鮮やかな手のひら返しに、彼らの心の手首は複雑骨折を起こしていないかと、どうでも良い感想を抱いてしまった。
一方、馬上のルドルフはといえば、懐柔目的見え見えな彼らの仕草に、ほんの一瞬だけ、切ない色を宿した瞳を向けて。
【先ほど、あなた方に言われた言葉を、そっくりそのままお返し致しましょう。――あなた方から、馴れ馴れしく名を呼ばれる筋合いなど、私にはありません】
【な――っ、何を、申す! あれほど親身になり、其方の悩みを聞き、共に語らった仲ではないか!!】
【閣下の仰る通りだ!! 其方の望みが叶うようにと、陰日向に手を貸し、支え、ここまで導いてやったというのに……っ】
【……私の、望み?】
【言っていただろう! 大切な義姉を理不尽に奪った王宮が、陛下が憎いと! だからこそ、我々はこうして――……】
【……〝こうして〟、なんですか?】
馬上のルドルフが、幼なくとも麗しいその貌に、ぞっとするほど冷たい微笑みを浮かべて問い糺す。エドワードの視界を布越しに見ているだけのディアナには現場の空気感を察するのも限度があるけれど、それでもこの瞬間、正門前広場の心情温度がガクッと下がったことだけは読み取れた。それほど、彼の冷ややかな〝圧〟は迫力があったのだ。
ルドルフの〝圧〟を真正面から受けたベルティア侯爵とカロッグ伯爵は、完全に萎縮し。
それ以上に、この状況が自分たちのみならず、〝自陣営〟にとってどれほど最悪かをやっと理解したようで、〝何も言えない〟状態へと、追い込まれていた。
【お答えできないようなら、代弁しましょうか? ――姉を後宮に、陛下に奪われたと落ち込む、成人したばかりでまだまだ未熟な私を、言葉巧みに唆し。さも、私が自分で決断したかのように、王宮襲撃と陛下暗殺の計画を授け。いかにも本格的に見えるよう、スタンザ帝国武器商人との間に構築していた密売ルートを引き渡し、また、内通者から得た機密情報を与えた。もちろん、本当に襲撃を成功させる気などさらさらなく、全ては私……クロケット男爵家の嫡男であるルドルフ・クロケットを、叛逆行為に走った逆賊へ仕立て上げるため。私を罪人とし、罪人を生み出したクロケット男爵家を失墜させ、革新派の勢いを削ぐ。それこそが、あなた方の狙いだった】
【そ、そんな、戯言……】
【戯言、ではないでしょう。こうしてあなた方が正門前広場で待ち構えていることこそ、私の言が戯言ではない、確かな証のはずだ】
淡々と自分たちを追い詰めてくるルドルフに、プライドの高いベルティア侯爵は耐えられなかったのだろう。腰につけた剣を抜き、震えながらルドルフへと向けた。
【だっ、黙れ!! 仮にそうだとしたら、貴様も同罪であろう!! 唆されたとはいえ、実際に武器と兵を集め、こうして王宮まで進軍したのだから!!】
【そう仰るということは、認めるのですね? 私に謀叛を起こさせようと、仕組んだことを。まぁ認めずとも、行き着く先は同じでしょうけれど】
【同じだと? 軍を組織し、王国に弓引いた貴様と我々が、同じ扱いなわけ――】
【残念ながら、私は最初から、あなた方と〝同じ場所〟には立っていません。……この〝旗〟をみてなお、気付きませんか?】
ルドルフはそう言うと、自身の背に差し支えていた王国旗を、するりと引き抜く。
そして、その旗を、王国の正門前で高々と掲げた。
【最初から……あなた方と顔を合わせるよりも、ずっと前から。私はエルグランド王家に忠節を誓った身であり、我が主はただお一人、ジューク陛下のみ。私は陛下の勅命を受け、王国に巣食う〝真の裏切り者〟を炙り出すべく、動いていたに過ぎません。私の忠節心を知らず、単なる若造と侮って悪き道へと引き摺り込まんとする者たちを探り、懐へと潜り込み、その手口と証拠を暴く。――それこそが私の、真なる役目】
【ばっ、馬鹿な!?】
ベルティア侯爵の剣先が、素人でも分かるほどガクガクと震え出す。カロッグ伯爵はもはや茫然自失の様相で、ただ虚な目で、ルドルフの掲げる王国旗を見上げていた。
そんな二人へ、ルドルフは。
【私と、私の集めた兵たちこそが陛下の意を得た存在である証として、この王国旗は授けられたのです。あなた方の手口も、王国に弓引いてきた証の数々も……そして、あなた方の背後にいる〝さる方〟も、もはや全てが明らかになりました。これ以上の抵抗は、無意味かつ、不可能】
決して視線を逸らすことなく、声を震えさせることもなく堂々と、最後通牒を、告げる。
【あなた方に、エルグランド王国を支えてきた貴族としての矜持が、ほんの少しでも残っているのなら。――……抵抗せず、王国軍の縄を受け入れてください】
ルドルフの言葉が合図となり、少し離れて包囲していた王国軍が近づいてきて武器を構え、馬から降りるように二人を促す。
魂が抜けたようなカロッグ伯爵は、軍の通告に従ってノロノロと馬から降り、そのまま捕縛された。
ベルティア侯爵も、ルドルフに突きつけていた剣を下ろし、ついに抵抗を諦めたかのように見せた、が。
【……く、ククク、クハハハハハ!! よりにもよって、エルグランド貴族の誇りを、貴様のような恥知らずに説かれるとは!!】
【なっ! 侯爵、何を――!!】
急に手綱を引いたベルティア侯爵は、驚いて直立した馬の上で、高々と剣を掲げる。……とてつもなく今更だが、ベルティア侯爵は若かりし頃、騎士学院に所属し本格的に騎士を目指していたほどの武闘派だったとか。特に馬上演舞と狩猟の成績が良く、今でも領地では馬術の訓練を欠かしていないという話も報告書に載っていた。
高さが増せば、その分、獲物の攻撃範囲も広くなる。侯爵は、掲げた剣の切先を、真っ直ぐルドルフへと向けた。
【ルドルフ・クロケット!! 差し違えてでも、貴様だけは――っ】
【――悪いな】
キィンッ。
侯爵の兇剣からルドルフを庇う、あまりに軽やかな剣戟音。
ともすれば涼やかにすら聞こえる〝それ〟は、全てを賭けた侯爵の一撃を跳ね飛ばし、巧みに侯爵の態勢を崩すことで、落馬を促した。
重心を変えられ、受け身の取れない姿勢で落ちていくベルティア侯爵。そのまま落馬してしまえば命にも関わるところを、王国軍の中から飛び出してきた大柄な兵士が、地面に落ちる寸前で受け止めて。
【っぶねー……。――縄を】
【――!? はっ!!】
どうやら〝最前線〟を固めていたのは、王国軍――王都守備隊の中でも、そこそこの地位にいた者たちらしく。飛び出してきた〝兵士〟の素性を一瞬で察した彼らは、恐るべき速さでベルティア侯爵へ縄をかけていった。
その様子を眺めていた、一枚布の映像を揺らした張本人の様子は、映りこそしないがあっけらかんとしたもので。
【最後まで往生際の悪い奴だったなー。ま、じゃなきゃこんなこと考えねぇか。――ルドルフ、怪我は?】
【あ、ありません】
【なら良し。とはいえ、まだまだ油断は禁物だぞ。ここからが本番だからな】
【はいっ】
大仕事の後とは思えない軽さで――実際、この程度の戦闘など、兄にとっては日常茶飯事なのだろうけれど――、呑気にルドルフへ声を掛けていた。
完全に捕縛されたベルティア侯爵を王都守備隊へ引き渡した〝兵士〟――アルフォードも、そんな二人へ穏やかに笑う。
【そうだぞ、本番はここからだ。まずは、〝叛乱軍〟の中にいた内通者連中を引き渡してくれ。色々と聞かなきゃならない】
【はい。その件につきましては、ボブたちが……】
【お〜い旦那ぁ、そろそろ良いかー?】
【おっ、ナイスタイミング! アイツ、空気は読めるんだよなぁ】
晴れやかな声で話しながら、エドワードが覆面を取った。兄の顔が顕になり、アルフォードと並び立ったことで、今にも連行されそうだったベルティア侯爵が、〝総て〟を察した顔になる。
【エドワード・クレスター、アルフォード・スウォン……!? お前たちがいるということは、ま、まさか――!!】
【……やぁっと気付いたか。あぁ、そうだ】
ちらりと、ベルティア侯爵へ視線を向け。
【お前たちは、踊らされていたんだよ。――『紅薔薇』が描いた、筋書き通りにな】
彼らにとっての〝絶望〟を、エドワードは突きつけた。
……なお、これは完全な余談であるが。
エドワード視点で見ていたディアナたちは当然ながら知りようもない事実として、ベルティア侯爵を絶望のどん底へと叩き落としたエドワードは、可愛い妹の策略がドンピシャでハマったことで、このときかなり上機嫌だった。かつ、生来の気質として戦士向きである彼は、久々に思う存分体を動かせて、気分が高揚してもいた。
高揚した気分のまま上機嫌で発した言葉に、表情が伴わないはずもなく。エドワードは、普段なら貴族社会で滅多に見せることのない、彼らしい豪胆な満面の笑顔で、件の絶望の言葉を紡いだのである。
笑顔で相手を絶望へ誘うなんて、誰がやろうが怖さマシマシのシチュエーションなのに。
それを『クレスター伯爵家』の次代がやらかしたとなれば、人々へ与える恐怖は尋常でないわけで。
――クレスターの娘が正妃になろうとするのを阻む貴様らなど、排除されて当然だろう……?――
そんな幻聴を、言ってもいない副音声を周囲が聞き取ってしまったとしても、うん、これは責められない。
エドワードが意図せず『悪の帝王』ムーブをやらかしたことで、「悪女ディアナは、自身の正妃への道を阻む貴族たちを、謀略により滅ぼした」という説が、より信憑性を増して後世で語られることになるのだが。
数百年先の未来を今のディアナたちが予測できるわけもなければ知る必要もなく、今はただ、正門前の戦いが完璧な形で幕を閉じられたことを、喜ぶばかりなのであった。
なが、かった!!
お付き合い頂き、ありがとうございました!
『にねんめ』も残り僅か、最後までよろしくお願いします!




