軍師と騎士は斯く語りき
先週は急遽お休み頂いてすみませんでした……!!
お待たせした分、楽しんで頂けますように!
「……とまぁ、ルドルフを寝返らせた経緯は、概ねこんな感じだな」
「寝返りというか、普通に洗脳を解いただけな気がしなくもないが」
月が変わって、星月、一の週。
ルドルフが設定した〝王宮襲撃決行日〟まで残すところ十日余りとなったその日、エドワードは後宮内の隠し通路にて、アルフォードと落ち合っていた。
「なんつーか、随時報告は得てたけど、実際に聞くとまた雰囲気違う感じするなぁ」
「若さゆえの未熟と視野の狭さに付け込まれただけで、ルドルフ本人はそこまで悪い奴でも、話が通じない奴でもなかったからな。ナーシャ嬢との関係だって、彼女の気持ちが確信できていたからこそ強引に進めたわけで、片想いだったら話はまた変わってたと思うぞ」
「両想いだからって強引に進めて良いわけでもないから、その点が擁護できないことに変わりはない。ディアナ嬢ならそう言いそうだが?」
「まぁな。世の中、意中の相手と相思相愛だと思い込んでたら、実のところ相手はそこまで好きでもなかったどころか知人程度にしか認識してなかった、いやむしろグイグイ来られることに不快感まで覚えてた、なんて話はザラにあるし。言葉による確認と同意は端折るべきじゃないのは大前提として、あの頃のルドルフにそれを言うのは酷だろ」
「ナーシャ嬢も同様に、か。お互いに想い合っているのに、互いの抱える事情が、素直に手を取り合う道を選ばせなかった……ままならねぇもんだ」
深いため息を吐いたアルフォードに苦笑する。彼もまた、過去に唯一深く愛した女性を忘れられず、今も想い続けている男だ。恋愛のままならなさを知っているからこそ、若い世代の不器用で遠回りな恋路に感じ入るものがあるのだろう。
とはいえ、今日の彼はルドルフの恋についてエドワードと語らうため、わざわざ王国の秘所の一つである後宮内隠し通路まで足を運んだわけではない。緩く頭を振って感傷を振り払った彼は、そのまま表情を〝国王近衛騎士団団長〟のものへと切り替える。
「それで、ルドルフの内偵調査状況はどんな感じだ?」
「予想を遥かに超えて順調だよ。類は友を呼ぶっつーか、あのアベルとクロードが気に入ってつるんでる奴だから無能ってことはないと踏んでたが、期待以上だった」
観察力に長けたアベル、事務処理能力特化のクロードと遜色ないルドルフの強み――それはズバリ、コミュニケーション能力だ。生来のものか、持って生まれた容姿に苦慮した先で彼が辿り着いた〝答え〟なのかはさておき、ルドルフは〝面と向かって話した相手に好感を抱かせる〟ことにおいて、一日の長があった。少々の無茶な〝お願い〟でも、ルドルフに面と向かってされると断りづらい。そう思わせるのが、非常に上手かったのである。
加えて、多少の違和感を煙に巻く演技力と、相手の懐へ思い切って飛び込む度胸の持ち主でもある彼は、まさに対人相手の内偵向きの人材であった。ルドルフがナーシャの説得に応じ寝返ってくれさえすれば、これまでの彼が得ていた情報を手柄として膨らませ、最低でも下賜制度はどうにか実現できるはず、と考えていた身としては、嬉しい誤算だ。
その気持ちが顔に出たのだろう。アルフォードが軽く笑う。
「人材登用の魔術師一族のお眼鏡に適ったってことは、ルドルフの将来も明るそうだな」
「これ以上、クレスターにまつわる余計な二つ名を増やすな。魔術師も何も、俺たちは適材適所で人を置いてるだけだ」
「その〝適材適所〟が十割確実だから、魔術師なんだろ。言っとくが、普通の人間は、ちょっと話しただけの相手の得意不得意を即座に見抜いて、適所に配置なんてできないからな?」
「そうかぁ? 人柄とかなら話は別だが、どんな仕事に適性があるかくらいは、それこそ面接してるだけである程度は掴めそうなもんだけど」
「その理屈でいくなら、コミュニケーション能力に優れたルドルフは、接客業とか営業向きっつーことになるんじゃないのか?」
「そうとも限らねぇだろ。職人の世界だって、対人能力は必須だ。特にアイツの得意分野は、服飾の中でも他との調整が欠かせない〝装飾〟って聞いてる。自分の考えた装飾が最大限に映える衣装を製作するためには、あらゆる工程の職人たちと話し合っていかなきゃならない。ルドルフの持つコミュニケーション能力は、職人としても充分な武器になるよ」
「なるほど、そう考えるわけか」
特に秀でた能力があるからといって、その能力がメインで活躍する職種に就かなければならない決まりなどないし、その能力をフルで活かすことがイコール本人にとっての最良とも限らない。本人の特性、能力、性格、仕事に対する意欲、希望する職種などを総合的に鑑みた上での配置でなければ、〝適材適所〟とは言えないのだ。その理屈に則れば、現在のルドルフが就いている〝寝返り内偵調査業務〟は、おそらく彼の天職の一つではあるだろうけれど、ナーシャとの婚約を確定させるためという就業動機があるからこそ最大限の能力が発揮されている、あくまで期間限定な天職と考えられる。
何しろ。
「今やってる任務にしたって、短期間で必要な情報揃えねぇとだからアイツのコミュ力ゴリ押し戦法が有用だけど、これが長期間に渡る潜入情報調査なら、また話は変わってくるからな。潜入任務で一番必要な能力は、周囲に埋没して必要以上に目立たない、いわば〝没個性力〟だ。コミュ力も必要だけど、それで悪目立っちゃ意味がない。ルドルフはコミュニケーション能力を発揮すればするほど存在感を増してくタイプだから、今回に限ってはめちゃくちゃ有能だけど、アイツが有能でいられる調査任務の方がレアだぞ」
「確かに、あの見た目で目立つなっつー方が無理あるわな」
「そんなことねぇよ。そんなこと言ったら、同じくらい美形のカイは民衆に紛れて暮らせねぇことになるし。自分で言うのもアレだが、俺だって目立つ容姿だ。存在感をどの程度周囲に溶け込ませられるか、こればっかりは本人の特性の問題で、子どもの頃から訓練受けてもコントロールするには限度がある。ましてやルドルフは素人だからな」
「けど、今回ばっかりは、ルドルフが存在感バリバリの素人だったから、上手くコトが運んでるんだろ?」
「その点に関して、異論はない」
敵に接触しての情報収集において重要となるのは、〝いかにして怪しまれず、有用な情報を引き出せるか〟という点にある。没個性に徹しようがバカ目立ちしようが、要は怪しまれなければ〝勝ち〟だ。
その点、ルドルフは非常に優れた〝内偵者〟であった。
「欲しい情報をガチガチに決めても、却って臨機応変な動きがし辛くなる危険があったから、どんな情報が欲しいかだけ抽象的に伝えて、具体的な諸々はルドルフにぶん投げたんだけどな。それが良かったのか、アイツ、マリッジブルーならぬ〝犯罪実行前ブルー〟を装って、敵一味に接触したんだよ」
最近は、放っておいても計画倒れすることはなさそうだと安心したのか、監視付きではあるものの首謀者たち本人が直接ルドルフの顔を見に来ることはなくなっていた。ルドルフはその状態すらも逆手に取り、「ベルティア侯爵閣下、カロッグ伯爵様と久しくお会いできていないからか、最近、不安になることが多くて……傭兵たちの中には〝軍〟の目的を察してか逃げ出す者もいて、このまま突き進んだとて姉を本当に取り戻せるのか、ふとした拍子に考えてしまうのです」と、社交場で顔を合わせたウェイク伯爵へ聞かせたのだという。それも、深刻そうにではなく、たまたま顔を合わせたウェイク伯爵に思わずちょっとした本音を溢してしまった、といった風情で(もちろん、社交場での遭遇は偶然でも何でもなく、エドワード伝いにウェイク伯爵が参加する会の情報を手に入れたルドルフが合わせた結果だ)。
人間とは不思議なもので、改まった場で深刻に語られた言葉には裏があると思い込む一方で、偶発的に出会った知人レベルの人間にポロっと溢した言葉には本音が宿っていると信じがちだ。ウェイク伯爵も御多分に洩れず、ルドルフがいよいよ〝謀反〟実行間近となったことでプレッシャーを感じているらしいと、仲間内に警鐘を鳴らした。その甲斐あって、数日以内にはニッケスタック子爵を通し、ベルティア侯爵、カロッグ伯爵からルドルフ宛に食事の誘いが来たという。
それでも、用心深いベルティア侯爵は、いつも通り接触場所にニッケスタック子爵家の王都別邸を指定してきたらしいが。
「閣下はいつもお優しい方なのに、私をご自身の領域には入れてくださいませんね……。いえ、閣下をお疑いするわけでは、もちろんないのですけれど。どういうわけか、先頃、閣下から頂戴したスタンザとの武器輸入ルートもあちら側から閉ざされてしまって。せっかくのベルティア侯爵閣下からのご厚意を喪ってしまった私は、閣下から見捨てられても仕方のない存在だと思うと……」
食事会の案内を持ってきたニッケスタック子爵相手に切なく呟き、ダメ押しで「やはり、こんな私が王宮から姉を奪うなど……」と涙を浮かべてみせる。国王サイドと内通し、ナーシャを貰い受ける密約を交わした状況下で〝犯罪実行前ブルー〟を装える精神力は、素直に凄い。ルドルフの真に迫った演技にコロッと騙されたニッケスタック子爵は、「彼の不安感は想定より強い。いつも通りの食事会では、〝計画〟まで彼の精神が保たない可能性がある」とでも、報告をあげてくれたのだろう。さすがにいきなりベルティア侯爵邸を訪れることはできなかったが、この時点で〝食事会〟の場所をカロッグ伯爵邸へ変更させることに成功した。
ちなみに、ルドルフが〝ブルー〟になった理由としてこじつけた〝武器密輸ルートの封鎖〟自体は嘘でも何でもない。ディアナがスタンザで築いた人脈は遺憾無く発揮され、ジュークの元にはストレシア侯爵家経由で、スタンザのエクシーガ皇子から定期的に書簡が届いている。内容は主にエルグランド王国との戦を目論み、王国の高位貴族と内通していた〝煽動者〟たちについての報告書だ。
ディアナがスタンザ帝国へ出向く羽目になった時点で、王国内部に〝裏切り者〟が潜んでいる可能性はほぼ確であったけれど、それが誰で、具体的にどんな内通をしていたのかまでは、時間的に調査し切れない。この件に関してはエルグランド、スタンザ双方にとって早急に対処すべき案件だったので、ディアナを連れて帰国する際、スタンザ側の調査をエクシーガ皇子へ依頼した。
仕事のできるエクシーガ皇子は、抜かりなく調査を進める傍ら、今すぐにでも戦の引き金になりかねないスタンザとエルグランド間の密輸ルートに関しては、扱っている品物の合法違法を問わず、見つけ次第叩き潰してくれている。その一つがたまたま、ベルティア侯爵が構築した武器密輸ルートだっただけのこと。予定調和の結果なので国王サイドの者たちは「だろうな」で終わるが、ルドルフはそれもちゃっかり利用したらしい。
他にも、〝わざわざ学院で待ち伏せされ、ユーストル邸まで連れて行かれ、友人二人から詰められた〟〝夜遅くまで帰らない自分に対し、父親からの圧も強くなっている〟など、紛れもない事実を駆使して〝犯罪実行前ブルー〟を装って。このままではルドルフを〝謀反〟の実行犯へと仕立て上げるという策が頓挫しかねないと黒幕たちに危機感を植えつけたところで、彼はいよいよ〝本丸〟へ迫る。
「自分がこんなに心弱い人間だとは、思ってもいませんでした。……皆様方はどのようにして、ここまで辿り着かれたのですか?」
あくまで、己を鼓舞するために、と。
尊敬する〝先達〟の経験談を知りたいと、ルドルフは言葉巧みに、彼らが〝彼ら自身〟について語りたくなるよう、その懐へ入り込んだのである。
繰り返すが、これは相当に強引かつ性急なやり方だ。ある程度世慣れた者――それこそ、エドワードが同じことを誰かにしても、まず間違いなく警戒されて、情報を引き出す前に裏切りを疑われて終わるだろう。
だが、しかし。良くも悪くもルドルフは真っ直ぐで、一度信じた道は、どんな困難が訪れようとも突き進む覚悟と根性を持っている。加えて今回の場合、彼ら自身がルドルフを洗脳した〝実績〟もあった。
そして、何より。〝犯罪実行前ブルー〟こそ装ったが、ルドルフは彼らの前で、〝叛逆計画〟そのものに対する疑念や疑問は一切口に出さなかった。「この計画を成功させなければ姉を助けることは叶わないのに、俺の力不足のせいで……」と、あくまで〝計画自体に心酔しているからこそ、自身が原因で失敗するかもしれない不安〟に囚われ、ナーバスになったと思わせたのだ。
――自分たちや計画への盲信っぷりは変わらないまま、自信喪失から〝ブルー〟になっているだけなら、適当に励まして気持ちを持ち上げれば良い。ルドルフの求める〝経験談〟をそれなりに話したところで、口外禁止を約束させれば、自分たちを信じ、頼り切っている子どもが破ることはないだろう。もとより、誰にも頼れぬよう、言葉巧みに家族からも友人からも距離を取らせたのだから――。
彼らが実際にそう思ったかどうか、定かではない。しかし結果として、彼らはルドルフの求めに応じ、それぞれの〝これまで〟を語ってくれたわけだから、大きく外れてはいないはずだ。
そうしてルドルフが得た情報を元に、〝闇〟や獅子親子が証言の裏取りに動き。彼らの〝内実〟をある程度丸裸にしたところで、今日を迎えたのである。
「――そんで、連中の出方は? それがはっきりしたから、今日はわざわざこんな場所で会おうって話になったんだろ?」
「そう言うなって。お前の仕事と話の特性上、後宮が一番落ち合いやすかったんだよ。お前はジュークの護衛として、俺は〝闇〟に紛れる形で訪れれば違和感はねぇし、こうして隠し通路に入れば話を盗み聞かれる心配もねぇし」
「……改めて言われると便利すぎるな、後宮」
「良くも悪くも、って感じか」
どんな国でも、王族の私生活空間には、大きな声で言えない秘密の一つや二つあるものだけれど、エルグランド王国に限ってはまず物理的に〝変〟である。建物全体に張り巡らされた、迷路のような隠し通路――さぞかしその不思議に見合った恐ろしい秘め事があるのかと思いきや、少なくとも城が建ってからこれまで、大きな事件は起きていない。何なら、ジュークが史上最大規模の側室を抱えている今が、歴史的に見ても一番の重大ごと、だったりする。
エルグランド王国の前身時代から国に寄り添い続けた〝古の一族〟――森と詩の末裔は、話の流れで何となく後宮の歴史に思いを馳せ、揃ってしょっぱい心地になった。
「……まぁウチの後宮が変なのはともかく、」
数拍の沈黙の後、仕切り直すべくエドワードが切り出す。
「今は連中――ベルティア侯爵、カロッグ伯爵、ニッケスタック子爵、ウェイク伯爵について、だな」
「あぁ。何か分かったか?」
「ニッケスタック子爵とウェイク伯爵は、言うなれば中立派と革新派に擬態している保守過激派だ。何かと便利な立ち位置だからか、今回の件も表面上はそれぞれの派閥に属する者として、静観する構えみたいだな」
「だろうな。俺が連中の立場でもそうする」
「――で、だ。ベルティア侯爵とカロッグ伯爵についてだが。調べた感じ、どうも王都近くの領地で集めていた領軍を、何回かに分けて密かに王都へ呼び寄せているっぽい」
「……ふぅん?」
アルフォードは決して、頭の動きの鈍い男ではない。キースがジュークの側近としてついてくれるまでは、護衛として控える傍ら、書類仕事をサポートしていた。国政にまつわる机上業務の国王補佐ができるほど有能な男にとって、今の情報から敵の出方を推測する程度、朝飯前であろう。
果たして、彼は納得したように頷いて。
「なるほどなぁ。ルドルフを〝謀反〟の実行犯へ仕立て上げたところで、公平な視点を持つ第三者に捕縛されてしまったら、彼の証言を取られて共倒れしかねない。それを防ぐため……加えて自分たちの株を上げるため、〝謀反〟を起こしたルドルフを真っ先に捕まえるのは彼ら自身でなければならない、ということか」
「だと、思う。要するに連中は、〝謀反〟の決行日当日、王都の端から〝進軍〟してくる〝叛乱軍〟を王宮の正門前で待ち構え、制圧するつもりってことだ」
「ルドルフを〝謀反人〟にし、自分たちは謀反にいち早く気づいて対処した国の〝功労者〟になる、って心づもりか。……我が子より幼い少年相手に、よくそこまでエグいこと考えるよな。分かっちゃいたが、心根まで腐り切った下衆どもだよ」
「心の底から同感だ」
頷くエドワードへ、アルフォードは真剣な瞳を向ける。
「で? 俺は何をすれば良い?」
「王宮周りを警護してる守備隊に、話を通しておいてくれ。今回の件はあくまでも王宮外でのドンパチだからな、管轄は騎士団じゃなく王国軍だ。他人様の縄張りを荒らすような真似するんだから、それ相応の礼儀は尽くさねぇとな?」
「なるほど。そりゃそうだ」
王国の治安維持事情は、王族の身辺警護を主に担う王族近衛騎士団、王宮内の警備担当の王宮騎士団、王都を含む王族領全体の守護が役目の王国軍と、役目に応じて分けられている。王都は国王陛下の居城たる王宮が所在している都合上、どうしても騎士団が出張りがちにはなるが、王宮外のいざこざ担当は王国軍――厳密には、軍の一部隊である王都守備隊だ。彼らの領分で好き勝手やらかす計略を立てている以上、最低でも〝挨拶〟はしておかねばならない。そしてその〝挨拶〟は、あくまで一貴族でしかないエドワードがするより、国王陛下の名代としてアルフォードが行った方が、双方の顔も立つだろう。
――とはいえもちろん、〝挨拶〟だけで済ませるつもりは毛頭ないが。
「ついでに、〝不届きモノを確実に捕えるため〟とでも言って、当日、アルや国王近衛の何人かが王国軍の兵士に紛れ込めたら、更に良いと思うぞ」
「じゃあ、そっちも頼んでみるか。……ないとは思うが、軍の中に裏切り者が潜んでる可能性は?」
「ソラ殿にさっと〝視〟てもらった限り、怪しげな動きをしている輩はいないみたいだから、そこまで警戒する必要はないが。念のため、くらいには思って行動してくれると助かる」
「りょーかい」
エドワードとアルフォードが〝軍に裏切り者が潜んでいる可能性〟を限りなく低いと見積もっているのには、明確な理由がある。〝王国軍〟はその名の通り、王国全体の守護を目的として組織されている強大な軍ではあるものの、絶対王政でありながらそれぞれの領地内において領主の権限をある程度認めているエルグランド王国においては、実質、王都と王族領の警備が主な役目。領主が明確に定められている土地では、その地の治安維持も領主の裁量下で行われるため、特に領地を治めて長い古参貴族ほど、王国軍を「単なる王領軍の分際で」と見下す傾向が強い。ベルティア侯爵やカロッグ伯爵のように、自力で領軍を構えられるだけの力があるなら尚更だ。
加えて、入団の条件として〝貴族の生まれであること〟が第一に掲げられる騎士団と違い、王国軍は平民であっても試験に合格すれば一兵卒としての入軍が可能だ。将軍や隊長の地位にある者は貴族であることが多いとはいえ、平民でも素養があれば成り上がることは可能。そんなところも血統至上主義な古参保守貴族とは相性が悪い――もっとはっきり言えば、バチクソに仲が悪いのである。過激保守派は王国軍を「無用の長物」として蔑み、王国軍はそんな彼らを「戦のイロハも知らない平和ボケ連中が何を偉そうに」と嘲笑する、そんな心温まらない関係がここ百年ほど続いていた。
(今回の〝敵〟貴族がベルティア侯爵たちじゃなかったら、もう少し警戒したかもしれんが。アイツらがプライド捨てて王国軍を〝作戦を脅かしかねない重要な脅威〟と認識するかって考えたら、まぁ〝ない〟よな)
自領軍に絶対の自信を持っているベルティア侯爵のような古参貴族ほど、存在感の薄い王国軍を「ただ存在しているだけの金食い虫」だと常日頃から公然と批判している。王国一の人口密度を誇る王都が数百年の長きに渡って平穏を維持できているのも、王国全土に散らばっている王族領で目立った諍いや治安の乱れが見られないのも、王国軍がしっかりと機能している証左に他ならないのだが、彼らにはどうしてもそれが分からないらしい。
ありきたりでありふれた、面白みのない日常の陰には、その日常を維持すべく汗水垂らして働いている人々がいる。「この平和な時代にこれほどの規模の軍は要らない」のではなく、これほどの規模の軍が実直に職務を全うしてくれているから、名もなき人々が平和な時代を享受出来るのだ。それを理解できていない以上、彼らを「戦のイロハも知らぬ」と嗤う王国軍の関係者諸氏を、残念ながらエドワードは嗜められない。
とはいえ、ベルティア侯爵らは論外としても、今回の〝敵〟は他にもいる。敵方の霊力者たちはもしかしたら、王国軍をきちんと脅威と捉えているかもしれない。
そう考え、念のためソラに探ってもらいはしたが、結果はアルフォードへ伝えた通りで。
「驕慢と侮蔑は己の眼を曇らせ、目の前にある〝ありのまま〟すら見えなくさせる……か。俺も他人事じゃねぇな、気をつけないと」
「何の話だ? ――あぁ、連中の王国軍に対する認識か?」
「王国軍の働きをありのまま見れば、彼らが優秀な軍隊ってことはすぐに分かるだろ。俺らみたく騎士学院を出てなくたって、普通に王都で数日も過ごしてれば、彼らの姿を見ないことなんてないんだから、少なくとも仕事をしてないわけじゃないことくらいは理解できる」
「だな。ちょっとした揉め事でも見つけたらすぐ仲裁してるし、呼ばれたらそう時間を置かずに現場まで駆けつけてる。庶民街の外縁の方は治安が不安定とはいえ、あそこは〝必要悪〟として敢えてあのレベルに保ってる政策の一環でもあるからな。あそこをあれ以上荒れさせず、かといって締め付け過ぎて危険分子を流出させず、あのままに保っているのは相当な手腕だ」
「〝潜って〟ても、それは感じる。あそこの住人は上手く守備隊の裏を掻いてるつもりなんだろうが、実際は手のひらの上で転がされてるだけだってな。――おそらくだが、ルドルフの集めた〝叛乱軍〟に関しても、八割方把握されてるぞ」
「だよなぁ……」
エドワードとアルフォードがそう確信できるのは、騎士学院時代に王都守備隊の上層部と知り合う機会があり、何だかんだで今に至るまで付き合いが続いているからだ。他にもそれぞれの同期に、卒業後の進路を軍に選んだ変わり者がいる(王立騎士学院を卒業すれば、最低でも王宮騎士への就職ルートは開かれるため、それを蹴ってわざわざ王国軍へ入るのは相当なイレギュラーである)ため、薄ぼんやりとではあるが軍の内情は漏れ聞くことができる。
アルフォードが、深く、深く、ため息を吐いた。
「ルドルフが俺たちともディアナ嬢とも一切関係のない、単に逆恨みで王宮襲撃を計画してるだけの奴だったとしたら、こんな七面倒くさいことしないで放置しといても、別に問題ないんだよな。〝叛乱軍〟の形が整って進軍開始した瞬間、潜んでた王都守備隊が本来の姿になって一網打尽にするだろうから。ベルティア侯爵領軍なんか、出番すら来ないぜ」
「いくらスタンザ製の最新武器があったって、当たらなきゃ意味ねぇし。守備隊の持ってる盾あれば、致命傷もほぼ受けねぇよ」
「今も昔も、王都守備隊ほど防衛戦闘に特化してる軍もそうないからな……。〝攻撃は最大の防御〟はよく聞くけど、盾で殴って敵を戦闘不能に追い込むのもあの格言に含まれるのか?」
「俺に聞くな」
曲がりなりにも〝叛乱軍〟に潜入中の身としてスタンザの銃剣は練習させてもらっているが、あの武器ほど王都守備隊の盾式武術と相性の悪いモノもそうないだろう。王都守備隊に代々伝わる盾式武術は、盾で相手の攻撃を防いで懐へ飛び込み、そのまま盾で殴って昏倒させるという、後衛泣かせな戦闘術だ。戦闘放棄して逃げれば盾の餌食になることはないため〝負けないように立ち回る〟だけなら簡単だが、あの盾の波状攻撃を突破して王宮まで辿り着くのは至難の業。アルフォードの言う通り、防衛戦闘に究極まで特化した軍隊――それが王都守備隊の真の姿なのである。
今回の〝謀叛事件〟に関し、王宮側の関係者で謀叛計画が成功すると考えた者は誰一人いない。ディアナが、エドワードが案じたのは、あくまでも〝クロケット男爵令息であるルドルフが謀叛の首謀者として捕えられ、クロケット男爵家が連座で罪に問われて弱体化することで、革新派の力が大きく削られる〟ことに関してである。いくらスタンザの最新武器を軍の人数分揃えたところで、名実共に〝王国最強の盾〟である王都守備隊の敵ではないのだから。
アルフォードにつられてため息を落とし、エドワードは遠い目になった。
「守備隊に本領発揮させないためにも、やっぱり話は通しておかないとな。あの人たちのことだから、〝叛乱軍〟の裏側まで、何となくは見通してそうだが」
「ベルティア領軍とカロッグ領軍が王都に集まってるのも、軍の情報網なら把握できてるだろうしなぁ……むしろ挨拶に来るのが遅いって文句言われるまであるか?」
「その辺は、こっちの事情をさらっとで良いから伝えておいてくれ。クロケット姉弟のあれこれを知れば、ある程度は仕方ないと思ってもらえるだろ、たぶん」
「たぶん、か」
同じように遠い目になりつつ、アルフォードは少しだけ黙考し。
「まぁ、話はするよ。――で、守備隊には〝当日〟、どう動いてもらえば良いんだ?」
「ベルティア侯爵とカロッグ伯爵の油断を誘うためにも、守備隊にはギリギリまで、何も知らないフリをしていてほしい。さすがに〝叛乱軍〟が王宮に近づけば王都民から通報が入るだろうから、そこからやっと出動した、って感じで駆けつけて、王宮を守るような陣形を取った――ように見せかけて、ベルティア、カロッグ領軍の左右の逃げ道を塞いでほしいんだ。おそらく連中は、王宮からもよく見えるように、正門前で〝叛乱軍〟を迎え撃つつもりだろうから」
「なるほどな。正面は進軍してきた〝叛乱軍〟が、左右は王宮守備に見せかけた王都守備隊が囲んで、ベルティア、カロッグ領軍の包囲網を敷き、そのまま制圧するってことか」
「戦法としては単純だろ。向こうがルドルフと軍への侮りを捨てれば、すぐバレそうな程度には捻りもねぇよ」
「その侮りの隙を最大限に突いて、侮りを捨てさせないように画策してる〝軍師〟の台詞じゃないけどな」
「だから軍師じゃねぇっての」
十年来の親友には、敢えて作った不機嫌な表情も通じない。「はいはい」と流された後、「で?」と不適な笑みを浮かべて問われる。
「連中の度肝を抜く、制圧開始の合図はどうする?」
「そうだな。今回は作戦参加の人数も多いし、シンプルにいくか」
古来より、戦場における戦闘開始の合図とくれば、相場は決まっている。
「〝総大将〟に、エルグランド王国の国旗でも、掲げてもらおうぜ――」
エドワードの厳かな声が、〝全反撃作戦〟の全体図完成を告げた。
この日から十日余りが過ぎた、今日。
エドワードが告げた通り、錦糸銀糸で縫い取られた由緒正しきエルグランド王国旗が、〝総大将〟たるルドルフ・クロケットの手によって、見事、馬上に翻る――。
次週より、時間軸は現在へ、視点はディアナへ戻ります。




