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悪役令嬢後宮物語  作者: 涼風
にねんめ
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仔獅子は扉をこじ開ける


 カップを目の前に置かれたルドルフは、迷子のような表情で視線を彷徨わせた後、静かに目を伏せ沈黙した。そのまましばらく待ってみたが、彼が口を開く気配はない。


(まぁ……今日が初対面みたいな相手に言われたところで、じゃあ助けてもらおうにはならんよな)


 やってることは紛れもない叛逆でも、ルドルフにとって己の行いは、姉を権力者の非道から救い出すための正道なのだ。ぽっと出の年上貴族から何か言われた程度で揺らぐ決意なら、最初からそんな道、選ばない。その程度の良識と理性は備えているタイプだと、周囲から聞くルドルフ像と、昨日今日で実際に彼を観察した結果を総合して思う。

 この頑なな姿勢をどう崩していくか、いくつかプランを高速で練りつつ、エドワードは残りのお茶をクロードとアベル、そして自分の席の前に置いた。

 その様子を何気なく目で追っていたクロードが、トレイの上を見て首を傾げる。


「……エドワード様、お茶を五杯淹れられたのですか? この後、さらにどなたかがいらっしゃる予定でも?」

「あー……一応、ユーストル王都邸の場所と大まかな時間と、そこで何するかは伝えてある。そいつが来てくれたら話は一気に進むんだが、如何せん、地味に忙しいやつでな。『行けたら行く』とは言ってたが」

「九割来ない人の常套句じゃないですか」

「本気で来る気がなかったら、持ちかけた時点でバッサリ断るやつだから。ああ言ったってことは、行けたら行くつもりではあるんだろ、たぶん」


 とはいえ、この家は〝彼〟にとって間違いなく初見のはず。どんな感じで〝来る〟つもりなのかは、同業者として純粋に興味あるが――。


「あれ? ちょっと遅れた?」

「!!」


 噂をすれば、影。

 まさしくドンピシャのタイミングで、〝その人物〟はバルコニーの扉を開け(鍵は確かに閉めたはず、なんて現実が通じる相手ではそもそもない)、ごく自然体で室内へ入ってきた。

 エドワードは笑顔で立ち上がり、〝彼〟を手招きする。


「いーや、バッチリだ。よく来てくれたな、カイ」

「ディーと父さんに相談したら、どっちからも『行くべき』って答えが返ってきたから。ディー周りの警護に、フレッドさんたち借りたよ」

「問題ない。フレッドたちには元々、お前のフォローを含めて頼んである」

「助かる。ディーだけなら問題ないけど、後宮関連は護衛対象多いし」

「彼らの姉全員、護衛してるようなもんだからな~」

「あー、まぁそうなるね?」


 室内に揃った少年三人をチラッと流し見て、最後の一人――カイは曖昧に頷いた。クロードの姉であるミアは、厳密に言えば護衛対象に含まれないが、ディアナが大切にしている仲間である以上、カイにとっては守るべき相手に含まれる。その辺りをざっくり省略したが故の、曖昧な首肯であろう。

 そのクロードが、エドワードとカイのやり取りに、目をまんまるにしている。


「貴方が……カイさん、ですか? ディアナ様の絶対的な守護者で、ディアナ様とお心を寄せ合っていらっしゃるという、あの?」

「……は?」

「えっ、そうなの? ご正妃様が正式に婚姻を結ばれて落ち着き次第、ディアナ様が後宮を出られる気満々なのは姉上から聞いてたけど、既に恋人がいらっしゃるのは初めて知った」

「そりゃまぁ、暫定的とはいえ側室最高位『紅薔薇』のディアナに、そういう相手がいるって軽々しく公にはできないだろ。バレたら保守派から一斉攻撃喰らう醜聞なのは間違いないわけだから」

「だーから、そうならないよう〝恋人〟にはなってないってば。俺の心はディーに渡したし、ディーの心も預かってるけど、あくまでそれだけ。側室の役割はあくまでも王家の〝私〟の分野から国王と正妃を支えることであって、絶対王を愛さなきゃいけないって決まりもないんでしょ? ディーはこれ以上ないほどしっかり役目を果たしてて、王家に忠義も尽くしてるんだから、〝心〟が別にあったとしても、攻撃される筋合いなんてないよ」

「理屈はそうだがな。『紅薔薇』の粗が欲しくて欲しくて仕方ないお歴々に、そんな正論が通じると思うか?」

「そもそも、ディーの邪魔をしたい意味が分かんない。ディーは側室としてジュークさんの意向に沿ってるだけで、ジュークさんの目指す未来は別に、保守派の人たちを排除するものじゃないのに」


 眉間に皺を寄せて言い切り、カイは「それはそうと、座って良い?」とアベルへ視線を向け、空気を変えるように尋ねる。


「あっハイ、もちろん。――あ、えっと俺は、」

「だいじょーぶ、ここにいる人の顔と名前は全部知ってる。アベル・ユーストルさんだよね? 後宮でお姉さんにはお世話になってます」

「姉は貴方様を知っているのですね……」

「ヨランダさんを責めないであげてね? 俺の存在は、エドワードさんも言ってる通り、一応トップシークレット扱いだから」


 笑って話し、エドワードの隣に腰を降ろしたカイは、思い出したようにこちらを見た。


「そういえば、俺は全員のこと知ってるけど、それって一方的にか。自己紹介した方が良い?」

「そうだな。クロードはお前の存在だけなら知ってるが、顔を見たのは初めてなんじゃないか」

「えぇと、初めて、ですね」

「あー、確かに。基本後宮常駐の俺と外宮室の人たちって、会う機会ないもんね」

「まず、お前が顔を晒す機会がそこそこレアだろ」

「間違いない」


 ケロリと頷き、カイは正面に座る少年三人と順繰りに視線を合わせていく。


「じゃあ、改めましての自己紹介から。――俺の名前はカイ。この国の裏社会に属する、所謂(いわゆる)稼業者の一人、って言えば属性は分かりやすいかな。ディー……ディアナとは仕事関係で出逢って、俺が彼女の人間性に惚れ込んで、公私合わせての〝専属〟になった、って感じ」

「ここまでの来歴を綺麗にまとめたな~」

「これ以外に説明のしようなくない?」

「細かく話すと長くなるのは同意だ」


 和やかに話すカイを、少年三人は食い入るように眺めている。特に、クロードとアベルに挟まれて座ったルドルフは、自分の目が信じられない様子で、ひたすらカイから視線が外れない。

 一方のアベルは、ただただ、カイの容姿に感服している雰囲気だ。


「俺は裏稼業の方々に詳しくないですが、カイさん、隠密するには勿体無い美形じゃないですか? 最低でも劇場で主役張ってそうな見た目ですよ」

「分かる。ルードと渡り合うレベルの美形、初めて見た」

「俺の顔面が整ってるらしいってのは子どもの頃から腐るほど言われてきたけど、同時に『美形の無駄遣いすぎる性格』とも言われてきたからなぁ。子どもの頃は無駄に誘拐とかされたこともあったし、この顔で得した記憶ってあんまないかも」

「ゆ、誘拐って……」

「そんなヘビーなことをさらっと……」

「へー、随分な命知らずもいたもんだな」


 ドン引くアベルとクロードとは対照的に、エドワードは純粋に感心した。あの息子溺愛、息子が世界の中心と信じて揺るぎない父親(ソラ)相手に、よくその〝宝物〟を掠め取ろうなどと思えたものだ。どれだけカイが可愛らしいお子様であったとしても、ソラを見れば大概の人間は邪な考えなど浮かびようもないだろうに。


「かなり後になって、酔った父さんがぽそっと『世の中には危険探知の本能すら死滅している、頭の中が欲望だけで埋め尽くされた、出来損ないの可哀想な生き物もいるからな。そういう連中には殺気による警告など無意味極まりないから、見つけた時点で駆逐しておくのが正解だ』って言ってたから。命知らずっていうより、命より己の欲が大事な人だったんじゃない?」

「なるほど?」

「というか、女性ならともかく、男の美形って使いどころがマジでないよ。顔が良いこと活かせる仕事なんて、アベルさんの言ってた役者とかの人前に立つ系と、あとは男娼とかの女性サービス系、くらいじゃない? 一応、裏稼業(おれら)の仕事にも色仕掛け系はあって、たまに『お前のその顔なら、適当に女引っ掛けて情報抜き出せば良いから楽で良いな』とか意味不明な絡まれ方するけど、顔だけで機密情報抜き出せるほど、女の人って甘くないよね」

「とはいえ、お前くらい顔の良い男にチヤホヤされたら、女性だって悪い気はしないだろう」

「それさぁ、定期的に言われるんだけど。まず、女性をチヤホヤって具体的にどうすんの? 顔とか服とか褒めれば良いの? 俺、そもそも他人の容姿に興味ないから、目と鼻と口がついてれば立派な顔だし、裸じゃなければ服ちゃんと着てるねって感想しか浮かばないんだけど」

「……腐るほど言われてるだろうが、なるほど確かに、〝美形の無駄遣いすぎる性格〟だな」


 ディアナが以前、「カイって意外と大雑把というか、こだわるところと適当なところの落差が激しいのよね。こだわることにはとことんこだわって妥協しないのに、適当な部分は本気で適当というか。女装に抵抗なかったのも、服にそもそもこだわりないからだと思う」とぼやいていたのが、まさに〝そういうところ〟なのだろう。エドワードとて器用な方ではないが、『女を弄んであっさり捨てそうな悪人面』を有効活用し、社交場では主に女性をチヤホヤして話を聞き出す手法を用いている。〝チヤホヤ〟の基礎は、とにかく褒めておだてることから始まるけれど、〝まず褒めどころが分からない〟という、初手の初手でつまづいてしまってはどうしようもないではないか。カイの師匠でもあるソラが「お前は色仕掛けに手を出すな」と厳命するのも納得のポンコツぶりである。


「あの、すみません。お話を聞いてると、よくディアナ様とお心を通じ合わせられましたね、と思ってしまうんですけど……」

「うわ、言った。勇気あるな、クロード」

「いやうん、ディアナ様の懐がとんでもなく深いのは知ってるけど、それ差し引いても……って思っちゃって」

「ディーの心が無限に広いのはその通りだけど、普通に考えて、心底惚れ込んだ女(ひと)がその他大勢と同じに見えるわけないよね? ディーは最初っから可愛かったし、天使だったし、妖精みたいだったもん。金の髪は光の粒集めたみたいにきらきらしてて綺麗で、ひらひらでふわふわのドレス着てるときはお人形さんみたいだったし、今の、アイナさんとロザリーさんが似合う服をプロデュースして完璧にドレスアップしてるディーは、女神みたいに神々しい。もちろん、動きやすさ重視の普段着着てるときだって美人だし、大前提としていつでもどこでも可愛いんだけど」

「急にめちゃくちゃ喋る……」

「そんだけ褒め言葉の語彙力あるなら、他の女性へ流用すればいくらでもチヤホヤできるのでは?」

「は? ディー以外にこんなの思ったことないし、思ってもないこと言ったところで女の人も気付くでしょ。みんながみんな、アベルさんみたく生まれたときから狸芸仕込まれてるわけじゃないんだから」

「誤解があるみたいですが、別にユーストル家は赤ん坊の頃から狸芸の英才教育してるわけじゃないです。あと、ディアナ様の〝お相手〟に敬称つけて呼ばれるの普通に怖いので、呼び捨てにしてください」

「あっ、俺も! 俺も〝クロード〟でお願いします!」


 少年たちの申し出に、カイはわざとらしく驚いた顔を作って。


「えー。お貴族様相手に呼び捨てとか、不敬罪にならない?」

「今更何言ってんだお前。国王(ジューク)相手に〝アンタ〟呼びでキレ散らかしといて」

「あ、聞いた?」

「アルが、『真面目に腹切るしかないと思った』って青い顔してたぞ」

「ヤダなぁ、どんだけキレてもその場で王様殺したりしないってば。そんなことしたら、後継不在の国がますます荒れて、ディーの負担がますます増えるじゃん。ディーのためにならない首なら挿げ替えることに躊躇はしないけど、ディーが苦しまないようにやり方は考えるから、安心して」

「何一つ安心できないんですが……」

「この話すると、みんな同じ反応するんだよね~。何でだろ?」

「お前の世界がディアナ中心に回りすぎてるからだろ。昔はともかく、今のジュークの首は大事にしてやれ」

「してるしてる。個人的に思うところがないわけじゃないけど、ジュークさんが後宮の側室さんたちを含めた〝みんな〟の幸せを本気で考えて、実現しようとしてるって分かってるから。ディーのためになる首なら、もちろん大事にするよ」


 カラカラ笑い、カイはエドワードが淹れたお茶を、意外に洗練された所作で一口飲んだ。春にクレスター領を訪れた彼を見たときも思ったが、カイは生まれたときから裏の世界に身を置いているとは思えないほど、基本的な動作に品がある。礼儀作法をどこで習ったのか聞いてみたところ、「父さんにも教わったけど、元がこの国の人じゃないから分からないことも多くて、一般常識的なあれこれはよく預けられてた長期滞在宿の主人夫婦から仕込まれたかな。ご夫婦に年齢近い子がいて、その子と一緒に遊び感覚で覚えた」ということだったので、良い師に恵まれたのだろう。


 ――そんなカイがゆったりお茶を味わったことで、一瞬生まれた静寂。

 ……破ったのは、ずっと沈黙していた、彼であった。


「……なん、で」


 クロードとアベルに挟まれながら、瞬きも忘れるほどカイを凝視していたルドルフ。

 どことなく瞳を潤ませて、戦慄く唇から、彼は言葉を滑り落とす。


「なんで、大事にする、なんて、言える。心から惚れ込んだ相手が、後宮なんて場所に閉じ込められて、好き勝手使われて……なんで、そんな身勝手な王を、大事にできるんだ!」

「あー……」


 カイは意図して口調や語気を軽くしており、そのせいで頭も心情も軽い男と思われがちだが、彼の場合、軽いのはあくまで態度だけだ。頭のキレはクレスター家の会話について来れるほど鋭く、特別な相手への情は大半の人間が思わず引くほど重く激しい。

 そんな彼にかかれば、ルドルフの真意など火を見るより明らかだし、真っ直ぐなだけで思慮が不足している情動も、軽蔑を超えて微笑ましくなってしまうのだろう。

 滅多に見たことがない優しい表情で(もちろん、ディアナを前にしたとき以外で、という但し書きがつくが)、カイはルドルフへ視線を滑らせた。


「さっきも言ったけど、思うところがないわけじゃないよ。当たり前だよね。側室って、正式な婚姻は結んでない王の〝妻〟を指す言葉だもん。本気で惚れた女が別の男の〝妻〟をやってて、はらわた煮えくり返らないヤツは、度を越した鈍感か聖人のどっちかでしかない。俺は俗人だから、ディーが『紅薔薇』なのはしんどいし、ディーを女としてこれっぽっちも好きじゃないくせに〝側室〟やらせてるジュークさんとエルグランド王国には、ずっとずっとムカついてる」

「だったら!」

「――でも、」


 ここで言葉を切ったカイは、一気に纏う雰囲気から〝軽さ〟と〝穏やかさ〟を消し、彼本来の〝重さ〟と〝激しさ〟を全面に出して、真顔でルドルフを睨み据えた。


「ディーは、逃げたくて逃げたくてたまらないのに、無理やり『紅薔薇』をさせられてるわけじゃない。始まり方こそ成り行きでも、今のディーは自分の意思で、大切な人たちが笑っていられる未来のために、自ら『紅薔薇』の立場を背負って闘ってる。王様も、未来の正妃様も、そんなディーの覚悟を受け取って、繋いでいくために、精一杯を尽くしてる。ディーが心を尽くして、一歩一歩進むたびに、彼女に賛同して共に歩んでくれる仲間も増えた。――そんなディーの過去を無視して、ただディーが別の人の奥さんしてる状況が気に入らないからって、彼女の大事なもの全部ぶち壊すことのどこに、〝正義〟がある?」

「……」

「ディーはいつだって、好きになった人たちのために、好きになった人たちが幸せであるように、自分をすり減らしてでも頑張ることをやめない。ディーに望みがないわけじゃないのに、みんなの幸せを見届けてからじゃないと、自分のことを考えられない。だったら俺は、そんなディーの心ごと総て護って、ディーの大事な人たちも護って、理想を叶えて、望む未来へ連れていく。……それが俺の、愛し方だから」

「……あ、い」

「〝俺〟がジュークさんとエルグランド王国にムカついてるとか、心の底からどうでもいい。俺のムカつきを解消したらディーが苦しむってはっきりしてるのに、それでも自分の感情優先させるとか、死んでも〝ない〟よ。――逆に聞きたいんだけど、アンタは、好きで好きでたまらないお姉さんを苦しめて、傷つけて、辛い想いさせて、なのに庇ってもらって、何がしたいの?」


 激重感情を真正面からぶつけられて戸惑っているところに、突然カイから、重すぎる問いが飛んできた。

 まだまだ幼いルドルフは、当然ながら処理が追いつかず、完全に固まってしまう。


「……、え?」

「『え?』じゃないから。ちゃんとした告白より先に体の関係迫るのもあり得ないけど、そもそも本気で結婚考えてるなら、アンタがまずするべきはナーシャさんを抱くことじゃなく、父親の説得一択だったでしょ。結婚目指して裏で動いてたのかもしれないけど、ナーシャさんに見えないところで何したって伝わるわけないし、伝わらなきゃナーシャさんにとっては先行き不明なまま躰だけ求められてる状況が続いてるに過ぎないんだから。それじゃ不安にさせて当然だし、不安になったナーシャさんが逃げたくなっても責められない」

「……っ」

「挙句、逃げたナーシャさんを未練たらしく追いかけて、後先考えず抱いて、妊娠させて。分かってると思うけど、側室の不義密通って普通に大罪だからね? バレたらナーシャさんはもちろん、クロケット男爵家だって無事じゃ済まない」

「にん、しん?」

「ナーシャさんのお腹の中に、アンタの子がいるってこと」


 今度こそ処理落ちして完璧にフリーズしたルドルフの前で、カイの言葉は止まらない。


「アンタは後宮のこと、ナーシャさんを閉じ込めてる檻みたいに思ってるんだろうけどさ。その後宮に住んでる未来の正妃様一派が一丸となって、ナーシャさんの妊娠を敵勢力から必死に隠して、今に至るまでナーシャさんを守ってること知らないだろ。ナーシャさん、最初は妊娠のこと一人で抱えて、友人や侍女にすら隠そうとして、バレて、それでもアンタを守ろうと、〝父親〟のことはつい最近まで明かさなかった。母子ともに危険な状態へ陥ったときも、命を賭けて子どもを――アンタとの間に授かった我が子を、守り抜いた。……ここまで愛してもらって何が不満なのか、俺にはさっぱり分からないけど」


 カイの言葉が届いているのかいないのか、固まったまま微動だにしないルドルフの様子からは読み切れない。

 深く深くため息をつき、エドワードはカイの前に掌を出した。


「……ひとまずここまでだ、カイ」

「えー。まだまだ言うことあるけど」

「分かるが止まれ。みんながみんな、お前ほど回る頭を持っているわけでも、お前のように〝正解〟を即座に選び取れるわけでもない。大概の人間は、無駄に遠回りして、間違えて、そうしてあるべき〝答え〟を見つけていくんだ」

「……クレスター家こそ、最短ルートで〝答え〟を見つける専門家なのに。ディーもそうだけどエドワードさんも、間違える人に優しいよね」

「それこそが人間の弱さであり強さでもあると、知ってるからな」


 納得したわけではないだろうけれど、エドワードの顔を立ててなのか、カイは肩を竦めて背をソファーへ預けた。

 その姿を確認してから、エドワードは静かに、ゆっくりと、正面に座る少年の名を呼ぶ。


「……ルドルフ」


 びくり、と全身を揺らした彼へ、穏やかに微笑みかけて。


「カイの正論は厳しいが、事実しか言っていない。ナーシャ嬢を想うお前の気持ちに嘘はなくとも、取るべき手段が明らかに間違っていた。その結果としてナーシャ嬢が己の居場所を後宮に定めたのなら、お前がすべきは自省であり、後宮と王家を憎むことではなかったはずだ」

「……は、い」

「自分が間違ってたと認めて、間違ってた行いを振り返るのは怖いよな。でも、それをしない限り、人は間違いから抜け出せない。あのときは間違ってしまった、じゃあどうすれば良かったのか、これからどうすれば良いのか……一人で難しいなら、一緒に考えよう。そのために、クロードとアベルも来てくれたんだ」

「かん、がえる……」


 虚な瞳で、ルドルフはクロードとアベルを交互に見る。

 友人がようやく自分たちを見てくれたことに、二人は瞳を潤ませた。


「……馬鹿。ルード、きみ、ホントに大馬鹿だよ。辛いなら、苦しいなら、最初からそうぶちまけて、一緒に悩ませてくれたら良かったのに」

「俺たちじゃ、せいぜい、一緒に悩むくらいしか、できなかったかもだけど。少なくとも、独りで全部抱え込ませて、抱え込んだまま堕とすことだけは、しなかった。俺たちを、友だちがいのない、情けないやつにするな!」

「クロード。アベル……」


 若草色の瞳が歪み、大粒の雫が溢れ出す。涙が頬を伝ってから、自分が泣いていることを自覚したらしいルドルフは、肩を大きく震わせて俯いた。


「ごめん。ごめん、クロード、アベル。俺……俺、怖くて。どうしたらいいのか、分からなくて……!」

「聞くよ、ルード。ぜんぶ聞くから」

「話してくれ。それから、一緒に考えよう」


 抱き合う少年たちを、カイが柔らかな眼差しで見守っている。

 なんだかんだコイツもディアナが惚れただけあって優しんだよなと思いつつ、エドワードはルドルフの語る過去に耳を傾けた――。


膠着状態の強行突破において、『打破』持ちのカイはとても頼りになる、というお話。

(ただし、できるのはあくまで〝強行〟突破のため、その後のフォローまで合わせて考えておかなければ、却って事態が悪化することも。そういう意味で「普通に育てば破壊神まっしぐら」という父親の見立てもばっちり的を射ています)

エドワードは無意識ながら『賢者』として、最適な人材活用をしたわけですね。

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