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悪役令嬢後宮物語  作者: 涼風
にねんめ
265/280

ユーストル王都邸での密談


 ――明けて、翌日。


 午前中、ダンに連れられて倉庫街へ赴き、防音処理が施されたとある倉庫内でスタンザ最新武器の試し撃ちに参加したエドワード。スタンザの最新火薬武器――現地で兵士の知り合いができたカイ曰く、向こうでは〝銃剣〟と呼ばれていたとのこと――自体は春にディアナが国境侵犯者を捕らえたときに押収して、仕組みも把握済みであったが、実際に扱うのは初めてだ。このときばかりは自身の身分を忘れ、一介の戦闘職として真摯に新しい武器と向き合う。

 向き合って。


(コイツは……一対多数で使われたら確かに厄介な武器だが、今のところ、個人での戦闘で有効打を打てるような武器じゃない。当たれば危険だが、当てる方が難しいからな)


〝銃〟という武器の仕組みは単純で、細長い筒の奥に弾を仕込み、そのまた奥に仕込んだ火薬を爆発させることで弾を打ち出し、敵を攻撃する。スタンザ産の最新型は、弾と火薬を合体させ、弾の先を尖らせて、火打ち石で安定して発射できるようにしたもので、一昔前のものより格段に飛距離と殺傷能力が上がっていた。

 ――が。


(このサイズの弾一発で人間を即死させようと思うなら、人体の急所をピンポイントで撃ち抜く必要がある。銃に馴染みの薄いこの国で、そこまで射撃に精通してる人間はそう多くないだろう。いくら最新型とはいっても、この武器一つで個人の戦闘力を大きく上げるのは無理だ)


 武器と撃ち手を数多く揃え、弾幕を張るような戦い方をするならば話は別だが、いずれにせよ今の〝銃〟を使った戦いで最も必要とされるのは、個人個人の技量でなく、総合的な戦略であろう。一回撃った後の弾込めにも時間がかかるし、銃を戦闘の主力に位置付けるのであれば、その辺りのデメリットカバー策も考えていかねばならない。


(――将来的に、〝銃〟がもっと扱い易く、威力も高く飛距離も長い感じに改良されて、連射とか散弾とかできるようになったら、それこそ素人が持っても怖い武器になるんだろうけどな。幸か不幸か、今の時代にコイツをそこまでの武器にできる技術と知識は、人類にない)


〝銃〟の仕組みと理屈は単純だが、その実現には高い技術力と弛まぬ知識の研鑽が必要となる。今は人海戦術で敵を怯ませ、たまにラッキーで討ち取れる程度の戦果が精一杯の武器だけれど、このまま改良を重ねていけばおそらく、百年、二百年ほど後の時代で、大きな戦争の勝敗を左右するほどのモノとなるだろう。願わくは、その時代を生きるクレスターの子孫が、〝賢者の慧眼〟を有効活用して〝銃〟と上手く付き合ってくれたら良いのだが。


(……ま、百年二百年先まで子孫が続いてるかも定かじゃないし、死んだ後のこと考えても仕方ないか)


 そんなことをつらつら考えつつ、午前中の訓練を終わらせて。内部構造を予め把握できていたことが良かったのか、ダンから「初めてにしては上出来だ」と、どうやら本気で感心したらしいコメントを貰った。


「午後も射撃の練習をしろと言うつもりだったが、これほど撃てるお前が練習するより、他の奴にさせた方が良いか。弾も無限にあるわけじゃないからな」

「俺はどっちでも良いぜ? 練習ないなら、テキトーにその辺ぶらつくわ」

「……くれぐれも揉め事は起こすなよ」

「旦那は俺をなんだと思ってんだよ。王都の道を把握しがてら歩くだけだっての」


 昼食を食べつつダンとそんな会話を交わし、昨日案内された宿の前で別れ。

 ――そこからのエドワードの行動は、早かった。


(学院の授業が終わるまでが、タイムリミット――)


 下町の人混みに紛れたところで『隠形』を発動し、いくつかある隠れ家の一つへ赴いて、『闇』の仕事で着用する隠密服を纏う。そのまま建物の屋根や塀を利用し、最短距離で〝目的地〟――貴族街中心地に建つ、ユーストル侯爵家の王都邸へと向かった。


(地味に距離あるんだよなー、これが)


 曲がりなりにも三百年以上の歴史があるエルグランド王都は、それなりに広い。王宮を中心に、南側に庶民街と下町が、北側に貴族街が広がっている。下町の端――要するにエドワードの現在地から王宮まで、人間の足で全力疾走しても数時間は経過するし、王宮を迂回し貴族街まで足を伸ばすとなれば、最速馬車を使ったところで夜までかかってしまうだろう。屋根や塀など、本来なら白昼堂々と人が進むルートではないが、この際贅沢は言っていられない。そのための『隠形』である。


 ――そうして、稼業者的〝最短ルート〟で無事、目標時刻までにユーストル王都邸へ辿り着いて。


「お疲れ様です、エドワード様!」

「もう来てたか、クロード。悪い、ちょっと遅くなった」

「予定時刻ぴったりですよ! 俺は元々、今日は〝休み〟だったので、早めに来させてもらっていたんです」


 予め教えてもらっていたクロードの待機部屋のバルコニーへ降り立てば、万事把握済みの少年官吏がそつなく出迎えてくれた。エドワードがユーストル王都邸を訪れたのは、実のところこれが初めてなのだけれど、常識外れの〝バルコニー訪問〟を快諾してくれた現当主と次期当主には頭が上がらない。クレスター家は貴族的な格式ばかりを重んじる作法こそ厭うが、逆に人として当然の礼儀や義理はきっちり通す主義である。


「アベルが帰ってくる前に、ユーストル侯爵へご挨拶申し上げないとな」

「そう仰るだろうと思って、こちらにエドワード様のご衣装一式、用意してあります」

「マジか。めちゃくちゃ助かる」

「キースさんのご指示ですよ。今日のエドワード様の動きを考えれば、貴族的衣装に着替えている余裕はないのではないかと案じていらっしゃいました」

「……今度またメシでも奢るって言っといてくれ」


 ――今回の作戦遂行に当たってクロードを借り受ける都合上、キースを含む外宮室一同に、当然ながら話は通してある。外宮室は〝敵〟にとって最もこちらの情報を抜き取り易い地点であり、下手に防御を固めると要らぬ邪推を招きかねない都合上、守りは『千里眼』封じなどの最低限に抑えてあるが、話すだけなら方法はいくらでもあるのだ。

 例えば。


「ご指示っていっても、いつものように〝伝達書簡〟ででしたけど」

「この作戦のことは大っぴらに話せないからな、仕方ない」


 エドワードとの直接接触は、私的にも友人としての付き合いがあるキースだけに留め、作戦内容や詳細指示の共有は、彼らが日常的に捌いている書類に紛れ込ませた〝伝達書簡〟で行う――など。室員同士で書類を受け渡すのは外宮室の日常風景であり、もらった書類を各々が読み込んだところで、不自然になりようがない。指示に対する疑問や所感があれば、書き込んだ上で次へ回すことで、全員の情報共有がさらにスムーズなものになる。

 そんな手段を講じられるのも、外宮室の室員全員が有能な官だからこそ、ではあるが。彼らは現在、年末の会合で明かされた〝敵〟陣営の可能性が極めて高い貴族、ウェイク伯爵とニッケスタック子爵についての詳細な調査を進める一方で、〝全反撃(フルカウンター)作戦〟に関しては徹底して知らぬフリを貫いている。唯一動いているクロードとて、本日は王宮の官としてではなく、プライベートで友人の家を訪れただけ、という体だ。


 そんなクロードが持ち込んでくれた衣装を素早く着付け、エドワードはいっとき、クレスター伯爵家の嫡男へと立ち返った。

 この時点で、アベルの帰宅まで、それほど猶予がない。エドワードは大急ぎでユーストル侯爵との面会を済ませ(「若かりし頃のお父上によく似ておいでだ。クレスター家と手を携える未来が来るとは思わなかったが、よろしく頼むよ」と人畜無害な笑顔で言われた。短い社交辞令的挨拶に何重も意味がありそうで逆に怖い)、元の部屋へと戻る。


 それから、本当に幾許も経たないうちに。


「――失礼いたします。エドワード・クレスター様、クロード・メルトロワ様。アベル様が、ただいまご帰宅されました」


 ユーストル侯爵家王都邸の家令が、〝わざわざ〟アベルの帰宅を知らせに来てくれた。――この時点で、作戦最大の山場を、少年たちが無事に超えたことが分かる。

 礼を述べて家令に下がってもらい、静寂が戻った室内で、クロードが安堵の息を大きく吐いた。


「アベルは上手くやったみたい、ですね」

「だな。向こうの足止めも上手くいったようだ」


 クロードと頷き合っているうちに、分厚い扉越しでも分かるほど、乱暴な足音を立てて近づいて来る人の気配を察知した。気配探知に慣れたエドワードだけでなく、足音に気づいたクロードが立ち上がるほどだから、〝彼〟はよほど焦っているらしい。

 やがて、待ち構えるクロードの前で、扉はばん! と開かれて――。


「失礼し――……クロード?」

「来たね、ルード。――アベルもお疲れ」

「思ったより楽だったよ。〝仕込み〟がよっぽど効いたかな」

「お、お前ら……?」


 友人たちの様子が常とは違うことを、ルドルフは敏感に感じ取ったのだろう。二人の顔を交互に見て、幼くも美麗な表情に、純粋な困惑を浮かべた。

 そんな三人へ、エドワードは立ち上がりざま、声を掛ける。


「取り敢えず座ったらどうだ? 立ちっぱなしじゃ、落ち着いて話もできないだろ」

「そうですね。――アベル、ルード、座ろう」

「だな。ほらルード、いつもの席行けよ」

「いやあの……」

「俺のことは気にするな。あ、アベル。そっちにある給湯室は使って大丈夫か? 君らが話してる間に、茶でも淹れてこようと思うんだが」

「いやいや、エドワード様は座っててくださいよ。そういうのはもてなす側がやるものでしょう」

「気にするな。妹の影響か、俺も茶を淹れるのが好きなんだよ。外宮室でもしょっちゅう淹れてるぞ?」

「……そうなのか、クロード?」

「うん。エドワード様が訪ねて来られて、お茶を淹れてくださったことをきっかけに休憩したりとか、割とよくある」

「相変わらずぶっ飛んでるなぁ外宮室……」

「そういうわけだから、三人は座ってな。茶葉、適当に使うぞ?」


 仲の良い少年たちに、騎士学院時代を懐かしく思い出しつつ、エドワードは給湯室へ足を向けた。


「……お待ちください」


 ――否、足を向けようとしたところで、硬い声音に呼び止められ、ひとまずそちらを向く。

 状況が読み取れない中、それでもエドワードの存在が異質なことは理解できたらしいルドルフが、強張った表情でこちらをじっと見つめていた。


「……クレスター伯爵家の、エドワード様とお見受けします。この状況を仕組まれたのは、貴方なのですか」

「仕組んだとは、人聞きが悪いぞ」

「あれが仕込みでなくて何なのです。人を使って、私が逆らえない不気味なメッセージを送ってきて。アベルに、自宅まで私を連れて来るよう命じられたのも、この様子を見るに貴方のはずだ」


 アベルには、クロードが休日の今日、学院でクロードを捕まえ、「今日という今日は、何が何でも付き合ってもらう! 家にクロードも呼んだからな、今から行くぞ!」と問答無用の風情を出し、アベルをユーストル王都邸へ連れて来るよう、頼んであった。アベルとクロードが付き合いの悪くなったルドルフを気にかけているのは、〝敵〟陣営も把握しているだろう。ついに強硬策へ打って出たとしても不自然ではない。

 連行先が連行している本人の自宅なのも、学生ならば当然のこと。そこが『紅薔薇』の友人『鈴蘭』の実家で、その関係から『千里眼』封じの術が施されていたことは、〝敵〟にとって不幸な偶然だろうけれど、それほどの脅威とも言えまい。友人たちができるのはせいぜいルドルフから話を聞き出す程度のこと、心配する友人たちにルドルフが絆されたとしても、もう一度ナーシャを奪われた怒りと絶望を煽れば心は簡単に翻ると判断するはず。

 ――そう予測したからこそ、エドワードはルドルフへメッセージを送ったのだ。『お前の姉からの手紙を預かっている。受け取りたくば、明日、お前に接触してきた人物の案内に従って動け』と。ルドルフがメッセージに乗り、接触してきたアベルに押し切られたように見せてくれさえすれば、〝敵〟の監視をすり抜けて、安全地帯であるユーストル王都邸まで誘導することができると想定して。ルドルフが伸るか反るか、そこだけが賭けだったけれど、彼の雰囲気を見るに、どうやら勝利の女神はエドワードたちに微笑んでくれたようだ。


「そんな風に言うってことは、〝不気味なメッセージ〟とやらについて、他人に気取られるようなヘマはしてなさそうだな?」

「――姉の身に危険が及ぶと言われて、俺が逆らえるわけないだろう!」


 怒りに顔を歪めて叫ばれたが、世界の広さを体感ですら知らない半人前の睨みが響くわけもない。というか、現時点でナーシャを追い詰めている最も主要な原因であるルドルフが〝それ〟を叫んだところで、申し訳ないが冷笑しか出て来ないのが正直な感想である。

 その正直な気持ちのまま唇を歪め、エドワードはルドルフを見下ろす。


「そこまで大事な女なら、もっと寄り添って、心ごと守ってやるべきだったろ」

「……貴方に何が分かる。妻も愛人も選び放題な、高位の、歴史ある名門貴族家の人間に何が」

「――舐めるな小僧」


 ルドルフの言葉は、期せずしてエドワードの怒りのツボをピンポイントで踏み抜いた。取り繕うことを忘れ、迸る激情のまま、ギロリと彼を眼光で射抜く。


「心の底から愛する女を、己の命をかけて欲する唯一を、陽に当たる場所で真っ当に慈しみ、幸福にしたい。望むことはただそれだけなのに、阻む壁があまりに分厚く高く、進むことも戻ることもできずに苦悩する。……そんな男が、自分だけだとでも思ってるのか。甘ったれるのもいい加減にしろ」

「な……に、を」

「あと、お前が思うほど、古参高位貴族の婚姻は自由じゃないからな。クレスター家は例外だが、大抵の古参貴族家は歴史がある分、親戚関係も複雑で、婚姻相手は限られる。高位になれば、そこに政治的な立場や派閥問題が絡んでくるから、より厄介だ。婚姻一つで政の勢力図が様変わりしかねないからこそ、高位貴族の多くは子どもが生まれた瞬間から、将来の結婚相手に目星をつけ、社交をコントロールする。子どもが結婚相手候補と自然に出逢い、自然に情を深めて、共に生きる未来を想像できるようにな。形としては恋愛結婚に近いが、それのどこに〝自由〟がある?」

「……」

「お前こそ――己の振る舞い一つで国が揺れ、民の命が危険に陥りかねない重圧を生まれながらに背負った高位貴族の気持ちが分かるか? 仮に誰かを好きになっても、その恋が国を揺らしかねないものであったら、相手を妻とすることはおろか、生涯その想いを表に出すことさえ赦されない。真っ当じゃないのもいるけどな、ほとんどの高位貴族は、その責任と覚悟をもって、爵位を受けてるんだよ」


 エドワードの言葉に、他ならない〝名門高位貴族〟の跡取りであるアベルが何度も頷いている。


「両親から言われてるわけじゃないけど、俺にも許嫁? っぽい人がいるよ。昔から、母親に連れられて出向く茶会の場で、必ずと言って良いほど顔を合わせるんだ。子どもだけの集まりのときも、他の顔ぶれはちょくちょく変わるのに、彼女と会わなかったことはなくてさ。何となく、この娘(こ)が俺の結婚相手の第一候補なんだろうな、って思ってる。たぶん、向こうも察してはいて、お互いにお互いをちょっとだけ、特別扱いしてる感じ」

「そうなんだ? 初めて知った」

「向こうはまだデビュー前だしね。他人事みたいな顔してるけど、俺たちの中で結婚が急務なのって、既に爵位継いでるクロードじゃない?」

「ウチの場合、俺が爵位継いだ経緯が経緯だから。一兄様には婚約者がいたけど、不祥事の件で解消になったし。一応当主の俺も、まずは王宮での仕事をしっかりこなして足場を固めるのが重要ってことで、結婚相手を探すのはもう少し先、ほとぼりが冷めて俺が独り立ちした頃でも良いだろう、って話になってる。時期が来れば、室長が良さそうなお相手と引き合わせてくださるそうだから、俺はこれまで通り仕事を頑張るよ」


 友人たちの話は、初耳だったのだろう。ルドルフは反応に困った表情で、二人の顔を交互に見ている。


「……恋愛に現を抜かしている俺なんか、お前らから見たら馬鹿みたいなもんか」

「そんなわけないでしょ。そこまで一途に一人の女性を想えるって凄いことだし、ルードにはちゃんと愛する方と結ばれて、幸せになってほしいと思ってるよ」

「クロードの言うとおり。というか、恋すること自体は悪でも何でもないだろ。その恋心を暴走させて、お前がヤバい道に突っ走りそうだから、俺もクロードも怒ってるんだって」


 さすがの胆力というべきか、アベルが一気に話を本筋へと引き戻した。不意を突かれた形でど直球を投げられたルドルフは、残念ながら取り繕い切れず、動揺を顔に出してしまう。


「なん……なんの、話を」

「――とりあえず座れ。話はそれからだ」


 アベルの声音に、はっきりした怒気が宿る。友人の迫力に気押されたルドルフがソファーへ腰掛けたところを確認し、エドワードはようやく、お茶を淹れに給湯室へ出向いた。

 簡易的なコンロでお湯を沸かしている間に、クロードとアベルが降臨祭(レ・アルメニ・アースト)の期間中、密かにルドルフの後をつけ、怪しげな男たちと会話していた現場を目撃した件を、当人に説明していた。その事実をディアナ――側室『紅薔薇』へ相談し、助力を願ったことも。


「な、んで……なんで、お前たちが、『紅薔薇』なんかに――」

「ルードが連中から何をどう聞いたのか知らないけど、ディアナ様のこと、もう一回でも侮辱する言い回ししたらぶっ飛ばすから。――ディアナ様は、姉様と俺の命の恩人で、メルトロワ領の領民を本当の意味で救ってくれた方なんだよ」

「お前だって、ディアナ様の噂が単なる風評だって、頭では分かってるだろ? ルードが、実際に間近で会って話した人間の本質すら見抜けないような愚者(バカ)のはずないし。俺も何度か話しただけだけど、姉が心を寄せるのも納得の、気高く聡明で、それでいて慈悲深くお優しい方だよ。助けて欲しいと伸ばされた手を、あの方は絶対に素通りなさらない。そう信じられる方だから、俺たちは最初に話す相手をディアナ様に決めたんだ」

「あの……人、が」


 会話が途切れたところで、お茶がちょうど良い具合に抽出された。温めておいた人数分のカップへ均等に注ぎ、トレイに乗せて応接室へ戻る。


「妹を絶賛してくれているところ悪いが、ルドルフが妹の本質を見抜けなくても、それはそれで仕方ない話だ。何しろ俺たちクレスター家は、先祖代々、筋金入りの悪人面だからな。ディアナが後宮へ放り込まれた関係で随分と理解者が増えはしたが、王宮と王国大部分の認識は昔と変わらない。そういうワケだから、あんまり詰めすぎないでやってくれ」

「エドワード様も、何だかんだお優しいですよね……」

「先祖代々悪人面だからって、本当に悪いことをしていたわけでもない方々を、悪意で貶めるのはどうかと思いますが」

「アベルみたいに言ってくれる人がいるだけで、俺たちとしては充分に報われてるからな。真面目な話、人間の本質ってのは、自分が〝正義〟だと思い込んでるときに一番見えやすいんだよ。〝悪を糾弾する〟ってお題目があれば、どんなことをしてもチャラになるって信じて、加虐欲を露わにする連中は多い。そういった奴らは、正当な理由さえあれば他人を傷つけても構わないって、頭のどこかで思ってるってことだ。即ち、心から信頼するに値しない人間性ってことになる。――そういった人間を炙り出し、守りたい人たちから遠ざけられるこの『悪人面』は、俺たちにとって有益な〝盾〟みたいなモノなんだよな」


 ――悪評こそが、我らの歩んできた証。悪評の数だけ、人の本質を見抜いたと誇れ。


 生まれて初めてクレスター領を出た先で、不意にぶつけられた悪意。幼かったエドワードは素直に傷つき、家族の前でわんわん泣いた。

 そのとき、祖父がくれた言葉は、長じるにつれエドワードの指標となり、芯そのものとなりつつある。


「……なぁ、ルドルフ。お前から見た妹は、どんな人間だった? もし、ちょっとでも〝信じられる〟と思えるところがあったなら、妹から託された俺たちに、お前の抱えているものを明け渡してみないか。武器と人を集めて王宮へ攻め入るより、そっちの方がずっと安全に、守りたいものを守れると思うぞ――」


 ルドルフの前に紅茶を置きつつ、エドワードは静かに、そう持ち掛ける――。


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― 新着の感想 ―
銃が兵器として採用されるに至ったのは、 ・弓矢ほどの訓練を必要としない ・命中率は低いが直撃しようものなら甲冑を着ていても殺せるほどの殺傷力がある 殺傷力の低い銃よりは弓矢かクロスボウのほうが戦争では…
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