潜入調査の入り口で
――星月第五週、二の日。
エドワードは、王都の下町にある場末の酒場で、とある男を待っていた。
(茶色のなめし革の帽子を被って、毛織物のマントを羽織り、手首に赤いスカーフを巻いた男……たぶん、あいつだな)
以前、ルドルフについて調査している中で知り合った闘技場出身の傭兵より、どういうわけか同業者と思われたらしく、「良かったらお前も来いよ」と勧誘の紙を渡された。まぁまぁ直接的に謀叛を匂わせたその紙には、きちんと参加方法も書いてあり。
『参加を希望する者は、◯◯の酒場に顔を見せる、以下の服装の者に、この紙を見せること』――その指示に従って、エドワードはつかつかと、目立たないカウンターの端へ腰を下ろした男へ近付いた。
「よぉ、兄弟。隣いいか?」
「……」
無言でジロリとこちらを睨み上げてきた男は、お世辞にもとっつき易くは見えない。彼の服装は目印として紙に書かれているそのままなので、声をかけるべき相手は間違っていないはずだが。所謂スカウトマン的役割を任されたのだとしたら、初対面の人間を威圧している時点で人選ミス甚だしい気もする。
(……まぁ、コイツらが集めてるのは単なる作業員じゃなく、王家に弓引く叛乱軍の兵士だからな。この程度の威圧にビビるような輩は、最初からお呼びじゃないってことか)
数多の修羅場を潜り抜けてきたエドワードは、当然ながら、たかが戦闘職の眼光一つに怯んだりしない。顔色一つ変えるどころか笑顔のまま、相手の返答を待つ。
そのまま数拍、視線を交わして。
「……好きにしろ。ここは別に、俺の店ってわけじゃない。誰がどこに座ろうと自由だ」
「おっ、話せるじゃねぇの」
軽くまぜっ返しつつ椅子を引き、軽快な動きで腰掛ける。相手が何か言う前にカウンター内の店員へ「コイツと同じものを」と注文し、言外に〝話がある〟と匂わせれば、彼の纏う空気はますます剣呑なものになった。
「――どうぞ」
「ありがとよ。――ロックウィスキーか。洒落たモン飲んでるな」
「……」
昨今庶民の間に広まり出したウィスキーは、独特の風味が特徴で、洒落者の酒といった印象が強い。ビールやワインよりも度数が高いため、さほど強くなければすぐに酔ってしまう酒でもある。それを嗜んでいるということは、酒に強いタイプの酒好きではあるのだろう。
しばらくお互いに無言でゆったりグラスを傾けているうちに、カウンターで仕事をしていた店員が客に呼ばれ、二人の前から離れていった。
そのタイミングで、男が切り出す。
「――何の用だ」
「人集めてるのはそっちじゃねぇの? 俺はこの紙に書かれてるとおりにここまで来て、指定された服着てるアンタに声を掛けたんだけど」
言いつつ、チラリと胸元から、以前貰った紙を見せた。
隣の男もチラリと視線だけで紙を確認し、盛大なため息を吐き出す。
「……誰から貰った?」
「名前は知らねぇけど。痩せ型で背は俺と同じくらい、茶色の髪に青い目をした、二十代前半くらいに見える男だったな。地方の闘技場ではそこそこの戦歴で、もっと稼ぎたくて王都まで出てきた、っつってたか」
「ボブか……ったく、面倒そうなのに声掛けやがって」
「おいおい、ひでぇ言い草だな。俺はいたって単純な男だぜ?」
「嘘つきやがれ」
エドワードの言をバッサリと切って捨てた男は、眼光の鋭さはそのままに、じっとこちらを睨め付けてくる。
「目的は何だ?」
「金だよ。それ以外にねぇだろ? その紙くれた……ボブっつーの? ソイツとも、割の良い仕事探してるときに知り合ったんだ」
「信用ならねぇな」
とん、と音を立ててグラスを置いた男は、体ごとエドワードの方を向き。
「――っ!」
「お前は――金に困ってるようには、見えない」
先ほどまでの威圧を遥かに超えた、本気の殺気を放ってきた。
(……これは、とんでもない〝掘り出しモノ〟もいたもんだ)
威圧や殺気を自由自在に扱えるのは、それだけ戦闘慣れしている証拠。必然的に、その戦闘力の高さが窺える。
曲がりなりにも平和なこの時代に、ここまでの〝手練れ〟が表の世界でウロウロしているのは稀だ。闘技場出身者であれば強いのも頷けるが、彼らは多くの場合、その実力を示すことで貴族のお抱えとなり、野良ではなくなる。これほどの実力者でありながら、寄せ集めの叛乱軍なんかに加わっているのは、かなりのレアケースと言えるだろう。
「金なんて、いくらあっても困らねぇだろ?」
〝掘り出しモノ〟を前にエドワードの勧誘心は激しく疼いた(クレスター家の『闇』は万年人手不足である)が、求職中の無頼漢を装っているところで、いきなり伯爵家嫡男へ立ち返るわけにもいかない。ひとまず会話を続けてみると、相手の殺気はますます鋭くなった。
「否定はしない。だが、お前からは、金に執着している気配も感じない。金には困ってないし、持ってる金にも振り回されず、必要なときに必要なだけ使って、使った分以上にしっかり稼ぐ手段を持ってる男特有の余裕がある」
「……今俺、褒められたのか?」
「少なくとも――小金欲しさに危ない橋を渡って破滅するような愚かさとは無縁のはずだ」
言葉だけ聞けば相当エドワードを買っているように感じるが、如何せん、発している本人の気配が剣呑すぎる。周囲に人も多い場末の酒場で、店には何の影響も及ぼさずエドワードだけを刺し貫く殺気を放ちつつ、男はずいと上半身を乗り出してきた。
「だから、聞いてる。――目的は、何だ」
「……参ったな。信用ゼロか」
「最初からそう言ってる。そもそも、〝求職中〟を装うなら、顔くらいちゃんと見せろ」
本日のエドワードは、裏社会の人間らしく、ストールを頭から巻いて目元だけを出した、覆面スタイルだ。怪しいことは百も承知でも、〝求職先〟がまず怪しいのだから不自然ではないはずと思っていたが、どうやら〝スカウトマン〟のお眼鏡には適わなかったらしい。
「別に、後ろ暗いことがあるから顔隠してるわけじゃないぜ? ――自分で言うのもアレだが、俺、顔晒すと舐められること多くてな」
言いつつ、覆面の下半分――口元に巻いていた布を顎下まで下げ、顔面を見せて男を見返した。
アルフォードが言うところの『見た目詐欺師』な顔と対峙した相手は、きっかり三拍、停止して。
「……こんなところで怪しい紙の誘い文句になんか乗らず、中心街の明るい酒場で女引っ掛けた方が、よっぽど大金稼げるだろ」
「怪しい紙の誘い文句に釣られてやって来た輩の案内人が言うセリフじゃないんだよなぁ」
「俺は案内人じゃない。……いや、〝雇い主〟が求めてるのは確かにその役目だが、俺は自発的に〝選別人〟を買って出てる」
「話した感じ、そんな雰囲気はしたが。ここまで〝面接〟が厳しいとは聞いてねぇぞ?」
「お前に紙を渡したボブは受けてないだろ。アイツは俺と同時期に入った奴で、その頃の〝案内人〟は別だったからな」
「ほー? 〝前任者〟は緩かったと?」
「一定の戦闘技術と実績があれば、来る者拒まずではあった」
はぁ、と大きな息を吐き出すと、男はグラスの中に残っていた酒を一気に呷った。
喉を鳴らして最後の一滴まで飲み干し、先ほどより強い勢いでテーブルにグラスを叩きつけて、男はエドワードを見据える。
「なぁ。――アンタ、何者だ?」
「しがない根無しの無頼漢……と言っても、納得はしてくれなさそうだな」
「当たり前だろ。今話した感じ、アンタは〝戦闘職〟が〝何のために〟集められてるのか、かなり深いところまで知ってる。知った上で、敢えてここまで来た。違うか?」
「違わない」
エドワードの顔を真正面から見てなお、怯えるでも警戒するでもなく、かといって殺気を引っ込めることもせず、これまでと同じトーンで会話を続けられる人間には、一定の信用を置いて良いだろう。
何より、目の前に鎮座する男の警戒心は、エドワードが知る限りトップクラスに強い。父デュアリスやシリウスに匹敵する警戒心だ。時間もないことだし、ここはこちらの意図を小出しにし、心理面から籠絡していくのが手っ取り早いと判断し、エドワードは簡潔に事実を述べた。
その返答を聞いた男は、一瞬だけ目を見開いて。
「……もう一度、聞く。何が目的だ?」
「答える前に、俺も聞きたい。お前、さっきからこの紙の〝計画〟を『危ない橋』だの『破滅』だの、果ては『愚か』だのと言ってたが。自分たちの狙う〝敵〟をしっかり把握した上で〝計画〟に賛同してるわけじゃないのか?」
「そんな馬鹿野郎、いたところでごく少数だろ。俺の体感、最初期に集められたメンバーの数人ってとこじゃないか?」
「じゃあ、それ以降に集った〝兵士〟は……」
「〝王国を蝕む悪を討つ〟ってスローガン程度しか聞かされてないな」
「それでよく命賭ける気になるもんだ」
「俺たちは傭兵だぞ。仕事を続けるか否かは、雇い主の金離れ次第だ。そういう意味じゃ、今の〝雇い主〟は最高なんでね」
「いくら待遇が良くても、稼いだ金を使えなくなっちゃ意味ないと思うんだが」
「……その危機感を抱いてるのは、残ってる中じゃ俺くらいだろうな。俺以外に〝真相〟を知った奴は全員、夜陰に乗じて逃げたから」
思わぬ情報に、切羽詰まった状況ではあるものの、エドワードはホッとした。一般国民が抱くジュークの印象は、「叛逆やむなし」と反射で思われるほど悪くはなく。〝王国の悪〟が国王その人だと知った手練れの武人が手を引く程度には、為政者の頂点として親しまれているらしい、と。
(〝叛乱軍〟全体が『ジューク王討伐』の意思で纏まってたら話は厄介極まりなかったが、そうでないなら切り崩す方策はいくらでもありそうだな)
〝兵士〟の多くは自分たちが〝叛乱軍〟であることを知らないという話が事実であれば、情報操作にもそれほどの手間は掛からなさそうだ。――目の前にいる男のような、〝真相〟を知っている輩のみ、どうにかすれば良いわけだから。
「……俺は質問に答えたぞ。お前も答えろ」
いつの間にか探り合う視線を交わすようになったエドワードを、男は低い声で問い質してきた。
ここらが勝負の仕掛けどきと判断し、エドワードは笑みを消すと、ほんの少しだけ〝圧〟を込め、言葉を音にする。
「俺は――お前が『危ない橋』で『破滅』が待ってる『愚か』なことだと断じた〝計画〟を、どうにかして食い止めようとしてる人間だよ」
静かな決意を乗せた断言に、男は今度こそ、大きく目を見開いて。
「……本当に?」
「嘘を言ってるように見えるか?」
「……見えないな。さっきと違って本気を感じる」
半ば一人ごちるように呟き、大きく息を吐き出すと、男はカウンターの椅子に深く腰掛け直した。
「止められるのか?」
「〝雇い主〟に会って話してみないと、確かなことは言えないが。〝切り札〟はある」
「……そうか。アイツの動きはちゃんと知られてて、止めるために動いてくれてる人がいたんだな」
「俺も聞いて良いか? ――お前、〝真相〟を知って、このままだと〝雇い主〟諸共破滅行きだって判断できるマトモな頭も持ってて、なのにどうして逃げ出さなかった?」
ここまで来ると、もう疑いようがない。目の前の男は〝案内人〟のフリをして、これ以上〝叛乱軍〟が増えないよう、兵士を追い返す役割を己に課しているのだと。〝雇い主〟――ルドルフの〝計画〟が上手くいくとも思っていなければ、そもそも叛乱自体に賛同しているわけでもない。
「このまま〝計画〟が進めば、間違いなくお前らは助からない。最悪、〝雇い主〟と仲良くあの世逝きだ。そこまで付き従う恩義でもあるのか?」
「そんなモンねぇよ。言ったろ? 傭兵にとっちゃ、待遇が全てだって」
「じゃあ、何故?」
エドワードの静かな問いに、男はゆっくり、目を閉じて。
「……放っておけねぇだろ。あんなボウズが、悪い大人に騙されて、死にに行こうとしてんだぞ。止められるなら、止めてやりてぇじゃねえか」
「おまえ……」
「アンタ、名前は?」
互いに本音を開示したからだろう。男の纏う空気から、一気に警戒のトゲが抜けた。
エドワードも肩の力を抜き、酒のグラスを手に取って回す。
「俺はエド」
「エド、か。俺はダン」
「ダン。はっきり言ってくれ。お前は、この紙に書かれてる〝計画〟に反対なんだな?」
「普通はそうだろ。貴族のお家騒動でどこぞの屋敷に奇襲かけるなら、相手次第じゃ大事にはならねぇけど、攻め入る先が〝あれ〟じゃ大問題だ。〝計画〟の詳細知った奴から逃げてくから、今じゃ〝雇い主〟も警戒して、標的のことは徹底的にぼかしてるけどな」
「……止められるなら、止めてやりたいって?」
「…………あぁ」
力なく頷き、男――ダンはエドワードへ視線を流してくる。
「エド、兄弟はいるか?」
「あぁ。妹が一人」
「妹か。どれくらい離れてる?」
「五つ下、だな」
「……可愛いだろ?」
「めちゃくちゃ可愛い。地上に降りた天使だ、俺の妹は」
「だよな。……可愛いんだよ、弟妹ってのは」
歳が離れてりゃ余計だよな、と呟いて、彼は遠い目になった。
「……俺、マミア以西が故郷なんだけど。生まれた村は貧乏で、食っていくのがやっとでな。幸い、腕っぷしだけは強かったから、ある程度体が育った頃に近くの街へ出て、そこの闘技場で剣闘士になった」
「よくあるパターンだな」
「俺の戦いぶりはすぐ評判になって、どんどん大きな都市の闘技場で戦えるようになって、その分金もたくさん手に入った。入った側から故郷へ送ってるから、俺の手元には残らねぇけど」
「立派じゃないか。強くなって偉くなるほど故郷を忘れる恩知らずも多いのに」
「俺はそこまで偉くない。確かにこれまで手酷く負けたことはないが、だからといって相手を叩きのめして完全勝利したこともないからな。ある程度勝ち筋が見えたところで降参を促して勝つようにしてるから、派手な勝利パフォーマンスを望むお貴族様からはそっぽ向かれてるよ。仕官の話だって来たことない」
「それでか。お前ほどの奴が未だに野良で生き残ってるのが不思議だったんだ。無意味な殺生をせずに相手を降伏させられるって、むしろ今の時代の騎士に必要なスキルだろ。お前の通ってきた領地の貴族どもは、よっぽど見る目がなかったんだな」
「……急にめちゃくちゃ褒めるじゃねぇか」
「単なる事実と感想だよ」
淡々と述べ、「話の腰を折って悪かった。続けてくれ」と促すと、ダンは軽く苦笑った。
「続けるほどの内容もないけどな。戦って戦って、ようやく王都の闘技場宛の推薦を手に入れて出向いてみたら、いかにも堅気じゃない風情の輩に声を掛けられた。闘技場で戦うより割の良い仕事だって聞かされてノコノコ着いて行ったら、このザマだったってオチだよ」
「それで終わりってこともないだろ? お前はこの兵士集めの〝真相〟を知ってなお逃げ出さず、〝雇い主〟を止められるなら止めたいって踏ん張ってんだ。そんなの、よほど強い気持ちがなけりゃ出来ねぇよ」
「……強くもなんともない。ただの、くだらない感傷だ」
遠くを想う眼差しで、ダンは静かに言葉を紡ぐ。
「俺は、あのボウズと同じ、十六の歳に故郷を出た。俺の家は貧乏子沢山でな。弟妹は多くいたが……出立の日、泣いて俺から離れなかった末の弟が、無事に生きてりゃ、十六になってる頃なんだよ」
「それ、って……」
「家族が全員無事に生きてるか、それすら俺には分からねぇ。俺は剣闘士になってから、運よく読み書き計算を教わる機会に恵まれたが、俺の生まれた村じゃ、文字を扱えるのは村長一族くらいのもんだった。手紙を書いたところで家族は誰も読めないし、返事だって書けない。……近況を知りたくても、知る術がねぇんだ」
「ダン……」
「俺は長男だったから、弟妹の面倒を見るのは、物心ついたときから俺の仕事だった。エドは妹を天使っつってただろ? 俺も同じことを思ってたよ。起きてるときは生意気で、腹立つことも多いけど、すやすや寝てるあいつらの顔見たら、不思議と全部チャラになる」
「……あぁ」
「特に、末の弟とは歳が十二も離れてたから、アイツは俺が育てたようなもんでな。だからかは分からねぇけど、末の弟は俺にべったりの甘えただった」
「それは……可愛かった、だろうな」
「――可愛かった」
何かを堪えるように、拳を強く握り締め。
ダンは、訥々と、言葉を吐き出していく。
「金さえあったなら、家を出ようとは思わなかった。けど、あの年は特に、作物の実りが悪くて。あのままだと、全員で冬を越せないことは目に見えてた。あのままだと、一番上の妹が娼館に売られるか、末の弟が捨てられるか……それくらいなら、一番体が大きくて腕っぷしもある俺が、一か八か命を賭けるべきだって思ったんだ」
「……」
「出立の日、俺が家を出る理由を理解できない末の弟だけが、泣いて俺を引き止めてきた。アイツの泣き顔が、『行かないで』って叫ぶ声が……今でも、夢に出てくる」
「……」
「だから、だろうな。アイツと同じ年頃のボウズが、自分から破滅に向かって進んでいく様を、黙って見てられねぇんだ。お貴族様だろうが、本人の意思だろうが、年下の奴が間違ったことしてるなら、止めてやらねぇと」
絞り出すように紡がれた言葉には、故郷に心を残し、家族を案じながらもその安否さえ知ることの叶わない男の、悲壮な祈りの響きがあった。家族の無事を祈るからこそ、末の弟と同じ年頃の少年の身に起きようとしている、目の前の悲劇を素通りできない。ダンにとって、ルドルフを救うことは、故郷に残してきた弟を救うことと同義なのだろう。
(この国に、こんな祈りを抱えて生きる民がいるうちは。〝湖〟の辿る旅路も、それに寄り添う〝森〟の歩みも、まだまだ道半ばってことか)
この地に住まう全ての民が、「明日も笑顔で過ごせる」と信じて疑わない〝今日〟を生きる国を築く――。
それがジュークの、そしてエルグランド王国の前身である『湖の王国』を建国した〝湖の一族〟の悲願。
〝クレスター〟を見つけてくれたジュークと心を交わし、信じられる仲間も増えて、悲願にほんの少し近づいたかと思えば、こうして現実の厳しさを突きつけられる。友の目指すものの果てしなさに、『賢者の慧眼』を持つからこそ尚更、絶望にも似た戦慄を覚えて足が竦みそうになる。
――それでも。
「……お前が、いてくれて良かったよ」
グラスに残った最後の酒を飲み干して、エドワードは朗らかな笑みを浮かべた。
故郷へ心を飛ばすダンを引き戻すように、しっかりとその瞳を見つめ、口を開く。
「アイツの――ボウズの側に、金でも打算でも権勢欲でもなく、ただ純粋に〝アイツ〟自身を案じてくれる奴がいて、良かった。そういう気持ちは、伝わらないようで伝わってる。無意識のうちに、アイツもお前を頼みにしてると思うぞ」
己の無力を嘆いても、縮まない悲願までの道程に怖気付いても、世界は変わらない。
それならせめてエドワードは、残酷な人生を腐ることなく生きて、他者へ寄せる心を喪うことなくここまで辿り着いたダンへ賛辞を送り、彼がこの先の未来で報われるよう、己の持てる精一杯を尽くそう。
一人ひとりが寄り集まり、織り広がって、〝世界〟は構築されているのだから。どれだけ果てしなくとも、目の前の〝人〟と誠実に向き合う以外に、結局のところ悲願を達成する術はないのだ。
――覚悟を決めたエドワードの言葉を、ダンは真剣に受け取ってくれたらしい。考えつつも視線を外すことはなく、会話を続けてくれる。
「……どうだろうな。〝真相〟を知ってなお離れていかなかった唯一として、一定の信用を得てるとは思うが。だから、〝案内人〟の交代だってすんなり認められたんだろうし」
「そういや、元々の〝案内人〟は、ほとんど来る者拒まずだったって?」
「あぁ。……個人的にだが、俺は元々の〝案内人〟を信用できなくてな。立場上は俺たちと同じ傭兵のはずなのに、ボウズにやたら偉そうな物言いをしてるところを見かけたことがある。確信があるわけじゃないが、ボウズを裏から操ってる悪い大人と繋がってんじゃねぇか?」
「……ひょっとして、裏から操られてる現場を見たことがあるとか?」
「一回だけだけどな。武器を運ぶ人手に駆り出されて取引現場まで行ったときに、なんか調子良さげなキレイゴトをベラベラ喋ってる、身なりの良い男がいた。言葉のどこにも真がなくて、そのときに思ったんだ。このボウズ、もしかしなくても悪い大人に騙されて、ヤバいことをさせられそうになってんじゃないか? って」
「…………つくづく、お前がいてくれたのは、アイツにとっても俺たちにとっても、幸運だったよ」
大きく息を吐き出し、エドワードは意を決し、片手をダンへ差し出した。
「改めて名乗る。俺の名は、エドワード。エドワード・クレスターだ」
「クレ……スター、って」
「お前に隠し事はしない。だが、ここだけの話にしてくれ。――俺がここに居るのは、国王陛下のご意向によるものだ。陛下は、悪しき者に未来ある若者が誑かされ、その命を散らすことをお望みでない。彼を救い、真に裁くべき者を裁くべく、俺を遣わされた」
ここへ来るにあたり、エドワードはソラから、簡易的な『霊具』を預かってきた。見た目は呪符と変わりないが、これには簡易的な『時間読み』系の霊術の感知機能があるという。自分がいる〝今〟が何らかの『時間読み』にて見聞きされている場合、見た目呪符な〝それ〟が熱を持って教えてくれるというのだ。
何事にも完璧はないし、この霊具を反応させずに時間を読む術もあるから過信はいけないと、釘を刺されてはいるけれど。正直、ここを逃せばもう、ダンを仲間に引き込む機会はないと、直感が告げている。――〝総て〟を明かすなら、今だ。
エドワードの顔を見て、差し出された手を見て、またエドワードの顔を見て、ダンは固まってしまった。ダンは一般人より格段に優れた勘の持ち主だけれど、さすがに場末の酒場で違和感なく溶け込んでいる無頼漢風の男が『王国の悪を牛耳る、裏社会の帝王』として名高い貴族家の人間とは思わなかったか。
「この国の貴族連中は……揃いも揃って目が節穴なのか……?」
「は?」
かなり長い沈黙を数えた後、ダンの口から出てきたのは、意味がよく飲み込めない呟きであった。思わず素で首を傾げると、ダンは激しく首を横に振る。
「あり得ねぇだろ。アンタのどこに、裏社会の帝王要素があるよ。エドはどう見ても、裏からチマチマ手を回して小悪党を束ねて粋がるようなタマじゃねぇ。どっか別の国を束ねてる覇王か歴戦の勇者って言われた方が、まだ納得できる」
「褒めてんのか貶してんのかどっちだ?」
「これこそ単なる感想だろ? ――それ以上に、エドと悪事の噛み合わなさが凄いけどな。顔だけなら女を手玉に取る悪い男娼に見えなくもないが、喋ってみるとマジで顔だけって分かるし」
「……どーも」
「つーか、エドがクレスター伯爵家の若君ってことは、言ってた天使な妹は『紅の嫉妬の花咲かせる、極悪非道の君』ってことか? 妹も節穴な連中に好き勝手言われて気の毒だな」
「……は???」
今度はもっと、意味の分からないことを言われた。〝紅の花〟というからには『紅薔薇』、つまりはディアナを揶揄しているのだろうけれど。
「俺の可愛い妹が何だって?」
「……顔が怖ぇよ。言っとくが、俺じゃないぞ。さっき言ってた、武器取引現場にいた身なりの良い男と、あと〝案内人〟だった奴が言ってたんだよ」
「お前発信とは思ってない。可愛い妹が他所で悪様に言われてたら、誰だってキレるだろ。あと、顔が怖いのは生まれつきな」
「いやいや、その落差で生まれつきを主張するのは無理あるぜ?」
軽く笑って混ぜ返してくるダンは、完全にエドワードとの間合いを掴んだらしい。ずっと差し出されたままになっていた手を取り、しっかり握手を交わしてくれた。
「――国王陛下のお墨付きで彼を止めてくれるなら、願ってもない話だ。俺にできることなら協力は惜しまない」
「感謝する、ダン。見返りにってわけじゃないが、お前の〝故郷〟について、後で詳しく聞かせてくれ。民が子どもを育てられないほど困窮している状況を放置しているのだとしたら、その土地を任されている領主は、領地監督責任を放棄している可能性がある。王宮で詳しい調査を行い、領民支援へ繋げたい」
「……そんなこと、できるのか?」
「人が治めている以上、統治に完璧はないけどな。少なくとも我が国の国王陛下は、民の安寧を第一に願い、その幸福を実現するための方策は惜しまない方だよ」
自信を持って断言する。
友人の真っ直ぐな、あまねく民を思う慈悲深さを誇るエドワードの言葉は、揺るぎない強さを宿してダンへと届き。
「……あり、がとう」
エドワードの手を両手で握り、その手を額へ押し当てて、ダンは祈るように感謝を述べてくる。
軽く首を横に振り、エドワードはその手を下げさせた。
「礼を言うのはまだ早い。――まずは、彼の〝計画〟を止める策について、共有させてくれ」
「分かった」
思いがけず得られた頼りになる〝仲間〟の存在に、少しずつ変わる風向きを、エドワードは確かに感じ取っていた。




