アベルとクロード
「まさか、とは、思ってたけど……ルード」
「アイツ……どこまで馬鹿なんだよ!!」
エドワードからルドルフの謀叛計画とその動機について聞かされたクロードとアベルは、しばらく声もなく震え、やがて搾り出すように言葉を吐き出した。エドワードが話すまでもなく、聡明な少年たちは、ルドルフが武器と戦闘職の人間を集めているのを目の当たりにした時点で、最悪の想定くらいはしていただろう。
それでも。〝ひょっとしたらそうかもしれない〟と〝間違いなくそうである〟の間には、天と地ほどの違いがある。どれほど覚悟していても、衝撃を受けずにいられるわけではない。
「幸い、この件は国王陛下もご存じだ。陛下は王国におけるクロケット男爵家の重要性とルドルフの将来を鑑みて、なるべく彼を傷つけない方向で事態を収束させることを望んでいらっしゃる」
「……ジューク様がお優しく慈悲深いことは、もちろん存じていますけれど。一度でも王国に弓引こうとした者を、未だ事態が表沙汰になっていないとはいえお許しになっては、周囲に示しがつかないでしょう」
「真面目だな、クロード。言いたいことは分かるが、何事も時と次第によるってやつだ。今回の場合、ルドルフの陛下に対する叛意の源は、姉を後宮に奪われたという、その一点にあるだろう。実際のところ、クロケット家に側室内示は降っておらず、ナーシャ嬢の強い希望による入宮だったわけだが、そもそもアイツが〝後宮〟なんざ作らなけりゃこうはならなかったわけだから、まるっきり的外れの恨みってわけでもないし」
「〝そもそも〟を論じるのであれば、そもそもルードがアプローチを間違えなければ、姉君がアイツとの距離を測り損ねて追い詰められるようなこともなかったのでは?」
「非の打ちどころのない正論だが、まぁそう言ってやるなアベル。恋愛なんざ、程度に個人差はあれど、人間の頭ん中から理性を奪うモノなんだからよ」
友人に厳しい若人たちに苦笑しつつ、エドワードはお茶を一口飲んで、天井を仰ぐ。
「クロードは既に知ってるし、アベルもクロードや姉君から聞いたかもしれんが、ジューク――国王陛下は、後宮を徐々に縮小し、最終的には解散することを考えておられる。そうなれば、ルドルフがナーシャ嬢を求めるのに障害はなくなるわけだが……これもまた、王宮内のトップシークレットだからな。現状だけ見りゃ、ナーシャ嬢は王宮の求めに応じて入宮したにも関わらず、一年近くもの長期に渡って不遇な環境に置かれ、やっと身分と功績に見合った待遇を受けられても、王の訪いがあるわけでもなく――体のいい人質として飼い殺しにされていると思われても、文句は言えない」
「……心の底から愛する女性がそんな苦境にいるとなったら、あの正義感の塊みたいなルードが黙ってるはずもない、か」
「だから、ルードはいつも猪突猛進すぎるんだって……!」
その突破力があったから、俺たち、友だちになれたようなもんだけど……と頭を抱えたクロードは、しかし本題を忘れはしなかった。
ぎゅっと両手を組みつつ、縋るような眼差しをエドワードへ向けてくる。
「つまり、エドワード様……だけではなく、おそらくは陛下も、ルードの動機がクロケット嬢にあるのなら、〝謀叛〟が現実となる前にアイツを止めることはできると、そう考えていらっしゃるのですね?」
「――半分正解で、半分外れ、だな」
そう答えつつ、エドワードは意味深に笑ってみせる。
明らかに呑まれた様子の二人にまだまだ若いなと思いつつ、エドワードはずいと身を乗り出した。
「ルドルフの実行力はさて置いて、今回の計画とその進行速度は異常だ。俺たちはこの謀叛自体、〝敵〟が仕掛けた罠の可能性が高いと踏んでいる」
「……確かに、いくらルードの実行力がぶっ飛んでいても、アイツ個人で外国から武器の密輸なんて、できるわけないですね」
「そういうことだ。革新派の中枢でもあるクロケット男爵家の嫡男を〝謀叛〟の首謀者に仕立て上げれば、家だけでなく派閥全体がダメージを受ける。それを狙って仕掛けられた罠だろう」
「そんな罠にあっさり引っ掛るなよ……もっと警戒心持てって」
「あのルードだもん。思い込んだら走り出すって……」
アベルとクロードは、目に見えてしょんぼりしてしまった。純粋な恋心を利用された友人を思うと、怒りや呆れよりも切なさが勝つのだろう。
若者を無意味にいじめて楽しむ趣味はエドワードにないので、ここらで種明かししようと、口を開く。
「そう落ち込むな。確かに分かりやすい罠に引っかかりはしたが、言い換えればルドルフは現在、最も〝敵〟の内実からほど近い位置にいるんだ。……そのポジションを活かせば、連中を丸裸にすることだってできるだろ?」
エドワードの言葉を聞いたクロードとアベルは、三拍間、きっちり数えたように沈黙し。
その後、弾かれたように、二人揃って飛び上がった。
「そっ、それって……! まさかエドワード様、ルードを寝返らせて、敵の内情を探らせるおつもりですか!?」
「確かに、上手くいけば、敵の情報を一気に手中へ収められますが……まず、ここまで覚悟の決まったルードが、そうそう容易く〝陛下側〟の話に耳を傾けるかどうか……」
「――手はある。だが、この〝手〟をルドルフまで届かせるには、二人の力が必要不可欠でな」
断言し、エドワードはいよいよ、全反撃作戦について、語って聞かせた。
側室筆頭『紅薔薇』がスタンザ帝国へ国使として赴き、持ち帰ってきたものの中に、王が側室を臣下へ下げ渡す、〝下賜〟という制度の知識がある。
それをエルグランド風にアレンジした『下賜制度』を新たに作り、後宮の側室たちが王宮官吏、及び貴族へ嫁げる制度を密かに法制化した。
ルドルフが密偵の役目を過不足なく果たした暁には、その功をねぎらい、『下賜制度』の映えある最初の一人としてナーシャを〝下賜〟すると約束し、クロケット姉弟を取り込む――。
「大枠は、ざっとこんな感じだな」
「またとんでもない無茶苦茶を……」
「下賜……? 異国の宮殿には、そのような仕組みがあるのですね……」
「ウチと違って、後宮に美姫が数百、数千人と集うのが常態化してる国だからな。ぶっちゃけ、その時代の財政状況によっちゃ、そこまで女を養う体力もなかったんだろ。だからって無意味に殺してちゃ暴君の誹りは免れないし、そうなったら金持ちの臣下に養ってもらうのが、確かに手っ取り早くはある」
「驚くほど夢のない分析ですね……」
アベルのツッコミに苦笑して、クロードが遠い目になった。
「『下賜制度』早期実現のため、陛下と宰相閣下が連日深夜まで会議してらしたのは、キースさんの様子を見て何となく察していましたけれど。まさかもう、法制化の目処が立っているとは」
「もともと、外宮室が叩き台を作ってくれてただろ? それをジュークとヴォルツ小父さんと、あとついでにウチの親父が叩いて捏ねてブラッシュアップした感じらしい。何でも、ディアナからスタンザの〝下賜〟について説明を受けた時点で、『早めに実用段階まで持っていって損はない制度だ』っつー、ヴォルツ小父さんと親父の見解が一致したんだってよ」
「判断が早い」
「俺らの親世代は、揃いも揃って人間辞めてるからなー」
ちなみに、『下賜制度』法制化までの一部始終は、ソラが密かに『千里眼』封じを張ってくれた、王宮内のとある隠し部屋にて行われていた。「この制度が作られていることは、なるべく世間から隠した方が良い」というデュアリスのアドバイスによるものだが、ここまで来ると父の『賢者の慧眼』は未来すら見通せるのではと空恐ろしくなる。
「どうだ? こちら側に寝返りゃ、確かに危険は大きいが、その見返りもとんでもない。クロケット家としてじゃなく、ルドルフ個人の功績が立てられて、ほぼ確実にナーシャ嬢を娶ることができる。聞く耳を持つ可能性は、ぐんと跳ね上がると見てるんだが」
「まぁ……跳ね上がりはするでしょうけれど」
「ルードは、裏取引とか、相手の弱みに付け込んだ交渉とか、そういう小細工を好まない節があるので……聞く耳は持っても、受け入れるかどうかは半々かと」
「……なるほど」
やはり、計画実行前にクロードとアベルを引き込むべきという考えは間違っていなかった。エドワードはルドルフのことを、あくまでも又聞きでしか知らない。実際に彼を知り、親しくしている人間からの情報は、値千金である。
(……となれば、利益をちらつかせつつ情に訴えかけるのが、一番の上策か。ディアナはナーシャ嬢に王以外の〝想いびと〟の存在を明かしたようだし、こっちもそれで攻めてみるかな)
素早く計画の細部を組み立てていくエドワードの前では、クロードとアベルが何やら顔を見合わせていた。
無音での相談が終わったのか、ややあって、クロードが少しだけ身を乗り出す。
「あの、それで。俺たちは何をすれば良いのでしょうか?」
「あぁ。君らはルドルフの友人だろ? しかも、三人が仲良くなったのは、きっかけこそディアナでも、完全に君ら自身の意思によるものだ。ぶっちゃけ、アベルとルドルフが外宮室からクロードをかっ攫うほどの仲になってるなんて、俺たちも話を聞いて初めて知ったくらいだからな」
「……えっと、はい。そう、ですね?」
「――つまり。クロードとアベルは〝敵〟にとって唯一、自由意思でルドルフにまとわりついて、彼のペースを乱してもしょうがない存在って見られてる可能性が高い。その立場を活かせば、クロードを、俺たちの領域に引き摺り込める」
「要するに……『千里眼』の効力が及ばない場所へ、ということですか?」
理解力に長けたクロードの質問に、エドワードは真剣な表情で頷いた。
「そういうことだ。繰り返しになるが、今回の〝全反撃作戦〟は、敵方の誰にも悟られることなく計画を進めなければ意味がない。作戦の一部を知られるどころか、違和感すら抱かれた時点でアウトだ。つまり、『千里眼』が見通せる範疇で、連中が警戒している俺たちクレスター家や外宮室は、大々的に動けない」
「……そうなりますね」
「そして何より、ルドルフ本人に、違和感ある行動を取らせることもできない。俺たちにとってもそうだが、連中の立てた策にとっても、ルドルフは〝要〟だ。当然、作戦からズレた行動をしないよう、ズレてしまった場合はすぐに軌道修正できるよう、随時『千里眼』による監視が入っているだろう。集まった傭兵の中に、連中と通じている輩が紛れ込んでる可能性もあるな。『千里眼』で遠距離から、近くで直接見張れば、互いの死角を補い合えるだろうし」
「その監視の目を掻い潜ってルードと接触し、味方へ引き入れなければならない、ということですか」
「結構な難易度では……?」
判断力に優れたアベルの呟きを受け、エドワードはもう一度頷いて。
「そう、難易度はかなり高い。だから、君たちの協力が必要になる」
「俺たちに『千里眼』を封じる力とかないですよ?」
「まぁ、個人を対象とした〝封じ〟もあるらしいんだけどな。この段階で『千里眼』封じが関係者に仕掛けられるとか不自然極まりないし、もう既に『千里眼』を封じられている場所へルドルフを招いた方が手っ取り早くもある」
「そうは仰いますが……こちらのお屋敷にルードを招くのも、それはそれで不自然だと思うのですが」
「実はな、クロード。この屋敷以外に『千里眼』封じが施されている場所が、まだあるんだ」
「えっ」
「そ、それはどちらで……」
「――君の住まい、ユーストル侯爵家の王都邸だよ」
アベルが目を丸くし、クロードもまた、目をぱちぱちさせながら驚いている。
少年たちの素直な反応を微笑ましく思いつつ、エドワードは続けた。
「まぁ正確には、王都にある『牡丹』を除いた側室の実家の家、ストレシア侯爵邸、ユーストル侯爵邸、キール伯爵邸の三箇所だな。お三方が〝国王派〟に加わってくださった時点でかけといてもらったんだよ。今後、人を招いて密談する機会も増えそうだったし」
ジュークの勢力拡大工作に、クレスター家は表向き関われない。表の政には、昔も今も徹底的に不干渉を貫く立場だからだ。
クレスター家が担えない役割を買って出てくれた方々こそ、娘繋がりで味方となってくれた、ストレシア、ユーストル、キールの三家。最も頼りになる味方であり、〝国王派〟にとってなくてはならない彼らは、何がなんでも守らねばならない。その対策の一つとして、王都の邸の守備を強固にしたのである。
その辺のことをざっくり説明すれば、アベルは目だけでなく、口まであんぐりと開けた。
「ぜんっぜん知らなかった……父上の狸芸、相変わらず子どもにも容赦ない……」
「つ、つまり、アベルの自宅の中も、『千里眼』では覗き見できないということですね?」
「そういうことだ。ユーストル邸の守りを固めた経緯も時期も今回の一件とは関わり合いが薄いから、仮にルドルフがアベル絡みで訪れることがあっても、違和感は抱かれにくいだろう。まさに、偶然の僥倖ってやつだ」
――それからエドワードは、現段階で考案中のルドルフへの接触案と、ユーストル邸までの誘導策、そして懐柔の仕方まで、余すことなく語ってきかせた。少年二人は、時に呆れ、時に驚き、たまに考え意見して、知らず知らず、エドワードの案をブラッシュアップしてくれる。
「――よし。ひとまず、当日の動きはこんな感じでいくか」
「地味に責任重大ですね……」
「大丈夫だって、アベル。アベルは無自覚かもしれないけど、君だって充分、ユーストルの伝統芸は受け継いでるもん。どこの誰が『千里眼』なんて芸当を使ってるのかは知らないけど、相手がよっぽど人間観察に長けた人じゃない限り、作戦遂行は問題ないよ」
「他人事みたいに言ってるけど、『千里眼』使いを騙すのはクロードもだぞ?」
「うーん……正直俺たちは〝今まで通り〟やってれば良いだけだから、あんまり騙す感もないっていうか」
「さすが、仕事中毒者は言うことが違う」
「ちょっと待って。誰が仕事中毒者だって?」
「休みの日まで自主的に職場へ出向いて、上司に隠れてコソコソ仕事してる奴が仕事中毒じゃなかったら何なんだよ?」
「終わらないからやってるだけで、別に中毒ってわけじゃないもん!」
結構重大な秘密の共有者となり、かなり重要な作戦のキーマンを任された直後にも拘らず軽口を叩き合う少年たちに、こいつらは将来大物になるなぁと頼もしく思うエドワードであった。
『この〝策〟を完璧なものとにするには、お兄様や『外宮室』、そして〝彼ら〟に、〝裏側は何も知らないフリをして、ナーシャ様やルドルフを心配しつつ、説得は後宮組に任せて、現在名前が判明している外宮関係者の調査を進めているように見せかける〟と、いった具合で動いて頂く必要がありますよね?」
『他にも〝協力者〟は必要だろうけどな。大枠はそれで、詳細詰めてくか』
『詳細詰めるって言っても、要は連中に気付かれずナーシャさんとクロケットの坊ちゃんを抱き込む第一段階と、第一段階が成功してからの、坊ちゃんの密偵のフォローを行う第二段階をどう進めてくかって話でしょ? どっちも出たとこ勝負なところ大きいよね』
『だからと言って無策というわけにもいくまい。むしろ、クロケット子爵令嬢の状況がある程度把握できている後宮側と違い、ルドルフの説得を不自然にならないよう行うのは至難の業だぞ』
『相手にほぼ確で『千里眼』使いがいるだろう現状が厄介過ぎますね……』
『カイとジューク、どっちの言い分も一理はある。無策は避けたいが、かといってルドルフがどう出るかはその場になってみないと読み切れないからな。詳細っつってもガチガチに固めず、臨機応変にいくさ。カイの言うとおり、まずは第一段階を成功させるところからだ』
情報共有会議の夜、『全反撃作戦』が固まったところで、ルドルフの友人であり、最初の情報提供者でもあったクロードとアベルを〝協力者〟として巻き込むことは決定事項であった。彼らは、ルドルフが武器と人を集めていた現場を目撃していた生き証人でもあるのだ。下手に隠すより、作戦の一部として巻き込んでしまった方が安全である。
あの夜に決めたのは、ルドルフの説得を『千里眼』封じが施されたユーストル王都邸で行うことと、そこまでの誘導をアベルに頼むというところまでで、具体的な進行はエドワードに一任された。クロードが若いながらも優秀な官であることはエドワードも知っているが、アベルにどの程度〝託せる〟のかは、実際に話してみないと分からない。ディアナの体感では「大役に怖気付くような子ではない」とのことだったけれど、最終判断は実際にエドワードが話してから下すことになっていて。
(結論だけ言えば、ディアナの肌感覚が正しかった、ってところかね。あの〝ユーストル〟の後継が、若いからって侮れるような人間じゃないことは分かってたが。自信なさげに見えて度胸は人一倍とか、次代もなかなか、アクが強そうだ)
すっかり自分を棚に上げて一人ごちるエドワードの前では、軽口の叩き合いから〝ルードを捕まえられたら何を話すか〟に話題がシフトした少年二人が、飽きることなく言葉を交わし合っていた――。




