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悪役令嬢後宮物語  作者: 涼風
にねんめ
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全反撃に備える兄は


「……改めて思い返すと、ナーシャ様には感謝してもしきれません。わたくしたちの言葉をナーシャ様が信じてくださったからこそ、この〝策〟は成り立ったのですから」


 ナーシャが〝協力者〟となってくれるまでのあれこれを思い返していたディアナは、改めてしみじみ、彼女の懐の深さに感じ入った。

 思わず零れ落ちた呟きに、隣で一枚布(スクリーン)に投影されたリアルタイムを追っていたシェイラが反応する。


「ディー? 突然どうしたの?」

「ナーシャ様にご協力を持ちかけた日のことを、ちょっと思い出してね。時間に余裕がなかったとはいえ、かなり荒っぽいやり方だったのに、ナーシャ様はよく受け入れてくださったなぁ、と思ってたの」

「……似たようなことを、ナーシャ様も仰っていたわ。『差し伸べられた救いの手を何度も何度も跳ね除けて、不義や不敬を繰り返した私を、ディアナ様はどうして迷うことなく助けようとされるのでしょうか?』って」

「えぇ? 目の前で危険に晒されてる命があって、助けられる手段があるなら、誰だってできるだけのことはするでしょう?」

「平凡に生きてる、ただの民ならそうだけど。ディーとナーシャ様の場合、お互いの立場ってものがあるじゃない?」

「立場ねぇ……ウチってそもそも、そういう〝立場上のしがらみ〟みたいなのを心底嫌がって、今のスタイルに落ち着いてる家だから。あんまり、貴族だから、伯爵家だからこう振る舞うべき、って育ち方はしてないのよね」


 立場なんてものを気にしていたら、そもそも〝王家の試金石〟なんて呼ばれるようなポジションに三百年以上も収まれはしない。クレスター家は非公式ながら、エルグランド王家にとって唯一対等な〝友〟であり、彼らの治世が民に苦境を強いるものでないかを冷徹に見極める〝監視者〟でもあるのだ。王族だの爵位だの、そんなものに拘っていちいち忖度していては、〝試金石〟足り得ないだろう。


「第一、ナーシャ様はお腹の中のお子を陛下の御子と偽りたくて密通されたわけではないし。密通自体、ナーシャ様にとっては事故みたいなもので、お子が宿ってしまったのも偶然でしょう? 国母を詐称すべく不義を働かれたなら国家に対する叛逆だけれど、そうでないなら別に罰する必要性もないんじゃない? 現後宮においては特に、ね」

「そういう考え方が、まさしく〝クレスター家〟ね」

「ヨランダさん、それって褒め言葉です?」

「貶してはないけれど……純粋な感想、と言っておくわ」


 ヨランダとレティシアのやり取りに、シェイラがくすっと笑う。


「僭越ながら、ナーシャ様にもそのようにお伝えしておきました。『立場やしがらみに囚われず、助けたいと、助けるべきと思った相手へ迷わず手を差し伸べるのがクレスター家であり、ディアナ・クレスターという人だから』と」

「……それはどうも」

「ついでに言っておくと、ナーシャ様へご協力をお願いするまでの経緯に関しては、ご本人が『少々強引に来て頂いたからこそ、ディアナ様の本心を信じて、差し伸べられた手を取ることができました』と仰っていたわ。結果論になるけれど、ナーシャ様にはあのアプローチで正解だったのよ」

「シェイラの言ってることは分かるけど……」

「ディーってホント、計算して他人の心を振り回すような策略が得意じゃないというか、できなくはないけどディー自身のダメージも甚大よね」

「敵ならまだ、自業自得って割り切れるけど。ナーシャ様はシェイラの大事な友だちで、『紅薔薇』にとっても庇護対象で、彼女の実家も含めてまるっと味方にしたい相手、ってなったら、そりゃ敢えてお心に負荷をかけるようなやり口は、できるなら避けたいくらいは思うでしょ。事情を知れば許せる範囲を狙ったところまで含めて、相手によっては姑息と思われかねないもの」

「〝相手によっては〟でしょう? ナーシャ様は気にしていらっしゃらないし、むしろ感謝しておいでなんだから、いつまでも気にしなくて大丈夫よ」


 明るく笑って断言し、シェイラは一枚布(スクリーン)で展開されている、カイによる敵方の霊力者(スピルシア)捕縛の一部始終へ視線を流した。


【くそっ! 放せ!! ……何故だ、何故死ねない!!】

【俺の霊力(スピラ)の本質は『打破』だって言ったの忘れた? ――お前らが仕込んでる自殺用の霊術(スピリエ)くらい、片っ端から破れるよ】

【ばか、な……! 俺を、生かして……なに、を】

【んー? まぁ父さんなら、お前の死体さえあれば、その過去全部丸裸にするくらい、造作もなくできるんだろうけどさ。慈悲深い俺の女神は、なるべく生かして捕縛するのをお望みだから?】

【ぁ……】


 一枚布(スクリーン)に映っているのは、あくまでもカイから見た景色であるため、カイ本人が映像に登場することはない。が、大映しになった(拘束するため接近しているため、必然的にカイと『千技』の距離が近くなっているためだろう)敵の表情が絶望に染まり、そのままの顔で気を失ったのを見るに、よほど恐ろしい顔をしたらしい。


「……カイさんの方は、問題なく片付いたみたいですね」


 映像越しに顛末を見届け、そう呟いたシェイラは、本人無自覚だろうけれど、冷ややかな、威厳のようなものを纏っていた。……人一人が絶望に堕ちていく様は、敵味方関係なく哀れを誘うものだけれど、玉座を預かる国王とその伴侶は、軽々しく情動に振り回されるべきではない。『千技』には『千技』の正義があったのは確かでも、その正義によって為されたことが王国に害を与えるものであるなら、頂点たる国王夫妻は彼に寄り添ってはならないのだ。


(シェイラはそういう割り切りが上手よね。割り切りはするけれど、だからって薄情なわけではないし。……シェイラがこの時代に生まれ、陛下と巡り逢って想いを通じ合わせてくれたのは、まさしく天の采配だわ)


 その素質も、気質も。シェイラは実のところ、為政者向きなのだ。後宮に入ったばかりの彼女は、叔父夫妻によって虐げられてきた日常が身に染みすぎて自信がなく、己を卑下する癖が抜けなかったけれど、それももう過去の話。王国の一流たちから正妃教育を受けるようになってからは、その教えを余すことなく吸収し、立ち居振る舞いや考え方も洗練されて、国の頂点を担うに相応しい気品を身につけつつある。ディアナ不在の中でナーシャの問題にぶつかり、それを皆の力を束めて乗り越えたことで得られた自信は、この先も揺らぐことないシェイラの軸となるだろう。予想していたよりもハイペース、かつ堅実に、シェイラは〝正妃〟としての足場を固め、その風格を高めつつある。


(終わり良ければ――ね。後宮の規模縮小がどの程度上手くいくかにもよるけれど、早ければ来年中には、〝シェイラ正妃〟への目処が立つかも)


 この先の展望について思案しつつ、ディアナは一枚布(スクリーン)に映る、縄と、おそらくは何らかの霊術(スピリエ)でしっかり拘束された『千技』にホッと息を吐き出した。


霊力者(スピルシア)の方は、これで問題ないでしょう。……後は、城門前ですね」

「そちらについては、エドワードが〝送信符〟を所持してくれています。切り替えましょうか?」

「はい、お願いいたします」


 ディアナの首肯を受け、ソラが〝受信符〟に手をかざすと、カイサイドの映像が途切れる。

 壁にかけられた白く大きな一枚布が、ありのままの姿を取り戻す。――が、その時間は長く続かなかった。


【――ちぃっ! 連中、往生際が悪りぃぞ!!】

【だと思うぜ! 奴らにしてみりゃ、ここで自分たちが〝国賊〟にされちまったら、計画の全部がおじゃんだからな! そりゃ、死に物狂いで抵抗もするだろ!】

【付き合わされる末端の兵士連中はたまったもんじゃねぇぞそれ!】

【あの戦いぶり見るに、しっかりバッチリ洗脳され済みだろ! 気の毒だとは思うが、同情に足掬われるな!!】


 エドワードと、もう一人聞き覚えのない声は、ルドルフが集めた〝叛乱軍〟の中でも軍師的役割を担っているという男のものだろう。意気揚々と叛乱軍へ潜入したエドワードと馬が合い、全力で味方へ引き摺り込んだと聞いている。


【この正面を突破されたら王都に被害が出かねない! 何としても食い止めろ!!】


 そして、姿は見えないが、〝叛乱軍〟を鼓舞するルドルフの声も、剣戟音に負けることなく聞こえてくる。


「これだけ声が響くということは……ルドルフ殿、まだ馬上にいらっしゃるのではない? 乱戦の中に紛れるならともかく、馬上なんて目立つところにいては危険でしょう」

「ライアの言う通りね。スタンザとの内通を疑われないため、ベルティア侯爵とカロッグ伯爵の領軍は火薬武器を持ち込むことはしないにせよ、弓部隊くらいは用意しているはずよ」

「お二人のご懸念は尤もですが、おそらく、敢えての配置かと。乱戦の中、一際目立つ馬上から味方を指揮し、鼓舞する〝大将〟が最も危険であることは、戦の素人でも分かります。ルドルフを敢えてその位置へ置き続けることで、危険を省みることなく国と陛下へ忠節を尽くした誉ある貴公子であるというイメージを植え付けるのが狙いと思われます」

「……つまり、ルドルフ殿の〝役割〟も含め、エドワード殿の采配ということ?」

「ライアさんのような貴族の中の貴族としてお育ちになった方にこんなことを言っては、身内の恥を晒すことにしかなりませんが……兄は何というか、『どうせ命張るなら、張った命以上の見返りがないと損』とか言う程度には、戦闘行為に対する損得勘定がシビアでして」


 エドワードと年齢も近いライアとヨランダは、ディアナの解説に開いた口が塞がらない様子だ。意味もなく謝りたい気持ちになりながら、ディアナは目まぐるしく動く画面を遠い目で眺める。


「もちろん、本当にルドルフへ危害が及べば、作戦台無しどころの話ではありませんから、彼の命を守るべく、最大限の備えはしていると思います。敵方の弓矢をろくに使えないものへすり替えたり、もしも火薬武器を隠し持っていれば、こっそりその武器を使えないように細工したり、その程度の対策は取っているかと」

「――追加して、対象者の命を脅かす攻撃が身に迫った場合に発動する『結界』の呪符を頼まれましたので、お渡ししております。エドワードはこの短期間でよく霊術(スピリエ)を扱えるようになり、呪符の特性や使い方にも慣れてくれましたので、クロケット子爵子息の守りに関し、不測のことは起こる可能性は極めて低いでしょう」

「……話にだけは聞いていたけれど、エドワード殿は生まれてくる時代を間違えたわね。戦乱の世に生まれれば、稀代の将軍として歴史に名を残したに違いないわ」

「どうでしょう。下手にクレスターの家名を歴史に刻んで子孫の足枷にはなりたくないと、戦場に出る際は無名の無頼を装うくらいの小細工はしそうな気がします。――というか、今がまさに〝それ〟ですね」


 戦闘中のエドワード視点は一瞬たりとも定まることなく左右上下へ動き、映像から状況把握するどころの話ではないが(おそらくエドワード自身、視覚のみで敵を認識しているわけではないのだろう)、音声と人が吹っ飛ぶ残像で、兄が無双していることくらいは分かる。『賢者』時代も含め、軽く二千年以上に渡って直系を繋いできたクレスターの歴史の中で、肉体言語派の当主は珍しくもないにせよ、エドワードほど〝戦闘〟の才能に恵まれた存在は稀少だ。直近だと、それこそ『アズール内乱』時代の当主の長男が剣の妙手だったと伝わっているけれど、あくまでも剣の扱いが上手かっただけで、エドワードのように戦闘全般に優れていたわけではないらしい。

 ――次期クレスター伯爵という身分を隠し、〝いち無頼漢〟として〝叛乱軍〟に潜入するようなムーブを平然とやらかすのは、後にも先にも、きっとエドワードくらいだろう。


(……まぁ、お兄様がそういう無茶をさらっとこなせる方だったから、ナーシャ様が書いてくださったルドルフを説得する手紙を、敵方へ怪しまれることなく届けられたのでしょうけれど)


 秘密裏にナーシャの協力を取り付けたディアナが、彼女に頼んだことは、大きく分けて二つ。


 ひとつ。後宮内では基本的に、ディアナとこれまで通りの距離を保ち、〝数日おきに説得されつつも沈黙を貫き、ルドルフを守ろうとしている〟風を装うこと。『千里眼』を使ってくる敵を欺くため、欠かせないこの偽装工作には、シェイラとリディルも協力してくれた。


 そして、二つめの頼みは。


「ルドルフ殿へ、全ての事情を詳らかにし、わたくしたちに力を貸して欲しいと持ちかける手紙を、書いて頂きたいのです」


 ディアナの頼みを、ナーシャは快諾し。その日の夜のうちに長い長い手紙を書き上げ、密かにリディルへ託けてくれた。

 相当な枚数を書き綴ったのであろう、手紙というには分厚い書簡は、リディルからディアナへ、ディアナから『闇』へ、『闇』からエドワードへと速やかに渡り。


(詳しくは聞いてないけれど、お兄様のことだから、常識外れのやり方でルドルフを懐柔したのでしょうね)


 今まさにリアルタイムで常識外れな動きを披露している兄へ思いを馳せ、ディアナはしばし、友人たちと共に映像鑑賞へ耽る――。



  ■ ■ ■ ■ ■



 ――いかにして、ディアナから預かったこの分厚い〝手紙〟を、敵方へ悟られることなくルドルフ・クロケットへ届けるか。


 近年稀に見る最難関ミッションを前に、エドワードがまずしたことは、『外宮室』を通じてルドルフの友人、クロードとアベルを抱き込むことであった。

 王都における霊力者(スピルシア)的最安心地点、クレスター伯爵家王都邸へ密かに二人を招き入れ(表向き接点のないアベルは、わざわざ多人数の業者による搬入搬出作業に紛れ込ませるという徹底ぶり)、エドワードは少年たちと対面する。


「済まないな、クロード、アベル殿。わざわざ来てもらって」

「とんでもない。お疲れ様です、エドワード様」

「だ、大丈夫です!」


『外宮室』の仕事を通して気心が知れているクロードはともかく、アベルと個人的に話をするのは初めてだ。とはいえ、既にディアナと誼を結んでいる相手。遠慮は無用だろうと、最初から対貴族の仮面を被ることなく、エドワードは応接室のソファーに並んで座る二人の斜め前へどかりと座る。


「ひとまず、楽にしてくれ。――まずは挨拶だな。初めまして、アベル・ユーストル殿。クレスター伯爵嫡男、エドワード・クレスターだ。妹が世話になっている」

「そっ、そんな、とんでもない! ディアナ様のお世話になっているのは私の方です!」

「畏まらないでくれ。この場での会話は全て〝ここだけ〟だ、貴族の礼儀作法だとか地位に見合った振る舞いだとか、そんなモノをいちいち気にしていたら、進む話も進まなくなる」

「……ではどうか、俺のことはアベル、と。まだ学生でしかない俺は、エドワード様ほどの方から敬称で呼ばれるような人間ではありませんから」

「そうか? 君が良いなら、アベルと呼ばせてもらうが。とはいえ、学生という身上をそこまで卑下することもないだろう」

「いえ。俺は姉上と違い、ユーストルが代々受け継いできた社交術も得意ではありませんし。既に立派なクレスター伯爵家の跡取りとして活躍していらっしゃるエドワード様から敬称をつけられるような身ではないのです」

「ユーストルが社交術を磨いてきたのは、王宮の趨勢を見極め、権力に阿ることなく家門を、ひいては家門が守るべき民を安定して守っていくためだろ? 話を聞く限り、物事を務めて客観的に俯瞰して見るアベルの観察力は、年齢以上のものがある。それは社交術の達人でいらっしゃる姉君に勝るとも劣らない、君個人の能力であり、強みだ。独立不羈の精神を貫いてきたユーストル家を継ぐに相応しい資質だと思うが」


 思ったままをつらつら述べれば、アベルの瞳が大きく見開かれた。その素直な反応は、なるほど確かに、ユーストル家が得意としてきた〝腹黒狸芸〟にまだ染まっていない初々しさだ。とはいえ、社交界での振る舞いなど、正直なところ場数を踏めば嫌でも慣れていくものなので、アベルも回数を重ねれば自然とユーストルらしい振る舞いが身についていくのだろうけれど。


「……次世代の重鎮のお一人と呼び声高いエドワード様に、まさかそこまでのご評価を頂いているとは思いませんでした」

「突然ぶっ飛んだ〝呼び声〟が出てきたな? 陛下の側近の二人はともかく、俺は重鎮でも何でもないぞ。知っているとは思うが、ユーストル家と同じくクレスター家も、政治の中枢には不干渉の立場だ」

「もちろん、存じ上げております。――それが〝表向き〟ということも含めて」

「……まぁ、な」


 クレスター家が王宮で使える権力など無に等しく、中枢から遠い家であることは揺るぎないけれど、代々王家と個人的に繋がり、裏で諸々やらかしている以上、中枢と全くの無関係とも言えないのは確かだ。ユーストル家もまた、同じように権力から距離を取ってきた保守中立の貴族家として、〝クレスター〟の真相に独自でかなり近づいていたのだろう。そこにダメ押しでそれぞれの家の娘が親しくなることで、一気に確信を強めた、というところか。


「及ばずながら、俺もまた、エドワード様と同じく、家の次代を担う身です。その道の先達として、色々とご教授頂ければありがたく存じます」

「俺が教えられることなんて、そうなさそうだけどな。単純に、次期当主の仲間が増えるのはありがたい。――アベル、よろしく頼む」

「こちらこそ。よろしくお願いいたします」


 アベルとエドワードの挨拶が一段落したところで、こちらは双方と知り合いなクロードがこてんと首を傾ける。


「それで、エドワード様。本日はどういったご用件でしょう? 俺はてっきり、外宮室の先輩方がクレスター家へご用事があって、お供を仰せつかったとばかり思っていました」

「あー、オリオンとカシオに〝そういう気配〟を出してクロード連れて来てくれって頼んだのはこっちだ。――この話は、外へ漏れるといささか問題があるんでな」

「情報流出を防ぐため……? ですが、それならわざわざ、商人をご自宅へ大勢招いてまで、俺を紛れ込ませずとも。俺とクロードが一緒に出掛けている休日に、偶然を装ってエドワード様と合流するという手段も取れたのでは」

「手間だけ考えたら、そっちの方が良いんだけどな」


 何しろ、本日のアベルは(頼れるディアナの友人であるヨランダからの密かな指示により)、学校帰りにとある商店へ赴き、貴族向けの個別接待を受けている風を装いつつ、実際はその店の店員たちと共に王都のクレスター邸を訪れる、というクソ面倒な段階を踏んでいる。現状、〝敵〟サイドから最もノーマークであろう己さえ、これほどの偽装工作をしなければならない――即ち、事態は相当に深刻であるとアベルほどの若者なら察しがつくだろうし、それならもっと手軽に落ち合えた方が良いという意見も正論だ。

 ――だが。


「これから先の話は、王国でも知っている人間が限られている、超極秘計画だ。全てを秘密裏に進めることで、〝敵〟全体を丸裸にし、一網打尽にする。その〝敵〟にはもちろん、俺たちエルグランド人には馴染みのない、霊術(スピリエ)を操る霊力者(スピルシア)たちも含まれていてな」

霊力者(スピルシア)……」


 深刻そうに呟いたクロードと、無言で考え込んだアベルが、閃いた様子で顔を上げたのはほぼ同時だった。


「そういうことでしたか。エドワード様は、敵方の霊力者(スピルシア)が操るという、遠く離れた場所の様子を自在に覗き見できるという能力を、警戒していらっしゃるのですね?」

「確か……『千里眼』って術、でしたっけ?」

「ご名答。さすがだな、二人とも。理解が早い」


 笑顔で頷き、エドワードは徐に立ち上がると、予め用意しておいたティーセットでお茶の準備をした。彼ら二人の覚悟と理解力次第で話す内容を変えようと思っていたが、この分なら詳細まで説明しても大丈夫だろう。となれば、話は長くなりそうだ。

 植物を自在に操る妹のおかげか、エドワードもお茶くらいなら自力で美味しく淹れられる。初めてクリスを自分で淹れたお茶でもてなした際は、「エドワード様の淹れたお茶が美味しいとか、想定の範囲外にも程があるんですけど」とかなり本気で驚かれた。

 ……と、昔の話は置いておいて。


「『千里眼』は、その特性さえ理解してしまえば、そう厄介な霊術(スピリエ)でもないらしい。汎用性が高いだけに、対抗策もそれなりにあるって話だ。だが、人は〝隠されているもの〟をこの上なく警戒し、その周囲の動きから、どうにか相手の実情を探ろうとする、疑り深い生き物だからな。俺たちにまつわる場所全てで『千里眼』を封じるのは不自然だし、もっと言えばその動きだけで、俺たちが何か企んでいると知られてしまいかねない」

「な、なるほど。だから王宮も、敢えて守っていないんですね」

「そういうことだ。現在、王都で完璧な『千里眼』封じが為されている場所は、まさにここ、クレスター伯爵邸のみになる。だから、面倒をかけて申し訳なかったが、二人にはウチまで来てもらった」

「それも、俺たちを呼んだと、〝敵〟に気づかせないように――ですか?」

「あぁ。敷地内のことを『千里眼』で見通すことはできないが、屋敷に誰が出入りしているかくらいなら、周囲を張れば探れるからな。クロード、アベルの二人を巻き込んだ時点で、こちらがルドルフをどうにかしようと策を弄していることは筒抜けになるだろ?」

「……ルード」


 ポツリとクロードが友人の名を溢し、アベルが険しい表情で身を乗り出した。


「そう仰るということは、アイツが何をしようとしているか、クレスター家の方々は掴まれたのですよね? 教えてください。アイツは、一体何をやらかそうとしているんです?」

「……君らにとって、楽しい話じゃないぞ?」

「そんなの。ルードが密かに荒くれ者と武器を集めてる時点で、予想はついています」


 アベルに引き続き、クロードも青ざめつつ躊躇いなく、踏み込んできた。

 友人を心から案じる少年たちの勇気を密かに称賛しつつ、エドワードは美味しく入ったお茶を二人の前へ置き、自らもソファーへ腰を下ろす。


「二人の覚悟は、よく分かった。この話を聞いたが最後、いやでも君たちには全ての決着がつくまで、俺たちと運命を共にしてもらう。心の準備は良いか?」

「はい」

「元より、俺たちがお願いしたことです」


 頼もしい少年たちに微笑んで、エドワードはゆっくりと口を開いた――。


これよりしばらく、ルドルフ側のお話が続きます。

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