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悪役令嬢後宮物語  作者: 涼風
にねんめ
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全反撃作戦

コミカライズ版悪役令嬢後宮物語、6巻が発売中です!

書籍オリジナル展開が鳥屋先生の美麗な絵で見られますので、ぜひぜひお手に取ってご覧くださいませ!


「……この後の私については、リディル様、シェイラ様がご存じのとおりです。本当に、色々とご迷惑をおかけして、何とお詫び申し上げれば良いか」


 長い話を静かに閉じたナーシャにリディルが無言で抱きつき、シェイラは何度も首を横に振る。言葉も出ない様子で涙を流すシェイラとリディルの二人の背を優しく叩き、ディアナはナーシャへ視線を移した。


「ありがとうございます、ナーシャ様。辛いお話も多かったでしょうに……あなた様から頂いたご信頼に、全力で以て応えると、お約束しますわ」

「勿体無い、お言葉です」


 ナーシャの口から語られたその半生は、確かに波瀾万丈ではあったけれど、幸福の中に不幸があったり、不幸の中に幸福があったりと、一辺倒でなく幸禍が入り混じる、ありふれた〝生〟でもあった。

 傍流でありながら、その能力を買われて大店の経営一族本家の養子となった父と、王都名士の末裔として生まれた母の間に生まれ、何不自由ない少女時代を過ごした。両親ともに優しく、ナーシャに惜しみない愛情を注いでくれた。それは、紛れもない幸福だ。……本家長男とその取り巻きたち(エドワードがかなり酷評していたから、〝無能〟という評価は客観的にも正しいのだろう)からの、謂れのない中傷を受け続けていたことは不幸でも、それでナーシャの幸福が削がれることはない。実父を早くに亡くしたことだけが、少女時代の幸福を手放さねばならなかった、紛れもない不幸だったのではないだろうか。

 実父を亡くし、生家を離れ、母娘二人の下町暮らしが始まって。金銭的に苦しく、お嬢様の生まれだったナーシャが家事を一手に担うこととなり、苦労はもちろん多かったと思われる。だが、無能長男からの罵詈雑言から離れ、貧しくとも母と二人で穏やかに暮らせた時間は、決して不幸ではなかったはず。

 やがて――母がクロケット男爵に見初められて結婚し、連れ子であるナーシャもまた、クロケット男爵令嬢となった。「庶民の血筋でありながら」とナーシャは己を卑下するけれど、彼女は充分な名家の生まれで、授けられた教養も立ち居振る舞いも、男爵令嬢を名乗るに不足のないものだ。だからこそ、男爵も安心して社交デビューさせることができたのだろう。


(貴族としての暮らしも、きっと。ナーシャ様にとって、嫌なことばかりではなかったはずよ)


 慣れないことも、多かっただろう。「平民の分際で」と遠回しに蔑まれたことも、一度や二度ではなかったに違いない。

 けれど、ナーシャにはルドルフがいた。心情的には頼りづらいだろうけれど、尊敬できて頼りになる、クロケット男爵もいた。

 何より、母親であるファニーが、影日向にナーシャを支え続けていたのだ。

〝家族〟に恵まれ、望むままにやりたいことへ挑戦できて、その能力と努力を認めてもらえる。そんなナーシャは、紛れもなく、幸福だったのではなかろうか。


(……ルドルフ殿との、恋だって)


 ルドルフの結婚相手に子爵位以上の家の娘を望んでいたという、クロケット男爵の考えは分かる。クロケット男爵家は、先代――ナーシャの祖父時代に爵位を与えられた、新興貴族の中でもとりわけ貴族としての歴史の浅い家だ。新興貴族が貴族社会で甘く見られないためには、同じ男爵位同士でまとまるより、少し格上の相手と縁付いて、社会への影響力を強めていった方が良い。

 母を見初め、自分たちを貴族身分へと引き上げてくれたクロケット男爵に恩義を感じているナーシャが、彼の意向を無視してルドルフへの想いを貫くことは、心理的に不可能だったのだろう。ましてや彼女の背後には、潰れかけた店を援助しろと喚く、無能長男とその取り巻きがいる。ルドルフを愛すればこそ、義理の姉で、平民の血筋で、厄介な親類縁者が付き纏っている自分では、とても彼の隣など務まらないと苦悩し、想いを封じることを決めた。……そんなナーシャの気持ちは、ディアナもよく――本当に、とてもよく、分かる。


 ……けれど。


「……お話を伺って、とてもよく分かりました。ナーシャ様と、ルドルフ殿――お二人が、どれほどお互いを想い、その想いの深さに囚われておいでかということが」

「私、と……ルドルフも、ですか?」

「えぇ。お二人ともに、です」


 ルドルフとは、ほんの少しの時間、言葉を交わしただけだ。それでもあの少年が、何とも思っていない女性を弄ぶことに、異様な執念を傾けるタイプでないことは分かる。ルドルフの話も聞かなければ確信は得られないけれど、成人と同時にナーシャとの関係性を大きく変えようと思ったのも、まだ明かされていない裏事情があるのかもしれない。どんな理由があるにせよ、いきなり身体の関係を迫るのはやり過ぎというか、単純に言葉が足りなさすぎると思うけれど。


(どのような形であれ、想うひとに想われる恋は、不幸ばかりじゃない)


 歪な形ではあっただろう。けれど、ナーシャとルドルフの二人は、確かに想いが通じ合っていた。未来のない、刹那の逢瀬であったとしても……その現実を嘆く時間の方がずっとずっと長かったとしても、想うひとに想われていると実感できる〝瞬間〟には、理性で抗い切れない魔性の魅惑がある。


(ナーシャ様が歩んできた、その人生は。とても、とても、人間らしいわ)


 誰もが羨む幸福の中に、当人しか分からない不幸があって。

 誰もが憐れむ不幸の中に、当人だけが享受する幸福がある。

 己の行くべき道を正しく諭す理性を持っているのに、その理性を裏切って〝間違い〟へと踏み切る、どうしようもない情動があって。

 自身の〝罪〟を責める義侠心と悔恨の情を抱きながら、それでもなお諦めきれない、たったひとつの〝(ねがい)〟を抱く。


 なんて愚かで、――なんとも愛おしい、生き様だろうか。


(……私は、きっと。そんな〝人間〟が好きで、守りたいのね)


 もしも人が理性だけの生き物なら、きっとこの世は、もっと平和だ。感情による衝動的な罪を犯すような人もなく、淡々と、あるべきように、世界は流れていくだろう。

 けれど、そこには。喜びに湧く涙も、怒りに奮起する絶望も、哀しみに積もる優しさも、――楽しみに集う笑顔も、存在しない。

 どうしようもない現実を前に絶望し、一度は膝をついた人が「それでも」と立ち上がれるのは、理性では計りようもない〝心〟が、感情があるからだ。理論上の不可能に、人が「それでも」と立ち向かうのは、不可能を超えた先の世界を〝心〟が切望するからだ。


 清濁入り混じり、矛盾を抱えて生きる〝人間〟だからこそ、理性が、理屈が告げる限界を超えて、世界を前へ前へと進めることができる。その生き様は、時に泥臭くて見苦しいかもしれないけれど、それ以上に尊く、誇るべきものだ。


(……私はたぶん、ナーシャ様やシェイラのようには、生きられないけれど)


『賢者の慧眼』を宿す〝クレスター〟は、どうしても理性や理論が先に立ってしまう性質で。不可能を可能に変える道筋を見つけ、そこへ人々を導くことはできても、どう足掻いても道筋すら見つからない現実を前に、無理を承知で突っ込んでいくことはできない。

 だからこそ余計に、感情に振り回されながらも必死で暗闇を進もうとする〝人間〟が、愛おしくて。


(助けたいと、思うのでしょう――)


 じっとこちらを見つめるヘイゼルの瞳に、ディアナは穏やかな微笑みを返す。


「ナーシャ様とルドルフ殿が、互いを想い、未来を望んでおいでなら。どうか、わたくしどもの立てた〝策〟に、ご協力頂けませんか」

「……〝策〟ですか?」

「はい。ルドルフ殿の計画していらっしゃる〝謀叛〟を利用し、真なる国の〝仇〟を炙り出す――一点突破の逆転〝策〟です。この〝策〟にご協力頂いた暁には、ルドルフ殿を絶大な功労者として遇し、お二人の関係を公にする後押しを、国としてすることができます」

「ディー……それってもしかして、『下賜制度』をお二人に適用するということ?」

「さすがね、シェイラ。話が早いわ」


「かしせいど……?」と首を傾げるリディルとナーシャへ、シェイラが簡単に解説していく。


 ディアナがスタンザ帝国で仕入れてきた、〝側室を褒賞として臣下へ嫁がせる仕組み〟を〝下賜〟と呼ぶこと。

 その制度をエルグランド式に改良し、側室が〝側室身分〟として、貴族たちに降嫁できるよう、準備中であること。

 おそらくディアナは、その〝第一弾〟として、ナーシャとルドルフの婚姻を考えているのではないかということ――。


「……そこまでドンピシャで話されちゃったら、わたくしの説明は必要ないわね」

「じゃあ、やっぱりナーシャ様とルドルフ殿の仲を、『下賜制度』で後押しするつもり?」

「お二人さえ良ければ、の話よ? この〝策〟を立てたときは、ナーシャ様とルドルフ殿が実際のところどういうご関係なのか、はっきりした確証を得ていたわけではなかったから。もしもお二人が想い合っていて、本心では手を取り合って生きる未来を望んでいるのに、様々な外的要因がそれを難しくさせているのだとしたら、ご協力頂けるのではないかしら、と思っただけ」


 ナーシャの様子やシェイラから又聞いた限り、充分な勝算は見込めたけれど、ナーシャの気持ちが本当のところどうなのかは、きちんと本人から聞いてみなければ分からない。ルドルフの件でナーシャを説得する、という本日の目的の真意は、〝ルドルフの謀叛を止めてほしい〟ではなく、〝謀叛の計画込みで、こっちの策略に乗るよう、ルドルフを説き伏せてほしい〟と持ちかけることにこそあったのだ。


(……とはいえ、〝最初〟の会話は敢えて、ルドルフの謀叛を憂いているように聞こえるミスリードをしたけれど)


 ソラが後宮に張ってくれた『結界』は、あくまでもその内部にいる霊力者(スピルシア)霊力(スピラ)を『変幻』させるもので、外からの干渉は防げない。『時間読(ときよ)み』の一種である、離れた場所の現在を見聞きする霊術(スピリエ)、『千里眼』を防ぐには、また異なる防御術を使う必要がある。

 それを知ったとき、ふと思ったのだ。……その状況を利用して、敵を撹乱することはできないか、と。


『ねぇ、カイ。その『千里眼』封じの『陣』を、まばらに発動しているように見せかけることって、できる?』


 女官長室で密かに開かれた、情報共有会議の夜。ディアナにそう問いかけられたカイは、きょとんとした表情で、シンプルに一回頷いた。


『そりゃ、今の状態なら、まぁまぁ簡単にできるけど。内部の様子を外に伝える手段もほぼ封じられてるわけだから、『千里眼』封じをランダムにあちこちで使っとけば、敵は勝手に『陣』の不具合だと思ってくれると思う。ただでさえ、霊術(スピリエ)無効化の『結界』を張ってるって見せかけてるわけだから、余計にね』

『夜会のときの『結界』はかなり強力だったけれど、範囲設定は割と曖昧だったものね。うっかり効果範囲近くで別の霊術(スピリエ)使った場合は、効果が中途半端になる不具合とか、いかにも起きそう』

『そういうこと。だから、『千里眼』封じの効果がまちまち……って見せかけることは、問題なくできるよ。元々あの『陣』は常時使ってるわけじゃないし。――でも、なんでわざわざそんなことを?』

『ちょっと、思いついたことがあるの』


 そう前置いて、ディアナはジュークへと視線を移した。


『陛下。ものは相談なのですが。ルドルフ殿の〝謀叛〟を止めるのではなく、『下賜制度』について明かした上で、〝謀叛〟を利用し彼に王宮の〝敵〟を炙り出してもらう、という風に持っていくのはどうでしょう? これなら、彼の〝謀叛〟は最初から、〝敵〟を探るため王命で進められていた偽装(デコイ)で、ルドルフ殿は国のため、敢えて最も危険な立場に身を置いた、と堂々言うことができます。危険な任務を遂行した彼を、偉大なる貢献者として持ち上げることも叶いましょう。そうなれば、実用段階へ入った『下賜制度』の最初の利用者として、ナーシャ様との婚姻を国が後押しできる。――ルドルフ殿の〝謀叛〟の動機が真実ナーシャ様にあるのなら、『下賜制度』を用いて彼をこちら側へ寝返らせることが可能かと』

『……確かに。上手くハマれば、今ある懸案事項をほぼ全て潰し、こちらはほぼ無傷なまま、〝敵〟だけに相当な痛手を負わせられるな』

『ナーシャさんとボクくんの事情と、止めるのかなり厳しい〝謀叛〟を、一挙両得で解決する奇策、ってことか。けどディー、〝謀叛〟を利用して〝敵〟を炙り出す、ってどういうこと?』


 カイの質問を受け、今度はエドワードへと水を向ける。


『お兄様。シンプルに考えて、たかが王立学院生でしかないルドルフ殿が、短期間でスタンザの最新武器を密輸できるような〝裏〟の交易ルートを単独で確保するなど、果たして可能なのでしょうか?』

『限りなく、というか普通に不可能だろうな。クロケット家の稼業が鉄工業関連ならまだ可能性はあったが、それだって学生の身で親の目を掻い潜ってとなると厳しいだろう』

『ですよね? しかし現実、ルドルフ殿はスタンザ武器の密輸ルートを手に入れている。それってつまり、予め確保していた密輸ルートを彼に渡した〝第三者〟がいるということになりません?』

『そう考えるのが妥当だろう。ルドルフ・クロケットがジュークに対して思うところあって、うっすらとした叛意を抱いていたとしても、謀叛を計画して実行段階へ移行するまでの期間があまりに短すぎる。彼のうっすらした叛意に油を注いで火をつけ、謀叛を実行できるだけの道筋を整えた〝何者か〟がいるのは、おそらく間違いない』

『はい。クロードとアベルの話からも、ルドルフが本格的に動き出した時期は、わたくしがスタンザから帰国する前後と想定されます。そこから武器と人を集め、シーズン終了間際の雪月(ゆきづき)に謀叛を実行するなんて、有能な貴族でも相当な無理筋かと』

『確かにな。……待てよ? そうなると――』

『……お兄様?』


 エドワードの翡翠の瞳が、神秘的な輝きを宿す。子どもの頃からデュアリスの瞳が時折よく似た雰囲気で光り、その後に放った〝推察〟が百発百中で正しかったことを鑑みるに、おそらく、今、兄は。


『……ディアナ。もしかしたら、ルドルフ・クロケットを狙った連中は、スタンザ国使団を利用して革新派の勢いを削ごうとしていた勢力と、同一かもしれない』


『賢者の慧眼』によって、彼の得た〝一〟から、〝(すべて)〟を見通したのだ。

 ジュークが息を呑み、カイが興味深そうに見守る中、ディアナは話を進めるべく聞き役へと回る。


『理由を、お聞かせ願えますか?』

『お前には、話したことがあっただろう。スタンザ国使団の動きと、彼らに同情して力を貸していた革新派貴族の行動は、あまりに保守派に……革新派を殊更に敵視し、排除したいと隙を窺っている連中に、都合が良すぎた。ディアナがスタンザ帝国から無事に帰り着けたから良かったが、革新派の強い後押しによって旅立った〝エルグランド国使団〟にもし、スタンザ帝国内で何かしらの危険が及び、帰国が困難となっていたら――』

『そのように危険な国へ、ろくな対策もせず〝準王族〟を送り出す機運を高めたと、革新派が責められるのは必至。陛下としても、最初にスタンザ帝国の肩を持った革新派を重用することは、難しくなるでしょうね』

『〝敵〟の狙いは、おそらくそこにあった。邪魔なお前をスタンザへ追い出し、その責任を革新派へ被せることで勢いを削いで、相対的に後宮と外宮両方の保守派の力を高めようとしたんだろう』


 ディアナが頷く前では、ジュークが首を捻っている。


『しかし、彼らの狙いに反して、紅薔薇は無事に帰国したばかりか、スタンザ帝国との友好関係を深めてきた。となると……』

『あぁ。革新派は勢いを削がれないどころか、ますます王宮での力を増していく。――つまり、スタンザ国使団を利用した連中の策は頓挫したわけで、失策に代わる、新たな策が必要になるわけだ』

『理屈は分かるが、保守派とて一枚岩ではないぞ? スタンザ国使団を利用していた勢力と、ルドルフを操っている者たちが、別々で動いている可能性もあるだろう』

『確かにな。だがジューク、もしそうだとしたら、ルドルフを操っている者たちは、もっと早くから動いてるんじゃないか? ディアナの推測が正しければ、ルドルフはおそらく、ナーシャ嬢が入宮した去年の時点で既に、彼女を〝奪った〟後宮とお前を恨んでいたはずだ。もっと早くからじわじわ攻めて、それこそクロードやアベルと知り合った頃には既に〝あちら側〟へ染めていてもおかしくない。その方が、二人がルドルフの変化に違和感を抱くこともなかっただろう』

『……そうかもしれん』

『仮に、『シーズン開始の夜会』でボクくんがナーシャさんを特別に想ってるって気付いたのだとしても、スタンザ国使団を利用していた連中と〝謀叛〟計画組が別なら、エクシーガさんたちがいるうちにボクくんを言いくるめといた方が、効率良いよね。何もわざわざ、エルグランド国使団がスタンザでどうなったか確認してから動く必要もないわけだし』


 カイの所見を聞いたジュークが、はっと目を見開いた。


『そうか。ルドルフの様子が明らかにおかしくなったのは、エルグランド国使団が帰国の途についたと、王宮に広く知られてからだ。つまり――』

『ディアナをスタンザへの贄にして、その責任まるっと革新派へ被せるっつー目論見が御破算になったから、次の策へ移行した。そう見るのが自然ってわけだ』

『となると、この件に絡んでいる候補者としてまずは、ニッケスタック子爵とウェイク伯爵が上がる、のか』

『特にウェイク伯爵は、内実は不明にせよ革新派に属していますから、王宮外の夜会でルドルフ殿と繋ぎも取りやすいでしょう。可能性は大いにあります』

『その辺りのことも、ルドルフを取り込めば分かることは多そうだな』

『えぇ。彼が今使っている武器の密輸ルートも、そもそも誰の持ち物で、どう譲り受けたのか。そこをしっかり明かせたら……例えば、グレイシー男爵に手榴弾を渡した相手にも、繋がってくるかも』


 ジュークが目を剥き、エドワードは厳しい表情で頷く。


『あり得るな。いくら古参保守貴族連中の腹が真っ黒でも、そうホイホイ異国との武器密輸に手を出す輩がいるとは思えない。ルドルフが使ってるルートで、過去にあの手榴弾が仕入れられた可能性は、まぁまぁ高そうだ』

『うわー、全部繋がってきたねぇ』

『万が一、お兄様の推測が外れて、スタンザ国使団を利用していた者たちとルドルフ殿の裏にいる者が同一でなかったとしても、彼に武器密輸ルートを渡した〝何者か〟を炙り出せさえすれば、功績としては充分です。密輸ルートを確保していたのが保守派であれ革新派であれ、法に背いて平地に乱を起こすような振る舞いをし、その罪を年端もいかぬ若者へ被せようと画策している時点で、〝国〟に害ある大逆人であることは揺らぎませんから』

『そりゃそうだ』

『まず、密輸ルート開拓して確保してる時点でアウトだよな』

『ルドルフがこちら側についてくれれば、最低でもそこは暴けるのか。それなら宰相も否とは言わないだろう』

『――ですが、策を立てる以上、その内容は万全にしておかねばなりません』


 いずれ家から出る身ではあるけれど、ディアナにも〝クレスター〟の矜持くらいあるのだ。大切な友人たちを守るために立てる策なら、最低でも目的は果たし、最高の効果(パフォーマンス)を上げた際には、苦境を全てひっくり返し、停滞する事態を何段階も先へ進められるものにしたい、と望む程度の、矜持は。


『当然だろう。漫然と、甘い想定で立てる策など、策じゃない。立てるなら、可能な限り隙なく、考えうる限りの想定外を潰すものでなければな』


 真っ先に乗ってくれたのは、やはりエドワードだ。あとの二人はどちらかといえば苦笑寄りの笑顔で、自分たち兄妹を眺めている。


『次代のクレスターがやる気になってくれたのはありがたいが、少々恐ろしい気もするぞ……』

『世界の真理みたいな顔してとんでもないこと言いながら、『王国の影軍師』の異名を過分とか解釈違いとかのたまうんだから、クレスターの人たちの自認も大概歪んでるよねー』

『別に歪んでないわよ。私たち、初代のポーラストを除いて、軍の戦術とか立てたことないし』

『アズール内乱のときは反乱軍側だったから、〝王国〟の軍師じゃないしなぁ』

『ハイハイ』


 兄妹の言い分を〝そういう屁理屈いいから〟のトーンで流したカイは、『で、具体的にどうするの?』と話をしっかり戻してきた。


『炙り出す〝敵〟がスタンザ国使団を利用していた者たちと同一と仮定した場合、最も警戒すべきはやはり、霊力者(スピルシア)の動きです。こちらの真意があちらに伝わった瞬間、霊術(スピリエ)による干渉が入ると考えて間違いない。それを防ぐため、こちらの守備に敢えて〝穴〟を開け、〝敵〟が中の様子を窺い知れる隙を作り、偽の情報を落として撹乱するのはいかがでしょう?』

『それが、さっき言ってた『千里眼』封じをまばらに発動してるように見せかけるってやつ?』

『えぇ。〝敵〟も、自分たちが『隠形』を使っていることを、隠すつもりはないと思うの。そうじゃなきゃ、シュラザード侯爵にまで渡したりしないと思うし。たぶん、自分たちの霊術(スピリエ)を誇示することで、私たちが警戒して、勝手に動きを狭めていくのを期待してるんじゃないかな』

『なるほど、ありそう。『牡丹』のお嬢ちゃんが対外的にめちゃくちゃ大人しいのだって、俺の監視を警戒してるからだろうし。それのやり返しってことか』

『ところが、その〝やり返し〟もソラ様によって封じられてしまった。となれば次は、『千里眼』を使った外からの監視を考えると思う。こちらが『千里眼』封じをまばらにしか発動できないとなったらなおさら、中の様子を探るためにも、私たちを萎縮させるためにも、『千里眼』を使ってくる確率は高いわ。あちら側に『千里眼』の使い手がいるのは、昨年の『星見の宴』関連のアレコレを考えても、間違いないでしょうし』

『……あー、うん、だね』


 頷いたカイの後を、得心顔になったジュークが引き継ぐ。


『つまり紅薔薇、そなたは厄介な能力である『千里眼』を逆手に取り、情報撹乱しようと考えているわけか?』

『仰る通りです、陛下。通常であれば〝敵〟も撹乱を疑うでしょうけれど、今、この後宮は敵味方関係なく、霊術(スピリエ)関係が一切使えないと思われている。この状態であれば、結界のすぐ外で展開している『陣』が不安定になっても仕方がない、中の様子を時折覗き見できるだけで及第と考えるのではないでしょうか』

『だろうね。『年迎えの夜会』で張った結界の中じゃ、そもそもこんな気軽に『千里眼』封じを入れたり切ったりできないし』

『あのとき結界内に施した霊力(スピラ)はあなたのものだったけれど、あの中にいたら、あなた自身も霊術(スピリエ)は使えなくなるの?』

『できなくはないけど、めちゃくちゃ疲れる。結界を維持しながら、俺だけが術使うってなったら、微調整に相当神経使うんだよね。そういう細かい作業、マジで俺向いてないから』

『あなたにできないなら、敵もまさか、『千里眼』封じの不安定さが仕組まれたものだとは思わないでしょうね』


 結界の〝大元〟であるカイですらそうなら、〝敵〟もしっかり誤認してくれるだろう。ソラが現在後宮に張っている『結界』は、彼の生まれ故郷で相当な手間暇と長い時間をかけて編み出された秘技らしいので、この国の霊力者(スピルシア)がその詳細を知っているはずもないのだから。

 と、ディアナが手応えを覚えたところで、その特殊な『結界』を張った当事者の声が落ちてきた。


〈しかしながら、末姫様。いくらこの国の霊力者(スピルシア)が未熟とは申せ、常日頃から丁寧に己の霊力(スピラ)と対話してる霊力者(スピルシア)であれば、夜会時の結界と今の結界が異なるものであることくらいは分かるでしょうから、油断は禁物かと〉

『それは俺も同感。実際中に入ってみたら、夜会時の結界と〝コレ〟が別物なのは体感として分かるもん』

〈万全を期す為にも、『千里眼』封じの誤作動を取り繕うなら、ある程度は不作為に、重要と思える会話も見せておくべきでしょう〉


 霊力(スピラ)の専門家である獅子親子の助言に否やはない。

 頷き、少し考えて、ディアナは顔を上げた。


『では、表向きとして、わたくしたちはルドルフ殿の〝謀叛〟を食い止めるため、ナーシャ様を説得しようと試みるものの、彼を庇うお心に阻まれ、うまく意思疎通できない――という状況を演出する、というのは?』

『なるほど。ルドルフ・クロケットの計画までは暴いた上で、それを止めるのを梃子摺ってる、ってことにするわけか』

『それなら、現状とそう乖離もないから、無理なく取り繕えそうだな』


 ディアナの提案にエドワードとジュークも同意し、クレスター兄妹が立てた〝策〟について話す場は『千里眼』封じが発動している場に限定し、それ以外の場所では〝ルドルフをどうにか止めようと奔走している味方たち〟を装うという案が固められたのだ。


 要するに。


(今日は、ナーシャ様を説得すると同時に、情報撹乱工作もしなきゃいけない。そのためにわざわざ、カイに時間差で『千里眼』封じを張ってもらったんだし)


 ディアナたちが敵対している者たちも、馬鹿ではない。昨年の後宮では、結局、ソラに尻尾しか掴ませなかった程度には有能な者が属する集団だ。中途半端な演技は『千里眼』越しであっても見抜くだろう。

 ゆえに、ディアナはかなりギリギリを攻めて、ナーシャが〝拒絶したくなる〟言い回しを使って、まずはこちらの手を跳ね除けてもらったのだ。無論、本気で嫌われて拒絶されては本末転倒なので、これでも言葉はかなり選別したし、なんなら連日連夜、『千里眼』封じに守られた中で、リタやカイ、時には『紅薔薇の間』全員で、結構な議論を繰り広げた。反射で拒絶したくはなるけれど、その後でネタバラシされたら「まぁいいか」と許せる程度の話し運びを狙ってするのは、普通に考えたら無理なのだ。超難易度ミッションに挑戦するのだから、準備は重ねるに重ねて越したことはない。


 そして、先ほど。狙い通りにナーシャが拒絶してくれたタイミングで、いよいよ本丸へ迫るべく、カイに『千里眼』封じを張ってもらったのである。


 ――霊力者(スピルシア)の部分はざっくり〝こういう異能があって〟で飛ばしつつ、あの夜に立てた〝策〟の概要と、絶妙に傲慢かつ無神経だった冒頭の会話の意図を説明し、ディアナは改めて頭を下げた。


「〝敵〟を欺くためとはいえ、ナーシャ様には失礼なことを申し上げました。仰る通り、ナーシャ様のお心はナーシャ様だけのもので、大して親しくもない相手に上っ面だけ寄り添われたところで、迷惑なだけでしょう。ましてや、筆頭とはいえ権力など持ちようもない側室の分際でしかない『紅薔薇』が、何の役に立つのかという話ですし」


 ――それほどまでに思い悩まれていると、もっと早くに気付けていたら。わたくしの立場であれば、微力でも何かのお役に立てただろうと思いますし……何より、ナーシャ様をお独りで苦しませずに済んだだろうと、申し訳なく感じるのです。


 練りに練った言葉の中でも、この部分は特に、全員で相当に意見を戦わせた。情報撹乱作戦の肝といえるここは、〝いかにもディアナが言いそうな優しげな雰囲気〟で、しかし〝よく聞くと傲慢〟で、〝もっとしっかり紐解けば無神経極まりない〟言葉という、かなりな無理難題を極めていたのだ。誰かが候補を出せば「それだと傲慢さが足りない」という声が即座に上がり、また別の案が出れば「それだと普通にナーシャ様、ディアナ様に心酔して終わりますよ?」と却下される。ちなみに、ディアナが出した案は概ね、「ディーは天地がひっくり返ってもそんなこと言わないでしょ」とカイにダメ出しされて終わった。確かに素では言えそうもない悪役っぽい言葉を考案したから、そんなの普通に言うか? と問われたら言わないとしか返せないのだけれど。


「クレスター家の人は顔がただ悪そうなだけで、意図して悪役しようとしたら大概自爆するんでしょ? そんなの『千里眼』で見せちゃったら、裏があるなって一瞬でバレるよ」

「カイの言う通りです。あくまでディアナ様のお優しさが空回りして、傲慢かつ無神経になった風を装わねば意味がありません」


 カイとリタのまぁまぁ酷い批評でペシャンコにされつつ、リタとルリィ、カイが中心になって考えた素案を、ユーリ、アイナ、ロザリーとミアが細部添削して整え、「カイと通じ合う前の私なら? 言ったかも?」なラインの最終稿ができあがったわけだ。


 ……そう。〝恋心〟を解する前のディアナなら、誰かを想う心が苦しみばかりでないことも、〝そのひと〟を想って得た喜怒哀楽の全てが自分だけの宝物であることも分からず、無神経に踏み込んだかもしれない。

 けれど。今のディアナは。


「……誰かを特別に想う心が、単純な喜びだけで満たされているわけでないことは確かです。そのひとと共にありたいと望めば望むほど、そびえ立つ〝不可能〟の壁に絶望し、想いを抱いたことすら後悔する。想うひとを喰い尽くしかねない己の想いの凶暴さに恐れ慄き、彼を傷つけるくらいなら、こんな感情、知らないままで良かったとさえ、願う。何も知らなかった頃には想像すらしていなかった感情が怒涛のように押し寄せてきて、それらは決して綺麗でも、優しくも、ありませんでしたから」

「ディ、アナ、さま」

「でも――絶望しても、自分が恐くなっても、それも含めて〝想う〟ってことだから。どれだけ苦しくっても、他人なんてお呼びじゃないんですよね」


 ディアナがリタに、カイへの想いの深い部分を曝け出せたのは、彼女が〝他人〟ではないからだ。幼い頃から、喜びも哀しみも総て分け合ってきた〝唯一〟だったから、リタにだけは明かすことができた。

 後宮で、たまに上辺だけの会話を交わす程度の相手へ、自身の抱える〝特別〟を見せびらかそうなど、とても思えない。そんなことをもし持ちかけられたら、真っ先に「お前は何様だ」と苛立ちを覚えるだろう。


「本当にごめんなさい。ナーシャ様のお心に、土足で踏み入るような真似をして」

「もう良いのです、ディアナ様。私とルードのためにされたことだと、よくよく分かりましたから。私の方こそ、そのように深い理由があるとも思わず、反射で失礼なことを申しました」

「それこそ、お気になさらないでください。ナーシャ様に反射で拒絶して頂くために、申し上げたのです。ナーシャ様はわたくしに言わされたのであって、失礼なことなど何一つなさっていませんわ」


 いつの間にかぺこぺこ頭を下げ合っているディアナとナーシャを眺め、シェイラがそっと息を吐く。


「……クレスター家が狙って〝悪役〟できないって話は本当ね。ナーシャ様をわざと一瞬怒らせただけでこんなに気に病むディーが、本格的な〝悪役〟なんてできるわけないわ」

「そりゃ……苦しんでる人を放っておけなくて通りすがりに首を突っ込む人が、わざと人を傷つけたり苦しめたりなんて、普通に苦行だものね。分かるけど、ちょっと気にしすぎじゃない? 仲の良い友だち同士でも、うっかり無神経なこと言って怒らせちゃうことなんて、よくあるでしょ」


 呆れた様子でそう言ったリディルは、そのままパン! と手を叩き、ディアナとナーシャの間にスッと入り込んできた。


「はーいはい! もー二人とも、謝罪大会はそこまでにして! 今は大事な話の続きをしましょう?」

「えっ、あの、リディル様。私はともかく、紅薔薇様にそのような言葉遣いは……」

「んー、なんかもう色々、ガワだけでも『紅薔薇様』扱いするの、面倒になってきまして。どんだけ高貴なご令嬢擬態してようが、中身はディアだし」

「……そりゃまあ、私は私にしかなれないからね?」

「公の場では取り繕うけど、この部屋には私たちしかいないし、まぁいいかなって気になった」

「そういう妙に大胆なところ、変わってないわねリディ」

「……えっと、二人は知り合い、だったの?」


 シェイラに尋ねられ、リディルと二人、揃って頷く。


「社交デビューより前に、ひょんなことから知り合ったの」

「その〝ひょんなこと〟の詳細が知られちゃうと、ディアのご令嬢擬態が一発で剥がれるから、ずっと知らない人のフリしてたんですけどね」

「あぁ……ひょっとしてリディル様も、クレスター家の非常識を目の当たりされたクチですか?」

「結果的にそうなり……ました、ね?」


 ライトな会話を繰り広げる友人二人に気が抜けたのか、ナーシャが目をぱちぱちさせている。いい感じに気持ちが切り替えられたようだ。かく言うディアナも、リディルが〝リディ〟として接してくれたことで頭がリセットされ、思考がクリアになった。

 心を落ち着け、改めて切り出す。


「……確かに、リディの言う通り、今はこれからのことをご相談すべきですね」


 ディアナの空気が変化したことを感じ取ったナーシャもまた、寝台の上で背筋を伸ばして。


「はい、ディアナ様。私は、何をすればよろしいのでしょうか?」

「お願いしたいことは、大きく分けて二つあります。……そのうちの一つは、シェイラとリディにも協力を頼みたいのだけれど」

「もちろん、なんでも言って」

「ディアの頼みなら、最優先で引き受けるわ」


 頼りになる協力者たちの後押しを受け、ディアナはナーシャへ、最重要の〝お願い〟を告げる――。


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