情報共有会議の夜に
――後宮全体に、ソラの言う〝霊力者の内にある霊力の質と流れを、霊術が使えないものへと『変幻』させる『結界』〟が張られたのは、予定通り主日の翌日、星月の朔日の午後であった。
どこに『隠形』を使った〝敵〟が潜んでいるのか分からないので、後宮で〝お守り〟を受け渡す場にはさり気なくカイかソラが同行して術を蹴散らし、ついでに外部からの『千里眼』も防ぎつつ、とまぁまぁ大掛かりだったらしい。外宮組、及び『闇』に至っては、万全を期すため一度王宮外に出て、クレスター家や他の安全な場所で受け渡すという徹底ぶり。エルグランド王国の霊力者については、未だに実態がほぼ解明できていないため、その対抗策を実行するに当たってはどれだけ慎重に慎重を重ねてもやり過ぎではない、というのが、親世代の見解のようだ。
ちなみに、この『結界』作戦進行と同時に、エドワードとフレッドはクロードとアベルから聞いたルドルフの話をクレスター家で共有し、今後について話し合っていたわけだから、年明け初っ端からクレスター家はフル稼働していたことになる。年が明けたら通常営業がエルグランド王国の常ではあるけれど、貴族は基本、夜会の翌日に朝から忙しなく動くなんてことはないから、家族にはシンプルに申し訳なかった。
そうして、シリウスを中心とした『闇』のベテラン組がエドワードを補佐する形でルドルフの調査が進められ。ベテラン組の動きを〝敵〟に嗅ぎつけられないよう、『獅子親子』が霊術方面からフォローして。
……あの、深夜の情報共有会議を迎えたのである。
「まずは、ルドルフ殿の件について共有する方についてですが。ご側室から、シェイラと『名付き』のお三方、リディル様、そしてナーシャ様。こちらの六名には、お伝えしたいと考えています」
策を練るにも、まずは一緒に乗ってくれる人を選ばねば始まらない。その思考で切り出せば、即座にエドワードから反応が返ってくる。
「理由は?」
「ルドルフ殿が陛下へ弓引かんと画策している動機の大元は、おそらくナーシャ様を女性として慕う、恋情です。ルドルフ殿が陛下と視線を合わせなかったのも、わたくし……というより後宮に思うところある風情だったのも、それら全てを〝自分からナーシャ様を奪った存在〟と認識していたからだとしたら、辻褄が合います」
「あー……」
ため息に近い納得の声を上げたのはカイである。何かを思い返し、ややあって頷いた。
「『シーズン開始の夜会』で見せた、クロケット家のボクくんの行動パターンとか、意味深な行動とか……ナーシャさんへの恋心が空回りしてた、って考えたら腑に落ちるね、うん」
「でしょう?」
「ナーシャさんがずっと姉として接してたから、尚更空回り感が凄かったけど。ナーシャさんはナーシャさんで、ボクくんへの気持ちを見せないように必死だったってことか」
「お腹の子の父君について、ここまで来ても隠し通そうとされているわけだから、ルドルフ殿のことをご自身よりも大切に想われていることは確かよ。私にはそこまで見せてくださらないけれど、シェイラには〝切ないほどに欲しても、決して手は届かない〟とお相手との関係について漏らされたこともあったようだから、ルドルフ殿の一方的な想いではないと思う」
「実際のところ、どうなの? ナーシャさんとボクくんって、法律上も結ばれない感じ?」
「そんなことはないぞ」
「むしろ、場合によっては推奨されるパターンだが……?」
ジュークが首を大きく横に振り、エドワードは頭上に疑問符を山ほど浮かべた。
「エルグランド王国は、きょうだい間の近親婚を禁じているが、両親の再婚によってきょうだいとなった、いわゆる〝連れ子同士〟の結婚はそれに含まれない。連れ子同士の場合、血筋上は赤の他人だからな。きょうだい婚を禁じているのは、血筋を重視するあまり、近親婚を繰り返した家々が、世代を経るごとに子を産み育てられなくなり、滅んでいったという過去があるからだ。細かい理屈は不明だが、どうやら近親婚は世代を超えて〝人〟を弱らせるらしいと分かり、法律で禁止することになったと、本には書いてあった」
「だから、連れ子同士は普通に結婚できる。しかも、クロケット家みたいに、爵位持ちの男が息子を、新しく娶った妻が娘を連れて再婚した場合、連れ子の娘はある程度幼い頃から、家を切り盛りする母の手伝いをして〝その家〟の家政に慣れてるわけだから、一番身近で一番有力な嫁候補ですらあるんだよ」
「確かにそうだね? なら別に、ボクくんとナーシャさんが結婚するのに、障害とかなさそうだけど。ナーシャさん、後宮来る前は、普通に家の仕事とか手伝ってたみたいだし」
「……世の中がそれほどシンプルに回っていれば、この世に〝身分違いの恋〟の悲劇は存在しませんよ」
その瞬間、ディアナの頭の中に過ぎっていたのは……アルフォードへの想いを抱えたまま、「もう逢えない」と絶望して泣いた、遠き日のリタであった。
「わたくしにも想像することしかできない世界ですが、平民の立身出世が可能になった時代とはいえ、……いいえ、だからこそ、平民の方々が貴族を前にしたときに感じる〝壁〟は、決して低くも、薄くもなっていないのです。ナーシャ様は、ご自身の中に一滴たりとも貴族の血が流れていないことを、密かに気に病んでいらっしゃる。あれほどできた方が何故、と前々から疑問ではありましたが――やっと、分かりました。ルドルフ殿とナーシャ様が婚姻した場合、彼は〝ナーシャ様以外〟とであれば得られたであろう〝婚家との繋がり〟を、永遠に失うこととなります」
「そういえば……ナーシャさん、そんなこと言ってたっけ?」
「近いことは仰ってたわ。『ルードにとって社交はとても大切』とか、『商いを続けていくためにも、人脈を広げていかなければ』とか。あれは社交の大切さを弟君に伝えることで、暗に〝自分に執着したところで家にも彼にも得はない〟と牽制していたのでしょうね」
「あぁ、そっか。ナーシャさんの両親が元々貴族なら、連れ子同士で結婚しても、〝実父の家〟っていう繋がりをボクくんにあげられるけど、平民だとそれはないんだ」
「ナーシャ様の実のお父様は、王都でそこそこ大きな商売をしているお家の跡取り息子だったらしいけど。お母様は婚家と縁を切って出てきたみたいだから、繋がりなんてゼロに等しいでしょうしねぇ」
「ついでに言うと、その家、今は傾きに傾きまくってるっぽいぞ。ナーシャ嬢の義理の伯父に当たる男が跡を継いだが、そいつに商売の才能はなかったんだと」
……そういえば、シェイラがそんなことを言っていたような気がする。シェイラ自身も、商才に溢れた父が大きくした商会を、才能ゼロどころかマイナスの叔父が食い潰してボロボロにしていくのを目の当たりにさせられた被害者だ。だからか、実父の家も似たようなパターンを辿っているとナーシャから聞いたと雑談の中で教えてくれた際、愚痴のように「出来が悪いからって自分を諦めて勉強をサボるような兄弟なら、早めに勘当して、相続権も放棄させといてほしいわよね」となかなか過激な感想を呟いていた。
「実のお父様の家がそのような状態なら、むしろナーシャ様がクロケット家と縁を結ぶことで、余計な〝親戚〟がしゃしゃり出てくる恐れすらあります。お母様は嫁ゆえに縁を切れても、ナーシャ様のお血筋の半分がそちらのお家にあることは確かですから」
「血縁の法則は、ある程度平民にも浸透してるからなぁ……王都のデカい家なら尚更、〝若くに死んだ跡取り息子が遺した一人娘〟に再起の可能性をかけて、貴族と結婚したなら少しは〝実家〟に融通しろとか、絡みに行きそうだ」
「傾いているだけで倒れてはいないなら、特に往生際が悪そうですものね」
「自分はそんな負債案件だって、ナーシャさんが思い込んでたとしたら……あの人の性格上、間違ってもボクくんと結ばれようとは考えない、か」
「えぇ。ルドルフ殿を想えばこそ、好きなひとに利益どころか迷惑しか与えない自分は結婚相手に相応しくないと、身を引く決意を固めるばかりでしょう」
男性陣三人の「あー……」が見事に揃った。三者三様で、それぞれが遠い目になっている。
「いや、その、分かるぞ? 相手に〝そう〟思わせた時点で、まず男側の立ち回りが間違っていたのは分かるし、思わせたこと自体が情けないとも、重々分かってはいるのだが」
「引け目を感じさせたってことは、そういう煩わしいアレソレ全部引っ被っても〝お前〟が良いんだっていうこっちの気持ちを、伝え切れてなかったってことだもんなー……。だから、まぁ、責めるのはお門違いなんだが」
「うん。責めてるわけじゃなくて……そうやって自己完結する前に、こっちの気持ちちゃんと確認して欲しい、とは、思うよね。俺の個人的な感覚だけど、女の人ってそういう場面で、まぁまぁ潔く、スパッと引いてしまいがちというか。思い切り良いのは凄いと思うけど、自分の考える〝相手のため〟と相手の実情がズレてることってままあるから、思い切る前に最終確認しといた方が、盛大なすれ違い事故は防げる気がするよ」
遠い目のままの三人には、それぞれ思い当たる節があるらしい。ジュークは何となく想像つくが(国王夫妻がくっつくまでを、砂被り席で傍観してきた実績は揺るぎない)、エドワードのことは知らないし、カイのご意見に関しては全力で聞こえなかったフリをしたい気分になった。ディアナ自身、初めての感情に思考を大迷走させた自覚があるだけに、とてつもなく耳が痛い。
少し考え、ディアナはちょこっと話をずらすことにした。
「……皆様の場合はともかく、ルドルフ殿のアプローチがどのようなものだったかも分かりませんし、お二人が積み重ねてきた関係も分かりようがありませんから、一概にナーシャ様の確認不足とも言い切れませんでしょう。もしかしたら、確認した上でなお、ルドルフ殿の手は取れないと、ナーシャ様がご判断された可能性もありますし」
「それはまぁ、聞いてみないと分かんないよね」
「えぇ。――その辺りのことも、ナーシャ様に協力を持ちかけがてら、聞いてみるのが良いのではと思うのです」
「……協力を、持ち掛ける?」
ジュークの疑問に、一つ首肯して。
「先ほど、ルドルフ殿の件について情報共有するお方として、側室の中から六名――ナーシャ様を除き、五名の方の名を挙げました。ルドルフ殿の〝謀叛〟の動機が、ナーシャ様を奪われたことに起因するのなら、その大元でいらっしゃるナーシャ様から説得して頂ければ、止められる可能性はぐんと上がります」
「そりゃまぁ、そうだが」
「その場合、ナーシャ様の心身のご負担は、かなり重いものとなるでしょう。シェイラとリディル様には、友人として支えてもらう必要性が高まります。次期正妃であるシェイラの手が取られ、かつ後宮内で起きている重大事案なわけですから、『名付き』の方々の協力を求めることもまた、必然かと」
「そうなると、もちろんマグノム夫人とクリスにも共有することになるが?」
「お二人にも話すべきでしょうね。あと、可能であればリタにも」
「そりゃそうだ。リタにも話しといた方が良い」
「天井裏に潜んでる人は、もう『隠形』できないし。外から『千里眼』で覗き見るのも別の『陣』で防げるから、後宮内の会話を〝敵〟が聞くことはもうできない。実際、今もその『陣』使ってるし。こんな感じで、普通に口頭で話せるよ」
「ふぅん……?」
――その一言で、閃いた。情報保全が完璧となった〝今〟だからこそ、立てられる〝策〟があると。
「ねぇ、カイ。…………って、できる?」
「そりゃ、今の状態なら、まぁまぁ簡単にできるけど」
「陛下。ものは相談なのですが。――――――という風に持っていくのはどうでしょう? これなら……」
「確かに。上手くハマれば、今ある懸案事項をほぼ全て潰し、こちらはほぼ無傷なまま、〝敵〟だけに相当な痛手を負わせられるな」
「この〝策〟を完璧なものとにするには、お兄様や『外宮室』、そして〝彼ら〟に、…………――――と、いった具合で動いて頂く必要がありますよね?」
「他にも〝協力者〟は必要だろうけどな。大枠はそれで、詳細詰めてくか」
そうして、最終的に決まった〝協力者〟が。
側室から、『名付き』の三人とシェイラ、リディル、そしてナーシャ。
マグノム夫人、クリス、リタと『紅薔薇の間』女官侍女全員。
クレスター家の『闇』全員。
アルフォードと、最後に『外宮室』全員――。
ここにジュークとクレスター一家、アベル、そして『獅子親子』を加えれば多くも見えるが、百名を超える〝叛乱軍〟を食い止める暗躍部隊としては、いささかどころかかなり心許ない。
それでも、やるしかないのだ。もしもルドルフの〝謀叛〟が現実のものとなった場合、彼個人の血迷いごととして処理される可能性は極めて低く――保守派と革新派の武力抗争へと発展しかねない危険性を孕んでいるのだから。
(保守派は、ルドルフ殿を〝巨悪〟へと仕立て上げ、クロケット家を潰して革新派の勢いを削ぐことしか考えていないけれど……王国最大の紡績商が斃れたら、その影響は全国へ及ぶわ。真っ当な人であれば、クロケット家の滅亡は王国を衰退こそさせても発展はさせないと分かってる。そうなれば、クロケット家を守ろうと、ルドルフの例に倣って過激な手段へ訴え出る人が続出するでしょう)
誰かを守るためという〝正義〟の心は、実のところ〝悪〟以上に暴力を、武力を肯定する側面がある。〝誰かのため〟という大義名分が、〝他者に暴力を振るってはいけない〟〝人を殺してはいけない〟という、平和な時代に築いてきた道徳心にヒビを入れ、自制心を緩ませるのだ。
なぜなら。〝自分が守ろうとしている誰か〟を害そうとする者は、まごうことなき悪だから。
暴力は暴力でも、〝悪〟を討ち果たす〝正義〟の暴力は、文字通り〝正しい意義〟があると、認知が歪んでしまうのである。
〝クロケット家を守るため〟という大義名分が、暴力を、武力を誘発しないように……何としてもルドルフの〝謀叛〟は、未遂のままで終わらねばならない。
「……よし。ディアナの〝策〟――〝全反撃作戦〟は、こんな感じで進めるか」
ディアナが立てた大枠を元に、エドワードが丈夫な骨組みを立て、時折ジュークとカイが意見を述べる。
そんな話し合いを進めているうち、気づけば時間は深夜を大きく過ぎていた。
「作戦の進行状況については、俺とカイの『遠話』でこまめに報告し合うこと。手紙よりそっちの方が安全だし、早いだろ」
「そうだね。エドワードさんが、いつも見慣れない耳飾りつけてる人にはなるけど」
「それこそ『隠形』でどうにかできるだろ」
「あー……父さんに頼んでみる」
――あの日の会議は、そんな感じでゆるっと閉じられたのである。




