↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢後宮物語  作者: 涼風
にねんめ
218/280

昔語り①

長い話になりましたので、前後編でお届けします。


「ディー、無事?」


 後宮へ戻り、『紅薔薇の間』へ入るなり、侍女たちの出迎えより先にカイが降ってきた。それだけ心配して、ヤキモキしながら待っていたのだろうな、とディアナは特に咎めることなく、笑って頷く。


「あの程度の動きしかできない輩に、私が遅れを取るわけないでしょ?」

「あの男が雑魚なのは知ってるって。けど、『隠形』なんか使ってくる危ないヤツが、他の霊術(スピリエ)使ってないとは限らないし」

「攻撃系の霊術(スピリエ)はあなたのお守りが弾いてくれるでしょ?」

「その気になれば、危害認定されずに危害を加えられる霊術(スピリエ)なんて山ほどあるからね? 頼むから、そのお守りが万能だとは思わないで」


 このひとは本当に、びっくりするくらい過保護である。いちおうディアナも霊力者(スピルシア)の一人で、戦闘もそこそこできるはずなのだが。そんな事実は度外視で、とにかく心配してくれる。


「分かったわ。ありがとう、カイ。心配してくれて」

「心配はするよ。当たり前でしょ」

〈……俺としては、あれほど『探索』や『追跡』が苦手と言っておきながら、末姫様のご気配だけはあの距離でも察知できるのだなと、呆れるしかないが?〉

「ディーの気配は分かりやすいもん。今回は特に、めちゃくちゃ目立つ狼煙を上げてくれたようなもんだったし」

「あー、あれ」


 周囲の〝生命〟へ呼びかけることも、応えてくれた〝声〟を聞こうと〝耳〟を澄ませることも、物心ついたときにはもう、当たり前にできていたディアナの〝普通〟だが。実はそれも霊術(スピリエ)の一種で、しかも『森の姫』であるディアナにしかできないと、エルグランドへ向かう船の上でカイに教わったときは、割と真面目に驚いた。「私は最初からそう言ってましたからね?」と頷くリタの声が呆れ果てていたことまで込みで、忘れられない一幕である。


『隠形』は便利な霊術(スピリエ)だが弱点も多く、その一つが〝別の霊術をぶつけられれば効果が解ける〟という特徴だ。昼間、王宮へ向かう馬車の中で、エドワードがディアナを『探索』してディアナにかかった『隠形』を解いたように、〝何か〟がいると認識した状態で周囲全てへ〝呼び〟かければ、見えざる〝敵〟を明らかにできるはず。ついでに、後宮のほど近くでディアナが『森の姫』の霊力(スピラ)を使えば、少なくとも獅子親子は気付いてくれるに違いない――。


 あの場面のディアナの思考は概ねこんな感じだったが、カイの様子を見る限り、霊力者(スピルシア)的にもそこまでズレてはいなかったらしい。かなりの不機嫌を隠しもせず、天井裏にいるソラへ恨めしげな視線を向けている。


「王宮のことは見ておくから、『紅薔薇の間』の片付けを手伝えなんて父さんが言うから、こっちで片付けつつ待機してたのに。ディーの霊力(スピラ)を感じたと思ったら、ディーの近くにいきなり知らない気配が出てきて、マジ焦ったからね。しかも、現場に駆けつけるのすら止めるとか……ちょっとあり得ないんじゃない?」

〈察しているとは思うが、理由あってのことだ。そう怒るな〉

「父さんが理由なしにこんなことしないのは分かってるって。けど、それならそれで、触りだけでも話してくれても良かったじゃん?」

〈触りだけで済む話なら、俺も、女官長様も、話す機会をこれほど慎重に窺ったりはしない〉


 ……獅子親子の言い合いを間近で見るのは、地味に初めてかもしれない。カイはソラを父親として、同業の先輩としてこの上なく尊敬しているからか、その決定に異議を唱えるようなことはほぼなく。ソラはソラで息子を溺愛しているため、よほどのことがなければカイの意思を無視して事を運ぶようなことはしないのだろう。

 珍しくはあっても、互いを尊重しつつ言いたいことを言い合えている二人は、ごくごく普通の親子で。きっと昔からこうやって、思いを通わせて来たのだろうなと伝わってくる。微笑ましい二人にそっと笑って、ディアナはカイの手を握った。


「――カイ」

「ディー?」

「あなたが心配してくれる気持ちは、ありがたいけれど。――今回に関してはたぶん、ソラ様が守りたかったのって、私よりもあなたなんじゃないかなって気がしてるの」

「……俺?」

「そうでしょう? ――マグノム夫人」


 ディアナはゆっくりと、扉の前に立つ、マグノム夫人を振り返る。……驚愕に目を見開いている彼女へ、こっそりと苦笑して。


「フィオネ叔母様と同じように、わたくしもそれなりに、勘が働く方なの。あなたとソラ様が、〝カリン〟を――カイを案じて守ろうとしているって推測、そう大きく外れてはいないはずよ」

「待って? 父さんはともかく、女官長さんも?」

「――えぇ」


 一を見聞きし、百を知る――クレスター家に脈々と受け継がれている『賢者の慧眼』は、確かにディアナの中にも息づいているのだ。


〝カリン〟に執着する、シュラザード侯爵と。

 彼がかつて娶ったという、類い稀に美しい令嬢と。

 以前、風の噂で聞いた、侯爵夫人の容貌についてと――。


 ……三つもあれば、『賢者の慧眼』が悟るには、充分過ぎる。


「……もう全て、見通しておしまいなのですね。ディアナ様は、在りし日のデュアリス様にも、エリザベス様にも――フィオネにも、とてもよく似ておいでです」


 ディアナの眼差しに、真実の片鱗を感じたのだろうか。

 マグノム夫人が、深い哀しみを宿した瞳で、静かに微笑んだ。


「ディアナ様、――カイ。どうぞ、お座りください。……少しお時間を頂戴し、昔語りと参りましょう」


 ――いつの間にか私室(プライベートルーム)から出てきた侍女たちが、何かを察してお茶の用意へと入る中、マグノム夫人の口からいよいよ、大きな秘密が明かされようとしていた。



  ***************



 その少女は、マリア、と呼ばれていた。


「マリア様……?」

「出逢った頃の彼女の名は、マリアンヌ・トランボーノ。トランボーノ伯爵家に唯一生まれた、後継娘でした」

「トランボーノ伯爵家、って確か……」

「はい。――今はもう、存在しないお家です」


 当時は、台頭してきた新興貴族の隆盛期。彼らの華々しい実績に気圧され、古くから細々と領地を守って暮らしてきた数々の古参貴族家が弱体化し、消えていった時代であった。


「トランボーノ伯爵家もまた、建国時より続く歴史ある家でしたが、領地運営以外にこれといった実績はなく、王宮の主要な役職についていたわけでもありませんでした。その領地運営も、よく言えば質実な、悪く言えば古めかしい手法の、ありきたりな農耕牧畜が主産業で……異国との交易や新しい技術で得た富を国へ献上しつつ、急速に成長していく新興貴族の速度に、彼らはまるで追いつけなかったのです」

「自分たちは昔と同じことをやって、昔と同じ利益を上げ続けていても、周囲がより豊かに、より便利になってしまったら、比較して貧しくなってしまうものね」

「今でこそ、自国の食糧を自国で賄う重要性が説かれ、農耕牧畜が盛んな領地の価値が見直されていますが……当時は、異国の物珍しさに皆が目移りし、地道に田畑を耕す仕事を嘲笑う人々も珍しくありませんでしたから」


 トランボーノ伯爵家もその風潮のあおりを受け、若者を中心に領地から民が流出。マリアが生まれた頃は既に、古参貴族家でありながら、娘に満足な教育も施せない悲惨な有様だった。唯一の後継であったマリアの婿探しをしようにも、金がなければ社交の準備すらままならない。なまじ、建国時から国を支えてきた古参なだけに、マリアの両親は社交の重要性を骨身に染みて知っており、社交場へ貧相な姿をした娘を送ることが、家と本人にとってどれほどの不利益かということも理解していたのだ。


「生まれたときから、両親が苦労する姿を見ていたゆえか……マリアは成人前より、社交界で婿探しをするよりも、王宮勤めをして家に給金を送った方が家のためになると、考えていたようです」

「……利発なお方だったのね」

「えぇ、誠に。本音を言えば、貴族であることにもあまり興味はなかったけれど、建国より続く家を誇りに思う父の前では言えなかったと、苦笑していました」


 母と、何とか雇えた家庭教師から、最低限の教育を受けたマリアはある日、両親へ訴えた。

 ――私を、王宮へ上げてほしい、と。


「古参貴族家の娘の働き先など、当時も今も王宮くらいしかありません。マリアの決意に両親は驚いたようですが、侍女として王宮へ上がり、王族方のお世話をする上級侍女にまで出世できれば、高位貴族の方々の目に留まる機会も増える。マリアを気に入った方が次男以下なら、婿入りの打診もしやすいのではないかと、最終的には頷かれたそうで」

「……ご両親がそうお考えになるほど、マリア様は人目を引く容姿でいらしたということ?」

「はい。社交界に相応しい装いをして夜会へ出れば、すぐにでも引く手数多になるであろうと確信できる、それは美しい少女でした」


 古参貴族、それも伯爵位の家の娘ともなれば、すぐにでも上級侍女として勤め始めるのが一般的だ。

 しかし、マリアは。「私は古参伯爵家の娘として相応しい教養を身につけていない。まずは貴族として当たり前の常識から学んでいきたい」と主張し、異例のことながら、下級侍女として配属された。


「私は当時、上級侍女として、下級、中級侍女の取りまとめ役のような立場を任されておりました。女官長と侍女長より、『少々訳ありの、変わった子が入ってきた。見た目も立場も目立つ子だから、気にかけておいてほしい』と頼まれて、個別で様子を伺いに行った日が、マリアとの出逢いでしたね」

「そんな役職があったの?」

「……あの頃は、内宮全体で、今よりずっと女官と侍女の数が多かったのですよ。王宮社交も頻繁に開かれていましたし、内宮の一角を開放して、場所と人員を貴族に貸し出すといった事業も行われておりました」

「へぇ……」


 マリアが下級侍女として王宮へ上がったのは今からざっと三十年ほど前のことだが、当時の王宮はそれほど華やいでいたのである。国がどんどんと変わりゆく中、変わらずに立つ王宮は古参貴族にとって最後の心の拠り所であり、古参貴族と新興貴族が互いの溝を埋め合うための、重要な社交場でもあった。あの頃の王宮は、王族たちの私的な生活空間としての趣よりも、国を維持するための公的機関の色が強かった。そのため、王族の数は少なくとも、侍女女官の数は今より多いという、逆転現象が起きていたのだ。


「調理場に配属されたマリアは、とても楽しそうな様子で、先輩の侍女たちにあれやこれやと尋ねておりましてね。上役の方々の心配を余所に、周囲との人間関係も良好でした。幼くして後宮へ上がった可愛らしい後輩に慕われ、悪い気がする者も滅多にいないでしょうから、当たり前ではありますが」

「幼く……って、マリア様は当時、おいくつでいらしたの?」

「十二になったばかりでした」

「そんなに!?」

「年齢といい、実家といい、階級といい……何もかもが異例づくしの新人であったことは、間違いありませんね」


 マリアの仕事ぶり、配属先との相性を確認したマグノム夫人――当時はただのシャロンだった彼女は、その後、本人からも困ったことがないか聞き取りをして。

 ――そこで、マリアの本心を知った。


「こうして王都へ出られて、王宮で働くことができて、今、とても楽しいです。両親には申し訳ないですけれど……私、ずっと家を出たかったから」


 何の躊躇いもなく発された言葉は、実にあっけらかんとしていた。


「両親は悪い人じゃないんですけど、自分たちの不幸を誰かのせいにして嘆いてばかりで、未来への展望が全くないというか。新興貴族の節操の無さが悪い、あんな奴らを重用してる国の上層部はどうかしている、ってそんな話ばっかり。そんなこと言ったってどうしようもないんだから、少しは『じゃあこれからどうするか』を考えれば良いのに」


 天使のような容貌をした少女の口から飛び出してくる、スパスパ切れ味鋭い言葉の数々。唖然とするシャロンの前で、マリアは朗らかに笑って。


「ウチの領、若者の流出率が高止まり傾向らしいですけど、理由は明らかです。――きっと、私の両親と同じように、昔ばかり懐かしんで未来を考えない人が多いんでしょう。そんな空気に慣れて、自分の将来まで停滞させたくない、って私みたいに思った人たちが、出て行って戻らないんだと思います」


 だから私は今、こうして自分の未来を考えられるようになって、とても嬉しいし、楽しんです――。


 華奢で楚々とした見た目、どこか儚げで神秘的な雰囲気を纏った少女は、見た目にも雰囲気にも全くそぐわない、鮮烈で眩い魂の持ち主だった。可愛らしい容姿で歯に衣着せぬ物言いを披露するマリアに好感を抱いたシャロンは、やがて上司と部下の関係を越え、個人的に親しくなっていく。


「……仲、良かったんだ? マグノム女官長さんと、その人」

「そう、ですね。仲は良かった方だと思います」


 実家からほとんど身一つで出てきたマリアは、王都に地縁血縁などないも同然。後ろ盾すら脆弱なマリアを、公私に渡って世話するうちに、二人の距離はどんどん近づいていった。シャロン自身、厳格な両親に兄二人という家族構成だったからか、甘やかせる妹的存在に憧れていたこともあり、四つ歳下なマリアは可愛くて仕方ない存在で。開けっぴろげなように見えて、実は大事な部分のガードが硬いマリアにとっても、損得抜きで親身になってくれるシャロンは特別だったのだろう。

 ――気づいた頃には、「リア」「シャロン姉様」と呼び合うほど仲の良い、まるで姉妹のような関係となっていて。


「……思えば、私の侍女人生の中で、あの頃が一番幸福でした」


 そう、思い出に目を細める夫人(シャロン)の瞳に、切ない光が過ぎる――。




 マリアが後宮へ上がってからも、止まることなく時間は進む。

 もともと仕事への熱意と意欲が充分に高かったマリアは、下級侍女からコツコツと侍女の仕事を覚え、中級、上級へと、堅実に出世していった。伯爵家の出でありながら、そもそものスタートが低すぎたことを思えば、数年かけてようやく妥当な地位へやってきたと思えなくもないが、当のマリアはケロッとしていて。


「私はこれで良かったと思っていますよ。貴族社会での振る舞い方すらおぼつかなかったあの頃に、いきなり高位貴族様のお世話をすることも多い上級侍女として配属されていたら、確実に何か問題を起こしていたでしょうから」


 家では学べなかった貴族としての振る舞いや社会の常識を、侍女として王宮の裏側を知りながら学べたことで、より深くまで知ることができたのだと、マリアは心底、喜んでいた。十二の頃から将来が楽しみな美少女だった彼女は、十代後半の娘ざかりとなったその頃はまさに、眩いばかりの美しさで。そんな彼女が心からの喜びを表情に宿し、キラキラした顔で笑う様を見て、シャロンを始めとした先輩侍女一同に、強固な共通認識が宿る。


 ――この子を、未婚の貴族男性の前へ出してはいけない――


 マリアが結婚を望まず、親から再三送られてくるデビュタントの誘いを完全無視して、生涯王宮勤めのままでいるつもりであることは、〝王宮の姉〟であるシャロンのみならず、働く仲間たち全員が知っていた。あまり知られていないが、成人前から王宮に勤めをしていた女官、侍女は、成人を迎えた歳に奥で簡易な式を行い、国王陛下より言祝ぎを頂戴するため、デビュタントの夜会へわざわざ出る必要もない。マリアは既に立派な成人女性であり、その本人が結婚を望んでいない以上、〝そうなる可能性〟は極力排除するべきであろう。

 シャロンたち先輩侍女、女官の口添えにより、マリアは上級侍女として、男子禁制の後宮へ配属されることとなった。とはいえ当時の後宮はまさに名ばかり、王太子妃として密かに内定していたリファーニアがたまに妃教育のため訪れることがある以外は、いずれ来る主を待つだけの大きな〝箱〟でしかなく、配属された侍女や女官たちの士気も低かったが。マリアはその中でも変わることなくイキイキと、そして勤勉に働き――やがて、転機は訪れる。


「なんといったかしら、あの枯葉色の髪の侍女……あぁそう、マリアンヌ。――彼女を、わたくし付きの侍女にしたいのだけれど」


 やっと公に王太子妃となることが確定し、後宮へと住まいを移すことが決まったリファーニア直々に、〝王太子妃付き侍女〟として薦挙されたのだ。

 下級侍女からの叩き上げとしては、考え得る限り最高の出世であり、名誉である。マリアはいたく喜んで、生涯をリファーニアに捧げることを誓っていた。

 同じ頃、女官試験に合格したシャロンもまた、リファーニア付き女官の一人に選ばれて。奇しくも二人は、同じ主人に使える同輩であり、上司と部下の関係となる。


「シャロン姉様! やっと……やっと姉様と同じ場所で働けます」

「本当ね、リア。頼りにしているわ」

「はい!!」


 曇りなき紫水晶(アメシスト)の瞳が喜びで煌めく様が愛しくて、胸がいっぱいになった日を、今でもシャロンは忘れられない。




 ――不穏の影は、少しずつ、忍び寄る。


「ねぇ、シャロン。またマリアについての問い合わせなのだけど……」

「また? もう、外宮は暇なの?」


 王太子妃付き侍女ともなれば、後宮へ引きこもってばかりもいられない。リファーニアに付き従い、公的行事へ顔を出すたび、未婚の男性貴族やその親たちから、「あの侍女は誰だ」「どこの家の娘だ」と問い合わせが入るようになった。女官と違い、侍女は未婚に限るという決まりがあるため、侍女のお仕着せを着て王太子妃の傍に控えるマリアは、格好の嫁候補に見えているのだろう。

 マリアの生家が力のない伯爵家だと知られたが最後、実家に圧力をかけて結婚を強制されるのは目に見えている。リファーニアの許可を得て、公的書類に載せるのは〝マリアンヌ〟のファーストネームに留めてはあるが、それで勝手に「なんだ、平民か」と去っていくのはごく少数。ほとんどの者は「何故家名を隠すのか」、あるいは「平民でも構わないから、出自を知りたい」と、後宮へ問い合わせてくるのだ。一人の侍女にそれほど執心する暇があるなら、目の前の仕事をせっせと片付けろと、ここまで来ると嫌味の一つも言いたくなる。


「――やっぱり。『マリアンヌとかいう侍女の家名を答えよ』ですって。随分と高圧的ね」

「何それ、どこの家? ……シュラザード? あそこって確か、先代が結構長い間、息子を外へ出さなかった家よね?」

「社交デビューも遅かったし、本人がガツガツ前へ出ようとするのを、先代様が首根っこ掴んで抑えつけてた印象だわ。先ごろ、先代様がお亡くなりになって、その息子が家を継いだのよ」

「つまりこれは、息子本人からの問い合わせなわけね……先代様のご英断が偲ばれるわ」

「貴族から王宮へ出す問い合わせは、王族も目にする可能性があるから、極力腰を低くするように――って常識、知らないのでしょうね」

「先代様が教えていないはずはないから、右から左へ流しているか、それより悪い見本が身近にいたかのどちらか、かしら」

「そういえば、随分前に先輩から聞いた話だけれど、『妻が息子を甘やかして困る』みたいな愚痴を先代のシュラザード侯爵閣下が仰っていた、って」

「あぁ……よくあるパターンではあるけども」


 得た情報に、深々と頷く。先代のシュラザード侯爵は厳格な人であったから、嫁いできた妻にも貴族としての責務を説き、彼女が望むほどの贅沢をさせなかったのだろう。その鬱憤が子育てへ向いて、子どもをひたすら甘やかして育て、厳しい父と甘い母に挟まれた息子は母ベッタリとなり、母の悪いところを踏襲していく――実にあるあるな現象だ。


「確か、先代夫人は何年か前にお亡くなりだったわよね?」

「えぇ。だからあの家、今は家を継いだ息子一人なのよ」

「あぁ、だから嫁探しを焦っているのね。――当代って今おいくつなの?」

「四十近かったんじゃないかしら」

「……それで二十歳前の娘を妻に求めているの? 厚かましいにも程があるわ」

「本当に、そうよね」


 首がもげるほど頷いている同輩に、ちょっと苦笑して。


「サーラ。悪いけど、いつもと同じようにお願い」

「分かったわ。『リファーニア妃殿下のご命令により、マリアンヌについて答えることはできない』って返しとく」

「ごめんね、面倒かけて」

「良いのよ。――マリアが可愛くて大事なのは、あなただけじゃないんだから」


 茶目っ気たっぷりに笑って去っていく女官仲間を、シャロンは感謝を込めて見送る。

 この頃はまだ、こうして笑い合える余裕があったのだ。


やっとマリアンヌさんを出せました。。。私の中では、リファーニアさんとタイプの違う同レベル美人さんのイメージです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
前女官長!????
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。