晩餐会とその後で
どちらかといえば〝その後〟の方が重要な、フラグ回収回です。
主に保守派のお歴々から、もうちょっと取り繕った方が良いんじゃないかなと思える程度の憎悪と苛立ちを浴びつつ、しかし表面上は何事もなく、帰還式は幕を閉じた。帰還式を終え、控え室に戻って来たときのミアの第一声が「本当にお疲れ様でした、ディアナ様」だったことから、やっぱり国使団全員で出る式じゃなかったということを再確認する。
「嫌な時間に付き合わせちゃってごめんね」と謝れば、「ディアナ様が謝ることではございませんよ」とミアのみならず、ユーリにまで苦笑され。ついでに、「こちらを睨んでくる方の多くは納得できる方々ばかりでしたけれど、お一人、シュラザード侯爵様だけ、理由が分かりませんでしたね」と、ディアナと同じ疑問を発された。どうやら、ディアナの背後で控えていたユーリは、式に参列していた貴族たちを観察する余裕が、ディアナ以上にあったらしい。
「そうなの。やっぱり分からないわよね?」
「はい。シュラザード侯爵様は、お身内が後宮にいらっしゃるわけでも、王宮内での役職が革新派の台頭によって脅かされるわけでもございません。なのに、あれほど分かり易くこちらを敵視されるとは」
「シュラザード……もとはアント聖教国のお家ですし、異国排斥主義でいらっしゃるとか?」
「それなら、スタンザの国使団がエルグランド内で好き勝手している時に、もっと暴れて欲しかったわねぇ」
「ですよね……」
ユーリほど気付いていなかったらしいミアにも心当たりはないようで、首を捻っている。観察眼の優れたユーリ、権勢欲から来る悪意に敏感なミアでも分からないとなると、これ以上考えたところで無駄だろう。「シュラザード侯爵のことは、後で考えましょう」と話を切り上げ、ディアナたちは晩餐会の準備へ入った。
――晩餐会は、帰還式とは打って変わった質素な仕様で。使われていた部屋も、王宮に幾つかある会食場のうち一番小さいものだったし、参加者もジューク、ヴォルツの他は、三省から主だった高官が参加するだけの、本当に簡素なものであった。身内枠プラス迎えの労いとして、エドワードとクリスが呼ばれていたことだけが、かろうじて〝国使団のための晩餐会〟な雰囲気を醸し出していたが、それがなければエルグランド王国首脳陣の晩餐会に何故かディアナがいるだけの意味不明な空間となっていただろう。
三省からの参加者はそれぞれ、大臣とその他の高官二名が呼ばれており、そのほとんどは当たり前といえば当たり前ながら、側室の父親たちであった。特に内務大臣のランドローズ侯爵は言わずと知れたリリアーヌの父だし、もう一人、内務省から来ていたザフィーラ侯爵も娘を側室に上げている。晩餐会にはストレシア侯爵も呼ばれていたため、彼もカウントされるだろう。他にも二名ほど、昨年の園遊会で見た顔があった。
準王族として招待されたディアナは、当然上座から二番目に席があり、隣はエドワード、隣の隣はクリス、正面はヴォルツ、斜め前はストレシア侯爵と、裏事情を知る関係者で席次はガッチリ固められていた。ディアナの位置はともかく、他はちょくちょく地位と関係ない席次なところを見るに、建前上は慰労のための晩餐会で、保守派から数時間に渡り嫌味を浴び続けるような座席配置は、さすがに回避したということだろう。
――そして。
(なるほど……この方が、ランドローズ侯爵様、ね)
クレスター伯爵家と社交の範囲が掠りもせず、園遊会でも互いに不干渉を貫いたランドローズ侯爵家の面々を、実のところディアナはよく知らない。リリアーヌとも後宮で初対面だったし、その父親、ランドローズ侯爵本人に至っては、今日が初見くらいの薄い関係性であった。ちなみに、同じ席で食事をしたからといって挨拶を交わす義務も言葉を交わす義務もないため、顔は認知したものの、関係性は未だ薄いままである。
(カイはよく、「あのランドローズ侯爵が保守派の黒幕とは、どうしても思えないんだよねぇ。黒幕に利用されて捨てられる、咬ませ犬的小者臭しかしないというか」って言ってるけど。……確かに、あんまりすごい人とは思えないかも)
声は大きいし、偉そうに振る舞ってはいるが、だからといって高位貴族の威厳に満ちているかと聞かれたら、答えは「いいえ」一択である。スタンザにて、ここぞという場面で威厳溢れる皇帝陛下やバルルーン翁という方々を間近で見た後だと余計に、ランドローズ侯爵はどちらかと言えば、無意味で余計な企みをして自滅した、あのバルルーン現当主寄りの人だよなぁと思ってしまう。
そうして始まった人生初の正式な晩餐会は緊張したが、件のバルルーン翁と過去に関わり深かったというストレシア侯爵と直接話をできたのは、非常に大きな利点となった。「スタンザにて、ちょっとしたご縁があり、今は引退していらっしゃるバルルーン家のご隠居様と知り合いました」と言うと、ストレシア侯爵はいたく驚いて。
「バルルーンのご隠居というと……前当主の弟君で、我が妻の叔父上であらせられるお方ですかな?」
「えぇ。思いもかけず異国の地で、ストレシア侯と夫人の若かりし頃のお話をお伺いできて、楽しゅうございましたわ」
「それはそれは……バルルーンの参謀様には、当時、とてもお世話になったのですよ。是非とも娘を交えて、思い出話に花を咲かせたいものですな。――いずれ近いうちに、後宮までお伺いしても?」
「もちろん、わたくしはいつでも歓迎いたします。睡蓮様とて同じでしょう。――陛下、お許し頂けますか?」
「当然だとも。男子禁制とは銘打っているが、エルグランドの後宮はスタンザの後宮ほど厳格ではないからな。面会申請が通れば、いつでも娘御と会って構わない。もちろん、ストレシア侯だけでなく、他の側室の家族も同じことだ」
「他ならぬスタンザの皇子殿下も、面会申請を経て、紅薔薇様と勉学に励んでおいででしたなぁ」
(何気ない会話の中に山ほど今後への布石を撒いていくのは、エルグランド貴族あるあるだけど! 思ってた以上の成果が出てくると、なんかもう、普通に怖い!)
ディアナは単に「スタンザで皇帝以外の有力者とも誼を結んだよ~」というアピールをしただけのつもりが、ストレシア侯爵によってあっという間に〝後宮を訪ねる理由〟へと格上げされ、ついでに〝ディアナとストレシア侯爵が個人的に喋ってもおかしくない理由〟にまでされてしまった。さらに巻き込んだジュークが「後宮が男子禁制なのは建前だよ~、入れるよ~」アピールをすれば、すかさずヴォルツが「だからスタンザ皇子とディアナは後ろめたいことしてないんだよ」と釘を刺すコンボまでかましてくる。座って喋って食べているだけなのに、ダンスや休憩というインターバルがない分、より貴族感の強い空間が形成されていた。
(これは確かに、若いうちの参加はしんどい……)
夜会や茶会で経験を積み、貴族話法を鍛えてから挑むべき世界であるのは間違いなかろう。ディアナはまだ、援護してくれる人が周囲を固めてくれているから落ち着いていられるが、孤立無縁で戦う羽目に陥ったら、後からこっそり泣く自信がある。
――そんなこんなで、時々ランドローズ侯爵を筆頭とした保守派から飛んでくる嫌味を打ち返しつつ、晩餐会もまた、表面上は穏やかに終了し。主賓のディアナはジュークと同じタイミングで下がることを許され、待機していたマグノム夫人によって、三度、控室へと戻ってきた。室内では予定通り、ミアとユーリが待機しており、立ち上がって出迎えてくれる。
「お戻りなさいませ、ディアナ様」
「お務め、お疲れ様でございました」
「二人とも、ありがとう。――食事はできた?」
「はい、滞りなく。大変美味しく頂戴いたしました」
「故郷の味は、やはり安心しますね」
ユーリの言葉に、ミアも頷く。帰国自体は数日前だが、若い頃から後宮で働いてきた二人にとって、〝故郷の味〟は王宮食を指すのだろう。ディアナにとって、クレスターの郷土料理が最も舌に合うのと同じことだ。
「良かったわ。じゃあ、そろそろ帰りましょうか」
「そうですね。あまり遅くなっては、明日に差し障りますし」
「マグノム夫人、先導を……あら?」
ミアの言葉が途中で止まる。今回、王宮にて案内役を務めてくれているマグノム夫人が、難しい表情で扉と睨めっこしていたのだ。こちらの会話も耳に入らない様子で、何やら尋常ではない。
「マグノム夫人? どうしたの?」
ディアナが少し高いトーンで声を掛けると、彼女はハッとした様子で振り向いて。
「あ……いえ。グレイシー団長がお戻りにならないので、何かあったのかと」
「あぁ、団長なら、後宮へ戻る前にもう少し話を聞きたいと、三省の大臣たちから直々に呼び止められていたわよ? お兄様もご一緒だったから、聞きたいのはスタンザのことより、新しい快速船のことかしらと思って、お先に失礼させてもらったの」
「……左様でございましたか。戻るところは同じなのですから、まとまって行動した方が良いかと考えていたのですが、致し方ありませんね」
何やら思い悩んだ様子でため息をつく、マグノム夫人が弩級に変だ。……思えば、晩餐会場へ向かう前も、いつもより随分と気を張っていたような。
「……マグノム夫人。ねぇ、何かあった?」
「いいえ、何もございません。……今のところは、何も」
その返答はもう、割と直接的な〝何かが起こる〟前触れでしかないような気がするのだが。似たようなことはミアとユーリも思ったらしく、思案げな瞳をマグノム夫人へ向けている。
ディアナと部下二人から、似たような顔で見つめられたからだろうか。数度首を横に振り、マグノム夫人は分かりづらく苦笑った。
「……申し訳ありません。本当は、もっと早くにお話ししなければならないことだったのでしょうけれど。ナーシャ様のこともあり、ずるずると機会を逃してしまい、結局お話しできぬままになってしまいました」
「何か、あったの? 後宮で、ナーシャ様の件以外に」
「厳密に言えば、後宮内の事案ではございません。――こちらでお話しするよりも、後宮にて〝彼ら〟を交え、詳細をご説明申し上げるべきでしょう」
「彼ら、って……」
「えぇ。――〝獅子〟を冠する、彼ら二人です」
藪から棒にマグノム夫人の口から出てきた〝獅子〟の名に、思わず三人、顔を見合わせる。〝獅子〟のうち一人がディアナにとって〝特別〟であると実感しているミアとユーリの表情は、一気に険しいものとなった。
「――それは、是非ともお伺いせねばなりません。可能であれば、紅薔薇様付きの者も交えて」
「もちろん、紅薔薇様と〝彼ら〟の赦しがあれば」
「わたくしに否はないわ。おそらく、〝彼ら〟も拒否はしないでしょう」
どういう話か分からないので断言はできないけれど、リタを含めた『紅薔薇の間』の侍女たちとミアは、カイにとっても頼りになる〝味方〟のはず。ディアナに聞かせられる話であれば、彼女たちも同じように聞くことを、むしろ望むのではないだろうか。
「そうと決まれば、まずは後宮へ戻らないとね」
「えぇ……そうですね。では、先導いたしますので」
まだ難しい顔をしたまま、それでもマグノム夫人は頷いて、扉を開ける。さすがにこの時間ともなると、廊下は明るく照らされてこそいるが、動く人影はほとんど見られない。こんな夜遅くまで仕事をしているのは、住み込みの侍官女官と、外宮室のような寝る間も惜しんで働く部署くらいだろう。
控室前にて警護を担当してくれていた国王近衛騎士と挨拶を交わし、マグノム夫人はゆっくりと歩き出した。――その背は、いつにも増して、ピンと張っており。
(背中だけ見ても、かなり強張ってるのよね……不安がっているというよりは、緊張してる?)
後宮へ向かうルートは固定されているはずなのに、分かれ道では不自然でない程度に立ち止まって左右を確認し、進行方向に何もないことを確認してから歩き出す……その姿は、まるで。
(外敵を警戒する、野生動物の仕草にも通じるわ)
それは、つまり。
(マグノム夫人は何かを警戒してる? でも、いったい何を――)
思考だけが回る中、マグノム夫人が外回廊へ出る角を曲がった。この回廊を突き当たりまで進んで庭へ出れば、あとは王宮隣接の後宮門まで、格子屋根のある庭園通路を渡ってすぐ、
なのだが。
「……マグノム、夫人?」
角を曲がり、その先を見た瞬間、マグノム夫人の動きがぴたりと止まった。何か見えたのかと声をかけようとした瞬間、これまで見たことのない勢いで、彼女が振り返ってくる。
「紅薔薇様。あちらより参りましょう」
「えっ、どうしたの?」
「お早く!!」
夜ということを差し引いてもマグノム夫人の顔色は悪く、しかしその顔色の悪さからは考えられないような勢いで、ディアナはただ頷くしかできない。ミアとユーリも頷き、踵を返す――。
「――ッ!!」
「!! 夫人!」
「女官長様!!」
「私のことは良いから、紅薔薇様を!!」
進もうとしたその瞬間、後ろから強い力で掴まれたような体勢で、マグノム夫人が音を立てて倒れた。助けようとしたミア、ユーリを制するマグノム夫人の声に、今度こそディアナは異常事態を確信する。
(何の気配もしないし、姿も見えないけれど。マグノム夫人の倒れ方から、〝何か〟がいるのは間違いない――)
そう〝認識〟した瞬間、姿はまだ不明瞭ながらも、〝人〟の気配が漂い出す。
……後宮まで秘密裏に戻ってくるにあたり、ディアナも散々お世話になったが。霊術は何も、獅子親子だけの専売特許ではない。
(これ、『隠形』の霊術ね!!)
正体が分かれば、話は早い。薄い気配を辿り、ディアナはマグノム夫人のすぐそばで、今にもミアへ襲い掛かりそうな〝影〟へ、手をかざした。
(お兄様やシリウスがよく使うような、敵の動きを察知したり予知したりする荒技は無理だけど――っ)
教えてもらった。「広い意味ではそれも霊術だよ」と。
幼い頃からディアナが無意識で使っていた、森の、世界の、〝生命〟を読み取るこの力で――!!
ぱん!
「そこまでです、シュラザード侯!!」
確かな手応えを感じ、〝敵〟が分かったその瞬間、その名はディアナの口からほぼ反射で飛び出してきた。名を呼ばれた彼は、呼ばれたことが信じられない様子で動きを止め、すごい形相でこちらを睨んでくる。
ディアナが彼の動きを止めた隙に、ミアとユーリがマグノム夫人を素早く助け起こし、さっと回廊の端へ避難させてくれた。目だけで二人に礼を告げ、ディアナははっきりと怒りを乗せた瞳で、一瞬で最大級の危険人物へと成り上がった男を見据え、口を開く。
「これはどういうことですか。〝あのようなもの〟を用いてまで、内宮の官長たる女官長へ危害を加えようとは」
「……その女は、どうでもいい。用があるのはそなただ、紅薔薇の方」
「であれば、しかるべき場にて、堂々とお声がけくださればよろしいでしょう。何故、女官長を攻撃する必要があったのです」
「その女は、己の立場を悪用し、私の望みを故意に阻んできた。そんな女がいる場では、満足に用を果たすことも儘ならぬ。ゆえに、排除したまでのこと」
「国王陛下によって任命された女官長を、個人的な理由で排除するなど、赦されることではありません」
「そんな女のことなど、どうでもいい。――紅薔薇の方よ、〝あれ〟はどこだ」
「……」
ダメだ、話が通じない。相当な憎しみを向けられているのも、〝何か〟を求めているのも分かるが、そもそもこの男の辞書から〝他人の話を聞く〟という項目がすっぽ抜けているように思う。元々の気質か、狂ってしまったがゆえの悲劇か、その辺りは分からないけれど。
(……普通に行動を諌めても無駄ね、これは)
マグノム夫人に対する狼藉について責を問うのは後へ回し、ディアナは思考を切り替えた。
「ご質問が曖昧すぎます。〝あれ〟とは何ですか」
「〝あれ〟は〝あれ〟だ」
「シュラザード侯。あなたはわたくしの、〝何〟をお求めなのですか?」
「それは、あれだ。……〝カリン〟という名の、侍女だ」
――この瞬間、ディアナの中で、全ての点が線で繋がった。悲壮な顔をするマグノム夫人を視線だけで労って、再び冷たく、シュラザード侯爵を睨め付ける。
「〝カリン〟をお求めですか? しかしながら、カリンは王宮に雇われ、わたくし付きとなった侍女ゆえ、侯爵へはお渡しできません」
「何故だ!」
「そもそも、侯爵とは縁もゆかりもない娘にございましょう?」
「――嘘をつくな!!」
突然、激昂して掴みかかって来ようとするシュラザード侯爵を、三歩下がって普通に避ける。戦闘の素人に遅れを取るような鍛え方は、間違ってもしていない。
「貴様らはそうして、私から奪ったものを隠すのだな……! 〝カリン〟の素性を教えよと、いくら命じても音沙汰すらないとは、不遜であろう!!」
「……不遜なのはどちらです? 王宮勤めの官に命を出し、従わせることができるのは、この世にただ一人――国王陛下のみです。女官長は、『女官侍女の詳細な個人情報については、本人の承諾がない限り、秘匿される』という内宮法規に従っただけで、不遜なことも、立場の悪用も、何一つしてはおりませんよ」
「黙れ!! 黙れ黙れ……!」
怒り狂った形相のシュラザード侯爵が、再びディアナへ突進しようとした、そのとき。
「紅薔薇様!」
「――ディアナ、無事か!!」
物凄い勢いで駆けてきたクリスがシュラザード侯爵を取り押さえ、暴れる彼をエドワードが鳩尾に一発入れて強制的に大人しくさせる。次いで回廊の反対側からも国王近衛騎士の何名かが走ってきて、ぐったりしているシュラザード侯爵に唖然となった。
「な、なぜ、この回廊に人が……」
「我々はあちら側を見張っていたのですが、晩餐会が始まってから今まで、誰も通った者はいなかったのです。それなのに――」
「侵入者を見逃してしまい、誠に申し訳ございません!」
這いつくばらんばかりの勢いで頭を下げる国王近衛騎士に、ディアナは首をゆるゆる振って。
「……今回のことは、皆様の責ではございません。どうか、お気に病まれませんよう」
「紅薔薇様……」
霊術のことを説明できないので、ぼやけた言い方しかできないが。『隠形』により身を隠していたシュラザード侯爵を近衛が見つけられなくても、職務怠慢には当たらないだろう。というか、〝敵〟も『隠形』を使うなら、割と真面目に王宮の危機なのでは。
「――紅薔薇」
「陛下」
最後に少し遅れて、ジュークが到着する。背後のアルフォードへ目配せし、ひとまず霊術知識に疎い国王近衛の面々に、シュラザード侯爵を連行する名目で下がってもらってから、ディアナはざっと襲撃について説明した。
ポイントは、二点。シュラザード侯爵が『隠形』を使っていたことと――、
「奴が、〝カリン〟を……?」
――何故か、〝カリン〟に執着していること、である。
「帰還式でのシュラザード侯爵のただならない雰囲気は、私のところからも感じ取れたくらいだからな。キースも気にしていたが……モンドリーア公爵は、どちらかといえば何かを深く案じている様子だった」
「〝カリン〟に執着していたからこそ、その姿を確かめるべく帰還式へ赴いたのに、求め人の姿はなく。だからこそ、国使団全員を連れて来なかったわたくしを、あれほど憎々しげに睨んでいたのでしょうね」
ジュークとディアナが頷き合えば、ミアがマグノム夫人を支えつつ、口を開く。
「シュラザード侯爵が、何度もしつこく後宮へ〝カリン〟について尋ねる文書を送っていたのなら、マグノム夫人があれほど警戒されていたのも頷けます」
「帰還式での侯爵のご様子をお聞きになれば、より一層警戒は高まりますし」
「えぇ、本当に。――マグノム夫人、お怪我はございませんか」
「……大丈夫よ」
襲撃を食い止めてなお、マグノム夫人の顔色は晴れない。……きっと、この襲撃はまだ、彼女が抱えるほんの一部に過ぎないのだろう。
(だって、まだ、一番大きな〝謎〟が残ってる)
〈――末姫様〉
予告なく響いた声に、誰よりもびくりと肩を震わせたのはマグノム夫人だ。ディアナはただ、声に応えるべく、視線をほんの少し、上向ける。
〈『紅薔薇の間』にて、カイを待機させております。……先ほどの襲撃時、気配を察してすぐに向かおうとしていたところを引き止めましたので、かなり不機嫌ですが〉
「で、しょうね」
〈シュラザード侯爵が、何故あれほどまでに、〝カリン〟を求めてなりふり構わないのか……本人も、あなた様も、きっと今が知るべき時なのでしょう〉
「……ソラ様は、ご存知なのですか?」
〈私は、断片的に。――全てを知るのは、女官長殿です〉
名指しされたマグノム夫人は、遂に、いつもの有能な女官長の仮面を取り落とし、深い悲しみと葛藤を表情に乗せた。
そんな彼女へ、ディアナは静かに歩み寄る。
「わたくしたちが、聞くべき話ですか?」
「……はい。彼と、彼を大切に想う方々には、聞く権利がある話です」
「……でも、話すのは、辛い?」
「…………いえ」
しばしの沈黙の後、マグノム夫人は。
表情はそのままに、しかし決意の光を宿し、はっきりとディアナを見つめ返してきた。
「辛くない、といえば嘘になります。けれど、辛いからといって口を閉ざしては、あの者の悪意に太刀打ちできない。――過去の亡霊を亡霊のまま封じ込めておけなかった、愚かな私の懺悔を、お聞き頂けますか」
「聞くわ。……マグノム夫人の、シャロン様の昔話を、わたくしたちに聞かせてください」
強く頷いてから、ディアナはジュークとエドワード、アルフォードを見る。
「襲撃の詳細については、また後日、全部まとめての報告でよろしいですか?」
「あぁ。こちらも、そなたたちがスタンザへ行っていた間の動きをまとめているところだ。近いうちにまた、皆を集めて〝茶会〟を開こう」
「あー、日誌に『睡蓮様方とお茶会』って書かれるやつな。りょーかい、クレスター方の動きもまとめておく」
「承知いたしました。日程については陛下が優先となりましょう。ご都合よろしい日を、またキース様伝いでお知らせくださいませ」
「分かった」
短いジュークの返答が解散を告げ、三人が去っていくのを見送って。
「――それじゃ、行きましょうか」
「同じことが起きないように、ボクが後宮まで護衛するよ」
〈僭越ながら、私も警戒いたします〉
最強の布陣に守られて、ディアナたちもまた、後宮への道のりを歩み出すのであった。
いよいよ、〝彼〟の背景に迫ります。




