国使団帰還式
「え? 帰還式、大広間でやるんですか?」
アイナとロザリーにより、しっかりバッチリ正装仕様の、プラスしてスタンザの宝飾品の数々がさり気なく目立つよう配置された『紅薔薇様』となったディアナは、マグノム夫人の先導にて王宮の控室までやって来たところで、待っていた外宮室のカシオから、驚きの事実を落とされた。衣装に関しては、伝統的なエルグランド王国の正装に良く映えて、しかし明らかに異国のものと分かり、かつディアナに〝似合う〟宝飾品を複数、さり気なく目立たせることで、「こういった高価なものを贈られるほど、友好使節として役目を果たした」とアピールする狙いがあるらしい――が、今はそんなこと、どうでも良くて。
「えぇと、大広間ってアレですか? いつも王宮主催の一番大きな夜会が開かれる、あの大広間で合ってます?」
「合ってます」
「……わたくしてっきり、帰還式は謁見の間で行われるとばかり思っていましたわ。スタンザ帝国から持ち帰った品々も、そう大きいものはありませんし。わざわざ大広間でやる意味などありませんもの」
「我々としても、謁見の間で済ませてもらった方が、後片付けが楽でありがたかったんですがね……。何せ、参列希望の貴族が多すぎて、謁見の間では収まり切らないのですよ」
「イヤイヤイヤ……」
国使団の帰還式――しかも、たかが友好使節に過ぎない小団の帰還式など、大広間で大々的に開くものでないことくらい、若輩のディアナでも知っている。出立式も無駄にお金のかかった豪華仕様でうんざりしたが、帰ってからもそうなのか。
「行きのときも思ったけれど、保守の方々は何事も前例だの慣例だのを重視されるのだから、こういった場も過去に則ってくだされば良いのに」
「お言葉ですけど、三百年以上前の慣例をサラッと持ち出せるのなんて、国内じゃスウォン家かクレスター家の方々くらいなもんですよ」
「えぇ? 千年とか二千年前ならともかく、たかが数百年前よ?」
「……ディアナ様。一般の人間にとって、数百年前は〝たかが〟ではございません」
ミアに突っ込まれ、ディアナは親しい人間しか居ないのを良いことに、ちょっと『紅薔薇』の仮面を外し、むくれてみせた。
――カシオが言った通り、エルグランド王国が正式に異国へ国使を送ったのは三百年以上ぶりではあるが、この国は元々、都市国家群の集合体から始まった。数百年前までは異国との行き来など珍しくもなく、使節団の往来も日常の一つだったのだ。友好使節は特に政治的な役目もないため、出立式も帰還式もひっそり行われ、特に騒がれることもないのが常だった。八百年ほど前、都市国家群の一つで外交を担っていた者の日記が史料としてスウォン家に残されているが、そこには「友好使節の役目を終え、久々に国へ帰ってみると、友の一人より『最近どうだ? 外交部は忙しいと聞いてるが』と声を掛けられた。私が異国へ行っていることも気づいていなかったらしい」という、しょっぱいエピソードが記されている。要はそれくらい、異国も、使節団も、騒がれるような存在ではなかったということで。
「そりゃ、今回の使節団に限って言えば、数百年ぶりの外国との国交という意味で、意義深いのは分かるけど。わたくしたちも、向こうですっごく頑張ったけど。――参列希望の方々の大半は、そういった意義を理解してとか、頑張ったわたくしたちを労ってとかじゃなく、単なる野次馬希望でしょ?」
「……それは、えぇ、そうですね」
「たかが野次馬のためだけに、大広間を開けて準備するのって、すっごく、すっごーく、無駄じゃない?」
「…………さっき、帰還式の話を聞かされたエドワードが、ディアナお嬢様と全く同じことを言っていましたよ。相変わらず、よく似たご兄妹でいらっしゃる」
「賭けても良いけど、お父様も似たご意見のはずよ」
「デュアリス様が仰るには、『まぁ無駄だが、国使団がスタンザで真の友好を得たことを目の当たりにする連中が多いのは、そう悪いばかりの話でもない』だそうでして。宰相閣下も概ね同じご意見のため、帰還式に限っては、参列に制限を設けられなかったらしいです」
「……あー、そっちを取ったのね。参列希望の野次馬さんのうち何人が、事実をつぶさに理解して、今後の振る舞いを考えようとなさるかしら」
「まぁ現状、陛下のお味方が一人でも増えるのは、悪いことじゃありませんし。国使団の〝アピール〟で〝そこ〟まで一足飛びに気づいて擦り寄ってくる方なら、打算的であっても充分有用です」
「それもそうね」
ほとんどの貴族が〝帰ってくること〟を期待せず、ましてや〝友好〟など夢のまた夢と考えていた『エルグランド国使団』が、その役目を十全以上に果たし、帰ってきた。スタンザ帝国皇帝直々の親書を預けられ、次期皇帝に最も近い皇子と誼を交わし、その証を携えて帰国したのだ。――現在、王の寵姫とまことしやかに囁かれている、側室筆頭『紅薔薇』が。
それはつまり、『紅薔薇』自身がスタンザ帝国の後ろ盾を手にし、彼女を手中に収めている王もまた、巨大なカードを手に入れたことを意味する。シーズン開始の夜会にて、ユーストル侯爵が仕掛けた社交戦を正しく理解できた者であれば尚更、国王派であるディアナがスタンザで結んだモノの強さが理解できるはずだ。
つまり、デュアリスとヴォルツは。帰還式にて国使団の功績を見せつけられた貴族たちが、その後どう動くのか観察することで、彼らを更なるふるいにかけようとしているのであろう。
「……そういうことなら、仕方ないか。ミア、ユーリ、思った以上に大袈裟な帰還式のようだけれど、お願いね」
「いえ、大変なのはむしろ、ディアナ様でしょう」
「リタに代わり、しっかり補佐できるよう、励みます」
頼れる女官と侍女の返答に笑顔を返し、ディアナは開式を待つのであった。
***************
――やがて、時間は過ぎて。
「エルグランド国使団、入場!!」
今回の式進行を担当しているらしい、ストレシア侯爵の声を合図に、ディアナはミアとユーリを従え、しずしずと大広間へ足を踏み入れた。いつもの夜会時とは違い、正面入り口から玉座まで、ふかふかの赤絨毯が敷かれているのが、いかにも〝謁見〟っぽいけれど。
(――遠い! 玉座までが、めっちゃ遠い!!)
エルグランド王国の主だった貴族家を全て収容してなおダンスできるスペースが空けられ、さらに楽団や立食スペースも配置できるほど、王宮の大広間は広いのだ。玉座は当然ながらその最奥にあり、正面入り口から相当な距離がある。きらきらしい飾り付けや立派な楽団、扉付近から両側に並んで敬礼する正装の王宮騎士団などで、広い空間が寒々しく見えないよう体裁を取り繕ってはいるが、それでも遠いことは遠い。
(ていうかアレ、降臨祭の飾りのアレンジよね? あと十日で始まるからって、早めに出して使い回す気満々ね? 別に良いけど)
こういうテキトーな采配がまかり通って文句が一切出ないから、〝知れば知るほど深く考えるのが馬鹿馬鹿しくなる国〟と言われるのだ、この国は。ちょっとはスタンザ帝国の規律を取り入れ……たらエルグランド王国じゃなくなりそうだから、うん、このままで良いか。誰も困ってないし。
――ディアナの思考が落ち着くところへ落ち着いた頃、ようやく広間の中央より少し玉座寄りの、謁見にてまず止まる位置へと辿り着いた。内心ホッとしつつ、ディアナは王族への最高礼を執る。
「国王陛下へ、ご挨拶申し上げます。側室紅薔薇、及び女官侍女七名、エルグランド国使団としての任を果たし、本日、帰国いたしました」
「あぁ。――紅薔薇、よくぞ無事、帰ってきてくれた」
受け答えるジュークの声には、定型に留まらない、安堵と感謝、親愛の情が込められている。玉座の下にずらりと並んだ参列の貴族たちのうち、素直な方々がひそひそと囁く中、ディアナは少しだけ声を張った。
「ここに、スタンザ帝国の皇帝陛下よりお預かりしました親書を、持参しております。長きに渡る民間での交流を我が国が鷹揚に受け入れて来られたことへの感謝と、国使団を返礼されたことへの深謝。――そして、今後は国同士、王族同士も親しくお付き合いしたいという、皇帝陛下のお心が記されてございます」
――ざわり。
友好のため、異国へ赴いた使節が持ち帰る中では最高級の〝親書〟の内容に、冗談でなく空気が揺れた。どれくらい最高級かといえば、百点満点中二百点レベルの、天元突破な高さといえよう。
もちろん、驚いたのは野次馬さんたちだけで、予め知らされていたジューク以下、主だった仲間たちに動揺は見られない。落ち着いて、頷いた。
「国使の役目、大義であった。――ハイゼット補佐官、受け取りを」
「承知いたしました」
ジュークの背後、アルフォードと対になる位置に控えていたキースが階段を降り、近づいてくる。
彼の歩みに合わせ、実はずっとディアナの背後で親書の乗った台座を掲げ持っていたミアが、優雅な足取りで進み出た。
階段下で、二人が向かい合って止まる。
「補佐官様、こちらを」
「お役目、お疲れ様でした」
短いやり取りで、手紙が台座ごと、キースへ渡った。彼はそのまま振り返って階段を登り、ミアは何気ない様子で再びディアナの背後へ戻って止まる。どよどよと空気が揺れ続ける中、周囲を完全無視して一連の動きをやってのけたキースとミアは、さすがベテランの貫禄に満ちていた。
「――陛下、こちらを」
玉座の前へ跪き、キースが台座を高く掲げる。頷いて受け取ったジュークは、金糸銀糸で豪華に装飾された、スタンザ帝国にとっての最高礼装で送られた巻物を丁寧に解き、するりと開いて。
「……なるほど、確かにスタンザ皇帝のお印であるな。内容はどうだ、ハイゼット補佐官?」
「拝見いたします」
台座を控えていた国王近衛の一人に渡し、ジュークから受け取ったキースもまた、慎重な手つきで文書を確認して。
「ざっと拝見した限り、紅薔薇様が仰った内容が、そのまま書面化されておりますね。大変美麗な装飾語句も多いため、私一人で内容の精読は難しく、後ほどストレシア侯爵閣下のご見識も頂きたく存じます」
「分かった。ストレシア侯よ、頼めるか」
「御意に」
美麗な装飾語句をふんだんに散りばめるのは、スタンザ帝国の公文書の伝統でもある。それはつまり、あくまで皇帝の私信扱いになる〝親書〟ではあるが、この意向を近いうちに国家全体のものとしたいという、現皇帝の強い意志の表れといえた。
キースの言葉からその外交的意味合いを読み取れる、おそらくは外務省の中核を担う貴族たちから、より一層のどよめきが上がり。ついに式進行のストレシア侯爵より、「静粛に」と言葉が発される。豊かな響きを宿した美声の持ち主でもある彼の声は、群衆のどよめきを一瞬で抑え、大広間には再び、わずかなざわめきを残した静けさが戻ってきた。
そのタイミングで、ストレシア侯爵の対にいる、モンドリーア公爵――ヴォルツが進み出る。
「陛下。私からも、紅薔薇様へご挨拶申し上げてよろしいでしょうか」
「許す。労ってやってくれ、モンドリーア公」
「は。――紅薔薇様、国使のお役目、お疲れ様でございました。ご無事のお戻りを、心よりお慶び申し上げます」
「ありがとうございます、モンドリーア公」
スタンザ帝国へ向かうにあたり、暫定的ではあるが準王族の身分を与えられたディアナは、ただの側室であったときと違い、公爵より上の地位となっている。ヴォルツ小父様に敬称を使わない立場になるとは、思えば遠くまで来たものだ。
そして……自分たちで『紅薔薇』を準王族にした事実をすっかり忘れ、ヴォルツを呼び捨てるディアナにイキリ立つ保守派のお歴々は、本気で国使団が帰ってきた後のことを想定しなかったのだな、と内心呆れつつ、ディアナは次なるヴォルツのアクションを待った。
「ところで、紅薔薇様。いくつかお尋ねしたいのですが、よろしゅうございますか?」
「えぇ、何でしょう?」
「国使団出立の際には、後ろで控えている女官と侍女の他に、五名の侍女がいたと記憶しておりますが。本日は、お連れにならなかったのですね?」
「はい。皆には、スタンザから持ち帰った荷物の整理をお願いしておりますの。畏れ多くもスタンザの皇帝陛下より、わたくし個人へ多くの賜り物を頂きまして。『紅薔薇の間』が荷物で溢れてしまうのは、あまり見栄えがよろしくありませんから。――ですが、ともに出立した全員、確かに帰国しておりますわ。お疑いならどうぞ、女官長へ確かめてちょうだいな」
この説明で、想定通り「苦楽を共にした侍女すら、代表者しか式へ出さんとは、自分本位なあの女らしい」的陰口がひそひそ聞こえてきたが、まぁそうよねと聞き流す。――そんな陰口を叩きながら、国使団全員分の晩餐会席を設けない矛盾に気づかない頭が、本気で羨ましい。
ちなみに、帰還式に同行するのはミアとユーリだけにお願いしようと思う、と話した際の侍女たちの反応は、「あっ、絶対その方が良いと思ってました!」がロザリー、「こんなに荷物が積み上がった寝室でディアナ様を休ませられません」がリタ、「今日中にせめて、服飾品だけでも仕分けておかないと、本気で降臨祭の準備が間に合わないです」がアイナであった。……どうもスタンザ行きを経て、クレスター家の現実主義が皆へ浸透し過ぎたような気が、するような、するような。
「ありがとう。厨房長にご馳走を用意してもらうから、運ばれてきたらみんなで食べてね」としか返せなかったなぁ、と遠い目になったディアナへ、次なるアクションを行うべく、ヴォルツが語りかけてきた。
「それで、紅薔薇様。予定では十日間の滞在でしたが、それがこれほど伸びたのには、どのようなご事情が?」
「スタンザ帝国からも書簡が届いていることと思いますが、帰国前夜からスタンザ側の海が荒れて、とても船が出せる状態になかったのです。帝国の方々はわたくしたちを返すため、色々と骨を折ってはくださったのだけれども、天気だけはどうしようもなくて……エルグランド王国から迎えが来て、とても助かりました」
「そうでしたか。船が余計なお世話とならず、安堵しております」
「えぇ。これ以上帰国が遅れては、降臨祭の礼拝に差し障るところでしたもの」
にこやかに話すディアナへ、これまた「正妃気取りが」と憎々しげなヒソヒソ声が落ちる。お願いだから、去年、ディアナを騙し討ちのように〝王家の礼拝〟へ同行させたのはそちらだということを思い出してほしい。ただの側室であった頃から『紅薔薇』を理由に正妃代理をさせられていたのだから、準王族身分が与えられた今はもっと、王家の業務を代行しなければならないのは自明の理であろうに。
(なんで、やりたくもないのにやらされたことが全部、わたくしの権勢欲による企みみたいになってるのよ。心底納得いかないんだけれど)
『紅薔薇』の仮面がなければ、盛大に膨れっ面をして暴れ回っているところだ。帰りの船の上で、「『紅薔薇』の仮面を分厚くしておけ」と助言をくれたクリスは正しかった。
ディアナの内心が伝わったわけではないだろうけれど、心なしか「まぁまぁ」な視線を向けながら、ヴォルツが苦笑した。
「帰国されたばかりの紅薔薇様にはご負担でしょうが、降臨祭の礼拝もまた、大切なお役目ですので。今年もよろしくお願いいたします」
「はい、もちろん。陛下の側室筆頭として、お役目を果たして参りますわ」
逐一、ディアナの受け答えが気に食わないらしい保守派の方々から、遂に直接的な憎悪と殺意が飛んできた。それを言うなら、この式が始まった最初から、労いよりも憎しみの感情の方が多く感じられたが……友好使節として異国へ派遣され、役目を果たして戻ってきて、さらに憎まれる意味が普通に不明だ。いや、うん、スタンザ国使団の成功は即ち、外宮で革新派が更なる力を得ることに繋がるから、保守派にとってディアナの帰国が都合悪いことこの上ないのは分かるが。スタンザ帝国へ人質同然で連れられていった女ばかりの集団が、見事に役目を果たして帰ってくるなんて、想像すらしていなかったのも知っているが。建前ではスタンザ帝国との友好を願って国使団派遣に賛成したのだから、せめて式の間くらい、取り繕ってはどうだろうか。
(特に、入った瞬間からバンバン憎々しげな視線を送ってくる……えっと、あれって、シュラザード侯爵、だったかしら?)
いい加減、誰よりも強い憎しみの持ち主が気になり、ディアナはこっそり視界の隅で確認してみる。
確認して――内心、盛大に、首を傾げた。
(シュラザード侯爵、よね、たぶん? 王宮夜会にも滅多に出て来ないお方が……別に過激保守派でもなかったはずのお方が、なんであんなにキレてるの?)
シュラザード侯爵家は代々保守派だが、特に目立つ存在ではなかったはずだ。かつてはアント聖教国の重鎮であり、エルグランド王国との百年戦争においてエルグランド王国側に立ち、戦禍より民を守った功績によって、アスト王より侯爵位を賜ったという。爵位を得てからは、代々の土地を静かに守り、エルグランドの王宮とは一定の距離を保っているが、それはシュラザード家に限らず、アント聖教国から寝返った家の多くに見られる特徴である。
(今回の国使団のあれこれに、シュラザード侯爵家が何か関わっていたかしら? びっくりするほど覚えがないけど)
そもそも、シュラザード侯爵本人が、社交界におけるレアキャラなのだ。ディアナとて、ご本人を見たのは、いつかの王宮夜会で一度きりだったはず。デュアリスより十ほど上なだけのはずなのに、随分と覇気のない様子で、ほぼ誰とも交流なく一人でうろうろしている姿が逆に目立ち、周囲に誰か聞いて、脳内貴族名鑑と紐付けただけで。何でも、遅い結婚で娶った妻が死産し、妻本人も産後に身体を壊して長く床についており、その後も家に数々の不幸が舞い込んで、血気盛んだったという昔は見る影もなく、年齢以上に老け込んでしまったらしい。その話を教えてくれた人は気の毒そうな口調だったが、彷徨いている侯爵本人からあまり良い雰囲気は感じられず、ディアナは何となく、それって自業自得案件なんじゃないかなぁと思ったものだが。
(……そういえば、長く寝ついているという侯爵夫人が、稀に見るお美しい方という話だわ。美人の群れが見たくて参列したのに、たった三人しかいないから腹が立ったとか?)
そんなわけないのは分かるが、それくらいしか理由が思いつかないほど、真面目にシュラザード侯爵と自分たちの接点が思いつかない。件の侯爵夫人は、ディアナが社交デビューする数年前を最後に、社交界から完全に姿を消したという話だが。エドワードも会ったことがないと話していた気がするから、もう六年は音沙汰がないことになるか。
(えぇ~、分からない。誰か、何かしたの?)
ひとまず後で、居残り組から話を聞いてみるか。
そう切り替えたところで、ヴォルツの「お話、ありがとうございました」が降ってきて、ディアナは『紅薔薇』の仮面を保ったまま、鷹揚に微笑んだ。――ちなみに、ヴォルツがここで質問した内容は、全て『遠話』を通し、予めエルグランド首脳陣へ伝えられていたものばかり。一連の流れは、ディアナの帰国に余計な疑念を抱かせぬための、壮大なパフォーマンスに過ぎない。
「陛下。スタンザ帝国より、エルグランド王室へ、友好の返礼品をお預かりして参りました。目録と合わせ、ご覧くださいませ――」
一部から意味不明の憎しみは向けられていても、パフォーマンスは続けないとな……と、ディアナは決められていた通りの式次第をなぞっていく――。
次回は、がっつり立ったフラグの回収回です。




