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婚約破棄された令嬢ですが、“記録を書き換える力”で全部ひっくり返します  作者: 夜空ミリア


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第9話 逃げた理由は、記録に残る

 ――追跡だ。


 その一言で、全員の視線が揃った。


 逃げた文官の名前は、誰も口にしない。

 だが、全員が分かっている。


 “あの男だ”。


「ルーク」


 私は短く呼ぶ。


「はい」


「出口の確認を」

「すでに。西廊下の警備が、先ほど一度だけ外されています」


 早い。


 だが、想定内だ。


「意図的ですね」

「ええ」


 私は頷く。


「準備されていた」


 つまり、突発ではない。


 逃げる前提で動いていた。


 それだけで、意味は大きい。


「追いますか」


 ルークの問い。


 だが、その声には迷いがない。


 答えを知っている声だ。


「いいえ」


 私は首を振る。


 周囲がざわつく。


「なぜです!」


 誰かが叫ぶ。


「このまま逃げられれば――」


「逃げません」


 遮る。


 短く。


 断定的に。


 場が静まる。


「……どうしてそう言い切れるのですか」


 先ほどの文官が、恐る恐る尋ねる。


 私は手帳を開く。


 新しいページ。


 まだ、何も書かれていない。


「逃げるためには」


 ペンを指で転がす。


「“消す必要のあるもの”を持っているはずです」


「それは……」


「記録です」


 簡単な話だ。


「持ち出さなければ、意味がない」


 そして。


「持ち出せば、痕跡が残る」


 沈黙。


 理解が広がる。


「では……」


 ルークが静かに言う。


「行き先は」


「限られます」


 私は視線を上げる。


「保管庫か、外部の受け渡し場所」


「外部……」


 誰かが呟く。


 その言葉に、空気がわずかに揺れる。


 王宮の外。


 それはつまり。


「……内通者がいる」


 誰かが言った。


 私は否定しない。


 肯定もしない。


 ただ。


「可能性はあります」


 それだけ。


 だが、それで十分だった。


 場の緊張が一段上がる。


 敵は一人ではない。


 その認識が共有される。


「では、どうするのですか」


 黒い礼服の男が口を開く。


 先ほどよりも、興味が強い。


 楽しんでいる。


 それでも。


 聞いている。


「待ちます」


 私は答える。


 短く。


「……待つ?」


「ええ」


 頷く。


「動いた以上、必ず次があります」


 逃げたのは、終わりではない。


 むしろ。


 始まりだ。


「次の接触を待つ」


 そして。


「そこで、確定させる」


 男が小さく笑う。


「なるほど」


 その声は、明らかに楽しげだった。


「逃がして、釣る」


「ええ」


 それが最も効率的だ。


 下手に追えば、切り捨てられる。


 だが。


 泳がせれば、繋がる。


「……では」


 男が一歩前に出る。


「私も協力しましょう」


 視線が交差する。


「どの程度まで?」


 私は問う。


 試す。


 男は、ほんの一瞬だけ考える。


 そして。


「記録の外側まで」


 答えた。


 その言葉は、軽い。


 だが。


 意味は重い。


 私は少しだけ目を細める。


「……興味深い提案ですね」


「でしょう?」


 男は微笑む。


「あなたの“見える範囲”を、少し広げられるかもしれない」


 それは。


 誘いだ。


 そして。


 危険だ。


 だが。


 断る理由はない。


「検討します」


 即答はしない。


 それでいい。


 男も、それ以上は踏み込まない。


 距離が保たれる。


 そのときだった。


 廊下の奥から、また足音が響く。


 今度は、先ほどとは違う。


 重い。


 整っている。


 そして。


「リディア・エル=カレスト」


 声が響く。


 低く、抑えた声。


 だが、よく通る。


 振り返る。


 そこに立っていたのは。


「……カイン・レグナード」


 名前が、自然に口から出た。


 王宮情報統括。


 この場にいる誰よりも、“裏”を知る男。


 彼はゆっくりと歩み寄る。


 視線は、まっすぐこちらに向けられている。


「ずいぶんと、楽しそうなことをしているな」


 皮肉ではない。


 事実の確認だ。


「業務の一環です」


 私は答える。


「記録の管理として」


「そうか」


 カインは短く頷く。


 そして。


 視線を、机の書類へ落とす。


 一瞬で把握する。


 状況を。


 構造を。


 そして。


 意図を。


「……なるほど」


 小さく呟く。


 その目に、わずかな興味が宿る。


「やはり、戻るべきだったな」


「戻る?」


 問い返す。


 カインは、こちらを見る。


「君を、あの場で切り捨てるべきではなかった」


 静かな断定。


 その言葉に、場が凍る。


 誰も口を開かない。


 開けない。


 私は少しだけ考える。


 そして。


「その判断も、記録されます」


 いつも通りに答える。


 カインの口元が、わずかに歪む。


「そうだろうな」


 一歩、距離が詰まる。


 空気が変わる。


 これは。


 今までとは違う。


「では、確認しよう」


 彼は言う。


「君は、どこまで知っている」


 問い。


 だが。


 試しではない。


 これは。


 対峙だ。


 私は、視線を外さない。


「知っている範囲だけです」


 同じ答え。


 だが。


 意味は変わる。


 カインはしばらく私を見ていた。


 やがて、小さく息を吐く。


「……いいだろう」


 それだけ言って、背を向ける。


「続けろ」


 去り際に、そう残す。


 命令でも、許可でもない。


 ただの事実。


 私はその背を見送る。


 そして。


 理解する。


 これは。


 もう。


 ただの内部問題ではない。


 王宮そのものが。


 動いている。


 手帳に触れる。


 開く。


 新しい行に、書く。


【情報統括 関与】


 インクが乾く。


 その文字を見て。


 はっきりと分かる。


 盤面が。


 一段、上がった。

一人を追うはずだった話が、少しだけ大きくなりました。


そして、ついに“本丸”が動き始めています。


ここからは、ただの追跡では終わりません。


もし続きが気になりましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。

次は、さらに一段深い“対峙”になります。

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