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婚約破棄された令嬢ですが、“記録を書き換える力”で全部ひっくり返します  作者: 夜空ミリア


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第8話 選別は、静かに始まる

 ――狩りだ。


 その認識が共有された瞬間、空気は完全に変わった。


 誰も声を出さない。

 だが、誰もが“自分が見られている”と理解している。


 それが一番効く。


「……全員、その場から動かないでください」


 私は静かに言った。


 命令ではない。

 だが、命令として機能する声。


 文官たちが一斉に固まる。


 視線が泳ぐ。

 だが、足は動かない。


「今から、簡単な確認を行います」


 私は机の上の書類を一枚手に取る。


 先ほど“戻された”記録の一部。


「この記録に、今から“追記”を行います」


 ペンを走らせる。


 ほんの一行。


【確認済】


 それだけ。


「これを、順に回してください」


 近くの文官へ渡す。


「全員が一度だけ目を通し、次へ」


 単純な作業。


 だが、意味はある。


「……それで、何が」


 誰かが小さく呟く。


 私は答えない。


 説明は不要だ。


 書類が、ひとり、またひとりと渡っていく。


 手が触れる。

 視線が落ちる。

 次へ渡る。


 その繰り返し。


 静かな連鎖。


 私はその全てを、見ている。


 視線。

 間。

 呼吸。


 ほんのわずかな違い。


 そして。


 止まる。


 ひとりの文官の手で。


 ほんの一瞬。


 だが、確かに止まった。


 視線が、長く落ちる。


 指先が、わずかに強く紙を押す。


 そして。


 何事もなかったように、次へ渡す。


 ――そこ。


 私は何も言わない。


 まだ。


 書類は最後の一人まで回る。


 そして、机の上に戻る。


「……以上です」


 私は書類を受け取る。


 静かに置く。


 誰も動かない。


 待っている。


 何が起きるのか。


「……何も起きませんね」


 誰かが言う。


 当然だ。


「ええ」


 私は頷く。


「何も起きません」


 その言葉に、わずかな安堵が混じる。


 だが。


「今は」


 続ける。


 空気が、再び張り詰める。


「……今は?」


「ええ」


 私は書類を開く。


 先ほど書いた一行。


【確認済】


 その文字の下に、指を置く。


「この書類は、先ほど“戻された”記録です」


 ゆっくりと言う。


「つまり、本来は存在していなかったもの」


 視線が集まる。


「それに触れた」


 一拍。


「全員が」


 沈黙。


 理解が、少しずつ広がる。


「……それが、どうしたと」


 さきほどの文官が、声を絞り出す。


 不安が滲んでいる。


 私は静かに答える。


「痕跡が残ります」


 短く。


 はっきりと。


「……痕跡」


「ええ」


 私は手帳を開く。


 ページをめくる。


 そして。


 書く。


【接触者 全員】


 その下に、さらに書き足す。


【反応差異 1名】


 空気が、凍る。


 誰かが息を呑む。


「……誰ですか」


 問いが飛ぶ。


 当然だ。


 だが。


「まだ、特定はしていません」


 私はペンを止める。


「ただし」


 視線を上げる。


 先ほど止まった文官を見る。


 彼は、顔色を失っている。


 自覚がある。


 それだけで、十分だ。


「候補は、絞れています」


 場が、完全に沈黙する。


 逃げ場がない。


 誰もが、互いを見ることを避ける。


 それが答えだ。


「……面白い」


 横で、男が低く呟く。


「たった一度の動きで、ここまで」


「一度で十分です」


 私は答える。


「繰り返す必要はありません」


 繰り返せば、警戒される。


 一度で終わるからこそ、意味がある。


「では」


 男が一歩前に出る。


「その候補を、どうするのですか」


 問い。


 そして、試し。


 私は少しだけ考える。


 答えは決まっている。


「何もしません」


 場が、ざわめく。


「なぜです!」


 誰かが声を上げる。


「犯人の可能性があるのに!」


「可能性です」


 私は静かに言う。


「確定ではありません」


 それに。


「ここで動けば、相手は逃げます」


 その一言で、全員が黙る。


 理解した。


 これは、終わりではない。


 始まりだ。


「では、どうするのですか」


 今度は、男が聞く。


 先ほどよりも、少しだけ真剣な声。


 私は、手帳を閉じる。


「観察を続けます」


 短く答える。


「同じ動きを、もう一度引き出す」


 そして。


「確定させる」


 それが、最短だ。


 男は、しばらく黙っていた。


 やがて、小さく笑う。


「……いいでしょう」


 その笑みは、先ほどよりも深い。


「私も、もう少し付き合いましょう」


 関係が、一段変わる。


 観客ではない。


 協力者でもない。


 同じ盤上に立つ者。


 それでいい。


 私は視線を外す。


 書類を整える。


 そして、ふと気づく。


 視線。


 ひとつ、足りない。


 さきほどの文官。


 ――いない。


「……」


 私は何も言わない。


 だが、ルークが気づく。


「お嬢様」


 小さく、呼ぶ。


 私は頷く。


「ええ」


 それだけ。


 言葉はいらない。


 全員が理解する。


 逃げた。


 つまり。


 確定だ。


 空気が、一気に変わる。


 恐怖から、確信へ。


 私は静かに息を吐く。


 手帳を開く。


 新しい行に、ペンを置く。


【候補者 離脱】


 インクが染みる。


 その瞬間。


 はっきりと分かる。


 これは、もう。


 選別ではない。


 ――追跡だ。

ついに、“一人”が動きました。


静かに始まった選別が、

はっきりとした形を持ち始めています。


ここからは、もう戻れません。


もし続きを楽しみにしていただけたら、

ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。


次話では、“逃げた理由”に踏み込みます。

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